第7話 魔性の香の下に (Part1)
庭の一角で、僕は魔装銃を構えて、息をすっと整える。
庭の上には、雷属性の魔力が通った線路がいくつも敷かれている。その線路の上を、カラカラと音を立てながら、奇異な見た目の魔物が描かれた標的がやって来た。
速度、軌道、撃つのは今。
銃口から、火魔法の弾が射出されて、標的の頭の近くに当たった。炎が一瞬、ぼわっと上がって消える。
また一つ、標的が来た。同じように、速度と軌道を見て、撃つ。
それを、繰り返すだけ。
射的場の右側に置かれた点数板を見た。
418/500、自分の最高記録に1歩及ばず。今日はここまで。
ほっと、息をついて、僕はここを出ようとした。
「わわっ」
いきなり、柔らかい感触が、僕の首元に当たった。驚いで僕は、1歩下がった。
「あら、ごめんなさい」
アヌエル隊員が、いたずらっぽい笑みを浮かべて立っていた。どうも、彼女の胸に当たったみたいだ。それがわかると、なんとなく気恥ずかしくなって、自分の顔が赤くなるのを感じた。
「あ、いえ、こちらこそ、不注意でした……すみません……」
「ふふっ、ハイアット君てホントに真面目なんだから……」
そう言って、アヌエルは僕の頬を軽くつついた。
ああ、そっか、わざとだったんだ。
「それじゃ、訓練の続き、頑張ってね」
そう言って、アヌエル隊員は満足げな表情で、僕に向かって手をヒラヒラと振った。僕は、顔を熱くしたまま、軽く会釈して射的場から出た。
こんな風に、アヌエル隊員は時々いたずらしてくる。僕と、あとアーマッジ隊員にも。僕は、少し困ってしまう、妙な気持ちになって、鼓動が速くなるから。
*
魔族。人間とも、エルフ族とも、亜人族とも違う種族。
姿としてはエルフ族に近いが、髪の色は寒色系で、頭部には羊や山羊のような角が生えており、エルフ族以上の魔力を有す。
更に、男女とも、あらゆる人を惑わすほどに蠱惑的な魅力溢れる姿をしており、美男美女であるだけでなく、精悍さを持つ者、愛らしさを持つ者等、人によってその魅力は異なる。
そして、魔力を完全に失わない限り、その美しさは全く衰えない。
また、これも特徴の一つだが、倫理観が他種族と異なり、特に性的な方面においては多種族とから見れば、退廃的と言えるほどに奔放である。
【流星の使徒】に所属する、ユーリ・アヌエルもそんな魔族の1人である。
本部の休憩室。アーマッジがカップに紅茶を注いでいるところ、アヌエルはそっと彼の後ろに回った。アーマッジが注ぎ終わり、ティーポットを置いて手を離した瞬間、彼の耳に軽く息を吹きかけた。
「のああああああっ!!? な、何、何いっ!?」
慌てふためいて周りをきょろきょろ見るアーマッジを見て、休憩室にいた、副隊長以上とホシノを除く、他の機動部隊員全員が噴き出した。特に、ドクマは腹を抱えて豪快に笑っていた。
すぐに、自分の後ろに立っている、アヌエルを見つけると、アーマッジは仏頂面をして見せた。
「ちょっと、アヌエル隊員、何するんですか!!」
「ふふっ、アーマッジ君、そんな顔しないでよ、傷ついちゃうじゃない」
「紅茶を零したらどうするんですか!!」
「それだったら、お詫びに私がちゃんと、拭いてあげるから……」
「え、ちょっ、なんで、僕の胸を触ったんですか!?」
翻弄されるアーマッジを見て、ドクマは笑っていた。
「おいおい、アーマッジ、お前体と一緒で器も小せぇなあ、あっはっはっは!!」
「いきなり、耳に息を吹きかけられたら、誰だってこうなります!!ていうか、さりげなく身長の事を言わないでください!!」
「そうか?アヌエル隊員に息を吹きかけられるの、俺だったら、結構嬉しいぜ?」
「んじゃ、私が代わりにふっとしてあげようか?」
フィジーがドクマの後ろから話しかけた。
「え~、おめぇじゃ嫌だよ、胸ねぇし、いい匂いもしねぇし……ってあっだぁ!? 拳骨はねぇだろ拳骨は!!」
「ふん、下心野郎に相応しい罰よ」
「てんめぇ!」
「あら、こういう場で喧嘩する人、私は嫌いよ?」
「あ、ぐ、すいません、アヌエル隊員……ほら、フィジー隊員も謝れ、お前も原因だろうが!!」
「あんたどんだけ調子がいいのよ……」
フィジーとドクマのやり取りをみて、アヌエルは優しい笑みを浮かべる。
「ふふ……本当に2人とも面白い方々ですよ、ね? アーマッジ君?」
「あの、なんで僕に振るんですか、しかも僕の隣に座って」
「あら?何を警戒しているのかしら?」
「さっきもですけど、あなたがこうして近づくときは大抵何かをしてくるからです!!」
「ふふ、相変わらずつれないわね……ん」
いきなり、アヌエルがアーマッジの頬にキスした。
「!? えっ!? あっ、だからぁ!!」
「あ、畜生!! アーマッジ!! 羨ましいなぁ!!」
顔を真っ赤にするアーマッジを、ドクマが囃したてる。
やや離れて、イディ、ソカワ、ハイアットの4人はそれぞれコーヒーや東方茶を飲みながら、喧騒を眺めていた。
「……なんていうか、アヌエル隊員って、すごい、ですよね」
ハイアットが呟いたのを見て、他3人も頷いた。
「わかるぜ、彼女が話に入ると、彼女が中心になる、さすがは魔族女性、と言った所かな」
そう言って、ソカワがもう一口、コーヒーを喉に流し込んだ。
「ああいうの、ホシノちゃんとかフィジーにはまねできないだろうなぁ、特にホシノちゃんが色香で惑わすところなんて、想像できないな」
イディがそう言うと、全くだ、とソカワ答えた。
ガチャ、と休憩室の扉を誰かが明けた。ホシノがそこに立っていた。
「皆さん、休憩中のところすみません!! 作戦室に来てください!!」
ホシノがそう言って、足早に出ていった。
「……噂をすればなんとやら、って本当なんだな」
ソカワがぽつりとつぶやいた。




