第6話 神無き知恵 (Part4)
【流星の使徒】本部、機動部隊作戦室内には、機動部隊全員に加えて、サーラ副長もいた。各々の視線はすべて、部屋の中央に立つイディに注がれていた。
「ヒーダ・アルマント博士……そいつが、件のゴーレム、エインティアの材質である、魔石の開発者なんだな?」
サーラが冷たい声で聞いた。その横でムラーツがホシノに何かを指示していた。
「開発者であるかはわかりません、しかし、僕の知る限りで、あの様な物質を作り出せるのは、その人だけなんです」
「そこまで言い切る理由は何かね?」
「博士は、全ての属性の魔法に耐性をもつ物質について研究していました、そしてその理論についてもすでに完成させています」
「そんな素晴らしい物質があるならば、とっくにどこかの国で採用されていると思うのだが……そのような話は全く聞いていないぞ?」
「それは……」
イディは眉間にしわを寄せ、何かを押し殺すかのように唇をぎゅっと噛んだ。
「その理論が、学会に受け入れられなかった……のでしょう?」
見かねたように、アヌエルが1歩前に出た。
「アヌエル隊員、彼の事、知っているのか?」
「名前を聞いて思い出したんです、錬金術師とも交流はありますからね、数年前までは間違いなく錬金術の頂点に立っていたと言っても過言ではありませんでしたわ……ですが、その理論で学会と対立して、忽然と姿を消したんです」
「……」
イディはまだ険しい顔で黙っていた、悔しがっているように。
「えっと、先ほど情報が見つかりました、今、ディスプレイを表示させてもいいでしょうか?」
重苦しい空気の中、ホシノがおずおずと聞いた。ムラーツが、了解の合図をしめすと、 ホシノは作戦室の端にある機械についたボタンを押した。
機械からディスプレイが浮かび上がり、写真と経歴、業績が映し出された。写真には痩せた老人の姿、髪と長い髭は真っ白で、頭髪は薄くなっており、皺も多かったが、その眼は強い意志を感じさせた。
「各属性の人口魔石の生成理論、魔法防壁理論、カトゥーク国立イチセ学院名誉教授……ホントにすごい人なんですね」
ホシノが感嘆の声を上げる。
「私も彼の名前と業績は聞いたことはあるが、その全魔法属性に耐性を持つ物質の開発とそれにまつわる話については知らないな、アヌエル隊員、その辺りについてまだ知っていることはあるか」
ムラーツがアヌエルの方を見た。
「はい、まず、全属性に耐性を持つ物質となると、それは現存する属性とはまた別の全く新しい属性を作り出すことに他なりません、それで、実際に生成可能であると発表した当時、賛否両論がありましたが、それを再現しようと別の何人かの錬金術師が試したのですが……結果はいずれも失敗、更にその時に発生した爆発で重傷者が出る始末でした」
そこまでアヌエルが説明を終えると、イディの表情はますます暗いものとなっていた。
「そのせいで彼の評判は一気に落ちて、錬金術学会からも追放された、それが私が知っている全てです」
「ありがとう、アヌエル隊員、それでどうなんだい、イディ隊員?どうも、その様子だと何か思い入れがあるようだが」
ムラーツの視線の先、イディはうつむいたまま、拳を握り、震えていた。
しばらく沈黙は続いた。そして、ゆっくりとイディは口を開いた。
「……昔、僕は博士の助手を務めていて、いくつかの人口魔石の精製に携わっていたんです」
部屋にいた者は、興味深げに、静かに彼の話を聞いていた。
「博士は気難しくて、気位の高い人でした、しかし、世界の進歩のために常に情熱を傾け、研究に全精力を注いでいるような人でした……何度も怒鳴られましたが、同時に僕の才能についても評価してくれましたし、錬金術師としての心構えについても随分と教えられました、ユシーム学院に呼ばれて独立した時も、素っ気なかったですけど、快く送り出してくれて、何度も手紙をよこしてくれました……今でも、心から尊敬している人なんです」
イディは軽くため息をついた。
「だから、全属性耐性物質の精製が成功したと聞いたとき、心の底から喜びました、そして、その後の報を聞いたとき、本当に悲しみに打ちひしがれました」
そう言い終えると、イディは再びうつむいた。その目には、光るもの。
「話はわかった、錬金術学会に対し、浅からぬ因縁があるとなると、ますますもってアルマント博士が疑わしいな……イディ隊員、博士の行方はわかるか」
「今では連絡を取り合っていませんが、博士が住んでいるところは覚えています」
サーラの問いに、イディはうつむいたまま答えた。
「……サーラ副ギルド長、アルマント博士の身辺調査に関しては、我々機動部隊に任せていただけないでしょうか?」
ムラーツがサーラの方に話した。
「ほう、理由はだいたい察しはつくが、聞いておこうか」
「アルマント博士についてこの中で最もよく知っているのはイディ隊員のみ、更に彼は博士と師弟関係でもあり、博士の自宅の場所も知っている、ならば彼自身に直接聞き込みをやらせた方があたりさわりは無いでしょう、それに……」
ムラーツの視線がイディに向いた。
「自分で決着をつけたいだろう、イディ隊員?」
イディはゆっくりとうなづいた。
「……了解した、アルマント博士への接触はイディ隊員に任せる、が、それ以外の身辺調査については諜報部隊の管轄だ、基本的に機動部隊は錬金術学会長の護衛に当たってほしい、ムラーツ隊長、それでよろしいか?」
「了解」
その時、ハイアットが小さく挙手したのをムラーツは見た。
「どうした、ハイアット隊員?」
「すみません、隊長、イディ隊員に同行しても構いませんか?」
「……私は別に構わないが、副ギルド長は如何ですかな?」
「機動部隊内のことだ、隊長である君に任せるよ」
「了解、では、ハイアット隊員に、イディ隊員の動向を命ずる、単独では何かと身の危険も多くなるだろうからね」
「ありがとうございます」
ハイアットが小さく礼をして、少し後ろに下がると、フィジーが彼を肘で小突いた。
「前の時といい、随分と積極的じゃない」
ごく小さな声で、フィジーはニヤッとしながら話しかけた。
「……あ、はい、そう、でしょうか」
「そういう姿勢、いいことだよ」
フィジーは親指を立てて、彼にウィンクした。
「……はい」
ハイアットはかすかな声で答えた。
なぜ、あの場にシルヴィエがいたのか、なぜ、シルヴィエは彼を見た瞬間立ち去ったのか、なぜ、シルヴィエが消えた瞬間、エインティアが現れたのか、全ての鍵は、かの博士の下にあることを彼は静かに確信していた。




