第8話 霊峰、突破せよ (Part6)
「なぁ、ホントにこっちであってるのか?」
「……うん」
ドクマの背中で、ユウはこくと頷いた。
「そうか……ちっくしょう、このままだとあいつと合流する前に蒸し焼きなっちまいそうだぜ」
ドクマはユウを背負い、魔石灯を片手に進んでいた。なんとか、ハイアットに合流するために、ユウが彼と思われる気配がするという方向に進んでいた。
しかし、明らかにドンドンと洞窟の奥の方、もっと言えばドンドンと下っており、更に気温も高くなっている。ドクマの額から汗が徐々に滲み出していた。
「……ユウちゃん、大丈夫か、水、飲むか?」
頑強な彼でさえ苦しく感じる状況下、彼の背中でユウがか細く息を切らせていた。ドクマは一旦、魔石灯を置いて彼女を下ろすと、水筒を取り出し、先ほどの水源より組んできた水を彼女の口に近づける。ユウは小さな手で水筒を持ち、少しづつ水を飲んでいった。
「……ん、おい、どうした、具合悪いのか?」
魔石灯に照らされたユウの身体は小刻みに震えていた。
「ううん、違うの……アイツが、段々、近づいてるの……」
「アイツ? ……悪しき者ってやつの事か!?」
ユウは小さく頷いた。
「そいつはどの方向にいるか、わかるか?」
「……不思議な気配と同じ方に」
ドクマの舌打ちが洞窟内に響いた。猶予は全く残されていない。
「しちめんどくさいことになりやがったな……ユウちゃん、具合は大丈夫か?」
「私は大丈夫……でも……!?」
突然、ユウが頭を抱えてうずくまった。
「ユウちゃん!?」
「……アイツが、また……山が痛い痛いって……!!」
「ちくしょう、急がねえと!!」
ドクマは急いで水筒をしまい、魔石灯を片手にユウを背負った。
「ユウちゃん、どっちから気配がする!?」
「……あっち」
ユウは弱々しく指をさした。その方向に向かって、ドクマは走り出した。
暗く、そして入り組んだ洞窟内を、ユウの案内を頼りにドクマは、ハイアットの名前を呼びながら駆けずり回った。
まとわりつくような暑さの中で、自分の背中の上で少女が衰弱していくのを感じて、ドクマの焦りは増していった。
「ユウちゃん、大丈夫か!?」
「うん……」
「無理すんなよ、しんどかったらいつでも休んでいいからな」
「でも……山が苦しんでるの……助けてほしいの」
ドクマは走りながら、困惑した表情を浮かべた。これが、神を深く信ずるものかと、心の底から驚いた。年端もいかぬ少女が、自らの命よりも、自然そのものを助けることを優先していることに、ドクマは狂気すら感じた。
「……今度は、あっち」
「あっちって、あれか!」
ユウが指さす方をみると、緩やかな坂の上に大人が1人は入れるぐらいの穴がぽっかりと開いていた。そこから微かに赤色の光が漏れているのが見えた。
ドクマはがむしゃらに駆け上り、ユウにぶつけないように、慎重に穴をくぐった。
そして、眼前の光景を見て、ドクマは絶句した。
そこは随分と開けた場所だった。ほかの場所と比べると、ほのかに明るく、魔石灯がなくても十分に周りを見渡すことができた。気温の方も先ほどと比べ物にならない程暑く、焼けつくよう。すぐ目の前は切り立った崖になっており、その遥か下で灰色と橙色が入り混じった、粘性の高い溶岩が、大河のようにゆっくりと流れている。
「……山の最深部に来ちまったか」
ドクマは息を切らし、呆然とした。
「ここにいる……悪しき者も、不思議な気配も……」
「おいおい、ホントかよ……」
ドクマはあたりを見渡した。下からの溶岩の光のおかげか、かなり広い場所であっても、周りは良く見えり。
その存在を見つけるのも、さほど時間はかからなかった。
「……なんだありゃ?」
離れた場所で、黒い何かが溶岩流の上に張り付いているのが見えた。ドクマは急いで先ほどとった穴の傍まで引き返すと、魔石灯を置き、そこでユウを下ろして水筒を彼女に渡した。
「ユウちゃん、ちょっとここで待っててくれないか?」
ユウは黙って小さく頷いた。明らかに先ほどから弱っているのが見て取れた。
ドクマは魔装銃を取り出すと、崖に添って、落ちないように少し段になっている場所や傾斜が緩やかな場所を伝って慎重にその存在に近づいていった。道と言えるものはほとんどなく、ドクマの巨体では1歩進むだけでも一苦労だった。
先の穴の場所から、黒い何かまで大体半分ぐらいまで近づいた。
「……へっ、こいつが山を食い荒らしてるやつか」
その姿を見て、ドクマは強がるようにニヤッと笑った。
その黒い何かは、芋虫みたいな姿だったが、まるで岩石が連結したかのような姿で、それぞれの体節の中央部分には穴が開いており、そこから紫色の光が明滅している。頭部に当たると思われる部分から触覚と思しき短い角が生えていた。そして、短い牙の生えた小さな口を溶岩につけ、今まさに溶岩をすすっている。
ドクマは魔装銃を構えた。水魔法に切り替え、出力を最大に調整し、銃口を怪物に向けた。そして、半分だけ引金を引き、狙いを定めた。
顎から汗が1滴、落ちた瞬間、引金を完全に引いた。
弾は、命中した。しかし、水が怪物の体の表面を勢いよく弾けただけで、傷1つつかなかった。それでもドクマはもう1発、2発と立て続けに水魔法を撃った。それでも、怪物に攻撃は通らず、怪物は意に介さず溶岩を食らっていた。
「これなら!!」
今度は魔装銃の付属装置を人口魔石に切り替えて、ドクマは怪物に向かって打った。白いの光弾が怪物の体にぶつかると、爆発とともに、体の一部が軽く砕けたのが見えた。
「よっしゃ、もう1発……」
ドクマがまた魔装銃で狙いを定めていると、怪物の体節が3つぐるぐると動き、中央部の穴がドクマの方に向いた。
そして、そこから楔型の、紫の光弾がドクマに向かって放たれた。
「うおっと、やっべぇ!!」
ドクマは急いで光弾をかわした。光弾が当たった個所は、岩が衝撃で砕かれ、破片が弾かれていく。怪物の体節から、連続してドクマに光弾が発射された。ドクマは不安定な足場をなんとか走っていき、光弾を避けていった。
だが、1発の光弾がちょうどドクマのすぐ下の場所に着弾した。
「しまっ……!?」
足場が崩れ、ドクマは足を踏み外した。ドクマの巨体が、溶岩に向かって転がり落ちていった。ドクマの断末魔が洞窟中をこだました。
痛みと共に、ドクマはだんだんと熱が近づいていくのを感じた。自分の死が目前まで迫っているのを感じた。
ドクマは心の中で叫んだ。神様、助けてくれ、と。
*
ユウは岩場にもたれて、力なく座っていた。片手に持った水筒の中身はすでに空。意識は薄れていき、もはや暑さすら感じられなかった。
少しづつ、彼女の目は閉じていった。何とかこらえようとしても、彼女の体力は限界だった。
そして、彼女は目は、眠るように閉じられた。
その刹那。
『……諦めないでほしい』
「……?」
誰かが、彼女に話しかけてきた。今までずっと聞いていたエルレクーンの声ではない。
「……だれ?」
『私は、神に代わりこの世を守護するもの』
邪悪な感じはしなかった。そして、声が聞こえてきたのと同時に、不思議な気配が強まっているのをユウは感じた。
『名は……ルトラ』
そして、彼女の目の前に、巨大な光が現れた。




