第1話 蘇る神話 (Part6)
炎が渦巻き、爆音が響き、怪物の咆哮がうなる。
空を行く3人がいくら弾を撃ち込めども、鈍らせるまではできたとはいえ、怪物の前進を止められなかった。3人の顔は焦りと疲労の色が見え、その頬をつたって、汗がとめどなく落ちていく。
「ちっくしょう……どこに撃っても、傷がつかねぇ」
歯ぎしりを立てながらソカワが呻くようにつぶやいた。貫通式のアタッチメントで撃っても、硬い表皮を削るばかりで効果が見られなかった。
『第2炸裂魔法陣敷設線まで、残り500!! 総員、巻き込まれないよう、注意を!!』
コミューナからの声を聞いて、フィジーが舌打ち。
次の瞬間、何かが飛来する音が聞こえた。巨大な火の玉が怪物の頭部めがけて山なりに飛んできた。そして火の玉が怪物の側頭部に着弾すると、一際大きな爆発が起き、怪物が横によろけた。
『お前たち、な~にてこずってんだよ!!』
その直後、3人のコミューナから聞きなじみのある悪声。弾が飛んできた方を見ると、彗星01と地走竜がこちらにやや角度をつけて向かっていた。彗星01の上で、ドクマが大口径の重火器を担いでいる。
『チビチビやってないで、いつもみたいにバーッと撃ってればいいだろうが』
「さっきからそうしてるよ!! こいつ、バカみたいに頑丈なのよ!!」
フィジーがコミューナに怒鳴る間に怪物は体勢を立て直し、口を大きく開け、紫の火炎弾を彗星01に向けて吐き出した。横に滑るように、彗星01は素早く炎をかわす。
『んおっと!! 頑丈なのはマジらしいな!!』
コミューナの映像がドクマからキリヤに切り替わった。
『総員、聞こえるか、私と彗星01は攻撃しつつ第2魔法陣線の方に向かう、3人は引き続き近接からの攻撃を続けろ』
5人の隊員がそれに応答した。コミューナを閉じて、キリヤは怪物を見やった。そして地走竜が走る上で、遠くの目標に向けて、彼女は弓をひく。矢じりは雷の魔石。
一呼吸した瞬間に矢は放たれた。矢は放物線を描きながら、怪物の目をめがけて飛んでいき、動く怪物の目じりに矢が刺さった。直撃はせずとも、電流が怪物の目まで走っていき、その目を潰す。怪物の進撃は止まった。
「追撃する!!」
イディの乗るワイバーンが怪物の顔の前まで突っ込むと、射出装置を構え、矢が刺さったところめがけて球を放った。ボールが怪物の瞼にぶつかると、割れて中から強力な酸が飛び散り、溶解する音ともに白煙が上がった。火を途切れ途切れに噴きながら、怪物は苦しむ様子を見せた。
今度はソカワの乗るワイバーンがもう一方の目の方に飛んでいった。そして、魔装銃を構え、こちらを睨む真っ赤な目に向かって発砲した。怪物の目から爆炎があがり、怪物は咆哮をあげた。そこにもう一発、ドクマの重火器から放たれた弾が飛んできた。弾は怪物の顎辺りに当たり、再び大爆発が怪物の頭を包んだ。
両目を潰され、強烈な衝撃を受けた怪物はうめくような声を上げながらうずくまった。
「……止まったか?」
怪物の周りをゆっくりと旋回しながらソカワは呟く。
『油断するな、相手は未知の存在、何をするかわからんぞ』
不気味な静寂の中、コミューナ越しにキリヤは注意を促した。
空を飛ぶ3人は銃を構えながら、怪物を監視し、彗星01に乗るドクマも次の弾をすぐ撃てるよう態勢を整え、キリヤも地走竜にのりながら弓を両手に持ったまま、怪物の方を見ていた。
アーマッジが、彗星01を運転しながら計器を見ていると、怪物のいる位置から魔力反応が急速に大きくなっていた。
『目標より、魔力が急速が増加しています、皆、警戒を……』
コミューナでアーマッジが通信している最中だった。
一瞬で探知機が魔力反応が最大値になり、怪物の結晶のような体から閃光が発せられた。
目を塞いでも、それを貫いて裏側まで届くような光が周りの者を襲った。
キリヤ、ドクマ、アーマッジは目を焼かれたような感覚に見舞われ、その場に止まった。怪物の近くを飛んでいた3人は断末魔を上げながらぐるぐると地上へと落下していった。やや遠くで、地走竜と彗星01も停止した。
「……いかん!!」
キリヤの目はまだ涙があふれ、弓を持つのもままならない。3人は抵抗もできぬまま、地面へと叩きつけられるかに見えた。
その時、声が響いてきた。
「《神聖なる風よ、地より吹き、花を舞い上がらせよ》」
詠唱が終わった瞬間、地面に古代文字が浮き上がり、落ちる3人に向かって強烈な風が巻き起こり、3人をゆっくりと地面に下した。それと同時に、地走竜と彗星01に1頭の馬とその騎手が合流した。
「よかった、間に合ったみたいね」
その騎手……アヌエルはほっと一息ついた。
「アヌエル隊員……すまない」
「今すぐ治療します、《神の慈愛よ、光と色彩を彼らに与えたまえ》」
アヌエルが呪文を唱えると、キリヤ、ドクマ、アーマッジの3人の涙は止まり、目は正常に戻った。その間にも怪物は再び活動を始め、前進していた。怪物は目を負傷したとは思えぬほど、真っすぐに進んでいた。
「こちらキリヤ!! イディ、フィジー、ソカワ、応答せよ!!」
キリヤは必死にコミューナに向けて叫んだ。
『……こちらイディ、なんとか生きてるよ』
『こちらフィジー、副隊長、すみません、しばらくは飛べそうには……』
『こちらソカワ、目が開けられねぇ……畜生!!』
3人の声がコミューナ越しに聞こえた。皆、痛みに耐えていることが声からもわかった。
「副隊長、私は3人の救助に向かいます、3人の治療が完了次第、急いで合流しますから」
アヌエルの提案に、キリヤが了解した。アヌエルは敬礼し、救助へと走った。それとほぼ同時に地走竜と彗星01が走り始めた。
「くそったれ、あんな技も持っていやがったとはな!!」
そう言ってドクマは舌打ちし、それを聞いたキリヤも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。コミューナからムラーツの姿が浮かび上がった。
『こちらムラーツ、キリヤ副隊長、そっちで何が起こった』
「こちらキリヤ、奴は体全体を発光させて、攻撃する者の視界を奪う、3人は直にそれを食らった、今先ほど合流したアヌエル隊員が救助に向かっている」
『了解、こっちもホシノ君がやられた、逐一の報告をよろしく頼む、あと、騎士団に支援も要請する……現存の全力をもって対抗してくれ、』
「……了解」
ムラーツの映像が消えた。変わらず淡々としているようだったが、彼もまた焦りを感じていることが、キリヤにはわかった。
「……ドクマ、アーマッジ、行くぞ」
キリヤは地走竜の横腹を蹴ると、全速力で怪物を追いかけていった。その後を彗星01がついていった。
多少、相手にもダメージがあったのか、3人が敵に追いつくのはさほど時間がかからなかった。怪物に追いつくと、並走するように、地走竜と彗星01は駆けていった。ドクマが連射式の魔装銃を怪物に向けて放ち、それに続くように、キリヤは脚めがけて魔力を持った矢を何発も放つ。
しかし、ドラゴンやマンティコアなどはとうに屠られているほどの攻撃を浴びせても、怪物の動きは止まる気配はなかった。
「第2炸裂魔法陣敷設線までの距離、残り300……!!」
アーマッジが苦しげな声で現状を伝えた。戦っている者たちはそこに望みを賭けていた。しかし、その望みはごく薄いものであることはよくわかっていた。
「残り、200!!」
魔法陣のラインはすぐそこまで迫っていた。
「残り100!! 彗星01、停止します!!」
ブレーキをかける音とともに彗星01は止まり、地走竜も手綱を引っ張られ、走るのを止めた。一方、怪物はどんどんと魔法陣のラインへと近づいていった。キリヤ、ドクマ、アーマッジは祈るような面持ちで、怪物の様子を見守った。これで終わりにしてほしい、いや、誇り高き【流星の使徒】が終わるのかもしれない……暗い思いが彼らの頭の中によぎる。
その時だった。魔法陣のすぐそばで、突然怪物がその動きを止めた。そして、首をまわし、周囲を確認するような仕草を見せた。
怪物の様子に、ドクマは眉をひそめた。
「どうしたんだ? また、あの技か!?」
「わからん、様子が変なのは確かだが……」
キリヤは冷静な様子で、弓を構えつつ怪物を睨んでいた。すると、計器をみていたアーマッジが急に目を丸くした。
「周囲一帯に強力な魔力反応あり!! 何かが来ます!!」
「ん!?いったい何が……っ!?」
キリヤが周囲を見渡し、空を見上げ、絶句した。橙色の光の粒子が空一面に広がっていた。
「新手の敵か!?」
「まて、まずは様子を見るんだ!!」
その光を撃ち落とそうと構える、ドクマをキリヤは制止した。
敵か、天変地異か、神の御業か。支援へと向かっていた騎士団の兵士たちもざわつき、団長が平静さを取り戻すために拡声器で彼らを怒鳴った。
離れた箇所で、アヌエル、イディ、フィジー、ソカワもまた、この異常事態をただただ眺めていた。
「ねえ、これって、何が起こってるの?」
「わからない、文献でも、こんなの聞いたことない……」
フィジーの問いにイディは首を横に振りながら答えた。ソカワはゆっくりと腰のホルスターに触れて態勢を整え、アヌエルはじっと冷静なまなざしで、それを見ていた。