第6話 神無き知恵 (Part8)
「ん……ぐあ……!? ここは!?」
ある部屋で、イディは目覚めた。イディは椅子に座った状態で、縄でぐるぐる巻きにされていた。
その部屋は、イディにとっては懐かしい場所だった。部屋の壁と床は、均質なまっ平らな石で作られ、そこかしこには、大型の金属製の釜や、抽出用の瓶、暗所保存用の箱がひしめき合って並んでいる。そして、何かを生成している最中であることが明白だった。
「目が覚めたか、恩知らず」
静かに、アルマントがイディの前に姿を現した。
「博士!? 何故こんなことを!?」
「お前のような邪魔な奴を、自由にさせないために決まってるだろう」
「……やっぱり博士はあのゴーレムに深く関わってたんですね、それにこの部屋で作っているのは」
「そう、わしの研究の集大成、全属性耐性物質だ……それも、あの時よりも完成度が高まっておる」
「研究を、続けていたんですね……」
「続けていたわけではない、最近になって、より優れた方法がわかっただけだ」
「!? それってどういう……」
「さて、そろそろ頃合いだな」
アルマントが壁のボタンを押すと、部屋の中央に大きなディスプレイが浮かび上がった。そこには、土の中を移動している何者かの視点の映像で、地面を掘削するくぐもった音が響いていた。
その音がだんだんとハッキリと聞こえてくるようになってくると、画面はいきなり明るくなった。そして、一瞬、青空が見えたかと思うと、ある高い塀に囲まれた建物の1群が映し出された。
「これはユシーム学院!? まさか!?」
「察しの通りだ」
その時、イディの左手首に巻かれたコミューナから緊急の受信音がけたたましく鳴り始めた。そして、ディスプレイの映像には、緊急事態を伝える鐘の音ともに、こちらに向かうように数体のワイバーンと数人の有翼人が、門から、あるいは塀の上には多数の兵士が姿を見せた。
それでも構わないかのように、不気味な駆動音と、重い足音を立てながら、映像は……エインティアの視界はユシーム学園に近づいていた。程なくして、兵士たちは、こちらに向かって矢と魔法弾、各種魔法を一斉に放ち始めた。
「……博士、こんなこと、即刻辞めて下さい、お願いします!!」
「何故、やめなくてはならんのか?」
「あそこには、何人もの若い錬金術師の卵がいるんですよ!?」
「だからどうした? このくだらない学院から出てくるんだ、ろくでなししかでんよ」
アルマントの言葉に、イディな驚愕した。
ディスプレイでは、画面が揺れ動き、ワイバーンが数体、飛ばされているのが見えた。
「博士、貴方は狂っている!!」
「狂っている? 愚か者、人の素晴らしい技術にケチをつけ、追い込むようなこの世界こそ狂っているのだ」
「本気でそう思ってるんですか!? ……貴方はあれほど、世界の進歩に熱心だったのに!!」
「気づいたのだよ、この世界の者どもは進歩なんぞに興味ないことに……だから、わからせてやるのだ、あの時手放したものの大きさを、そして地獄で永遠に悔いるがいい」
「……ただの復讐じゃないですか、その為なら、何をしてもいいというんですか」
映像では、4本の光線がユシーム学院に向けられて放たれた。その周囲に張られた結界がそれを防いでいる。
「あの時、わしがどれだけの屈辱を受けたか、知らないはずがないだろう?」
「……はい、僕だって、あの時貴方を護りたかった、その為にいろんな方を説得してました」
「それでも、世間はわしを非難し続け、端へと追いやった、わしが世のためにどれだけ功績を上げたか、全く無視してな」
結界が、まるでガラスが割られるように破壊された。
「ならば、更に研究を続けて、見返せばよかったじゃないですか!!」
「研究を続けたとて、世間はまだわしのことを白い目でみて非難するだろう……ならば、全て破壊してしまった方がましだよ」
「……博士、貴方は世に拗ねてるだけだ!! 自分の成果が認められなくて!!」
その時、映像から爆発音が聞こえたともに煙に包まれた。煙が晴れてくると、城壁の上で、1人のオーガ……クドマムが大口径砲を構えているのが見えた。
「貴方は子供みたいに駄々をこねているだけだ!! 自分の思い通りにいかなくて、それを全部世界のせいにして……呆れましたよ!!」
「勝手にしろ、わしは昔からこうだった」
「そうですか、ああそうですか!! 昔から、世界のためだとか、進歩のためだとか、言ってたけど、結局は自分の功名心のためですか!! 自尊心を傷つけられて、引きこもって、挙句に破壊に走って、あんたのような奴を尊敬していたことが恥ずかしいですよ!!」
乾いた音が響いた。それは映像からではなかった。アルマントがイディを思い切り殴りつけた音。
「相変わらず口が減らない奴め……!! こちらがどれだけ世話を焼いたか、わかっているのか!!」
「あんたには確かに恩がある……だけど、それも優秀な人材を育てたという実績が欲しかったんじゃないのか!?」
「こんの……!!」
もう1発、アルマントがイディを殴った。
イディの口から血が一筋。
ディスプレイから聞こえる、戦闘音は激しさを増している。
「昔のあんたは尊敬してましたよ、ええ、昔は……でも、今のあんたは何にも、どこも、尊敬できない!! 尊敬していたことすら恥じ入る!!」
イディが怒声をあげた。アルマントの険が、憎悪で増していった。
「やっぱり、お前なんぞ殺しておけばよかった、かわいい弟子だと、ちょっとでも思っていたこっちがバカだった」
「殺しておけば? どういうことだ!?」
アルマントはイディを無視し、革製の手袋をつけて部屋の隅にある棚の戸を開け、1本のガラス瓶を出した。瓶の中は銀色の液体が入っていた。
そして、またイディの傍までくると、イディの顎を無理やりつかんだ。
「がはっ!! ぐあっ!!」
「さあ、わしの受けた苦しみよりも!! 更なる苦しみに悶えながら!! ここで死ぬがいい!!」
アルマントはイディの口をこじ開けようとしながら、ガラス瓶の口を彼に近づける。イディは体をばたつかせ必死に抵抗した。それでも、縛られた体では、限界があった。
「さあ、恩知らずめ!! これを飲むんだ!!」
「があっ!! や!! めろ!! ぐううっ!!」
瓶の口は、イディの口元に傾けられていった。
その時、部屋の木製の扉がいきなり燃え上がった。アルマントのイディがそちらに向くと、急速に鎮火した。そして、黒焦げになった扉を誰かが蹴破った。
ハイアットだった。
「イディ隊員!!」
「小僧!? どうやってあそこから……!?」
アルマントが驚いている間に、ハイアットは2人に駆け寄り、アルマントの手からガラス瓶を奪い取ろうとした。
「は、離せ!! 何をする!!」
アルマントは瓶を取られまいと抵抗した。しばらく、2人は取っ組み合いを続けた。
「く、くそ、離さんか!! ……ああっ!?」
ガラス瓶はアルマントの手からすっぽ抜けると、弧を描いて、抽出用の瓶にぶつかった。どちらの瓶も割れ、中身の液体が床の上で混ざり合った。すると、もうもうと白煙があがり、床を溶かし始めた。
「ああ、なんてことだ……ああ、ああ……」
それを見て、アルマントはその場で両ひざをついた。アルマントの表情には絶望の色。
「イディ隊員、無事でしたか!?」
ハイアットは懐から小剣を取り出し、イディを縛る縄を切っていた。
「なんとか、な、そっちこそ大丈夫だったかい?」
「僕も、足止めされて……面目ありません!!」
「はは、お互い様っ、だよ……ってうおっ!!」
イディの縄が切れた瞬間、液体が混ざったところから黒い異様な火柱が上がった。ハイアットは魔装銃を取り、水魔法を発射した。しかし、炎の勢いは止まらなかった。
「くっ……イディ隊員、急ぎましょう!!」
「待ってくれ、ハイアット隊員!! このままでは博士が……!!」
イディに制止され、ハイアットはアルマントの方を見た。アルマントは虚ろな目で、座り込んでいた。
「僕にはまだ、博士から聞きたいことがいっぱいあるんだ、ゴーレムの事も含めて、それに……」
火は棚や机に移り、薬品に引火して更に火柱を増やしていく。
「かつての師を見捨てるほど、恩知らずじゃないんでねっ!」
「イディ隊員!!」
イディはアルマントの元に駆け寄ると、彼の左腕を自分の肩に回した。
「ハイアット隊員、早く、もう片方を!!」
「は、はい!!」
ハイアットも駆け寄ると、アルマントの右腕を肩に回した。そして2人はアルマントを立ち上がらせた。
「急ごう、すぐに屋敷全体に火が回るぞ!!」
「はい!!」
イディとハイアットは虚脱したアルマントを引きずるようにして部屋を出た。それからすぐに、部屋全体が炎に包まれた。
「屋敷の間取りは覚えている、あそこの扉だ!!」
2人がアルマントを連れて必死に脱出している間に、黒色の火は部屋から出て、次々と屋敷の物を燃やしていった。
書物、論文、アルマントが研究のために集めた物、アルマントが功績を残さんと出版したもの、そして陽の目を見なかった研究の跡が、ありとあらゆる栄光も、思い出も、全て焼き尽くされていった。
「間に合った!! ハイアット隊員、博士を後部座席に!!」
「了解!!」
屋敷を脱出すると、イディはすぐに彗星01の運転席に乗り込み、ハイアットもアルマントを後部座席に座らせた。
その直後、屋敷は完全に炎に包まれた。ゴウ、という音が、その場にいた者達の耳をつんざいた。
「……ハイアット隊員、早く乗ってくれ」
イディは奥歯を食いしばり、感情を押し殺しながら指示した。ハイアットが後部の扉を閉め、助手席に乗り込むと、すぐに彗星01を走らせた。
「……あ~らら、み~んな、失っちゃったねぇ」
いつの間にか、黒づくめの女が玄関先に立っていた。燃え上がる屋敷を背に、走り去る彗星01を見守っていた。
「……ふふ、ふふふ、あははははは!!」
彼女の笑い声に同調するように、黒い炎は激しさを増していった。




