第8話 霊峰、突破せよ (Part7)
まだ落ちている、まだ落ちている。
ドクマは目を閉じたまま、自分が浮遊しているのを感じた。自分が思っているよりも、長く落ちている。もしかしたら、死の直前で、時間が長く感じられているのかもしれない。
溶岩はどれだけ熱いのだろうか。鉄さえも溶かす熱なぞもちろん体感したことはない、それ故に、恐怖心がどんどんと彼の中で大きくなった。
瞼を通じて、光がドクマの目に飛び込んだ。
ついに、溶岩に達したものと、ドクマは思った。熱は、感じない。それどころか、浮遊感がまだ続いている。もしかしたら、もうとっくに溶岩に飲み込まれて、死後の世界についちまったかのかもしれない。
そして、ドクマは恐る恐る、目を開けた。
彼は、光に、正しく言えば、薄い光の膜につつまれながら宙に浮かんでいた。そして、彼の傍らには巨大な何かが立っている。
「……ルトラ!?」
ドクマの真上には、美しい甲冑のようなルトラの顔。
ルトラは溶岩流の淵に立っており、足元からの溶岩の淡い光に照らされていた。そして、ドクマは光の玉に包まれて、ルトラの掌の上で浮かんでいる。
「助けてくれたのか……ってうおっ!?」
光の玉はそのままふわりと上昇すると、崖上の奥まったところ、ユウが座り込んでいるところまで、ドクマを運んでいった。そしてそのまま、ドクマを尻餅をつかせる体勢で下ろした。
ドクマは横を見ると、ユウが力が抜けた様子で目を閉じて、岩にもたれかかっていた。
「ユウちゃん!? おい、ユウちゃ……!?」
ユウを起こそうとした時、彼女の体の輪郭を沿うようにして、淡い光が彼女を包んでいることに、ドクマは気づいた。
「これは……ルトラが守ってくれている、のか?」
ドクマが呟いた瞬間、先ほどよりも一際大きな光の玉がドクマとユウを包み、足元には光の線が浮かび上がった。
ドクマが振り向くと、ルトラが目が合った。その瞬間、ドクマの脳裏に文字が映し出された。
『早くここから出よ』
「……この線沿いに行けば脱出できるって話か、でもな、そうもいかねねぇんだよ、ルトラさんよ、まだ俺の仲間がどこかにいるんだ」
『彼の者は無事だ、道中で自ずと見つかる』
「へっ、織り込み済みってわけか……感謝するぜ、怪物退治は任せたよ」
ドクマはにやりと笑うと、ユウを背負い、光の線に従うようにその場から出ていった。
ドクマが去るのを確認すると、ルトラは怪物の方を見た。怪物は依然、溶岩をすすり続けていた。
ルトラはそこに向かって右腕をしならせ、空を切る音を立てながら振った。彼の指先から、楔型の光弾が怪物に向かって放たれた。
すると、怪物の体節が1つ動き、中央の穴から光線が放たれ、ルトラの光弾にぶつかった。バチンという音を響かせて、ルトラの光弾と怪物の放った光線が弾けて消える。
それでもルトラは両腕を交互に振り、次々と光弾を放つ。しかし、怪物の体から放たれる光線は正確に光弾をすべて相殺した。
今度は逆に、怪物の他の体節から、光線がルトラに向かって一斉に放たれた。
ルトラは冷静に、両手を開いて目の前にかざすと、正方形の光の盾が、ルトラの目の前に現れた。光の盾は光線を受けると、バラバラに砕けて、そのまま光の粒となって消えた。その瞬間に、ルトラは楔形の光弾を両手から同時に放った。怪物は同じようにそれを相殺させる。
その直後、ルトラは光の球を上に向かって投げた。
球は怪物のちょうど真上に位置する天井に当たり、爆発した。ガラガラと音を立てて、岩や礫が次々と怪物に向かって降ってきた。砂埃と、溶岩の飛沫が舞い上がる。ルトラは防御姿勢を取り、崩落が収まるのを待った。
崩落は程なくして収まった。ルトラは防御姿勢を解くと、視線の先には、岩礫が溶岩の上で積み重なっている。
ルトラはそれを凝視した。
怪物の持つ魔力が、岩の下からは感じられない。
すると、氷を霧で削っているような音がすぐ頭上から聞こえてきた。すぐに、ルトラは音のする方を向いた。
怪物が、各体節から蜘蛛を思わせる長い脚を生やして音を立てながら動き回っていた。怪物は天井から壁、地面、溶岩流の上と、動き回りながら、各体節から光線を次々にルトラに向かって発射する。
ルトラは腕を交差させて身をかがめると、ルトラの身体を包むように光の障壁が現れ、全方位からの攻撃を防いだ。激しい攻撃の前に、ルトラは動くことはできなかった。反撃する隙はまるで無。
ルトラはじっと耐え続ける、反撃の機会ができるまで。
だが、彼を包む光の障壁は消滅が間近であることを示すように、点滅し始めた。
怪物がルトラの目の前を通り過ぎる瞬間、怪物の波状攻撃が途切れた。
そのわずかな隙を、ルトラは見逃さなかった。
瞬時に、障壁を作っていた光を右手に集めると、ルトラはそのまま怪物に向かってその光を叩きつけた。
怪物の体から強烈な破裂音と共に、大きな火花た。怪物はその衝撃で、体を上方に大きく反らせた。
そこにルトラは、おもいきり右手甲を振りぬくように叩きこむと、怪物の体は勢いよく壁に叩きつけられ、溶岩流の上に転がり落ちた。ルトラは右腕から光の剣を伸ばすと、怪物に向かって一気に突き出す。
だが、またしても怪物の体節がぐるりと回転すると、光線をルトラの右手に向かって放った。バチンと音を立てて光の剣は弾けて消え、ルトラは右手を抑えた。
怪物は体勢を立て直すと、ルトラに向かって飛びかかった。地面を揺るがす音を立てて、ルトラは怪物を受け止めた。
しかし、怪物の重量と勢いは、ルトラの力を超えていた。そのまま、ルトラは怪物にのしかかられ、溶岩の淵の上に倒れた。
怪物の牙が、ルトラの喉元を狙い、ガチガチと鳴る中、ルトラは怪物の首元を持って必死にこらえた。
動けぬルトラの身体を、溶岩があぶっていた。
ルトラは、万力のごとく腕に力を込め、怪物の体を押し返していく。ルトラの腕が完全に伸びた瞬間、ルトラは溶岩に向かって、怪物の頭部を叩きつけた。
頭が溶岩に浸かり、怪物は溺れているかのようにもがき、尾を振り回して暴れた。その隙に、ルトラは飛び起きた。
そして、ルトラは光の剣を出すと、間を置かずに怪物に向かって振りぬいた。
金属がぶつかり合う音がして、怪物の尾が宙を飛んだ。
怪物は金切り声を上げてのたうち回った。それに向かって、ルトラは空を切る音と共に、切っ先は怪物の頭部に向かって振り下ろした。
しかし、その一撃はかわされ、溶岩を切るだけに終わった。
怪物は体をくねらせて、ルトラに背を向けると、溶岩の川の上を走り出した。そして、壁にぶつかると、牙で掘削してその場から逃げ出した。
ルトラはしばらく、怪物が逃げ出した穴の方を見ていた。その様子はどこか、悔しそうに見えた。




