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巨神騎士伝ルトラ ~光の巨神よ、この世界を照らせ~  作者: 長月トッケー
第9話 サイ・ホシノ、参る -幻魔獣ホウラン登場-
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第9話 サイ・ホシノ、参る (Part5)

 ディスプレイに映る、鼻息を荒く……片方は詰め物をしていたが……したホシノの姿を、皆は呆然と見ていた。画面の中で、ホシノはまっすぐにムラーツの目を見ている。


『確かに実戦経験はありません、しかし、私も機動部隊の一員です!! 戦うための訓練はしてます!!お願いします!!』


 ホシノの必死な形相を、ムラーツはしばらく、黙ってみていた。そして、溜息。


『ホシノ君、君の熱意はわかった、だが、私は君を現場には行かせられない』

『何故ですか!? 私はこの部隊に努めてもう十分な年数を経てるではありませんか!?』

『落ち着いてくれ、ホシノ君、理由はいくつかある』


 ムラーツはポンと、小柄なホシノの肩に手を置いた。


『まず1つ目、身体能力の問題……確かに、ホシノ君は一般人と比べれば運動はできる、だが他の隊員達と比べると、君は一枚落ちる』


 ホシノは、口を真一文字にしていた。 


『2つ目、精神面の問題だ、君は画面越しにオペレートしてる最中でも、不測の場面で慌てたり焦ってしまう事がよく見られる、実戦の場でそのような真似をしたら、君の命に係る、それと……』

『そんなの、実際にやってみなきゃわからないじゃないですか!!』


 ホシノがムラーツの手を払いのけ、叫んだ。激しん剣幕で彼女はムラーツを睨んだ。


『隊長の言う通り、運動の試験結果は良くはないであります、ソカワさんたちの穴は埋めきれないかもしれません……ですが!! 穴を全く埋められないことは絶対にないであります!! それに、私にはあの怪物の姿が見えるのです!! 隊長の想像を遥かに超える活躍をして見せましょうぞ!!』

『だからホシノ君、落ち着きたまえ、君が活躍できないとは別に言ってない……』

『ならば、行かせてください!! 私のこの意志、絶対に曲げはしませんからね!!』


 体を振るえさせ、口角泡を飛ばすホシノの姿を見て、ムラーツは大きくため息をついて右手で顔を覆った。もう無駄なのだろう、という諦めを隠すように。


『副隊長、そっちにホシノ君をやってもよいかね』

「こっちは大丈夫だ、むしろ地元のギルドから派遣してもらうよりいいだろう」


 その瞬間、ホシノの顔はぱっと輝いた。


『隊長っ、副隊長っ、誠にっ、誠にありがとうございます!! 不肖、このサイ・ホシノ、必ずやお役に立てて見せましょう!!』

「だが、ホシノ隊員、こっちまではどうやって行くつもりだ?こっちとしてはあまり時間はかけられんぞ」


 興奮するようホシノを諌めるように、キリヤは言った。


『ご心配なく、私は馬に乗れますから、ここからひとっ走りしてまいります!!』

「それでも、数時間はかかるだろう、その間に怪物がやってくる可能性もある」

『う、あ……』


 キリヤの指摘に、ホシノは口をつぐんだ。騎乗中での式神の遠隔操作は、彼女には到底不可能である。すなわち、戦闘での支援は全くの不可能状態となる。


「……ホシノ隊員、今、怪物は出現してますか? 森の上空から確認をお願いします」


 何か思いついたように、アーマッジは言った。


『え、えと、確認します!!』


 ホシノがバタバタと離れていき、別のディスプレイを見た。


『……今のところ異常なし、怪物の姿は見受けられません』

「やっぱり」


 アーマッジが指を鳴らした。


「ん、どういう事だよ、アーマッジ」

「今から説明します、ドクマ隊員……実を言うと、なんであの怪物が森から出てこないか、ずっと考えてたんですよ」

「あー、そういや、魔法陣設置してる時、来なかったもんな」

「そうです、さらに言えば、今もまた出て来てないですし、先ほどのホシノ隊員の証言からまた森の中に身を潜めているようです……ちょっと、妙だと思いませんか?」


 そう言って、アーマッジは他の隊員たちの顔を見渡した。


「あの怪物は、姿が見えないどころか魔力の検知もされない、更にこちらを攻撃することが可能であり、力も非常に強い……これだけ強力であるならば、すぐにでもこちらを襲撃して壊滅させるはずです、しかし、それをせずに森の中に潜み続けてる」


 アーマッジがポンと鳴らしながら両手を組んだ。


「これはあくまで僕の推測ですが、奴のあの能力を維持するには多量の魔力が必要なんです、つまり、ダンジョンのようにいるだけで多量の魔力を取り込めるような場所でなければ、奴は自分の姿を隠せなくなる、大きな利点を失ってしまう訳なんです」

「なるほど、それで奴は森の外にいるこっちを襲って事はないってことか」


 ドクマの答えに、アーマッジは「そうです」と返した。


「ですから、ホシノ隊員の移動中に怪物が森から出てくる可能性は低いと思われます、あくまで、低い、ですが」

「情報としては十分だ、ホシノ隊員、改めてよろしく頼むぞ」

『はいっ、了解しました!!』


 ホシノは画面越しに、キリヤに向かって力強くシグレ式の敬礼をした。


『……ホシノ君、行く前に改めて言っておくことがある』


 ホシノの傍らで、ムラーツは心配の色を隠せないでいた。


『命を大切にしろ』


 今度はムラーツがホシノの目をまっすぐに見る。


『はい、了解です』


 ムラーツの言葉に対して、ホシノは愚直に答えた。


「……ホシノちゃん、鼻の詰めもん、とっとと外してくんねぇかな」


 ドクマのつぶやきに、アヌエルは少し吹き出した。それをハイアットはぽかんと見ていた。



 その日の夜。

 怪物退治の実行は翌日明朝となった。それでも、夜間の襲撃に備え、機動部隊、諜報部隊が協同で森周辺の見張りを行っていた。 


 さく、さく、と草を踏む音がだけが、夜の中で聞こえている。光は半月より少し大きな月と、見張りの持つ魔力灯だけ。

 しばらくすると、誰かが音を鳴らすのをやめた。そして、その誰かは森の奥をじっと見つめた。


「……何も見えない」


 ポツリとつぶやいた。声の主はハイアット。

 もう少しばかり、彼は奥を覗いた……ほんの少し、自分の目を、金色に光らせて。

 

 それでも、何も見えなかった、気配も何も。

 異常な敵だ。

 ハイアットは、ルトラは、改めて感じた。

 完全に姿を隠し、まるで蟻地獄のように獲物を待ち続ける。

 獲物は多分、いや間違いなく自分だ、彼は確信する。

 来なければ延々と、訪れる者達を食い荒らす。だが【流星の使徒】が放っておくわけがない。確実に、来る。

 自分たちは、誘き出されたのだ。無関係な人の死を撒餌として。

 ハイアットは臍をかんだ。


「……い……の」


 自分は、【流星の使徒】は、手遅れの状態でしかこの場所に来れない。ルトラは人を守れていない、その事実をもって、ルトラはずっと挑発されている。


「……ですぞ、…ット殿」


 ルトラの、ハイアットの頭の中に、シルヴィエの笑みが浮かんだ。


「ハイアット殿!!もう交代でありますぞ!!」

「うあっ」


 突然、肩を叩かれ、ハイアットは驚いた。

 振り返ると、ホシノが立っていた。鼻の詰め物はもうとっていた。


「ずーっと森の方をみてましたが、何か異常があったでありますか!?」

「あ……別に、ちょっとぼーっとしてました」

「あっはっは、相変わらずハイアット殿はぼんやりさんですなあ」


 笑顔を浮かべるホシノは、どこか得意げだった。


「なんだか、楽しそう、ですね、ホシノ隊員」

「そりゃそうでしょう、明日は私の初陣でありますから、興奮を抑えきれないですよ」


 ホシノは胸を張った。


 彼女が喜色満面であるには初陣以外にも理由があった。

 彼女こそが、明日の怪物退治の要なのである。

 怪物退治には、まず透明化を維持できない場所、すなわちディヌーズの森の外に誘き出す必要がある。そのためにはまず、敵を誘い出す、つまりこちらから戦闘を仕掛ける必要がある……当然のことながら、ここで怪物を倒しても良い。担当は、ドクマ、アーマッジ、ハイアット、そしてホシノ。

 特にホシノについては、唯一姿が見える点、そして彼女の式神が囮として非常に優秀な点から、非常に重要な役割を担っていると言えた。


 初陣にして、である。


「やっと、この西の天下にホシノ家の実力を示す時が来た!!そう考えると、血沸き肉躍るのであります!!」


 喜びを隠しきれないホシノを見て、ハイアットは不思議とうれしく感じられた。


「やっぱり、ホシノ隊員はすごい、と思います……みんなとは、違う力を持っていて、きっとルトラよりもすごい力を……」

「そんなあ、お世辞はいいでありますよ、ハイアット殿、ただコツコツ修練を重ねた成果であります」


 ホシノは浮ついた様子で謙遜した。


「修練……あのいつも式神を飛ばしてる……?」

「そう言う事であります、が、あれの目的は別に式神を操る事にはありませんぞ、ハイアット殿」

「えと、どういうこと、ですか?」


 待ってましたとばかりに、ホシノは鼻を鳴らした。


「陰陽師の神髄は、我が魂と自然全体を一体化させることであります!そうして時空の流れを見通すことが可能となり、この世の自然に宿る霊と妖を我が手足として自在に操れるようになるのです」

「魂と、自然を一体化……」

「そうです、その一体化を感じ取るのは、視覚、聴覚といった既存の感覚では不可能であります、それを可能にする感覚を私共は「心眼」と呼んでおります」

「しんがん?」

「心の眼、であります、これを会得するのが我々陰陽師の1つの目標であります」


 ハイアットは素直に感心しながら、大きな身振りを交えたホシノの説明を聞いていた。それは少なくとも「ハイアットの記憶」には全くなかった思想であった。


「……ありがとうございます、勉強に、なりました」

「いえいえ、それほどでも」


 また、ホシノは得意げな笑みを浮かべた。


「あっ、ハイアット殿にだけ、ちょっとだけ教えることがまだあります」

「えっ……?」


 ホシノに手招きされ、ハイアットは少しかがんで耳を貸した。


「ここだけの話、私には隊長にも言ってない切り札を持ってるのであります」

「……それは?」

「おっと、それは明日のお楽しみであります」


 そう言って、ホシノはハイアットを離した。


「それでは、見回りに行ってまいります、ハイアット殿はしばし、ご休息を」

「……はい、よろしくお願いします」


 そう言うと、ホシノは2体の式神をはるか上空へと飛ばし、自身は森の周囲を、腕を大きく振って歩き始めた。

 その様子を、ハイアットはぼんやりと見送った。


「心眼……」


 ハイアットはポツリとつぶやいた。


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