第1話 蘇る神話 (Part5)
怪物の姿は、頭部や尾は哺乳類を思わせるが、目は真っ赤に染まっており、表皮は黒く、ゴツゴツと岩のようであった。さらに、背中は頭部から尾の根元にかけて紫がかった鉱石がびっしりと生えていた。そこから、先ほどの爆発の影響か、ばらばらと大小さまざまな破片が落ちていくのが見えた。
何よりも、山と見まがうまでの大きさに、イディ、ソカワ、そしてフィジーは圧倒された。
『先遣隊、何をぼーっとしてる、敵は目前に迫ってるぞ』
コミューナから、ムラーツの声が聞こえ、3人は我に返った。猛進する怪物がすぐそこまで迫っていた。
「……行くよ!!」
自らを奮い立たせ、フィジーは飛び立った。それに続き、イディ、ソカワもワイバーンを駆った。3人は銃を構え、前進を続ける怪物へと向かう。
怪物の巨体の周囲を旋回しながら、ソカワは2丁の魔装銃を構える。こちらを全く気にしないかのように前進を続ける標的と並走するような形になると、ソカワは一気に狙いを定めた。
「……発射!!」
ソカワが引き金を引くと、銃口から火の玉が射出され、怪物の目元から首元にかけて数発命中し、爆炎を上げた。怪物が驚いたように奇声を上げ、前足を振り上げた。
その前足を下ろした瞬間、そこに突っ込むようにフィジーが飛び込み、怪物の正に目の前に来た。彼女の持つ連射式の大型魔装銃から雨のように電撃の弾が発射された。着弾時の雷鳴のような音があたりを包むなか、すぐさまフィジーは怪物から距離をとった。顔面に連続で浴びせられた電撃の衝撃に、怪物は一層、もがくように暴れた。
その足元で、イディの乗るワイバーンが滑空していた。イディは腰につけていた、金属製の球を握ると、特注の小型射出装置に装着した。狙いは怪物の後ろ脚。
自身の乗るワイバーンが、怪物の後ろ脚に最も近づいた瞬間、関節めがけてイディは球を発射した。球が怪物の足にぶつかると、破裂し、空気が白く光るほどの冷気が広がった。すると瞬く間に、怪物の足は凍りつき、動きがもたついていく。その間にもフィジーとソカワの猛攻は繰り返され、怪物の頭部が爆発の煙に包まれ、怪物の動きは止まった。
「へへっ、なーんだ、図体デカいわりに楽勝じゃない!!」
「いや、奴が死んだかはわからない、油断するな」
フィジーが笑みを浮かべているのとは対照的にソカワは鋭い視線を怪物にじっと向けていた。低いくぐもった唸り声が、怪物から聞こえる。
その次の瞬間、爆音とともに、紫色の炎が煙をかき分けて噴出した。炎はすぐさま、フィジーとソカワに襲い掛かってきた。驚く間もなく、2人は回避行動をとるが、炎は周囲を焼き払うかのように暴れまわり、辺り一面を真っ赤に染めてしまった。
「くそっ、面倒くせぇ……!!」
ソカワは舌をならすと、魔装銃の横についたスイッチを切り替えると、数発、空に向けて撃った。魔法の弾が放物線を描き、火の海の上に到達すると、閃光と共に雨雲が現れた。そして、豪雨が火の海に降り注ぎ、みるみるうちに鎮火していった。
しかし、そうしている間に、怪物は再び、前進を再開した。
「……マジか?」
イディは驚愕した。あれだけの集中砲火を浴びながら、怪物には傷一つ、ついていない。
*
「ホシノ君、あいつの属性がわかるかね」
本部にて、ホシノの式神を通して、様子を見ていたムラーツが指示する。
「は、はいっ、えーと……」
ホシノは机の上に広げられた和紙に、びっしりと書かれた文字の一部をなぞった。すると、目の前にある複数のディスプレイが情報を映し出していた。それを、ホシノは目で追いかけ、読み取っていった。
「……えっ、なんですか、なんなんですか、これ!?」
「ホシノ君、いったいどうしたんだね?」
「属性の色が、不明としかでません! 解析不能です!!」
焦りの表情で、ホシノがムラーツの顔を見ると、彼は変わらぬ表情で中空にパイプの煙を吐いた。少し間をおいて、ムラーツはコミューナに顔を近づけた。
「総員、絶対に手をゆるめるなよ」
*
ラムべ町中は慌ただしく動いていた。巨大な怪物が迫っているとの報をうけ、町を囲む塀の近くには、駐在する騎士団が配備され、町の上空ではたくましい男性の有翼人が町の皆に避難を呼びかけていた。町からは次々と馬車が出発し、レンガ路をけたたましく鳴らしていった。
そして、ラムべ町の治療所前でも、10数台の箱型馬車が出発を待って整列している。その中の1台に、ハイアットは乗せられていた。馬車内の長椅子の上で、彼は魔力供給機とつながったまま横になり目を薄く開けながらじっとしていた。
しばらくすると、先頭の馬車が出発する音が聞こえた。彼のそばで付き添っているアヌエルがほっとしたように溜息をついた。
アヌエルのコミューナから音が鳴った。すぐに起動させると、ムラーツの上半身が現れた。
『アヌエル隊員、応答せよ』
「こちらアヌエル、隊長、どうしましたか?」
『そっちへのお客さんが想像以上に手強くてね、君の力も必要となりそうなんだ、行けるかね?』
「はい、件の患者については地元の看護師に任せます」
『わかった、なるべく急いでくれよ』
「了解!!」
コミューナからの映像が消えると、アヌエルは同乗していた人間の女性看護師を呼んだ。
「ごめんね、私も前線に出なきゃいけないみたい、この患者のこと、まかせたわよ」
「はい、わかりました」
看護師が答えると、アヌエルは勢いよく馬車から飛び降り、厩舎の方へと急いだ。それから少し経って、鞭の音が鳴り、馬車が走り始めた。
「長い間揺れるけど安心してくださいね、私がちゃんと付き添いますから」
看護師は微笑みながら、ハイアットの目を見て、力の抜けた彼の右手を取った。彼の表情は変わらず、眠たげなまま。
ふと、彼の手がかすかに輝き、すぐに消えた。看護師はそれを訝しんで、彼の手をよく見た。
「……んー?」
あちこちに傷があるのと、掌に線状のあざがあるばかりであり、看護師は気のせいだと片付けた。
しかし、彼女の異変はすぐに起きた。
脳裏に何かが走ったような感覚に、彼女はぞくりとした。すると、馬車の揺れと共に、彼女の視界は段々とぼやけてゆき、力が入らなくなっていった。そして、彼女はほどなくして、長椅子に寄りかかるように倒れ、寝息を立て始めた。
ハイアットがゆっくりと上半身を起こすと、ややぎこちない様子で呼吸器と魔力供給機と呼吸補助機を外した。供給機がつなげられた跡から、血が一筋流れ、すぐに止まった。
「ごめん」
看護師に向けて、彼は細い声で謝った。そしてまた、ぎこちなく立ち上がり、重い足取りで馬車の扉に近づき、ゆっくりと扉につけられた小さな窓を開いた。彼は一呼吸置き、目をじっと閉じた。すると、彼の右手が光りだし、徐々に粒子となっていった。
そして、そこから徐々に彼の身体は分解されていき、光の粒子は窓から出ていった。馬車の運転手はそれに全く気づかず、避難場所へと急いだ。
粒子はふわふわと舞い上がると町を囲む壁を越え、近くの杉林の中へと降り、また、ディン・ハイアットの姿へと集まっていく。元の姿に戻った瞬間、ハイアットは急によろけて杉の木にもたれかかった。
「……これだけでも苦しい、か」
深く呼吸しながら、ハイアットはぽつりとつぶやくと、もたれかかったまま、腰を下ろした。
しかし、安静する間など、ない。
怪物が迫ってくることが、木々の震えを介して、ハイアットに伝わった。重たげに立ち上がると、じっと右掌を見つめた。いくつもの線状のあざが、星を形作り、脈拍に合わせて淡く明滅している。その手を握りしめると、ハイアットはよろよろと、地響きの聞こえる方向へと足を進めた。