第7話 魔性の香の下に (Part7)
医療施設のすぐそばで、キリヤは弓を、イディ射出装置を構え、怪物1体と対峙していた。周囲にはすでに、何人もの倒れた兵士と、肢体が転がっている。
2人と1体、お互いに距離を保ちながら、隙を伺っていた。
「……食らえっ!!」
キリヤが怪物の膝をめがけて矢を放った。怪物はすぐさまを飛び上がり、金切り声を上げながら、キリヤの方に襲い掛かった。その瞬間を狙い、イディは薬液入りの金属球を怪物に向けて発射した。
だが、怪物は4つの目それぞれから赤い波状光線を放った。
イディとキリヤはそれをかわしたが、イディの撃った球に当たり、金属球が爆ぜて中の薬液が周囲に飛び散った。飛び散った後から青白い炎。
「しまった、早く対処を……!!」
イディは急いで魔装銃に持ち替え、装填する魔石を水属性に替えた。
「イディ、避けろ!!」
キリヤが叫んだ。怪物が、猛烈な勢いで腕を振り上げながらイディの方に迫っていた。イディは急いで飛びのくと同時に、怪物は巨大な爪を振り下ろした。爪はイディ背中をかすめた。それでも背中には大きな傷がつけられ、その痛みにイディは苦悶の声を上げた。
「イディ……はっ!?」
間髪入れず、怪物はキリヤに飛びかかった。
キリヤは咄嗟に弓を横に構えて怪物の爪を受け止めた。だが、怪物はキリヤの腹部目掛けてもう片方の爪を突き出した。寸前のところで、キリヤは弓を離し、怪物の脇をくぐるように前転した。
そして、キリヤはすぐに魔装銃を構えると、体勢を崩した怪物に背中に向けて、白い光弾を放つ。怪物の首元にあたり、大きな火花が上がった。
怪物は振り向くと、キリヤの方に向かって、光線を撃つ。キリヤは横に素早く飛びのき、それをかわした。またお互いの距離が離れ、隙を伺いあう状態に戻った。
しかし、キリヤの息はすでに切れ、なんとか立ち上がったイディも傷を負い、形勢は明らかに不利であった。
いきなり、怪物の後ろ方からフィジーの叫び声が聞こえ、それと同時に、フィジーが体を折り曲げた形で吹き飛ばされ、キリヤ達の傍に落下した。腹部を強打したらしく、血を吐きながら咳き込んでいる。
「フィジー隊員、大丈夫か!?」
「げほっ、えほっ……はい、まだいけます、副隊長!!」
イディの肩を借りながら、フィジーは何とか立ち上がった。そして夜闇の奥からもう1体の怪物が現れ、怪物が2体、横に並んだ。青白く燃える炎を挟んで、2体と3人が対峙した。
怪物たちはにやりと笑うかのように目を細めた。
すると、唐突に2体は互いの両手を組み合い、突き上げると、夜空に向かって金切り声を上げた。あまりの不快な音に、3人は思わず耳を塞いだ。
「何だ……!? 奴らは何を……!?」
イディが怪音に苦しみながら言った。
金切り声を上げているうちに、怪物たちは紫色の炎へと変化し、2つの炎が混ざり合った。その炎は見る見るうちに膨れ上がり、周辺の建物よりも大きくなった。
そして、その炎が消えると、巨大化した怪物の姿。
「なんて、事だ……」
怪物の姿を呆然と見上げながら、キリヤは呟いた。
巨大な怪物は3人の姿を尻目に医療施設の方を見ると、ゆっくりと爪を振り上げた。
「いかん!!」
キリヤが叫ぶと同時に、3人は急いで魔装銃を構えた。しかし、既に怪物の腕は医療施設に向かって振り下ろされた所だった。
その時だった。中空で金属同士がぶつかる音がするとともに、半透明の丸屋根型の障壁が施設を囲うように一瞬だけ現れ、怪物の爪を弾いた。もう1度、怪物は爪を振るうが、同じように障壁が現れて、またしても弾かれた。
「これは障壁魔法……まさか!?」
キリヤはコミューナを起動させ、通信先をアヌエルに合わせた。
*
『こちらキリヤ!! アヌエル隊員、応答せよ、アヌエル隊員、応答せよ!!』
病室の中、アヌエルのコミューナから、キリヤの切迫した声が聞こえてきた。しかし、アヌエルはその声が全く聞こえていないかのようだった。
アヌエルは病室の中央で、杖をまっすぐに持って突き立て、背筋をピンと伸ばし、目をつむりながら呪文を呟いていた。杖の先には、円形の魔法陣の光が展開されており、そして、彼女の右手には魔力供給機が付けられていた。
障壁が攻撃されたときの音が鳴るたびに、周りの者は不安げな様子を浮かべた。それでも、アヌエルは一心不乱に呪文を唱え続けていた……障壁が攻撃をうける度に、彼女の魔力は急速に失われていった。
『アヌエル隊員!! くそっ、なんで応答しないんだ……!!』
アヌエルのコミューナから音声が切れた。
それを見て、今度はソカワがコミューナを起動させる。
*
『こちらソカワ、副隊長、応答願います!』
キリヤのコミューナから、ソカワの声が聞こえてきた。
「こちらキリヤ、アヌエル隊員は何をしているんだ」
『今、病室の真ん中に立って、障壁魔法を展開させている、彼女は自分の魔力が尽きるまで魔法を継続させるつもりだ!』
「な……」
キリヤは思わず絶句した。
『現在、患者たちは随時裏口から避難させている、俺はその守衛に当たります、副隊長、後は頼みます』
「……了解」
キリヤがコミューナを閉じた。その間にも怪物は、障壁に向かって攻撃を続けていた。
「フィジー、イディ両隊員、全力で攻撃し、奴の気を引くぞ!!」
キリヤの指示に、2人は息を切らせながらも力強く頷いて答えた。3人は改めて魔装銃を構えると、怪物の背中目掛け、同時に放った。3つの光弾が同時に当たり、怪物の背中で爆発が起きた。更にもう1発、3人は追撃を放つと、ほとんど同じ箇所が爆発が起きた。
3人からの攻撃に、怪物はもがくように爪を振り回した。そして、怪物の視界が3人の姿を捕らえた。怪物は3人にいる方向に向かって、口を開けた。
「しまった、アレが来るぞ!!」
キリヤが叫んだ。3人は散り散りに飛びのくと、それと同時に、怪物の口から黒い丸鋸型の弾が放たれ、先ほどまで3人がいたところに突き刺さった。
そして、大爆発。
その威力は巨大化前と比べ物にならない程、強大であった。衝撃波で周囲の建物のガラスは割れ、寸前で飛びのいた3人も吹き飛ばされ、3人とも全身を強く打ってしまった。
もはや、怪物を止める者はいない。再び、怪物は医療施設の方を向くと、今度は4つの目から波状光線を一斉に放った。
*
病室の中は、まだ避難の最中で混乱が続いていた。その中で、アヌエルはまだ障壁魔法を維持するために、呪文を唱え続けていた。すでに、彼女の顔色は青くなり、額からは脂汗が流れ続け、杖を持つ手も震えている。彼女につなげられた魔力供給機でも、回復が間に合ってないのは明白だった。
一際大きな衝撃……波状光線による衝撃が施設を襲った。周りから悲鳴が上がる中、アヌエルはなんとかこらえた。
だが、今の攻撃で、アヌエルの魔力は大幅に消費されて、魔法陣の光は弱々しくなった。アヌエルが息を切らしながら呪文を唱えても、ほとんど回復しなかった。
(アヌエル隊員の力ならきっと助けられます!がんばってください!)
不意に、ハイアットの言葉が脳裏をよぎり、アヌエルは笑みを浮かべた。とても、寂しげな笑み。
「……ごめん、ハイアット君、私、できなかったよ」
そして、障壁が破壊される音。
*
急に、怪物の動きが、腕を振り上げた状態のまま止まった。
怪物の肩口には光の剣。その光の剣は、怪物の後ろに立つルトラの右腕から伸びていた。
ルトラは光の剣を突き刺したまま、強引に怪物を施設から引き離すと、そのまま振り回すように、怪物を塀に叩きつけた。怪物は塀を突き破り、そのまま山の斜面に倒れ込んだ。
怪物が起き上がろうとした瞬間、ルトラは塀を飛び越える。そして、勢いそのままに怪物の顔目掛けて自身の膝をたたき込んだ。怪物は牙は1本折られ、仰向けに勢いよく倒れた。
再び、ルトラは右腕から光の剣を伸ばすと、倒れている怪物に切りかかった。
しかし、怪物はそれを横に転がってかわすと、目からの赤い波状光線を放つ。ルトラはそれを4本ともまともに浴びた。
身体の内部から熱せられ、ルトラは苦しむように動きを止める。怪物は起き上がると、ルトラに駆け寄り、両手の巨大な爪で、ルトラを2回切り裂く。甲冑のようなルトラの身体に傷がつき、そこから光の粒子が漏れ出した。
怪物はルトラに飛びかかり、押し倒すと、その巨大な爪で何度もルトラの頭をめがけて突き刺した。しかしルトラは怪物の突きを、寸前のところで避け続ける。怪物はしびれを切らしたように、ルトラの眼前で口を大きく開け、魔力を溜め始めた。
その瞬間、ルトラの金色の目から強烈な閃光が放たれた。
それを直視して怪物が怯んだ瞬間を、ルトラは右手に光を溜めて、おもいきり怪物を殴り飛ばした。怪物は横に転がった。
ルトラと怪物はほぼ同時に起き上がると、怪物はルトラに向かって爪を振り上げて、猛烈な速度で真正面から突っ込んできた。
ルトラは体を軽く横に向け、踵を突き刺すように怪物を蹴りあげた。ルトラの足は怪物の口元に当たり、もう一本の牙は折れ、怪物の体は大きく吹き飛んだ。倒れた怪物に向かって、ルトラは両手からの光弾で追撃した。
しかし、怪物は目からの光線で相殺した。怪物は勢いよく立ち上がると、その勢いのまま爪をルトラに向かって振り回した。ルトラはくるりと後方に転回してかわす。
その隙を狙って、怪物は丸鋸型の爆発弾を放った。
だが、ルトラはすぐさま構えると、右腕全体に魔力を集中させ、平手を打つようにその弾をはじき返した。弾は怪物の腹に突き刺さり爆発した。怪物は後方に大きく吹き飛ばされ、ルトラも構えて風圧に耐えた。
怪物の腹には大穴。そこから黒い煙がだらだらと漏れ出ている。
ルトラは両手を合わせると、そこに魔力を溜めだした。両手の間から光の弾が作られ、それをドンドンと膨張させた。両腕で抱えるぐらいの大きさになると、今度はその光弾を圧縮させていき、最終的には片手で納まる程度の大きさになった。
その間に、息も絶え絶えになった怪物が起き上がり、ルトラの方に向いた。
その瞬間、ルトラはだらりと開いた怪物の口目掛けて、光弾を投げ入れた。光弾は食道を通り、胸のあたりまで来た。
そして、ルトラは右手を強く握りしめた。
大きな爆発音と共に、怪物の体が粉々に砕け散った。光弾にたまっていた魔力が一気に放出されたのだ。
ルトラは辺りを軽く見まわした。怪物は跡形もなくなっていた。再生する余地は全く残されていなかった。それを確認すると、ルトラは光の粒子となってどこへともなく、消え去った。
「……」
医療施設の窓から、自分の窮地を救ってくれたルトラが去っていくのをアヌエルはじっと見ていた。
「……守ってくれてありがとう」
アヌエルは静かに呟いた。
*
事件は終わった。けど、門の復旧がもうしばらくかかるようなので、僕達はその間はリーブキーに滞在することになった。ムライツ隊長は、ちょうどいい機会だから、と笑ったあと、通信の間、ホシノ隊員が羨ましいとかいいなぁとか、言っていたのが聞こえていた。
でも、【機動部隊】の中で、リーブキーの名物である、温泉に入れたのは大きな負傷が無かった僕とアヌエル隊員だけだった。そのせいで、周りからおもいきり小言を言われた……特にドクマ隊員から。
それで月が登りきり、誰もいない時に僕は温泉に入っていた。昼間から夕方まで、色々と手伝いとかあって、本当に忙しかった。
ハイアットとしても、もちろんルトラとしても初めて入ったけど……温泉って、いい。お湯につかっていると、心身ともに安らいでくる。まだ、胸の傷がひりひりと痛むけど。
僕はただただ無心になって、温泉に入っていた。
「そっちに入ってるのって、ハイアット君?」
「へ、ええ!?」
急に、アヌエル隊員の声が聞こえてきた。僕は慌てて辺りを見回した。
「ふふっ、何やってるの、私はちゃんと女性用の方に入ってるわ?」
「えっ、あっ……」
ああ、そうだ、この温泉、女性用と男性用の浴場って薄い壁で仕切っているんだった。それで、アヌエル隊員の声がすぐそばにいるみたいに響いたんだ。
「もしかして、ちょっと期待していたの?」
「そ、そんなことないです!!」
「でも、私が傍にいたらうれしくないかしら?」
「え!? えと……はい……うれしい、です」
アヌエル隊員がクスクス笑うのが聞こえる。もう、この人はホントに……。
「それにしても、なんで、僕が入ってるって、わかったんですか?」
「気が抜けて出た声が、聞き覚えがあったからよ、無防備でかわいらしい声がね」
「……むぅ」
なんだか、ばつが悪くて 僕は口元までお湯に沈めた。顔が熱く感じるのは、温泉のせいじゃないと思う。
これでひとしきり、僕へのからかいが終わったのか、少しばかり、沈黙が続いた。
「ね、ハイアット君」
「……なんですか?」
「誰かを守るのって、難しいと思わない?」
「……えっええっ」
僕はちょっとびっくりした。それで、僕は返答に困って、どもるばかりだった。
「……なんでもない、いきなりでごめんね」
アヌエル隊員が温泉から上がる音がした。僕は慌てた。
「あの、待ってください!!」
「ん、何かしら、ハイアット君?」
「僕も……守るのは、難しいと思います、1人の力では、多くの人を守ることはできません、それが例え、ルトラでも……」
僕の声だけが、浴場にこだましていた。
「でも、1人では守りきれなくても、仲間と力を合わせれば、何でも、何人でも、守ることができると、思います……全ての人を、救うことはできないかもしれません、それでも、信頼できる仲間がいれば、より多くの人を守る事ができる……僕は、そう思います」
所々上ずりながら、僕は答えた。それは僕の本心だった。アヌエル隊員が障壁魔法をとなえなければ、キリヤ副隊長達の抵抗が無ければ、アーマッジ隊員が身を挺さなければ、もっと悲惨な事になっていたと思う……例え、あの「邪」の尖兵に勝利できたとしても。
また、しばらく沈黙がつづいた。
「……ハイアット君らしい優等生の答えね、でも純粋でいい答えだと思うわ」
アヌエルが微笑む声が聞こえた。
「ふふ、私に付き合ってくれて、ありがと、なんだか暗い気持ちが亡くなって来たわ」
「……どういたしまして」
「それじゃ、部屋に戻ってるね、のぼせないように注意してね」
「はい、わかりました」
壁の向こうで、アヌエル隊員が浴場から出ていく音が聞こえた。
「守る……」
僕は湯船の中で、膝を抱え、先ほどの会話を反芻した。僕は……私は……この世界を生きる人を守る使命は果たせているのだろうか……?
その後、僕はのぼせて寝込んでしまい、部屋でアヌエル隊員に笑われたのはまた別の話。




