第7話 魔性の香の下に (Part4)
日も落ちて間もない頃。
「怪物達は塀の外に逃げたよ……しかし、まずいことになったな……」
リーブキーにある医療施設の廊下で、キリヤはため息交じりに言った。同行していたフィジーも、無念の表情を浮かべている。イディ、ハイアット、アヌエルの3人も沈痛な面持ちでそれを聞いていた。
隣は大部屋で、その医療施設で唯一の病室である。先の怪物との戦いで、傷を負ったものが痛みでうめいている声ばかりが聞こえていた。
負傷したドクマ、ソカワ、そしてアーマッジもその中にいた。ドクマは腹から胸にかけて、包帯でぐるぐる巻きにされていた。ソカワは腕をつるし、わき腹と頭部に包帯が巻かれている。そして、アーマッジは魔力供給機と呼吸補助機が付けられ、静かに目を閉じていた。
「東門と南門が破壊され、空を飛ぶか、移動魔法を使用しなければ出入りできない状態になった、住民と観光客の避難は相当困難な状態にある」
キリヤが冷静に語っている間も、病室には多くの人が治療と看護のために頻繁に出入りしていた。
「それに、これだけの負傷者で、明らかな人手不足だ……救護部隊に来てもらいたいが、門が修復しない限り、彼らは入れない」
「更に言うと、まだ怪物が生きている、ここを襲撃される可能性もある、と」
キリヤの言葉に付け足すように、イディが言った。
「でもさ、あいつらの足と爪をそれぞれ壊したんでしょ?しばらくは回復で時間をかかかるんじゃないかな?」
フィジーがなるべく明るく振舞いながら言った。
「奴らは「黒」の魔力を持つ怪物、まだまだ力に関しては未知数だよ……下手すりゃもう全快しているかもしれない」
「そんな嫌なこと言わないでよイディ!!」
フィジーが怒鳴った。
「落ち着け、フィジー隊員、イディ隊員、こんな所で争ってる場合じゃない、少なくとも奴らはいつ襲撃してくるかは判別はできん……」
キリヤは再び、深くため息をついた。
その横で、アヌエルはただただ黙って、うつむいていた。隣ではハイアットが心配な様子でそれを見ていた。
唐突に、キリヤのコミューナから受信音。
『こちらムラーツ、キリヤ副隊長、どうもかなり厳しい状況らしいね』
「こちらキリヤ、はい、今から現況について詳細を伝えます……」
その場から少し離れて、キリヤがムラーツに報告を始めた。先ほどまで語られた、絶望的な状況がムラーツに伝えられる。
「あの……アヌエル隊員」
不意に、ハイアットがアヌエルに話しかけた。
「ん、どうしたの、ハイアット君?」
「ずっと、何か思いつめているみたいです、けど」
「……ふふ、なんでもないよ」
アヌエルは微笑んだ。しかし、無理をしていることが容易に見て取れた。
「皆さんの事が、心配、なんですか?」
「……まあ、ね」
アヌエルは正面を向いた。
「無事、なんでしょう?」
「うん、みんな命に別状はないわ……でも、いきなり体に異変が起きる可能性がある、特に、アーマッジ君は」
「えっ……」
ハイアットは少し、驚いた。
「それだけひどい怪我だった、処置が遅かったら……助からなかったと思う」
「そんな……」
「だから、心配なの、アーマッジ君は私の身代わりになって助けてくれたから、なおさら、ね」
アヌエルが深くため息をついた。
「……私の力で命を助けたい、アーマッジ君達だけじゃなくて、負傷している人全員をね」
「できるんです……か?」
「ちょっと頑張ればね、その為の私の力だから」
「えっ……?」
ハイアットが不思議そうにアヌエルを見た時、キリヤが隊長への報告を終えて戻ってきた。
「総員聞いてくれ、怪物たちがいつ襲撃してくるかわからない以上、早くに行動を移そうと思う、すぐに準備してまた警備に出ようと思うが、いいな」
フィジー、イディ、ハイアットが了解の声を上げた。1人、アヌエルだけが黙っている。
「アヌエル隊員、どうした?」
アヌエルが、キリヤの目を見た。アヌエルの表情には、決意が伺えた。
「副隊長、私をここに残してください、私は救護部隊の一員でもあります、看護の方に回らせてください……」
彼女の声は落ち着いたものだった。だが、その中に熱を帯びていた。キリヤは腕を組み、少し考えた。
「……いいだろう、隊長に報告後、施設長に手伝いに参加させてもいいか聞いてみる」
「ありがとうございます」
アヌエルは頭を深く下げた。
「負傷した3人の事は君に任せたよ、我々はこの施設の防衛に集中する、フィジー、イディ、ハイアット、先に玄関に集合してくれ、いいな」
キリヤの指示に、3人が答えると、キリヤは足早に施設長のいるところに向かい、3人は玄関の方に向かっていった。アヌエルはホッと、安堵の息を吐いた。
「アヌエル隊員!」
ふと、ハイアットは振り返り、アヌエルに呼びかけた。驚いた様子で、アヌエルはハイアットの方を見た。
「アヌエル隊員の力ならきっと助けられます! がんばってください!」
「おーい、ハイアット君、おいてくぞー」
「ああっ、すみません!!」
フィジーに呼ばれ、ハイアットは駆け足でその場を離れた。
ハイアットの妙な言葉に、アヌエルはしばらく呆気に取られていた後、クスリと笑った。
「私の、私たちの力は、邪悪なものじゃない……命だって救えるから」
誰にも聞こえないほどの声で、アヌエルはボソッと呟いた。
*
夜、リーブキーを囲む暗い森の中で、2体の怪物が、何者かに対して頭を伏せている。
「……頭を上げなさい」
女性の声に従い、怪物たちが頭を上げた。黒づくめの女性が、彼らの前に立っていた。
「もう、怪我の様子は無いようね」
女性の言う通り、怪物達がそれぞれ失った部位はすでに完全に回復していた。怪物達はどこか嬉しそうにうなりを上げた。
「閉鎖したのはかしこかったわ……でも、後は考えなしに暴れすぎね」
女性の注意に、今度は軽く落ち込んだような様子を見せた。
「そうがっかりしないで、好機はもう来てるんだから……そうね、次襲うとしたら」
女性は少し考え込むと、何かを思いついたように両手を合わせた。
「そうだ、まず傷ついた人たちがいるところを襲えばいいんじゃないかしら!」
女性は楽しそうな笑みを浮かべて、怪物たちに言った。




