第10話 ジョアーキン伯爵領内異常あり (Part2)
「そう言う事があったわけなのだよ、ジフ」
【流星の使徒】本部、ギルド長室。
長であるジフを前に、白髪の若々しい男……ジョアーキン伯爵は紅茶を飲んだ。まるで、自分の部屋であるかのように、随分と落ち着いていた。
「なるほど、それは災難でしたな」
ジフは両手を組み、肘をつけたまま、鋭い目つきで伯爵を見ている。
「しかし、それならばまずカトゥーク国の騎士団を呼ぶのが先決ではありませんかね、ジョアーキン様?」
「それも一理ある、が、彼奴等を一目見た瞬間、びびっと来たものでね」
伯爵がカップを置いた。
「こいつは腑抜け連中には手におえないとね」
「それで、私どものところに来たというわけですか」
「そういうことさ」
ジフは表情を崩さず、ただ軽くため息をつく。
「昔と変わらず、私に無茶を言いなさいますな、ジョアーキン様」
「それだけ、貴公らを信頼しているというわけだよ、ジフ、なぜならば」
「我が創り上げた自慢のギルド、ですからな」
台詞を先に言われ、伯爵が笑う。
「なんだ、よくわかっておるではないか」
「一体何度私が聞かされたと御思いですか」
「さあな、10かそこらであろう」
そう言って、伯爵はまた一口、紅茶を飲んだ。
「話を続けましょうか、ジョアーキン様、場所はネルガの村からガボルの村へと連なる道中でよろしいですな?」
「ああ、どちらかと言えばガボルの村寄りであった」
「あのあたりは魔物も低級であり、諍いごとなども聞かないですな」
「まだ何の情報も入っていないのだな?」
「記憶する限り、あの辺りから何かしら異常があったという報告はございません」
伯爵が腕を組んだ。
「という事は我らが初の犠牲者という訳か……いや、ひょっとすると」
「どうかされましたか?」
「ふん、最悪の事態が思い浮かんだのだよ」
伯爵とジフの視線が合う。
「既に村自体が完全な犠牲に……」
「そう言う事だ、ジフ、そして我の経験上、こういう悪い予感は当たってしまう」
「……これは今すぐに会議を開いたを方がよろしいですな」
ジフの険しい表情と対照的に、伯爵の方は余裕を崩さないでいた。まるでこの状況をを楽しんでいるように。
「ジョアーキン様、これは私の経験上ですが、私共に頼りっきりというわけではございませんでしょう?」
その時、伯爵はカップを思い切り傾けていた。カップを置くと、中身は空っぽ。
「さすが、わかってらっしゃる」
「ジョアーキン様の考えてることなど、誰よりもわかってると自負しております故」
「直接巻き込まれたからな、黙ってお菓子でもつまんで待つわけにはいくまい」
伯爵はそう言うと、立ちあがり、ジフに背を向け、両手を組んで背筋を伸ばした。そのついでに首を回すと、彼の首からごきごきと音が鳴った。
「何より、昔の血が騒ぐってものよ」
ジフに方に振り返り、伯爵は歯を笑って見せた。それを見て、ジフは少し呆れたように、されど嬉しそうに笑みを浮かべる。
「大陸きっての傾奇者、老いてなお健在ですな」
「はっはっは、我はそう呼ばれていたのか、誉れとして受け止めよう」
「ところで、話は変わりますが、会議には出ませんのですか」
伯爵はすでに、部屋の扉の前。
「我は今からここの臨時隊員となるのでな、隊員ごときがギルド長が出張るほどの会議に出る必要はあるまい」
「されば、どこに行かれる御つもりで?」
「本日より、我の仲間となる者どもにあいさつに行こうと思ってるが……ジフ、止めないのかい?」
「人の話を聞く輩ではありませんでしょう、伯爵様?」
「そりゃそうか」
そう言って、伯爵はドアノブを回した。
*
【流星の使徒】本部談話室。
そこで機動部隊の面々がくつろいでいた。
ソファではソカワが寝っ転がりながら詩集を読んでいる。
テーブル席で、フィジーとアヌエルが東洋茶を片手に談笑し、もう一つのテーブル席では、アーマッジとイディがグルディスという戦争を模したボードゲーム……こちらで言えばチェス、将棋……で勝負し、その隣でハイアットとドクマが盤上と2人の表情を見守っていた。
様子を見るに、アーマッジが優勢。
「こうですね」
アーマッジが駒を打つ音。
「うん……うんっ!?」
「さて、イディさん、ここから打つ手ありますか?」
イディが冷や汗を垂らしているとは対照的に、アーマッジは余裕の表情。
「さっすがに、マッドアルケミストじゃ勝てねえか」
ドクマがニヤニヤしながらつぶやいた。その隣でハイアットは感心している。
「それにしても、イディ隊員も、十分強いですし、頭もとても良い方だとおもってるんですけど、アーマッジ隊員、すごい強いですね」
「そりゃあな、アーマッジはグルディスの大陸大会覇者だぞハイアット、言っちまえばエンヤ大陸で一番強いんだぜ」
「へえ……すごい方ですね」
「すごい奴だろ? 根暗引き籠りアルケミストとは比べ物にならないだろ?」
「2人とも黙ってくれないか!? 筋肉蛮族はさっき10分も持たなかったろう!!」
イディが叫んだ瞬間、ドアをノックする音がした。
「はい、今出ます」
最も扉に近い、ハイアットが立ち上がった。
フィジーはその様子を横目で見た後、すぐに視線をアヌエルに向ける。
「誰だろうね? ホシノちゃんなら失礼しますって大きな声で言うけど」
「……こういう時って、嫌な予感がするのよね」
アヌエルの言葉と同時に、扉が開いた。
扉の向こうに立っていたのは、真っ白な髪にオールバックの、がっしりした男。
すなわち、ジョアーキン伯爵が立っていた。
その姿が見えた瞬間、談話室中に緊張感が走り、皆が焦りの様子で伯爵の方を見た。
ただ一人を除いて。
「あの、どちら様、でしょうか」
ハイアットがぼんやりと答えた。
「ちょ、ハイアッ……」
アーマッジが何か言おうとした時、ドクマとイディが彼を抑え、人差し指を縦に口に当てる仕草をした。何かを楽しんでいる様子を浮かべながら。
周りの皆も、そして伯爵本人も、この空気を察した。
「ああ、私はここのギルド長と友達でね、ちょっと中を散策してたんだ」
「そうでしたか、それは、失礼しました」
「ところで、ここにいる人たちは、どういう集まりですかな?」
「はいっ、僕達は【流星の使徒】機動部隊です」
「おお、こちらの皆様方が、世に名高い機動部隊の方々でしたか、これはこれは、御目にかかれて幸いです」
「ありがとうございます」
2人のやりとりに、談話室内の面々は笑いを堪えていた。
「ところで君は見たところ、若い人間であるようだが、新人さんかね?」
「はい、僕はディン・ハイアットと言います、機動部隊では1番の新人になります」
「なるほど、ハイアットさんか、ここの期待の新星という訳だね」
「えと……まあ、はい、そうです」
ハイアットの答えを聞いて、ドクマとイディ、フィジーが声を漏らした。他の3人も肩を震わせている。
ハイアットは一瞬だけ、怪訝そうに振り返ったが、特に気にも留めなかった。
「はっはっは!! それぐらいの自信が無ければ、務まらないでしょうな!!」
「そう、ですかね」
「その通りだとも、何事も自信を持つことが大事ですぞ!!」
「はい、わかりました、ご助言ありがとうございます」
「これからも我々を守ってくれるよう、よろしく頼みます、ハイアットさん!!」
「あ、はい……」
姿勢よく頭を深く下げる伯爵に、ハイアットは困ったように軽く頭を下げた。
すると、である。
「どわあああああああああああ!!!? ななななななな何してるのでありますか、ハイアット殿!!!?」
バタバタと騒がしい足音と大声を上げながら、ホシノが2人の所に駆け寄ってきた。
「あ、ホシノ隊員、こちらのギルド長の御友人が、あいさつに来たんです、この人も機動部隊の隊員で、」
「紹介はいらないであります、ハイアット殿!! この御方のこと、私はよーっく知ってますし、この御方も私の事を御存知であります!!」
「え……知り合いなんですか?」
「知り合いも何も、私の大恩人であります!! ……ってちょっと待ってください、ハイアット殿、この御方を知らないのでありますか!?」
「……あ、そういえば、お名前を聞いていませんでしたね」
ここに来て、ハイアットとホシノ以外は笑いを堪えきれなくなった。
「うむ、我が名はテオドール・ジョアーキン2世である」
「テオドール……ジョアーキン、様」
ハイアットの心に何かが引っ掛かった。
「おい、まだピンと来てねぇのかよ」
ソカワがソファに座り直し、ハイアットに声をかける。
「なあ、ここの領地は誰の所管だ?」
「……」
「このギルドの最大の支援者は誰だ?」
「……」
「このギルドの最初のリーダーは誰だ?」
「……」
「わからないわけないよな?」
「……あ」
全てに気が付き、ハイアットは改めて、伯爵の方を向いた。
「失礼、しました!」
ハイアットが深々と頭を下げた瞬間、伯爵の豪快な笑い声が建物中に響いた。




