第1話 蘇る神話 (Part4)
ラムベ町にある治療所の一室で、その患者は目が覚めた。
彼の身体のいたる所に包帯でまかれ、顔も半分が包帯で覆われている。左手首は箱型オルゴールのような機械……魔力供給機とつながれ、口元にはふいごに似た呼吸補助機のカップがあてられている。更には、部屋の床には回復の魔法陣が描かれていた。周囲の光景を見て、患者は今、自分がどのような状況に置かれているか、朧気ながら理解した。
その部屋には彼以外誰もいなかった。しかし、窓からは鐘が慌てた様子で鳴らされている音が、ドアの方からは騒々しい音が聞こえていた。患者はその音を聞きながらぼんやりと天井を眺めていた。
病室に女性が入ってきた。
背の高い、魔族の女性で、紺色の制服の胸元には、【流星の使徒】のシンボルマークがあしらわれている。
患者がその女性の方に顔を向けると、彼女は一瞬、唖然とした様子で立ちすくんだ。彼女はすぐに患者の下に駆け寄った。彼女が彼の目の前で手をひらひらと振ると、彼は目をぱちくりさせた。
「目が覚めたのかしら? 意識もあるみたい……ちょっと測らせてもらうわ、少し我慢してね」
女性は患者の右手首を持ち、右手を彼の左胸に置くと、真剣な面持ちで黙った。
「脈拍、魔力流、全て安定……呼吸活動も完全に正常、完全に回復したわね、ふふ、本当、君には驚きだわ、ハイアット君」
まるで子供をほめるように、女性は患者……ディン・ハイアットの頭を撫でた。
「ハイ……アット」
呼吸補助機のカップ越しに、ハイアットは重たい口を開け、ゆっくりと自分の名前を言った。
「そう、貴方は、ハイアット、王立イノー学院ナギヤ考古学研究室1年生のディン・ハイアットよ、もしかして、覚えてないのかしら?」
女性からの問いにハイアットは首を小さく横に振る。
「自分の事はちゃんと覚えているのよね?」
彼はこくりとうなづいた。
部屋の外からノックする音。女性がそれに答えると、エルフと人間の男性が入ってきた。担架をベッドのそばに下すと、エルフの男性が女性に向かって敬礼した。
「アヌエル隊員、お疲れ様です、患者の容体はいかがでしょうか?」
「順調よ、びっくりするぐらいね、もう意識が回復したんだもの」
「えっ、確か、そこまで回復するのに2か月は必要と聞いたのですが……」
「体って不思議よね、ホント」
アヌエルと呼ばれた女性は、どこかつかみどころのない笑みを浮かべた。
「あ、ごめんね、ハイアット君、今ちょっと大変な状況になってるから、ちょっと移動するよ~」
救護部隊の2人がそれぞれハイアットの体の上半身と下半身を持つと、慎重に魔力供給機と呼吸補助器が外れないよう、担架へと移し、機器は担架に付属した留め金に固定された。その後、2人が担架を持つと、急いで部屋から出ていった。
1人、部屋に残されたアヌエルは左手首のコミューナを起動させると、ムラーツの姿が浮かび上がった。
「こちらアヌエル、ムラーツ隊長、応答願います」
『む、どうした、アヌエル隊員、そちらの避難は完了したのか?』
「まだ患者を馬車に搬送している途中です、それより隊長、例の生存者ですが、もう意識を取り戻したようです」
『ほう、それはどれだけすごいことなんだ?』
アヌエルは少し溜息をつく。
「ハッキリ言って、この回復の速さ、常識外すぎて言葉にできません、魔力供給機と呼吸保持器をつけたままですが、全快するのは時間の問題でしょう……本当にありえないわ」
『はは、君がそんな態度をとるのは珍しいね、それでそいつは今はどうしている?』
「はい、現在救護部隊2名が搬送しています、これより、私も彼の乗る予定の馬車に向かいます」
『わかった、引き続き、件の青年の観察を続けろ』
「了解、モンスター退治、緊急事態になったら呼んでくださいね」
担架の上で揺られながら、ディン・ハイアットはまっすぐに、天井を見ながら何かを呟いていた。彼を運ぶ、二人の救護隊員は、避難であわただしい周囲の音もあって、そのことに気にも留めなかった。
「私は……僕は、ディン・ハイアット……ガルツ国はローベの村出身……」
それはまるで、自分の記憶をトレースしているようだった。しかし、彼の声を聞いたものは誰1人としていなかった。
*
ミスリル製の車輪がガンガン音を立てながら、魔石駆動の大型車が所々草が剥げた大平原を駆けていく。火の魔石と雷の魔石の力を利用して動く、この金属でできた車は「彗星01」と呼ばれていた。隣には地走竜が並走し、空には2体のワイバーンが追いかけている。
彗星01の中で、アーマッジはハンドルを握り、その隣でドクマは窓から双眼鏡で外の様子を見渡し、彗星01の天井にはフィジーが退屈そうに風をうけながら座っていた。車が揺れるたび、車中に積まれた武器がガチャガチャと鳴った。
「うおーい、飛んでるやつら~、なんか見えたか~?」
『……南西から大きな砂埃が見える、あれだな』
ドクマが彗星01の前方に取り付けられた、通信装置に話しかけると、スピーカーからソカワの声が聞こえた。
アーマッジはからくり仕掛けの片メガネを左目かけ、ソカワの言う方向に目を向けると、大きな砂埃が確かに見えた。通信装置の隣にある魔力反応探知機は、その砂埃の発生源から強大な魔力が発生していることを示していた。
「砂埃、確認! 方角は……想定通り! もう少しで最初のラインへ到達する模様です!」
「そろそろ出番ってわけね」
アーマッジの報告と共に、フィジーも半身を起こし、魔装銃を持って砂埃の方向を見やった。
彗星01と並走する地走竜に跨りながら、キリヤはコミューナを起動した。本部に待機するホシノ隊員の姿。
「ホシノ隊員、ホシノ隊員、応答せよ」
『はい、こちらホシノ、』
「今、こっちでは目標を確認した、そっちも確認できたか?」
『はい、バッチリ見えてます!』
2体のワイバーンより少し離れたところに数羽の烏……ホシノの式神が飛んでいた。式神たちの視界は【流星の使徒】司令部の映像として直結している。
「ホシノ隊員、目標が第1の魔法陣に到達するまで、どれだけかかるか、わかるか?」
『はい……速度、確認……約20分後かと思われます!』
「わかった、引き続き、オペレーションをよろしく頼む」
『了解しました!』
ホシノが敬礼するのとほぼ同時に、キリヤはコミューナを切り替え、出動中の他の機動部隊員につなげた。
『こちらキリヤ、目標がそろそろ網にかかろうとしている、イディ、ソカワ、フィジー隊員は先行し、第1の魔法陣の付近へ向かってくれ、残る我々も目標の位置に合わせて移動する』
キリヤの命を受け、2体のワイバーンは加速し、フィジーは彗星01の上を2、3歩助走して翼を広げ、2体のワイバーンのすぐ横に並んだ。
「しっかし、ありゃすごいな~、とんでもない大物だよ」
ワイバーンに乗る、イディは目の前で立ち上る砂埃をみて思わず嘆息した。それはまるで大嵐がやってきたかのように、見渡す限り広がっていた。その砂埃は大きく隆起した地面の1点へと収束していき、そこから地響きが聞こえた。
「はっ、相手がデカい方が仕事のやりがいがあるってもんよ」
「大物狩りはやっぱ燃えるよねぇ」
ソカワの楽し気な様子に合わせて、フィジーも舌をぺろりと出した。
目標地点に近づくにつれ、彼らの周囲は風にあおられた砂埃でひどくなった。元からつけていたゴーグルに加え、彼らは布を革製のマスクを巻いた。視界が濁る中、ゴーグル越しに彼らは魔法陣の敷かれたラインを探した。
「あそこだ」
イディがある地点を指さした。地面に描かれた魔法陣が蛍光色でゴーグルに映った。地響きが鳴り、砂埃が舞う中で、3人は魔法陣のラインよりやや離れた高台に降り立った。前方には隆起した地面が凄まじい勢いで彼らに向かっていた。
『目標が第1の魔法陣に到達するまで約5分です!』
コミューナから、ホシノの声が聞こえた。地響きはますますひどくなり、イディ、ソカワの乗るワイバーンたちは不安そうなそぶりを見せたが、3人の表情は険しくも、その態度は恐ろしいまでに落ち着いていた。
「……いよいよか」
「おう、イディ、未知の怪物相手に一番槍なんて、ワクワクするな」
やや緊張の色を見せるイディに、対照的な態度のソカワが声をかけた。
「ふふん、あんたたちには遅れをとらないからね」
「そんなこと言わないでよ、協力体制でいこうよ、いつものようにさ」
「もちろんよ、でも、ちょっとは競争がないとおもしろくないじゃない」
少しばかり興奮するフィジーに、イディはすこし苦笑い。
『目標の到達まで、約30秒……!!』
相手が目の前まで迫り、コミューナ越しにホシノがカウントダウンを告げる中で、イディはつばを飲み込み、フィジーは深く呼吸し、ソカワはただ黙って標的を見ていた。
『目標到達まで5、4、3、2、1……』
次の瞬間、地面の魔法陣が光ったと思うと、凄まじい爆発が起きた。風と音、そして舞い上がる黒煙で3人は少しひるんだ。そして、同時に怪物の咆哮が彼らの耳をつんざいた。
「な、なんだ、あれ?」
目を開けた瞬間、イディは怪物の姿を見て、絶句した……今まで様々なモンスターを見てきたにもかかわらず。