第7話 魔性の香の下に (Part3)
温泉宿の集中する区域では、阿鼻叫喚が広がっていた。
怪物の通った後には血と肉の跡。怪物はちょうど温泉宿の区域と繁華街の区域の境界に位置する広場に来ていた。怪物が立ち向かってきた者達を次々とボロ雑巾のように薙ぎ払っていく。
怪物の足元に1本の矢が刺さる。すると、怪物を囲むように赤い光の円が地面に描かれると、そこから一気に火柱が上がった。
「足止めぐらいにしかならないだろう、な」
繁華街側を背にし、キリヤがポツリとつぶやくと、コミューナを起動させた。
「フィジー隊員、火柱がやんだら、怪物に全力で攻撃を、アヌエル隊員は宿の防衛を頼む!」
コミューナから2人の了解の声が聞こえると、また、キリヤは火柱に包まれた怪物に向かって弓を引いた。しばらくすると、火柱が消えた。怪物の体毛には焦げたような跡がかすかに見られたが、ほとんど傷を与えられたようには見えなかった。
そこに、間髪入れず、空から白い光弾が雨のように向かって降ってきた。怪物に当たるたびに火花が上がり、怪物は悶える。
上空で、フィジーが連射砲を抱えていた。反動による痛みからか、腕をバタバタと振っている。
怪物が空を見上げた瞬間を狙い、キリヤは矢を怪物の足元に向けて放つ。しかし、怪物はそれを見切ったように爪で弾き、真っ二つに折った。そして、怪物はキリヤに向かった。
怪物が爪を振るった瞬間、キリヤは咄嗟に剣を抜き、その1撃を防ぐと後ろに飛びのく。剣からひびが入る音。
キリヤは剣を捨て、魔装銃に手をかけた瞬間、怪物はいきなり別の方向に向いた。
「いかん!! アヌエル隊員!!」
キリヤが叫んだのと同時に、怪物は大型の宿に向かって丸鋸型の弾を飛ばした。
「《荒れ狂う天の力よ、我を守り給え》!!」
アヌエルは素早く呪文を唱え、雷の障壁を展開し。怪物の飛ばした弾を受け止めた。しかし、完全にはそれを受けきることはできず、怪物の放った弾は障壁を突き抜けた。
「させるか!!」
弾が宿に当たる直前、ソカワの声と同時に白い光弾が飛来し、弾と相殺した。その衝撃で、宿の窓ガラスが割れた。
「直撃は免れたか」
ワイバーンの上でソカワは舌を鳴らした。その下でハイアットも鋭い目つきで怪物に向かって構えていた。怪物は苛立ったように目を細めると、上空へ飛び上がった。
「逃がさん!!」
キリヤが矢を放った。矢はまっすぐに、怪物のふくらはぎ部分に刺さると、そこから徐々に凍りだし、怪物は地面に落ちた。その瞬間を狙い、ソカワとハイアット、アヌエルとフィジーが人口魔石を装填した魔装銃を撃ち、周りの者達もそれに合わせて撃った。
爆発が起き、怪物の凍った方の足が吹き飛んだ。怪物は金切り声を上げて地面を転げまわった。
その怪物に向かって、機動部隊員達と兵士たちは武器を構える、次の1撃で、とどめを刺さんと。
その時だった。
『別個体が移動中!! キリヤ副隊長の所に接近しております』
機動部隊員のコミューナから、ホシノの声。同時に、繁華街の方から騒がしい音が聞こえてきた。
「ちくしょう!! 別の1体か!!」
ワイバーンの上で、ソカワは煙に向かって銃を構えた。煙の中から、もう1体の怪物が駆けてきた。その後を、別で警備していた者達……ドクマ、イディ、アーマッジを含む……も来た。
ソカワが怪物目掛けて撃つと、怪物の直前の足元に着弾し、大きな火花を上げた。怪物が転倒すると、追いかけていた者達はすぐにその個体を取り囲んだ。
だが、怪物は顔を上げると、4つの目から赤い波状の光線を拡散させて放った。
周囲の者達は必死にそれを回避したが、2人の兵士はかわし切れず、光線を浴びると、一瞬でドロドロに溶けてしまった。
その隙に、怪物は立ち上がると、猛烈な勢いで、ドクマの方に突っ込んできた。ドクマは急いで、背中に抱えた棍棒を構えた。だが、怪物は口を開き、丸鋸型の爆弾を放つと、弾はドクマの棍棒に刺さった。
「しまっ……!!」
ドクマは棍棒を捨て、飛びのいた。そして、棍棒が爆発した。ドクマの巨体が宙に飛ばされ、そのまま地面にうつ伏せに叩きつけられると、そのままうずくまった。
「ドクマ!! 大丈夫、かっ!?」
怪物は今度はソカワの方に向くと、目から赤い光線を放った。ソカワはそれをかわそうとワイバーンの手綱を引く。しかし、光線はワイバーンの左の翼をかすめた。左の翼は半分が溶け落ち、ワイバーンはバランスを崩して地面へと落下した。その衝撃でソカワも地面へと投げ出され、腕を抑えてうめいた。
怪物は温泉宿に向かって走り出した。その直線上には、アヌエル。
「アヌエル隊員、避けろぉ!!」
キリヤが叫んだ、が、怪物の急な動きに、アヌエルは一瞬の混乱に陥り、動けなかった。瞬時に、怪物はアヌエルのすぐ目の前まで来ると、爪を振りぬかんと構えた。
その時だった。
アヌエルの体を誰かがおもいきり押し倒した。そして、その誰かが切られる音がした。
「えっ……」
アヌエルは呆気にとられた。彼女の体に、アーマッジの小さな体が覆いかぶさっている。彼の背中には、巨大な爪跡。
怪物が宿に到達する直前、空中からの白い光弾の集中砲火が怪物を襲った。フィジーの魔装銃の銃口から煙が吹いていた。
「食らえ!!」
よろける怪物に向かってイディは手持ちの射出装置から金属球を撃つ。怪物の右腕に当たる寸前、金属球は割れ、爪に中の液体がかかった。すると、じゅうじゅうと音を立てて、怪物の爪は溶けて細くなっていった。
その爪に向けて、キリヤとハイアットが同時に銃を撃った。人口魔石による、2発の魔法弾が怪物の爪に当たると、爪は粉々に砕けた。爪を砕かれた怪物は周りを威嚇するように咆哮をあげると、周囲を囲む者達を跳び越した。
そして、片足を失い、まだ地面にうずくまる個体を抱えると、そのままその場から逃走した。
「絶対に逃すな!! 追うぞ!!」
周りの兵士たちは逃げる怪物たちを追いかけていった。
「私とフィジーで追う……残りは怪我を負ったものをを移動させてくれ」
そう言うと、キリヤはフィジーを連れ立って怪物を追いかけていった。
「《慈愛の神よ……》」
アヌエルは、アーマッジの体を抱き寄せ、消え入るような声で回復呪文を唱えていた。




