第9話 サイ・ホシノ、参る (Part6)
朝が来た。
ディヌーズの森の前で、機動部隊と諜報部隊の面々が集った。
機動部隊は、ドクマ、アヌエル、アーマッジ、ハイアット、そしてホシノの5人。キリヤは臨時基地からの指示を担当する。本部のムラーツと同様にホシノの式神の視線越しに。
そのホシノの式神の1体が機動部隊が集まる上に来た。
『よし、君たちの顔がよーく見えるぞ』
ドクマのコミューナからキリヤの声。にわかにその場の緊張感が増した。
『これよりディヌーズの森の怪物退治を本格的に開始する、アヌエルを除く機動部隊の4人が、森に入り、怪物との戦闘を担当してもらう、戦闘を開始したら、森の南端である、今ここにいる地点まで怪物を連れていくように移動しながら交戦……当然そこで仕留めてもよい』
機動部隊の皆が険しい顔でキリヤの指示を聞く。特に、少女一人が一際険しい顔を浮かべていた。
『そして、この地点の付近まで怪物が到達したら、準備した魔法文字を起動、魔力波を引き起こすことで、怪物を森の外へと追い出す、この役目はアヌエルに任せる』
「了解です」
アヌエルが毅然と答えた。
『森の外にでた怪物が実体化したら後は総力戦だ、私も前線に出て全力をもって目標を打ち破る……たとえ、透明化が解除されなかったとしても、だ』
キリヤの声に静かな熱がこもった。
『それとだ、皆も知っている通り、今回はいつもオペレーターを担当しているホシノ隊員の初陣となる、初陣ではあるが、戦闘面では怪物を唯一認識可能であり、更に私と隊長の目ともなり、今回の鍵を握る存在だ、皆は力を合わせて彼女を支えてほしい』
了解、とホシノを除く4人が答えた。
『改めて、ホシノ隊員、よろしく頼むぞ』
「……了解!!」
大きく息を吸い、自らを奮い立たせるようにホシノは答えた。
『それでは、作戦を開始する、健闘を祈る』
キリヤとの通信が切れる。
同時に、隊員たちの顔を見ていた式神がひゅるりと空へと舞い上がった。その直後、ホシノは再び深呼吸。
「おう、ホシノちゃん、緊張してんのか?」
「うひゃっ」
ドクマに急に肩を叩かれ、ホシノはあたふたしながら振り返った。
「ドクマ殿!! い、今のは、この大事な場で、精神を研ぎ澄ませただけであります!!」
「そう言ってっけどよ、足、ずっと震えてるぞ」
「これはっ、武者震いでありますっ!!」
顔を紅潮させるホシノを見て、ドクマは、ははっ、と笑った。
ホシノの表情は明らかに不満の色が見て取れた。それは大人扱いされない子供の表情によく似ていた。
そこにアーマッジが近寄る。
「ホシノ隊員、先頭をお願いできますか」
「あ、はい、アーマッジ殿、私にお任せあれ!!」
シグレ式の敬礼をする、ホシノの顔に少しばかり喜色が浮かんだ。
*
風と木漏れ日が揺れる中で、響いてるのは足音、もしくは呼吸の音だけ。
やはり、ディヌーズの森は生命を感じる音が聞こえてこなかった……機動部隊の面々、ドクマ、アーマッジ、ハイアットとホシノ以外に。その静けさが、彼らに圧迫感を与える。
そして、あの怪物がこの静けさの中に潜んでいるのである。
「……ホシノ隊員、目標は見えますか?」
アーマッジが聞いた。しかし、先頭のホシノは厳しいの顔のまま、何も言わない。
アーマッジがすうっと息を吸った。
「ホシノ隊員!!」
「……えっ、はいっ!!」
「目標は見えましたか!?」
「いえっ! まだ見えません!」
2人のやり取りを見て、ドクマがため息をついた。
「おめーらさ、もうちょい静かに会話できないのか?」
「あ、す、すみません」
ホシノがドクマに向かって頭を下げた瞬間。
『総員、警戒せよ、森から白い霧が出てきた、昨日ホシノの言ったとおりだ』
コミューナからキリヤの声。それを聞いて、4人はホルスターに手をかける。
「確かに……気配を感じます」
そうホシノが言うと、身をなるべく茂みより低く屈め、ゆっくり、1歩ずつ進んでいく。
そして、聞こえてきた。
<ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……>
「……あの唸り声だ」
ハイアットが呟くとほぼ同時に、皆が銃を手に持った。
ホシノと同じように、ハイアットも精神を研ぎ澄ませる。しかし、やはりなのか、ハイアットにはあの声以外は何も感じ取れなかった。
「……来ました!」
ホシノの言葉と共に、皆は銃を構えたまま、さらに身を低くした。
「どちらの方角からだ?」
ドクマは身を乗り出すようにしてホシノに近より、小さな声で聞いた。
「はい、ここより左斜め前に見えます……まっすぐにこちらに来ています……!!」
「くそっ、向こうはこっちが隠れても位置がわかるのかよ、仕方ねぇ、ホシノちゃん」
「はいっ」
「3、2、1で先に立ち上がって怪物を撃て、俺たちもそれに合わせて一斉に撃つぞ」
「……了解!」
ホシノは空いた手で軽く頬を叩くと、魔装銃を構えなおした。
<ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……>
唸り声が近づいている。
「3!」
ホシノが数えだした。
「2!」
皆が同じ方向を睨む。
「1!」
ホシノの頬に、冷たい汗。
「行きます!」
刹那、ホシノは立ち上がり、魔装銃を撃った。
それと同時に3人も一斉に撃ち始めた。豪雨のような銃声が森の中を響き渡った。
彼らの視線の先で、魔法弾が空間上の見えない何かに着弾した。その光景を身ながら、4人は少しずつ、南の方へと下がっていく。
「相手はびくともしてないであります!!」
「だからどうした!! 撃ちまくれ!!」
ホシノを叱責するように、ドクマは叫んだ。
しばらくすると、銃声が止んだ。魔装銃の魔力が切れたのだ。
4人は走りながら、アタッチメントの交換を急ぐ。
<ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……>
煙の中から唸り声が聞こえた。
ホシノが走りながら振り返った。
「まずい!! こっちに向かって駆けてきたであります!!」
「どれぐらいの速さですか!!」
「こっちが走るよりずっと速いです、アーマッジ殿!!」
アタッチメントを換えると、すぐさま4人は、走りながら後ろの方を撃つ。
「このままでは追いつかれます!!」
「仕方ない、2手に分かれんぞ!! 俺とホシノちゃんは左!! ホシノちゃん、来い!!」
「ひゃあ!?」
ドクマはホシノの胴を抱え込むと、左に走り、ハイアットとアーマッジは右に走った。
「了解!! 行こう、ハイアット隊員!!」
「はいっ!!」
アーマッジとハイアットは右に逸れるように走っていった。
ガサガサと草をかき分ける音が鳴らしながら、4人は逃げていく。
汗をぬぐい、呼吸を荒くしながら。
そして、距離にしてそれぞれが20程走ったところだった。
『アーマッジ、ハイアット、追われてるぞ!!』
コミューナからキリヤの声。
名前を呼ばれた2人は振り返った。
<ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……>
例の唸り声は聞こえるが、何も見えなかった。
それでも、2人は銃を構え、撃つ。
空間に着弾、位置はほど近い。
「まずいっ……!!」
アーマッジが思わずこぼした。
その傍ら、ハイアットが目を、かすかに金色に輝かせる。そして引き金に指をかける。
その瞬間。
ひゅうん、と何かが、ハイアットたちが撃ったあたりの空間に飛び込んできた。
一つ目の紅の猛禽類。それが何もないように見える空間に鉤爪を立てて襲い掛かっていた。
「ホシノ隊員の式神……!!」
アーマッジがそう言って、眼を見開いた。
『式神で気を引いてます、今のうちに私達と合流を!!』
「了解!! 急ぎましょう、ハイアット隊員!!」
ハイアットが頷く。
先ほどとは逆方向、式神が舞う辺りを大きく迂回するように、2人は足早に駆けていった。木々の間を縫うように、必死に。
ハイアットがちらと振り返る。一つ目の猛禽が、何かに威嚇しながら舞っていた。
「こっちだ!!」
ドクマの声。2人の視線の先に、ドクマの大柄な姿が見えた。2人はそこに向かって走る。
「お前ら、大丈夫か!?」
「ええ、おかげさまで」
アーマッジが息を切らしながらも答え、式神が舞っている方に向いた
「式神が気を引いている今が好機、白の魔石を」
アーマッジの案に、皆が乗り、手早くアタッチメントを入れ替えた。そして、4人は怪物のいるであろう方に銃を向ける。
「カウントします! 3、2、1……」
アーマッジが数える。
「撃て!!」
さっきよりも大きな銃声。1人ホシノだけ、反動の大きさで体勢を崩した。
4発とも命中した、光が、悶える怪物の姿をぼんやりと模った。
「へっ、知ってたが、やっぱり相当なデカブツらしい!!」
「言ってないで、急ぎましょう!!」
ニヤッと笑うドクマをアーマッジがたしなめた。
4人は走る、軽い傾斜となった森の間を走り下る。
<ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……>
あの声も追いかける。だが、その発信源の空間に向かって、ホシノの式神が猛然と飛び掛かった。
その瞬間を狙うようにして。
「もう1発!!撃て!!」
今度はドクマが叫んだ。2回目の白のアタッチメントによる銃撃。
今度もまた、4発命中した。唸り声ではない、怪物の咆哮が響き渡った。それを背にして、4人はまた走り出す。
コミューナにから浮かぶ、方位磁石の象形を頼りに、彼らは南の地点を目指す。
「目標地点まで、距離300!! ホシノ隊員、後ろの怪物は!?」
アーマッジが叫んだ。
「はい、まだ来てます!! また距離が縮まってきてます!!」
「よし、もう一発撃つか!!」
ドクマが言うと、ほぼ同時に4人が後ろを振り返った。
式神も、ぐっと速度をあげ、怪物に果敢に攻めていく。ひらりひらりと舞って、怪物を翻弄しているさまを見せた。
4人が一点に向かうように銃を向けた。
その時。
「うあっ!!」
ホシノが叫んだ。
式神がいきなり、3つに分割されながら真横に飛ばされ、木に叩きつけられた。
それと同時に、ホシノが頭を抱えながら倒れた。
「ホシノ隊員!?」
すぐそばにいたハイアットがしゃがみ、ホシノを呼びかけた。
「大丈夫ですか!?」
「はい……なんとか……」
ホシノがよろよろと立ち上がった。
ホシノの鼻と目から血が流れていた。
その様子に、3人は驚いた。
「おい!? ホシノ!! どうしたんだ!?」
「大丈夫です、ドクマ殿、これぐらい……」
「駄目だ!! お前だけでも戻れ!!」
「それはできない……ああっ」
ホシノが上を指さした。
「奴が飛んだ!!避けて!!」
4人はその場から逃げるように飛びのいた。
しかし。
「ぐああっ!!」
今度はドクマが叫んだ。彼の左太腿から血が噴き出した。
「ドクマ隊員!!」
「くんなハイアット!! 奴がどこにいるかわかんねえんだ!!」
<ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……>
あの声がすぐ近くから聞こえる。
しかし、姿は見えない。どう動けばいいか、全くわからない。さりとて動かずにいてもやられる。少なくとも1人の死が確定した状況だった。
『ホシノ隊員!! 監視用の1体を囮にするんだ!! こっちが見えなくなっても構わん!!』
コミューナから、キリヤが必死に指示を飛ばした。
その時、ホシノは胸のポケットから何かを取り出し、それをぎゅっと握りしめた。
「……切り札を使う」
『ホシノ隊員!! 何をしてる!!』
ホシノには、キリヤの声が聞こえてないかのようだった。
そして。
「行け!! 烏印陀ああああああああああ!!!!」
叫ぶと同時に、ホシノはそれ……赤い勾玉を上空に放り投げた。




