第8話 霊峰、突破せよ (Part2)
『到着から2時間経過しましたが……まだ、生存者は見つかっておりません』
【流星の使徒】本部、機動部隊作戦室内に浮かぶディスプレイの中で、アヌエルがため息交じりに述べた。画面の奥では、【流星の使徒】救護部隊の面々や、ウルブ国の騎士団が右往左往しているのが見える。
「……と、なると絶望的な状況というわけか」
ムラーツが落ち着いた様子で聞いた。それに対して、アヌエルは険しい表情で頷く。
『ピルティア領より連絡が入ってから1日半経過、少なくとも事故発生から2日は経過しています、もし、崩落に巻き込まれていたのなら、かなり厳しいかと……』
「では、もはや諦めるしかないのかね?」
『まだ諦めてなんかいません、隊長!! 可能性はまだ0ではありません、絶対に生存者を見つけますから……!!』
「……すまない、今のは無神経だった」
アヌエルの剣幕に、ムラーツは頭を掻いた。
その隣で、キリヤが腕を組み、やはり難しい表情でディスプレイを睨んでいた。
「落ち着け、アヌエル隊員……他に、そっちでは何か異常はあったか?」
『今のところ、目立った以上はみられません、ですがここに来て気になる点がいくつかありまして……』
「気になる事? 聞かせてくれないか?」
『はい、私の所感なんですが、霊峰にしては魔力反応が弱く感じます、今いる臨時基地は標高300、霊峰の登山道の中にあるのですが、市街地周辺と魔力反応がさほど変わりません……三神教が定期的に儀式を行っているとなると、不自然に感じます』
「ふむ、それならば周辺の魔力についても調査を行う必要があるな」
『それと、これも気のせいかもしれませんが……ホシノ隊員、ちょっとこの式神を森全体が見えるぐらいまで高く飛ばせてくれないかしら』
「了解!」
ホシノは答えると、印を結び、小さな声で呪文を呟いた。
すると、ディスプレイの映像……すなわち式神の視点が動き出し、ぐんぐんと高度を上げていった。程なくして、ディスプレイには空から見たエルレクーンの森が映された。
「ただいま、ディスプレイに森全体が写っております」
『ありがと、ホシノ隊員、それで、これを見て何か気づくことはないかしら?』
アヌエルに聞かれ、部屋にいる者は皆、まじまじとディスプレイを凝視した。
「……今の時期にしては、妙に枯れ木が目立っている感じはしますね」
アーマッジが軽く迷った様子で答えた。確かに、森の所々で葉の色が悪くなっており、枯れて既に葉が落ちている箇所があるのが見て取れる。特に、山頂に近い部分でそれが顕著にみられた。
『そう、私もここに来て、その事がずっと引っかかっていたんです、まだ気温も下がっていないのに目に見えて枯れてきているなんて……』
アヌエルの話を聞き、ムラーツはおもいきり背にもたれて後頭部で手を組んだ。
「霊峰にしては弱い魔力反応、そしてこの時期にしては妙に多い枯れ木、そして、件の地震……確かに、それぞれが独立した物とは言いにくいな」
少しの間、天井を仰ぎながら考えた後、ムラーツは勢いよく体を起こした。
「とりあえず、ギルド長、副長に真言して今後の方針を決めよう、引き続き、アヌエル隊員は救護活動に従事、何かあったらこちらにこまめに連絡してくれ、いいかな?」
『了解、救護活動に戻ります』
アヌエルが答えると、ぶつっと音を立てて、ディスプレイが消えた。
ムラーツは立ち上がると、窓際に姿勢よく立ち、隊員たちの方を見た。隊員たちも真剣な面持ちでムラーツの方に向く。
「今から、副隊長の一緒に、ギルド長の話しようと思う、周辺の状況も考えると、諜報部隊、研究部隊の隊長も交える必要がある、話によっては我々機動部隊が出撃しなくてはならないだろう、それに備えて、皆は準備をしておくように」
ムラーツの言葉に対し、機動部隊員たちは威勢よく答えた。
*
彗星01が、エルレクーンに向かって、ガタガタと音を立てて山間の開けた道を走っている。運転はドクマ、助手席にはハイアット、後部座席にはフィジー。
ギルド内の会議の結果、エルレクーンで起こっている現象の原因が、強大な力を持つ存在によるものの可能性があることから、機動部隊の出動が決定された。ただし、確定はされていないため、先ほど述べた3人が先行して現場に向かうという形となった。
今、彗星01はウルブ国とカトゥーク国の境界を越えたところである。
「しっかしよう、神様もいるわけじゃねぇってのに、わざわざ高い山に登る意味なんてあるのかねぇ」
操縦桿を握りながら、ドクマは2人にもはっきりと聞こえるぐらいの声で言った。
「んー? 何ー? ドクマって神様信じてないわけ?」
気の抜けた声で、フィジーがドクマに話しかけた。
「別にぜんっぜん信じてないって訳じゃねぇけどよぉ、山に登ってまで祈る必要がわかんねぇんだよ」
「あははは、それ信者の人が聞いたらものすごい怒られるよう?」
「だから、お前たちが別に信者でもねぇから言ったんだよ……って、あ、しまったハイアット、おめぇはどうなんだ?」
「えっ……うーんと、僕は別に、その信者、ではありませんが」
「ふーん……」
ハイアットの要領を得ない回答に、ドクマは一瞬だけ訝し気な表情を見せたが、特に気にはしなかった。
「でもさ、山頂って確かに神様とかそういうのいる様な雰囲気あるじゃん、高い所にあって風景とかきれいで、草とか池以外はなーんもないしね、それに、エルレクーンって大昔の噴火で争いを止めたって言うしさ、そこに神の力があるーって言ってもおかしくないんじゃないかなー」
「あー、でもよ、フィジー、高い所っつったけどよ、お前ってあの山ぐらい軽く飛び越えるぐらいの高さまで飛んだことあるんだろ? 神様とかってみたことあんのか?」
「うんにゃ、ないね、でも有翼人族の言い伝えなんだけど、雲よりももっともっと高く、あの太陽こそが、神様の住処だって言ってたなー」
「へぇえ、どこもそういうもんか」
「で、さあ、オーガ族はどうなのよ、ドクマ」
「え? あぁ、俺たちかあ……」
蛇行する道を、操縦桿を切りながらドクマは少し考えた。
「そうだな、俺たちはどこそこに神様がいるってのは聞いてねぇな、ただ漠然といるってぐらいだよ」
「へぇ、それでさ、神に祈ってはいるのかな?」
「さっきも言ったけど、全然信じてないわけじゃねぇからな、つっても誰かが死んだとき、でかい災害が起きた時ぐらいだな……つかフィジーも同じようもんだろ」
「ま、ね」
「で、だ、人間代表として、ハイアットはどうなんだ?」
「僕……ですか?」
話を振られてハイアットは少し困惑した表情を浮かべた。
確かに、ハイアットは人間である。しかし、彼の肉体に宿る精神はルトラという神に近しい存在のものであり、神との関係性はこの世界に生きる者達とは全く別物である。
ハイアットは必死で、「元のハイアット」の記憶を探っていった。彼は神に対し、どのような思いを持っていたのか、どれだけ信仰していたのかを。
「お、おい、ハイアット、神様になんか思い入れでもあるのか?」
「え……べ、別にそういうわけでは」
「ホントか?随分と目が泳いでいたぞ?」
考え込んでいたハイアットは、焦りのせいで異様に思いつめた表情を浮かべ、こめかみ辺りから冷たい汗が流れているのが良く分かった。ドクマに指摘され、ハイアットはしまった、と心の中で呟き、目をパチクリさせた。
「……うん、まぁ、人に言えないなんかがあるんなら、これ以上は何もいわねぇよ」
「あ、すみま、せん……」
「なんでおめぇが謝んだよ、謝るのはこっちの方だぜ? ったく相変わらず変わった奴だな、おい」
「そうそう、んじゃ、ドクマ、ハイアット君に謝ろうか」
「うるせぇよフィジー!!」
ドクマが怒鳴るのを見て、フィジーはけらけらと笑った。鏡越しにそれを見て、ドクマは舌打ちした。
それからしばらく会話が途絶えた。彗星01は山間を抜けて、平原に出た。太陽はまだ青い空を登る途中で、向こうの入道雲を白く照らしていた。
「……あぁ、そうだ、エルレクーンの件を聞いて思ったこと、もうちょっとあったわ」
「んー? 何よ何よー」
ふと、ドクマがまた話し出した。退屈そうに窓の外を見ていたフィジーが、眠たげな眼でドクマの方を見た。
「いやさ、この地震で巻き込まれちまったのって、聖職者達だろ? つことは一番熱心に神様を信仰している奴らじゃんか」
「うんうん」
「それでさあ、今回の地震でまるっと行方不明になったんだろ? それって結局、神に助けられなかったってことじゃねぇか?」
ドクマの問いに、フィジーは少し考えたが、ただうーん、と軽い調子で唸るだけだった。回答が来ないとわかると、またドクマが話を始めようと息を吸った。
「そう考えるとさ、神様って残酷な奴らだよな、あれだけ敬ってくれてるのに救わなかったんだ、文明の神も、あいつらが敬愛していた自然の神も、更には慈愛の神も……」
「うーん、となるとドクマは神様の事はもう信じない、というわけかな?」
「単純に教会の奴らがよく言う、神の御加護とやらが眉唾もんってだけだよ、神様は見てくれているって言うけど、実際はどうだかな」
「いやー、大分と意地悪いこと言うねー、そんなこと言ってたら天罰が下るかもよー?」
「そうだとしたら、神様の方がよっぽど意地が悪いや」
そう言って、ドクマは小さく笑い飛ばした。
その時だった。
「……神は導くだけです」
不意に、助手席でハイアットがボソッと呟いた。
「ん?ハイアット、今なんかいったか?」
「あ、えと、なんでも、ないです」
「それならいいけどよ、言いたい事ならあるなら言えよな」
「……はい」
ハイアットは小さな声で答え、またぼんやりとした様子で正面の風景を黙って眺めていた。
彼はよく知っていた、神は進化を促すために、時としてこの世界に試練を与えることを、あるいは、欲望のために際限なく争いや強奪を繰り広げる者達に罰を与えることを、そして、それらは地震や、大嵐、津波、そして火山の噴火として現れることを。
しかし、今回の地震については、彼は不可解に感じていた。
今、この世界は多種多様な種族が共存し、それに伴い文明も急速に発展している、世界として理想的な状況にあり、神が試練を与える、もしくは罰するような状態ではない。そして、アヌエルの報告を聞く限り、自然によるもの、すなわちその土地の魔力暴走ではなく、何かが裏で働きかけているように可能性が残っている。
ハイアットは胸騒ぎを感じた。「邪」の影が、彼の脳裏をよぎった。
その刹那、彗星01の通信装置から受信音が鳴りだした。慌ててハイアットが、受信スイッチを入れた。
『こちらアヌエル、ドクマ隊員、応答願います』
「こちらドクマ、どうしたアヌエル隊員」
『礫を片付けていたら、中に空洞が見つかったわ、探索のために協力してほしいんだけど、急いでくれないかしら?』
「了解、一気に加速するぜい!!」
「あんまり無茶な運転しないでよー!!」
フィジーの叫びを無視して、ドクマはペダルを力強く踏んだ。




