第9話 サイ・ホシノ、参る (Part3)
日が頂点より少し傾き始めた頃、ディヌーズの森で。
「……静か、だな」
「……ええ」
ソカワの言う事に、ハイアットは相槌を打った。
その傍らには1羽の真っ白な烏。
ソカワとハイアット、そしてホシノの式神1体が、まだ日の射す森の中を進んでいた。
「気配すらしない……俺も昔一度入ったことあるが、こんなじゃなかったはずだ」
「そう、なんですか?」
「ああ、森のダンジョンってのは周り全てから気配がするんだ、緊張感のある場だよ……それに比べて今ここは木々以外に何もないかのようだ……気味が悪いぜ」
その時、ソカワのコミューナから受信音。
『こちらアヌエル、ソカワ隊員、そっちは何か見つけた?』
ソカワのコミューナから、アヌエルの上半身が浮かび上がった。
「こちらソカワ、それなりに置く奥まで進んだがこっちも何にもないね……そっちも、か」
『そうよ、おかしいぐらいに、何にも、ね』
「ああ、魔物1体でてきやしない」
『確認だけど、この森、ダンジョンとして認定された場所、よね』
「ああ、そうだな……ハイアット、魔力反応を調べてくれ」
「は、はいっ」
ハイアットは急いでコミューナで確認した。
「えっと、な、何も反応はありません!」
ダンジョンとはすなわち<魔力濃度の高い迷宮構造を持った場所>であり、多種多様な魔物や高魔力由来の様々な物質が存在するのが常である。その内部で魔力反応が検知されないという事は、まずもってあり得ない話なのだ。
その方を聞いて、ソカワは舌打ちした。
「うすうす感づいてたが、もうすでにおかしいことになってたか」
『これは大変な事態よ、人どころか、魔物も何もかもいなくなってしまった、これって……』
「ちょっと待った」
『あっ、どうしたのソカワ隊員!?』
ソカワがアヌエルの話を遮ると、その場から走り出した。彼の視線の先には何かが落ちていた。
その地点に着くと、ソカワはしゃがんで落ちている何かを手に取った。
骨だった。それも、人の。
「間違いない、被害者の残骸だ……これは脚だな」
『やっぱり……犯人は』
「ああ、とんでもない大食漢らしい」
『しかし、短期間でこれほどの被害を出すのならば、別の魔力反応があってもよいはずなのに……』
『すくなくとも、今までの常識外の存在がいること、失踪者の生存が絶望的であることは確定したな』
割り込むように、ムラーツの声。
『生存率が皆無なのは心苦しいが、大きなヒントは得られた、後はその犯人を探すべきだ、引き続き、心して捜索してくれ』
『了解』
「了解」
コミューナの通信が切れると同時に、ハイアットがソカワに追いついた。
「ソカワ隊員、どうしたんです、かって、それは……?」
「多分だが、被害者の骨だ、この辺りにまだあるはずだ、検査のためにいくつか持って帰ろう」
「了解」
ソカワの予想通りだった。
探してみれば、茂みの中や獣道の上に、足や指、あばら、背骨、そして頭蓋骨など、様々な部位の骨が次々と見つかった。それを見つけるるたびに、ソカワは舌を打ち、溜息をついた。
「ちっくしょう、予想通りとは言え……ハイアット、そっちはどうだ」
名前を呼ばれ、ハイアットが木の陰から顔を出した。
「はい、こっちもかなりの数があります、2、3人分の骨が固まってる所もありました」
ハイアットは平然と、そして淡々と報告する。
「ほとんどの骨が一部欠損、それに、肉片や内臓が、その、全く見あたりませんでした」
「随分とお上品に食いやがるな……たしかに、すえた臭いがしやがる」
骨を嗅ぐと、ソカワが顔をしかめて、骨を無造作に捨てた、
その骨が、からりと音を立てた瞬間。
<ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……>
「……ハイアット、今の聞こえたか?」
「はい」
唸り声、それも地の底から聞こえてくるような。
<ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……>
「魔力反応はどうだ?」
「……ありません」
「はぁ?そんなわけ……
『こちらホシノ!! 全隊員に報告!!』
唐突に、コミューナからホシノの声。
『ソカワ班より、北西約150の位置より、未確認の白い霧が発生!! ソカワ班警戒を!!』
『何言ってんのホシノ? 全然そんなの見当たらないよ?』
フィジーの困惑した声が割り込んだ。
『こちらからは確かに見えるんです!! 信じて下さい!!』
『そう言われても、こっちからは何にも見えないんだもん!!』
『ホシノ君の言う通りだ、フィジー隊員、こちらの映像には写っているのだ』
コミューナ越しに、ムラーツがフィジーを諌めた。
『それに争っている暇はない、霧はソカワ達に近づいている』
「くそっ、マジかよっ」
ソカワとハイアットは魔装銃を構える。
『他隊員も早急にソカワ班に向かえ、ホシノ君は案内を』
『了解であります!!』
ホシノにつられるように、他の皆も「了解」と答えた……少なからず戸惑いながら。応答の後、ソカワとハイアット、それと彼らにつく式神の周りに、嫌な緊張感が張っていた。
「……なあ、ホシノ、本当にそいつは来てんのか」
『はい!! ドンドン近づいております!!』
<ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……>
また唸り声。それは、明らかに近づいてきていた。
「どっちからだ」
『こちらの方角です!!』
ひゅるりと式神が飛び、空間のある一点に留まった。ソカワとハイアットはその方向に銃口を向けた。
だが、2人がいくら目を凝らしても、森の奥に霧らしきものは見えない。
それでも、
<ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……>
唸り声が近づいている。
「ハイアット、魔力反応は!?」
「……依然反応なし!!」
「なんだ……どういうことだ!?」
そして。
『ソカワ班!! 霧が……いや、霧じゃない!! 怪物です!!』
けたたましい警告音と共に、焦るホシノの声。
「はあ!?霧も怪物も見当たんねぇぞ!!」
『本当です!!怪物がすぐそこに来てるんです!!』
<ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……>
唸り声は大きくなる。ソカワ達も少しずつ後ろに下がった。
「わかんねぇ……!! 何がいやがるんだ!!」
『ソカワ班、早く行動を!!』
『何をしているソカワ!! 撃てっ!!』
ムラーツの怒声を聞いた直後、ソカワとハイアットは魔装銃を1発、2発、3発と撃った。アタッチメントは火。
弾はまっすぐに飛び、そして
何も無い空間に着弾した。
「ん!? 何が起こった!?」
『怪物は、動じてません!! ソカワ班、早く、早く退避を!!』
「ああくそ!! 一体全体何が……」
その瞬間だった。ソカワとハイアットの2人が、鈍い音と共に吹き飛ばされた。
ソカワは木に叩きつけられ、ハイアットは地面に叩きつけられた。2人の着込む、【流星の使徒】専用の特殊ジャケットには大きなひっかき傷ができ、血が滲んだ。
ハイアットは痛みにこらえながら立ち上がり、ソカワの元に駆け寄った。
「大丈夫ですか!! ソカワ隊員!!」
「あ、ああ……」
ソカワの後頭部から血が出ていた。彼の眼も、朦朧と虚空を見ていた。
<ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……>
唸り声がまた近寄ってくる。声のする方をハイアットは睨んだ。彼の眼が金色に輝きだす。
「……」
『ハイアット隊員!? どうしましたか!? ハイアット隊員!? 応答してください!!』
「……」
『ハイアット隊員!!』
ホシノの声も聞こえぬほど、ハイアットは集中していた。目の輝きは徐々に増していった、しかし。
「見えない……姿も、魔力も……!!」




