第10話 ジョアーキン伯爵領内異常あり (Part1)
それは、僕が自主訓練を終えて部屋に戻る時。
「ハイアット隊員」
【流星の使徒】本部の廊下で、僕は呼び止められた。
振り返ると、僕の目の前で、キリヤ副隊長が腕を組んで仁王立ちしている。
表情は、とても険しかった。
「ここで、少し時間をとってもいいか」
「……はい、僕は大丈夫です」
廊下には僕と副隊長以外、誰もいない。
「単刀直入に聞く、ハイアット、お前、人間じゃないだろう?」
副隊長の声には、威圧感が込められていた。
しばらく、沈黙が続いた。
「何故、そう思うの、ですか?」
「正直に言おう、まず、その回復能力だ、言うに及ばず常人ではありえん、何かきっかけがあったとはいえな、次にお前は不審な行動が多すぎる、いくら頑強とはいえ無謀な行動ばかりするじゃないか、そもそも、お前が我がギルドに入る前から奇妙な行動が多いのだよ、そしてだ……」
副隊長が、一呼吸置いた。
「ルトラは、お前が出撃したときにしか出てこない……違うか?」
「……」
僕はただ、副隊長の顔を黙って見るだけしか、できない。
「お前が出撃した時に必ずというわけではない、しかし、ルトラが現れるときには必ずお前が出撃してるのだ……さらに言えばルトラがいるときには、お前の姿が見当たらんのだ」
「……」
「ハッキリ言うが、お前とルトラとの間で何らかの関係があると私は確信している、故に知りたいのだ、お前がルトラにとっての良き者か悪しき者か、それとも……」
副隊長はそこで言葉を切った……あえて。
僕は、私は、答えることは、できなかった。
そして、副隊長の表情は、変わらず険しい。
「なあ……お前は、本当は何者なんだ?」
*
時は数日遡り、カトク国のネルガの村から伸びる道中にて。
幌馬車が1台、それと人を乗せた馬が6頭、その周りに小さな猟犬が5頭が木々の間の道を進んでいる。幌馬車には狩りで仕留めた大人の身長よりも大きな牡鹿1頭と小鹿3頭。
「まことに、本日の狩猟は大成功であったな!」
その先頭の馬にまたがる男が笑いながら大声を張った。男の姿は、灰色のオールバックの髪を除けば、青年と呼んでも差し支えない若々しさ。ガタイも良く、一見して腕の立つ戦士だとわかる。
「私もそう思います、当主殿、今回の獲物は子供共々よく肥えております」
少し後ろ側についている、壮年の男が応える。
「うむ、今宵の夕餉が楽しみだな!」
「それに、彼奴等はここら一帯の麦を荒らしてた鹿共です、ネルガの村の者どもも喜んでおりましたな」
「そうであった!! いやあ、ああいうのを見るとやった甲斐があったというものだ!!」
そう言って、当主と呼ばれた先頭の男がまた豪快に笑った。つられる様に周りの皆も声を上げて笑った。晴れた空に、騒がしい声が響く。
「……ん?」
唐突に、当主の男が笑うのをやめ、前方をにらんだ。
道の真ん中に、3人の鎧を着た兵士が武器をもって立っているのが見えた。
「皆の者、止まれ」
当主の号令と共に、皆が歩むのをやめた。緊張感が、静寂を生む。
「当主殿、どうかされたので?」
「あれを見よ、まるで検問しているかのようだ」
「……確かに、この辺りはガボルの村、特に何かもめ事があったという話は、」
壮年の男が話している最中だった。
その3人の兵士がこちらに向かってきた。どこか、よたよたとした様子で走っている。
「ちょうどよいですな、何があったのか聞きましょうか、当主殿」
「……ああ」
当主は、怪訝な表情を浮かべていた。
3人の兵士は、1団のすぐ近くまで来ていた。周りの猟竜達が威嚇している。
「いやあ、皆さまお疲れ様、この辺りで何かあったのですか?」
壮年の男が、前に出て兵士たちに声をかけた。
その時。
兵士の1人が、剣を振り上げた。
「いかん!!」
当主が壮年の男の服を急いで引っ張った。それと同時に、剣が振り下ろされる。
切っ先は、馬の側面をかすめた。馬は前足を振り上げ、嘶きがあたりに響く。馬の左肩部からは血。
「何だ貴様たちは!! この御方を誰と心得」
やや中年の男が前に躍り出た瞬間、別の兵士が槍で一突き。槍の先は男の下腹へ。槍が抜けた瞬間、男はどさりと地面に落ち、乗っていた馬は怯えた声を上げて逃げ去った。
「誰か急いでそいつを拾え!! こいつら、話が通じんぞ!!」
当主はそう言いながら、相手の剣撃を短剣で受け止める。
その間にも、槍兵と残る1人の剣兵も当主に向かって武器を構えていた。そこに、猟竜達が牙を向けて飛びかかり、兵士達の手首にかみついた。だが、兵士たちは、それを何ともないかのように振り払うと、竜達の首を突き刺し、あるいは切り落とした。
その間に、槍をさされた男は幌馬車の中に入れられた。
「救助完了しました!!」
「よし、道を引き返すぞ!!」
当主はそう叫ぶと、兵士を蹴り飛ばし、馬を操って向きを変える。そしてひびができた短剣から、魔装銃へと持ち替えた。アタッチメントの色は緑。間髪入れずに引金を引く。
弾は3人の兵士の足元へ。そこに魔法陣が広がり魔力の蔦が兵士達に絡みついた。
兵士たちが絡めとられている間に、1団はその場から全速力で逃げ去った。
「当主殿、あいつらは一体……!?」
「さあな!! ただ一つわかったことがある!!」
風を切る音に負けぬよう、当主は大声を張る。
「奴らは人間ではない!! 顔がなかった!!」
「何ですと!?」
壮年の男が目を大きく開いた。
「通りで……」
「皆の者!! 我が城にはもどらんぞ!! 鹿共を手土産に、例の奴らの所に向かう!!」
当主が後ろに振り返り、皆に聞こえるように叫ぶ。
それを聞いて部下達も大きな声を張り上げる。
「承知しました!! ジョアーキン伯爵様!!」




