第6話 神無き知恵 (Part6)
「それで博士、もう1つ、質問があるんですよ」
ハイアットが今から出た後、イディはそう言って、懐から数枚の写真を取り出し、アルマントに渡した。写真には、エインティアが写っていた。
「こいつは、何かね?」
「この間の発表会で襲ってきたゴーレムです、新聞に載ってませんでしたか?」
「あいにく、それが載ってある分は読んでおらかったようだ、それで、そのゴーレムについてわしに何かようだ?」
「はい、そのゴーレムの材質ですが……少なくとも自然にできた物とは言えないのです」
アルマントが眉をピクと動かした。
「……どういう事かね?」
「この時、火、水、緑、雷、風といったすべての属性の魔法が使われましたが、どれも効果が今一つでした、そして唯一傷を与えると言えたのが、僕の開発したその人口魔石によるものだけ、これが自然界にできた物質によるものとは僕には到底考えられない」
「……何かね、もしやして、このゴーレムがわしに関係しているというのかね?」
アルマントの表情に、苦々しさが浮かんでいた。
「僕は、博士のことを疑いたくはないんです」
イディが悲しそうな表情を浮かべた。
「ここ最近、新たな魔力属性、「黒」が現れたことは博士も知っているでしょう」
「確かに、そのことはわしも聞き及んでいる」
「この属性はまさに自然界のあらゆる魔力属性に耐性をもつ、いわば全属性耐性物質と同じような力を持っているのです、それに対抗できるのは、ルトラと、僕の作った人工魔石だけです」
「ルトラ……あの銀ピカの巨人か」
「はい、しかし、今回現れたあのゴーレムは、そのルトラの力も跳ね返し、僕の人口魔石による魔法弾でもかすり傷程度しかつけることができなかった……明らかに耐性が強化されているのです」
イディがアルマントをにらむ。
「それに、今までのこの属性を持つものは、トカゲや鳥、スライムと言った有機生物に限っていましたが、今回はゴーレム……人為的に作られた物です、となると、何者かがありとあらゆる魔力属性……貴方の発明した耐性物質より優れた物質を発明し、あのゴーレムを作ったという事でなんです!」
「それで、お前はわしに何を聞きたいのかね」
「博士、貴方の理論を軽く超える物を開発し、それを使って破壊行為をする人物が出てきたんです……ここ最近で、博士の身の回りにおかしなことはなかったですか?何者かがこの屋敷を荒らしたりとかは?」
「そんな事件、1つもなかったわ、こんなぼろ屋敷を荒らしに行くようなもの好きがいるとでも?」
「わかりました、ならもう1つ確認したいことがあるんです」
そう言って、イディは絹の袋から小さな麻袋を取り出した。そしてその中から、何かの小さな破片を手の上に出した。
「それは……」
「写真のゴーレムの破片です、この物質の分析についてはこっちで行っていますが、今のところ「黒」の属性を持つ以外のことはまだ判明していないのです」
その破片は黒色だったが、光を7色に反射していた。
「それでさっきから気になっていたんです、あの暖炉の上の飾り、博士が生成して見せた耐性物質ですよね」
「その通り、だが……」
明らかに、アルマントは動揺の色を隠せないでいた。それを傍目に、イディは立ち上がり、その耐性物質のほうに近づいた。
「この見事な7色の光沢、少なくとも自然界ではありえません、貴方のこの物質と、この破片ぐらいしかありません」
「そんなもの、似た物質は探せばいくらでもあるだろう?」
「問題なのは、貴方の開発したこの物質と、この「黒」の属性を持つ物質が似ていることです!!」
「そんなこと、些細なものだろうが、この愚か者め」
「些細なことではありません!!」
イディはどんどんと声を荒げていった。
「僕は貴方を疑いたくない、でも疑わざるを得ないんです!! これが貴方の耐性物質とは全く別物であるという根拠を出してほしいんです!!」
「ならばわしにどうしてほしい? お前はわしに何をしてもらいたいんだ?」
アルマントの態度に、イディは苛立ちを隠せなくなった。
「どうして、あなたはそんなに冷淡な態度が取れるんですか!? あなたは自分と類似した物質が破壊に使われたという事実に怒りを感じないんですか!?」
「破壊される? わしはもう隠遁の身だ、もうこの世界はわしには関係ないも同然だよ」
イディは愕然とした。彼の目の前にいる人物は、かつての恩師とは全く別人のようだった。そう考えて、イディは深く呼吸すると、昂っていた気持ちは急に落ち着いた。
「……話を戻します、博士に僕達と同時並行でこの破片について調べてほしいんです、貴方の出した結果から得られた知見を僕たちに教えてください」
「いいだろう、恩知らずとはいえわしの元弟子だ、この破片の分析はわしも行う」
「……ありがとうございます」
イディは頭を深く下げる。しかし、まだその表情は憮然としていた。
「それで、もう1つ頼みですが……」
「ん、今度はなんだ?」
「分析の比較対象としたいので、これ、しばらくお借りしても良いですか?」
そう言ってイディが暖炉の上の耐性物質を手に取った瞬間、アルマントの目がいきなり見開いた。明らかに敵意を持った目で、イディを睨んだ。
「……やめろ、それをここから持ち出すな」
「博士、さっき、自分でこの世界とはもはや無関係と言ったでしょう!? ならば、なぜ貴方のそれを貸し出すことすら許さないんですか!? 無関係ならばそこまでの態度をとる必要がないじゃないか!!」
「別にわしの結果を待てば良いではないか!!」
「1方向だけの結果だけで物事の真実はわかりません、様々な方向からの視点から見た結果が必要なのは、貴方こそ良くご存知のはずですよ」
「わしにだって、比較検討のために必要なんだ……!!」
「博士は何度もおっしゃってたでしょう、何度も実験で精製できたと!!それに現物がたとえこれだけでも、これを砕いて分割したらいいじゃないですか!!」
「お前はわしを疑うのか!!」
「あなたがそんな態度をとるから疑うんです!!」
互いの息が切れ、少しの間、重い沈黙が流れた。
「貴方はおかしくなった、そんな発明に拘泥しているせいで!!」
「この恩知らず!! わしの人生の結晶を侮辱する気か!!」
「貴方の発明は素晴らしい、でも、今の貴方は取るに足らない存在だ……ぐぁ!?」
急に、イディは全身にしびれを感じ、気を失った。アルマントはそれを見て仰天した。
イディの後ろには、いつの間にか、黒づくめの女性。
「お前……まさか、殺したのか!?」
「あら、ちょっと眠らせただけよ? まぁ、殺した方が話は早いけど……」
「それは……やめてくれないか……」
「あらあら、恩知らず呼ばわりしてたくせに、案外有情ね」
女性はくすくすと、狡猾な雰囲気の笑みを浮かべた。
「それと……もう片方の子、トイレが随分と長いわよね、どうしたのかしら?」
「しまった、見つかってしまったか!?」
アルマントは慌てて、先ほどハイアットが出た方の扉に向かった。
「……さてさて、どうなるのかしら?」
「おい、お前もついてくるんだ!!」
「はいはい……ふふっ」




