第8話 霊峰、突破せよ (Part3)
「……こうしで間近で見ると、どえらい規模なんだな」
エルレクーン、標高650の地点、岩肌がむき出しの中、低木がぽつぽつとしか見えない場所で、山が崩れた現場を目の前にして、ドクマは思わずつぶやいた。
現場では、救護部隊の面々や、ウルブ国ピルティア領の騎士団、それに加えて他の救助ギルドの者達が数十人、力仕事用のゴーレムが数体が、礫の撤去作業に追われていた。何分かおきに、何人かが安否確認のために、大声を上げていた。また、現場の周囲には魔物の襲撃や天候による被害拡大を防ぐための、簡易な障壁魔法の呪文が地面に書かれている。
「それにしても、岩ばっかりなんだねぇ」
ドクマよりやや離れたところで、その光景を見て、フィジーは素直に所感を述べた。
「この辺りは岩盤がほとんどむき出しの状態だから、土砂はほとんどないわね……岩の下敷きになっていなければ、助かっている可能性はあるだろうけど……」
「普通はあり得ないよね、残念だけど」
アヌエルとフィジーはやりきれなさを感じて、同時に嘆息を漏らした。
ふと、フィジーがコミューナを覗き込み、簡易魔力検知のモードに切り替えた。
「それにしても確かに、魔力反応が小さいね~、木も枯れちゃってるのがあるし……」
「彗星01の探知機はいかがでしたか?」
「そこらの森林とかで探知できる程度だったね、霊峰とか聖地とかの御大層な場所で探知されるものとは大違いだったよ」
フィジーの話を聞き、アヌエルは頬杖を突く仕草で、考え込んだ。この事件の裏に何が起こっているかを。
「アヌエル隊員、さっき言ってた空洞、見せくれねぇか?」
ドクマが2人の方を向いて、大きな声で話しかけた。
「了解、案内するから、私についてきて……そういえば、ハイアット君は?」
「ん、あいつか……?」
ドクマが辺りを見回すと、岩がやや突き出た部分の上に、ハイアットが立っていた。神妙な面持ちで崩れた部分を見ている。
「おーい、ハイアット、先、行くぞ!」
「あ……すみません!」
ハイアットは急いで岩から駆け下り、ドクマ達の後を追った。
崩落現場の一番高所に、人が1人入れるかどうかぐらいの隙間があった。その真上には岩の断面が見え、この部分を境に、岩が崩れたのが良く分かる。周りの崩れた礫の上に立って、機動部隊の面々が隙間を見ていた。
ドクマが屈みこんで、隙間を覗き込んだ。中は真っ暗で、灯りを近寄せても、光は闇に吸い込まれるばかり。耳を澄ませると、風の音が中で反響しているのが聞こえた。
「確かに、こいつはかなり大きな空洞だな、昔からあったのか?」
「地元の騎士団や傭兵ギルドに聞いても、洞窟がある事を知っている人はいなかったわ」
ドクマの質問にアヌエルが答えた。
「つうことは、割と最近できたってことか……いや、洞窟が最近できたってのも変な話だな」
「推測になるけど、地震と一連の現象とも関係があると思うわ」
「と、なると、中に入ってみねぇとダメって訳だな」
ドクマは面倒そうに、頭を掻いた。
「とりあえず、こん中に入って探索することを隊長達に伝えておくか」
「ええ、お願いするわ」
ドクマはその場から離れて、コミューナを起動させた。
一方で、フィジーは暗視ゴーグルをつけて、体を伏せて隙間に頭を突っ込むような形で中を覗き込んでいた。その傍らで、ハイアットもゴーグルをつけて、身をかがめて、隙間の奥を見ていた……ゴーグルの下の目を金色に変えて。
「うーん、ダメ、何にも見えない、本当にかなり奥までつながってるみたいだね」
フィジーは頭を上げて、ゴーグルを脱ぐと、ハイアットの方に向かって話した。ハイアットは姿勢を変えず、黙っていた。
「おーい、ハイアット君、聞こえてるかーい」
「……あ、はい」
自分が呼ばれていることに気づき、ハイアットは返事をする。それでも、まだハイアットはジッと隙間の中を見ていた。
「こっちはぜーんぜん見えなかったけど、ハイアット君は何か見えてるの?」
「いえ、まだ何も……でも、この中に何かあるのは、確かだと、思います」
「ふーん、それで、その根拠は?」
「……この山に来てから、なんだか、嫌な感じがまとわりついているんです、その感じが、この空洞の中から、強く感じるんです……あくまで、僕が感じているだけ、ですが」
ハイアットの話を聞いて、フィジーは不思議そうな表情を浮かべた。
「要するに、勘ってことかな、ハイアット君?」
「まぁ、そうです」
フィジーはいたずらっぽくニヤッと笑った。
「君の勘、私は信じるよ、きっととんでもない奴のが潜んでるかもしれないね」
「……ありがとうございます」
「フィジー、ハイアット!」
「わあああっ!?」
ドクマに大声で呼びかけられ、ハイアットはひどく驚いた。それを見て、フィジーは顔を下に向けて噴き出し、ドクマは心底呆れたような表情を浮かべた。
「す、すみません……」
「はぁ……今からこの中に入れるようにもっと礫をどかしてもらうから、ちょっとこの場を離れるぞ」
「了解」
「了解、んじゃ、ちょっと空から見回ってみるね」
そう言って、フィジーは翼を広げ、地面を蹴った。
その刹那だった。
「がぁっ!? な……!?」
ドクマが呻いた。頭を割るような甲高い音が唐突に辺りに響きだした。その場にいた者達は全員耳を抑えてその場にうずくまった。
「おい……アヌエル、なんだよ、この音は!!」
「わからない!! こんなの、初めてよ!!」
混乱の最中、ハイアットは寒気を感じた。
先ほどからずっと感じていた嫌悪感……「邪」の尖兵の気配が、ますます強まっていく。強大な力が、この地の下でうごめいているのを、ハイアットは感じた。
「……早く、ここを離れて!! 早く!!」
「ハイアット、どうした!!」
「ドクマ隊員、何かが……何かが動いている!! この、山の中で!! ……急いでください!!」
ハイアットは必死に声を張り上げた。その場にいた皆は音に苦しみながらも、崩落の現場から降りていった。
「おい……ハイアット、お前も早くしろ!!」
「はいっ……!?」
ハイアットが答えたその時だった。
地鳴りと共に、地面が激しく揺れ出した。ドクマ、フィジー、アヌエル、そしてハイアットは瓦礫の上に倒れた。
周囲の岩盤にひびが入る音がしはじめた。
「いかん……ここも崩れるぞ!!」
ドクマが叫んだ。しかし、異常な音と揺れで、立ち上がることもままならなかった。
そして、岩盤は耐えきれず、ガラガラと音を立てて崩れだし、積みあがった礫はそれに巻き込まれるように、空洞の中へと落ち込んでいった。
*
「……ん……ひあっ!?」
アヌエルが目を開けると、地面がはるか下にあるのが見えた。いきなり自分が随分と高い所にいることに、アヌエルは驚いた。
「ちょっと、暴れないでよ、アヌエル隊員!!」
彼女のすぐ上から、フィジーの声。よく見ると、ちょうど自分の乳房のすぐ下ところで、アヌエルは自分が後ろから抱きかかえられているのに気づいた。アヌエルはすぐに、自分がどうなっているか、察した。
「……ありがとう、フィジー隊員」
「ふふ、ホント、一か八かだったよ、でも……」
「……うん」
2人の顔はすぐに曇った。アヌエルとフィジーは助かった、しかし、ドクマとハイアットの安否は、わからなかった。
彼女たちの眼下には、より大きくなった崩落の跡が見えた。周りの人々が呆然としていたり、誰かを探すようにきょろきょろと辺りを見渡している。ゴーレムが倒れて、部品がバラバラになっている。
そして、ドクマとハイアットらしき姿は、無い。
「いない、まさかっ……!?」
「まだ決めつけないで、フィジー隊員!! 降りてもっとよく探しましょう」
「わかった……本部にも伝えないと」
2人は苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべて、ゆっくりと地面に降下していった。




