第8話 霊峰、突破せよ (Part9)
はるか上空から、光の球がひゅるひゅると形を変えながら、落下していった。
そして、巨大な人の形になると、怪物を踏み台にして、砂埃をあげて着地した。
「ルトラが出現したっ!! 全隊員、及び救援の者達は皆、距離を取り、ルトラの援護を!!」
キリヤがコミューナ越しに指示を飛ばした。
ルトラは怪物の方を向くと、両腕を振り、光弾を連続して放つ。怪物はふらふらと態勢を立て直している最中。しかし、怪物の体の突起物からの光線がそれを全て相殺した。
ならば、とルトラは大きく振りかぶって合掌すると、そのまま手を滑らせるように右手を突き出す。すると右手の先からジグザグした太い帯状の光線が怪物に向かって発せられた。
やはり、怪物は攻撃を相殺せんと体中の突起物から複数本の光線を出した。すると光線群はぐにゃりと1点に交わるように曲がり、束となり、ルトラの出した光線とぶつかり合った。まるで、溶接しているかのようなまばゆい光が現れた。
ルトラと怪物、互いの力が拮抗していた。
そこへ、筒の音と、魔装銃の音、矢が飛来する音が順々に聞こえた。それぞれの放ったものが怪物の光線にぶつかり、爆発音を上げた。
怪物の光線が掻き消えた瞬間、ルトラの放った光線が怪物の胴体に命中した。怪物は後ろに吹き飛び、山の斜面に激突した。
砂埃が舞い上がる中、ルトラは右手に気を溜め、怪物の方を見ていた。
怪物はその複眼を、先ほどよりも一層強く、急に光らせた。
「来るぞっ、総員、地上で防御姿勢をっ!!」
キリヤがコミューナに向かって指示を飛ばした。
またあの音が放たれた、今までよりも比べ物にならない程の威力の。その耳鳴りのような甲高い音は木々はおろか、地面をも揺らした。
ルトラでさえも、脳を揺らされ、悶え苦しんだ。
当然、人間たちも特殊な耳栓をしていたとしても、体ごと振動され、脳に直接届いていった。馬も竜も、一斉になく地面に伏せていった。
音波を発しながら、怪物は羽ばたき始めると、そのままルトラに向かって突進し、鉱物のような翅を無防備なルトラの首元にぶつける。ルトラは勢いよくはね飛ばされ、尻餅をついた。
怪物はルトラの上空に来ると、その翅を点滅させ始めた。そして、翅の裏面から光の雨が、ルトラに向かって降り注がれた。
雨はルトラの体を焼いた。段々とルトラの白銀の体は熱で赤くなっていき、白煙を上げ始めた。
そして、命の灯がわずかであるかを示すように、ルトラの目が明滅し始めた。
「……いかんっ、総員、ルトラに援護を……!!」
苦しむキリヤは必死に指示を飛ばす。だが、戦闘に出ている者は皆、音波により、苦痛に顔を歪め、立つことすらままならなかった。
*
平原、停止した彗星01の中、運転席には耳を塞ぎ、歯を食いしばるアーマッジ、そして、後部座席には、苦しみながらもユウを覆いかぶさるように抱きしめていたドクマがいた。
「ドクマ隊、員……大、丈夫です、か……」
「おれは、平気だっ!! ユウちゃん、ユウちゃん、大丈夫か!!」
ユウは彼のドクマの腕の中で小さく頷いた。
「くっそ……この中にいても……ガンガン来やがる!!」
「この威力、ルトラを、仕留めるため、でしょう……あああっ、っだああっ!!」
アーマッジが頭を抱えながら叫んだ。
ふと、ドクマが窓の外を見た。自分と同じようにルトラが悶えながら、光の雨に焼かれているのが見えた。
「……ちっくっしょうっ!!」
ドクマはユウを隣に置くと、すぐに機動部隊特製のジャケットを脱ぐと、それでユウをくるませた。
「匂いとかは我慢してくれよ!!」
そう言うと、ドクマは彗星01から飛び出すと、運転席の扉を開けた。
「アーマッジ!!」
「ドクマ隊員、な、なんですか……」
「ユウちゃんを頼んだ!!」
「えっ、ちょっと!?」
無理やりアーマッジにユウを託して扉を閉めると、ルトラと怪物が戦っている現場に向かって走っていった。音波による内側に響く痛みと洞窟内を回り続けた疲労で幾度となく足を止めながらも、懸命に向かっていく。
怪物とルトラ、2つの巨体が眼前に迫る位置まで来ると、ドクマは魔装銃を構え、怪物に向けた。
出力は最大、アタッチメントは黄色の魔石、モードは炸裂。
銃口は、怪物の目の前より上を向ける。
そして、引金を引いた。
弾は緩やかなカーブを描きつつ、怪物の眼前に到達すると、まばゆい閃光を放った。
怪物が攻撃を止めた。
怯んだ怪物の巨体が空中でふらふらと揺れる。その頭に、閃光が消えた瞬間、光る拳が飛んできた。
岩が砕ける音と共に、怪物の瞳の無い複眼がつぶれた。
つぶれた跡から、粘性の強い溶岩を垂らしながら、怪物が空中でバタバタともがく。それをルトラが捕まえると、まるで引き裂くように怪物の片翅を力いっぱいもいだ。
岩肌に打ち付けられた怪物は、体の突起物から反撃の光線を放つ。それをルトラはもいだ翅を盾代わりにして防ぐ。そのままルトラは怪物に駆け寄ると、翅を怪物に向かって蹴りつけ、怪物の体をエルレクーンの山肌に押さえこんだ。
怪物はマグマを吐いて抵抗する。しかし、ルトラは怯みもせず、右腕から光の剣を伸ばした。
そして、怪物の頭に突き刺した。
そのまま剣を振り払うと、怪物の頭は横に真っ二つになった。そこから粘性の溶岩が噴き出される。
ルトラが足をよけると、怪物の体は溶岩に飲まれる形で山の麓へゆっくりと滑り落ち始めた。そこに、ルトラは水色の光を投げ込むと、溶岩はすぐに冷え固まった。
怪物の体も、ゆっくりと、さらさらと風に消えていった。
それを見届けると、ルトラもその場でがくりと膝立ちになった。目は、まだ、明滅した状態で、体も熱した刀のように赤かった。
すると、ルトラの頭上に魔法陣が開かれ、そこから雨が降ってきた。悪の光ではなく、自然の水の雨。ルトラの身体につくと、じゅうじゅうと音を上げた。
ルトラがある方向に顔を向けた。
ドクマがニヤッと笑っている。
「うおーいっ!! ルトラさんよう!! あんたもちょっと頼りないとこあるよなああああ!!!! あーはっはっはっはっはっ!!!!」
ドクマがそう言って笑うと、ルトラは呼応するように光の粒子となって消えた。
「だーっはっはっはっはっははははっ!! はーあぁぁ……」
ひとしきり笑うと、ドクマもその場に倒れ込んだ。
*
目を、開ける。体を、起こす。
かつて見たいに、僕は包帯ぐるぐる巻きにされてベッドで寝ている。ここは、【流星の使徒】本部、救護施設の病室。
「おう、起きたか」
僕のそばでドクマ隊員がリンゴを切り分けながら座ってた。更には切り分けられたリンゴが山になっていた。
「ドクマ隊員……」
「見舞いに来てやったぜ、ま、すぐにケロっとした顔で戻るとは思ってるけどよ」
そんな、ひどい。
「洞窟で落っこちて全身大火傷だってのに、1日もすりゃもう補助機がいらねぇ、オーガでもそんな奴いねぇっての、おう、腕、動かせるか」
僕は小さく頷く。
「おらよ」
ドクマ隊員はリンゴを一切れ、僕によこす。僕はそれを受け取ると、ドクマは傍らの袋からリンゴ1個を取り出してかじりついた。僕も一口ずつ、リンゴをかじる。
「うめえよな、これ、なんでも、ホシノちゃんの故郷からの仕送りらしいぜ?」
「ん……そうなんですか」
「おう」
それからしばらく、僕とドクマ隊員は黙々とリンゴを食べていた。
「なあ、ハイアット」
急に、ドクマ隊員に呼ばれて、僕は急いでリンゴを飲み込んだ。
「な、なんでしょうか」
「前さ、彗星01の中で、俺は神様の加護なんかしんじちゃいねーって話してたろ?でもよう、あの洞窟で一遍死にかかったとき、祈ったんだよ、神に助けてくれって」
あの時、か。
「そしたら、ルトラの奴がちょうど助けてくれたんだ、それで思ったんだ、神の加護ってのも馬鹿にできにねぇなって……ま、それっきりかもしれねぇけどよ」
「……神に通じたんですかね」
「ははっ、それだったら、洞窟に突き落とさないでくれやって話だ……ああ、そうじゃなけりゃユウちゃんが助けられなくて、てかそもそも……」
ドクマがあれこれ悩み始めた。でもすぐにあきらめたのか、腿のあたりをぱしんと叩いた。
「ともかくっ、俺が言いたいのは、俺も、お前も運がいい!!それが神のくれた何よりの加護だってことだ!!だっはっはっはっはっ!!」
「ドクマ隊員、あんまり、大声出しちゃ……」
「おっと、すまん」
ドクマ隊員が慌てて口を塞ぐ。
それは、僕……私も同じだ。ドクマ隊員がいなければ、私はあのまま焼け死んでいただろう。運がよかったのか、これも神の仕組んだことなのか?
「それにしても、ルトラも思い返せば、結構俺たちに助けてもらってばっかりだよな、案外俺たちが全力で戦えば、ルトラぐらいなら倒せるかもな」
「あはは……」
僕はすこし苦笑いした。
「もしかしたら、あいつも神に祈りながら戦ってるのかもな」
「……そうかも、しれません、きっと、この世界を守れるかどうか、いつも不安になってるんじゃないでしょうか」
「ははっ、俺たちと変わんねぇな」
「……ドクマ隊員も思うときもあるんですね」
「お、いったなぁ、こんにゃろー」
そう言って、ドクマ隊員は僕を軽く小突いた。
「ま、だからこそ、俺たちとルトラは持ちつ持たれつで、互いに不安を補ってこれからもやってこれればベストなんだろうな、きっと」
「……はい」
僕は力強く頷いた。
「さて、俺はもう出るわ、ユウちゃんとも仲良くしてくれよ?」
「了解」
僕の隣には、巫女のユウがくうくうと寝ている。
「それじゃあな」
ドクマ隊員が病室を後にした。
僕は再び、体をベッドに預けた。
「……守護者様」
ふと声が聞こえて、僕はそちらに視線を向けた。
ユウがこっちを見ていた。微笑んでいた。
「ありがとう」
そう言うと、ユウはまたすうと寝入ってしまった。
僕はしばらくじっと天井を見ていた。そして、ゆっくりと、目を閉じた。




