第6話 神無き知恵 (Part5)
クルガ国ディノス市の郊外にて、木々が生い茂った場所に、大きな屋敷が建っていた。屋敷の周りはほとんど手入れしていなかったらしく、蔦ですっかりと覆われ、壁や屋根も所々剥げていた。周囲も、人の出入りが少ないのか、獣道が1本あるばかりだった。
そこに、彗星01特有の、ミスリル製車輪の音。
屋敷の傍に停車すると、運転席よりイディ、助手席よりハイアットが降りてきた。
「あはは、前から酷かったけど、もっと酷くなっちゃってるなぁ」
イディは屋敷の外観を見て寂しげに笑った。
「……それにしても、随分と町から外れたところにありますね」
「まあ、個人で研究している錬金術師なら大概はこういう所に居を構えてるよ、もっとも、博士は一際無愛想だったからね」
不思議そうに首をかしげるハイアットを傍目に、イディは呼び鈴を鳴らした。1度目は短く、2度目は長く。
「やかましい!! 1回で十分だ!!」
中から怒鳴り声が聞こえ、イディとハイアットは一瞬、動転した。イディは肩をすくめ、ハイアットに向かっていたずらっぽい笑みを浮かべた。
どかどかと足音がして、扉が開いた。背の低い老人が、目をギョロつかせながらでてきた。あの写真と同じ顔だ。
「お久しぶりです、アルマント博士、僕です、ミロイ・イディです」
イディは老人に向かって、笑顔を見せる。それを老人はじっと見ていた。
「こんの恩知らずめ、のこのこと何しにきおった」
「恩知らずってそんな、こんなひびさの再開なのに相変わらず口が悪い」
「お前のその減らず口は前より悪くなっているようだな」
「たははは、そんな酷いこと言わないでくださいよ~」
「うるさい、お前はホント話を進めない奴だな、で、何しにきおったのかね?」
「博士にちょっとお伺いしたい事がございましてね、そのついでに積もる話でもしましょうかと」
「ふん、どうせ本題よりも、その積もる話とやらで無駄に時間を使うのだろう?正義の味方ごっこなんぞしよってからに……」
「正義の味方ごっこなんてそんな人聞きの悪い……」
老人、アルマントとイディのやり取りを、ハイアットはぽかんとした様子で見ていた。
「で、そっちの間抜け面の若造は何者なのかね?」
「ああ、彼はディン・ハイアット、僕の後輩ですよ」
「……どうも、初めまして」
礼をしたハイアットを、アルマントはどこか訝し気に見ていた。
「まあ、いい、家にあがれ、こんなところで立ち話なんてうっとうしいわい……」
「あはは、それじゃ久しぶりに、失礼します」
アルマントの後を追うように、イディ、ハイアットも扉の中に入った。
屋敷の中も外観と同様にほとんど手入れをしていないらしく、至る所に書類や本が散乱し、埃が被っていた。更に所々に、大きな蜘蛛の巣があった。
居間も、2つあるソファーに物が乗ってないぐらいで、そこかしこに書類が乱雑に置かれていた。
「相変わらず、お手伝いさんを雇わないんですね……」
イディがやや呆れたような様子で呟いた。
「そんなもん、いたって邪魔なだけだ、ほら、2人とも座れ……言っておくが、茶はでんぞ」
「お気遣いだけでも、ありがたいですよ」
「恩知らずなんぞに気など使うか、とっとと座れ」
「ははは、それでは失礼っと」
ディンとハイアットは中綿が所々むき出しのソファーに座り、アルマントはその向かいのソファーに座った。
「それで、話というのはなんだ?」
「博士はまだ、研究をなさってるんですか?全属性耐性物質の」
イディの表情が真剣なものに変わり、アルマントの険しいを目をじっと見た。
「……しとらん、あれはもうあの時に完成したのだよ」
アルマントが横の方を向く。その視線の先に、暖炉の上に飾られた石があった。石は、7色の光沢をもった鉱物だった。
「僕も存じております、ですが、様々な方にああも言われていたのに、なぜ、見返すためにも研究を続けなかったんですか?」
「あの時、何度も実験を行い、何度も成功して見せた、それでも奴らは自分たちができないからって、わしのことを嘘つき呼ばわりだ……そんな世間に、まともに相手なんぞしてられんよ」
そう言って、アルマントは鼻を鳴らした。
「世間はな、人類の進歩よりも、誰かの凋落を求めてるんだよ……実に愚かだ」
「そんなことありませんよ、誰かが落ちぶれているのを見て楽しむ奴なんて、ごく一部です」
「お前はいい目ばかり見ておるからわからんのだよ、この恩知らず、こんな下らん正義の味方ごっこばかりしおって……」
イディは苦笑いを浮かべた。
「その正義の味方ごっこばかりやってるわけじゃありませんよ、錬金術の研究も続けていますし……」
「それで、学会の発表会に呼ばれたのだろう?」
「よくご存知で、まあ、中止になってしまいましたけどね」
「新聞ぐらいは読んでおるよ、馬鹿にしてるのかね」
「そういう訳では無いですが……そこで、僕は新たな魔力属性を持つ人口魔石についてを発表したんです」
アルマントが一瞬、眉をひそめた。
「ほう、して、どのようなものかね?」
「これが、その現物です」
絹製の袋から、イディは白色の鉱物を取り出した。アルマントはそれを手に取ると、まじまじとそれを見る。
「……うむ、まあまあの出来だな、あの愚者どもの前に出すにはちょうどいいだろう」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
イディが深く頭を下げた。
「それを作るのに、博士の全属性耐性物質の理論も参考にさせていただきました……ある意味、博士の敵討ちを果たしたようなものです」
アルマントの表情が一層険しいものになった。
「……お前になんぞ、敵討ちを頼んだ覚えはない、それより、何かね、結局やつらはわしではなく、お前のことを贔屓しているという事ではないのか?」
「いやいや、僕もボロクソに言われましたよ、本当に第3者でも再現できる点でね、実際、安定性に欠ける面もありますから、今のところ、僕達【流星の使徒】だけが作れるような代物なんですよ」
「……と、言う事は、不完全ではないか?」
「そのためにも、僕は仲間たちと研究を続けているんです」
イディの言葉を聞いて、アルマントは溜息を吐き、また暖炉の上に鉱石の方を見た。
「そんな不完全なもの、世に出してもしょうがあるまい、わしの全属性耐性物質は完成したうえで世に出した」
「……お言葉ですが博士、貴方のそれだって再現性に関しては不完全といえませんか?」
イディの顔に苛立ちの顔が見えた。
「何を言うておるか! わしは何度だって作り出して見せた、全く失敗などしなかった! あれは他の者達のやり方が悪いにすぎんのだ!!」
アルマントは激昂し、立ち上がった。鋭い視線が、イディに突き刺さる。それでもイディは目をそらさず、アルマントの目を見ていた。しばらく、重い沈黙が続いた。
「……ふん、貴様もやはり愚か者だったというわけだな」
そう言って、アルマントはどっかと座った。
「あの、すみません」
ひりひりとした空気の中、ハイアットがおずおずと手を上げた。
「ん、なんだ? 貴様はまだおったのか?」
「あ、はい……質問、ですが、その、耐性物質って、今も作ろうと思えば作れるんです、か?」
「もちろんだとも、お望みとあればいつだって作れる」
「それって、今、作っているところって見せていただけますか?」
「勉強熱心なのはいいことだ、が、精製自体には1週間は要する、ここにずっと残っている覚悟があれば、それも良いだろう」
「あぁ……すみません、そこまでの時間は……」
「ふん、やはり正義の味方ごっこの方が大事という訳なのだな」
アルマントは胸を反らし、まるで見下すようにハイアットを見た。
「あははは、博士、僕のかわいい後輩なんですから、そんなにいじめないでくださいよ」
「貴様の後輩だからだろうが」
「ありゃ、僕のせいですか……」
イディは飄々とした笑みを浮かべて、頭を掻いた。
「えと、あの、すみません、アルマント博士、もう1つ、いいですか?」
「今度はなんだ?」
「トイレ、お借りしても、いいでしょう、か……」
それを聞いて、アルマントが呆れたような仕草をした。
「あそこの右側の扉を出て、廊下進んだ突き当りにある、さっさと行け、この大馬鹿者が」
「はい、すみません」
そこから離れるとき、ハイアットは一瞬、イディの方に目くばせした。
少し、この屋敷を探りに行く、と。
イディの方も軽く頷くと、ハイアットは足早に、アルマントが指示した扉から、居間を出た。
廊下に出ると、ハイアットは軽く目をつぶり、意識を集中させた。そして、その目が開くと、目は金色に輝いていた。
彼の視界には、様々な属性の魔力がそこかしこに、壁の向こう側の物も映っていた。
そして、その中に、「黒」の属性も混じっていた。
やっぱり、とハイアットは静かに呟く。事件にはあの老人が関わっていることを、ハイアットは改めて確信した。
廊下をゆっくりと歩いていくと、ある扉の中で、一際強大な「黒」の魔力が見えた。
ハイアットはその扉を静かに開き、中に入った。そこは書斎らしく、部屋の至る所が本で埋め尽くされていた。
「黒」の魔力はその床下から湧き上がるように見えた。しかし、部屋自体は特に結界を張っているわけでも、何か妙な置物や魔法陣などがあるわけでなく、ただの整理されていない書斎にしか見えなかった。
どこかに、何かあるはず。
ハイアットはじっくりとその書斎をじっくりと見て回った。しかし、やはりただの書斎にしか見えず、何かの証拠や手掛かりとなるようなものはなかなか見当たらない。
ハイアットは目を細め、意識を視界に集中させた。すると、朧気ながら黒の魔力がどこかの隙間から漏れ出ているのが見えてきた。視界を元に戻すと、そこには大きな本棚。
その本棚に近寄り、ハイアットはそれを調べ始めた。そして、程なくして違和感に気づいた。
「……ここだけ、埃がない?」
棚のある部分だけ、妙に綺麗になっていた。そして、その部分の本の背表紙が、軽く競りだしていた。
ハイアットはその本を奥に押し込んだ。
カチッと音がした瞬間、本棚の一部が壁ごと奥に引っ込み、横に滑り、入り口が開いた。中をのぞくと、地下に続く螺旋階段。コミューナを向けると、強大な魔力反応を示す、激しい点滅が起きていた。
「……よし」
ハイアットはためらわず、階段を降りていった。事件の鍵がそこにあると確信して。




