第9話 サイ・ホシノ、参る (Part7)
ホシノの投げた勾玉は、放物線の頂点に達するとまばゆく輝きだした。
そして、光が収まった瞬間。
「な、なんだありゃ……」
木にもたれながらドクマが呟いた。
そこに現れたのは、ルトラのような巨人だった。
武士、と呼ばれるシグレの騎士の姿を模りつつも、頭部は烏のようだった。そして、全身が青銅のように鈍く輝いており、額は赤い宝石のようなものが見える。
「えほんっ、烏印陀!! 怪物を倒せ!!」
軽く咳き込みながらホシノが指示すると、烏印陀は両腕を上げ、胸を張るような仕草をすると、額の宝石からまっすぐな光線が出た。光線は隊員たちの近くの空間……すなわち透明な怪物に着弾し、青白い炎が一瞬上がる。
『機動部隊、応答せよ!! 今出てきたデカブツはなんだ!!新たな敵か!!』
「私の式神であります!! キリヤ副隊長殿!!」
コミューナからのキリヤの怒声に、ホシノは得意げに答えた。
『式神……ちょっと待て、この大きさだぞ!? 今すぐに……』
「ああっ、烏印陀!! 負けるなであります!! げほっ、げほっ!!」
烏印陀は何かに飛びつかれたようによろめいた。すぐに、右脚を後ろに引き、踏ん張る姿勢をとった。
「皆さん、烏印陀が食い止めているうちに!! ええっほ!!」
「了解、ドクマ隊員、脚の具合は!?」
「俺をなめんなハイアット、これぐらいなら我慢できらあ!!」
包帯で左脚を縛りつつ、ドクマは声を張った。
「急ぎましょう!! このままだと巻き込まれます!!」
アーマッジの言葉の後、すぐさま4人は走りだした。
巨大な物が戦う音を背にしながら、機動部隊の4人は森の中を駆けていく。時折、左脚の痛みで止まるドクマに声をかけつつ、時折、振り返って烏印陀に組み付いているらしい透明な怪物に発泡しつつ。
烏印陀は踏ん張りながらも、透明な怪物を懸命に、何度も何度も殴りつける。烏印陀の、金属が曲がるような鳴き声が森の中で響いた。
直後、烏印陀は頭を前におもいきり振った。
ぼうん、という鈍い衝撃音が鳴った。
更にそこから、烏印陀は両手を組み、右に、左に、縦に、風を切る音と共に振り回す。額からの光線を交えながら、間断なく攻撃を繰り返し、詰め寄るように前進していった。
いきなり烏印陀の腕の動きが止まった。同時に、烏印陀の手首に歯形が浮かび上がった。
そして、今度は逆に、打撃音と共に、烏印陀の身体が、右に、左に揺さぶられていった。
「ええっほ!! げほ!!」
またホシノが咳き込んだ、さっきよりも激しく、何度も。そして、右手で頭を押さえながら、苦しそうな表情を浮かべた。
その様子を、ハイアットは走りながらも怪訝そうに見た。
「ホシノ隊員、大丈夫ですか!?」
「はい、大丈夫であり……」
次の瞬間。
烏印陀が倒された。
「ぐえっほ!! んあああああっ!!」
「ホシノ隊員!!」
ホシノが一際大きく咳こんで倒れると、頭を抱えながら悶えた。すぐにハイアットが駆け寄った。
「おい!! 何があった!!」
「先に行って下さい!! ホシノ隊員は僕に任せて下さい!!」
「……わかった、すぐに来いよハイアット!! 行くぞアーマッジ!!」
少しの逡巡の後、ドクマは答えると、アーマッジと共に駆けていった。
ハイアットはホシノの顔を覗き込んだ。血涙と鼻血はいまだ治まっていない。
それだけではなかった。
口元からも血が垂れており、咳をするたびに彼女の口から吹き出していた。
烏印陀はジタバタともがいて何かを引きはがそうとしていた。今度は肩口に歯形が現れ、そこから火花がバチバチと上がっていた。烏印陀は咆哮をあげる、痛みに苦しむように。
それでも、烏印陀は何とか首を動かす。
そして、自分の頭を高く上げた瞬間、額から光線を撃った。
光線はジリジリと怪物の表面を焼いていった。透明な怪物の叫び声が上がった瞬間、烏印陀はまた拳を打ち込むと、ゴロゴロと転がり、体を入れ替えた。
烏印陀は左手で怪物をつかむと、右手で殴り始めた。
激しい戦いの最中、ハイアットは、ふらつきながら立ち上がるホシノを支えていた。
先ほどよりも流血は落ち着いたが、ホシノの顔と服は血で赤黒く染まっており、呼吸も弱々しくなっている。
それでも、ホシノは何とか立ち上がると、ハイアットに支えられながら、目標の地点に向けて足を動かした。ハイアットもそれに合わせるように、ゆっくりと歩く。
『こちらキリヤ、ホシノ隊員はどうなってる!!』
突然、コミューナからの通信。
「こちらハイアット、今、ホシノ隊員を連れてます、ホシノ隊員は歩行も覚束ないほど衰弱している模様です!!」
『くそっ!! やっぱりか……!!』
キリヤの声に、後悔が滲んでいた。コミューナ越しに、ため息が漏れるのが聞こえた。
『……式神とは、術者が自身の魂の一部を宿らせることで実体化させた特殊な霊体、すなわち術者と魂を共有させている存在だ、故に式神に何かあれば当然影響は術者に被るし、出し続ければそれだけ魂を消費することになる』
「それってつまり……」
ハイアットが何かを言いかけた瞬間、烏印陀が怪物を殴る音がかぶさった。
『いつもの烏ぐらいの大きさならさほど問題はない、しかし、あの大きさともなれば、維持するだけでも相当な負担となる!! 術者が受ける影響も馬鹿にならん!!』
「だから隊長はあの時、」
『ああ、予想してたのだろう、私もわかっていれば……』
その時である。
烏印陀の体が、空にはね飛ばされ、強かに地面に叩きつけられた。
「かはっ!!」
また、大きな咳と共に、ホシノが血を吐いた。血が地面に飛び散った音が、はっきりと聞こえた。
「ホシノ隊員、しっかりしてください!! ホシノ隊員!!」
『ホシノ!! 一刻も早くあいつを引っ込めろ!! このままだと、お前が死んでしまう!!』
ハイアットとキリヤは必死に呼びかけた、何度も何度も。しかし、ホシノは目を開けぬまま、ただ弱い呼吸音だけを聞かせた。
烏印陀は仰向けに倒れながらも必死に耐えていた。両腕をぶるぶると震わせながら、のしかかってくる透明な敵の攻撃を抑えていた。
金属が軋むような音が、烏印陀の身体から鳴っていた。そして、体力の限界が迫ってきたことを告げるように、額の宝石は点滅し始めた。
「ホシノ隊員!!」
『ホシノ!!』
彼女を呼ぶ、2人の声は止まらない。
『一刻も早くあいつを引っ込めるんだ!! このままだと、お前の命が無くなるぞ!!』
「……」
『ホシノ!! 聞こえてるか!! ホシノ!!』
「……す」
わずかに、ホシノの唇が動いた。
そして次の瞬間、ホシノは大きく息を吸った。
「絶対に嫌であります!! 受けた命を全うせずして終わるなど、ホシノ家の名折れ!! 【流星の使徒】の人間として、ホシノ家の人間として、最後まで……最後まで戦うであります!!」
眼は血でふさがれ、口から血を零しながら、ホシノは叫んだ。
『馬鹿者!! 任務はお前だけが受けてるのではないんだぞ!!』
「今、あの怪物を、倒せるのは烏印陀だけであります!! 私を、烏印陀の力を信じて下さい!!」
『その烏印陀も危ないんだ!! このままではお前が死ぬだけで終わってしまう!!』
キリヤの言葉を聞いて、ホシノは臍をかんだ。
確かに、後ろで響いている烏印陀の鳴き声は、弱まってきていた。
終わりは、近かった。
「……まだ、終わってないであります」
小さな、小さな声で、ホシノはつぶやいた。
『ん? どうしたんだ!?』
「烏印陀!! そいつを飛ばせえええええええええええええ!!!!」
目を閉じたまま顔をあげ、ホシノは叫んだ、声が枯れるほどに。
烏印陀は膝を折りたたみ、足の裏を上に向けた。
そして、ぐるりと背を丸め、そのまま透明な怪物を蹴り飛ばした。飛ばした方向は、ディヌーズの森の南の方。
すなわち。
『な……!? アヌエル、起動させろ!!』
「了解!! 《大いなる自然よ、秘めたる力を世に発散させたまえ》!!」
アヌエルの詠唱と共に、木々に刻まれた魔法文字が輝きだした。そして、その輝きが稲妻のように木々に伝わると、魔力の爆風が、木の葉を散らしながら次々と起こった。
<ヴガアアアアアアアアアアアアアア!!!!!>
怪物の咆哮が空に響き渡った。




