第6話 神無き知恵 (Part3)
会場のすぐ近くに、巨大な奇異な見た目のゴーレムが立っていた。後方にはそのゴーレムが出現した巨大な穴が残っていた。
台形型の胴体に、お椀型の頭が乗っかっており、頭のスキマには視界を感知するための1つ目のような光がのぞかせていた。胴体の横には球体の鉱石が繋がってできたような腕が付いており、腰に当たる球体部についた脚はまるで巨大なブロックのようで、全体的にずんぐりむっくりな印象だった。さらに、胴体の胸部分にはボタンのようなものが4つついていた。全身が光沢のある黒色で、日の光を虹色に反射している。
ゴーレムは重い足音を響かせながら、ゆっくりと会場に歩みを進めていた。
それを食い止めんと、空中から、地上から雨あられのように魔法。水属性、雷属性、緑属性など、あらゆる属性の魔法がそのゴーレムに当たった。しかし、ゴーレムは一切揺らぐことなく、前進を続ける。
「くそ、水属性もきかない、緑属性でも魔法植物が定着しねぇ、どうなってやがる!!」
「当たってんのに、全然手ごたえがない、なんなの、このゴーレム!?」
ソカワとフィジーが焦りと驚愕の表情を見せながら、怪物の周囲を旋回していた。
『こちらホシノ、分析の結果、このゴーレムの属性は「黒」です、基本的な魔法は効果がありません!』
「ちっ、なんとなくそんな気はしてたがよ!!」
ソカワが舌打ちした。
『また、いずれの魔法もゴーレムの表面ではじき返されています、効果なしも同然です!!』
「えっ、ちょっとまってよ、それってどういう事……うわぁっ!?」
フィジーが動揺している間に、ゴーレムは腕を振り回し、周りを飛び回るワイバーン騎士や有翼人達を薙ぎ払っていく。ぶつかったものは例がなく空へと吹き飛ばされ、力なく地面へと落下していった。
「……手の打ちようがねえじゃねぇか」
思わず、ソカワはそう漏らした。
その瞬間、空気を切るような音と共に、火の玉が飛んできた。ドクマの持つ大口径砲の弾。ゴーレムに着弾すると、大きな爆発が上がった。
しかし、ゴーレムは一瞬、動きを停めたにすぎず、程なくして前進を始めた。
「な、なんだと! 怯むぐらいもしねぇのかよ!!」
会場入り口である城門のすぐ上に陣取っていた、ドクマがあっけにとられた表情で見ていた。近くには、ハイアットと、合流したキリヤ、アヌエル、アーマッジがいた。すぐ近くから、必死に避難する人達の声。
「……とにかく撃つしかない、イディが到着するまで、魔装銃の出力を最大にし、我々全員が同時に撃つ、いいか!!」
キリヤの指示に、4人は了解の声を上げると、それぞれがゴーレムに向かって銃を構える。キリヤもいつもの弓矢ではなく、魔装銃を構えていた。
「いくぞ……3、2、1、撃てっ!!」
キリヤの合図とともに、5人は同時に雷魔法をゴーレムに向かって放った。着弾すると、大口径砲に劣らぬ爆発が上がった。
「魔力切れになるまで続けろ!! 3、2、1、撃てっ!!」
何度も、何度も、5人は呼吸を合わせて魔装銃を撃ち続ける。重い衝撃が、ゴーレムに襲い掛かる。それに加えて、周囲からも嵐のように魔法が途切れなく放たれていた。
だが、ゴーレムを止めることはできなかった。足音がどんどんと会場の方に近づいてくる。
「みんな、すまない!! 待たせた!!」
イディが正装姿のまま、鞄片手に合流した。
「イディ、おせえぞ、何やってた!?」
「こっちは大混乱だったんだよ!! それぐらい察せ、脳筋!!」
ドヤしつけるドクマに、イディは肘で小突く。
「こんな時まで喧嘩するな!! イディ、例のやつは持ってきてるか」
「そのあたりは抜かりないですよ、副隊長」
イディが鞄を開けると、緩衝剤に固定された、大小さまざまな魔石が数個入っていた。
「正直言って、魔装銃ないしは使用者への負担はまだまだ激しすぎる、何度も撃つことはできないよ」
「それならば、この大口径砲に装填してくれねぇか、1発でぶっ壊してやろうぜ」
ドクマの要望を聞いて、イディはキリヤの方を見る。
「……いいだろう、確認だが、どれだけの反動が出る?」
「少なくともここにいる全員で支えとかないと、ドクマ隊員がぶっ飛ぶと思うね」
「了解、早速準備に取りかかれ、敵はすぐそこまで迫っているぞ!!」
大口径砲に人口魔石を装填する間にも、ゴーレムは周りにいる者を薙ぎ払いつつ前進を続けていた。
『ゴーレムが城に到着するまで、あと75!!』
ホシノの叫びがコミューナから聞こえた。
「準備は完了した、みんな、支えてくれ!!」
ドクマが大口径砲を肩に担ぐと、キリヤ、イディ、アヌエル、アーマッジ、そして、ハイアットが、彼と大口径砲を両手で支えた。
「行くぜ……3……2……1……」
ドクマが数えている時、ゴーレムの胴体にある4つのボタンがいきなり輝きだした。
「いかん、退くぞ!!」
キリヤが何かを察し、叫んだ。
それとほぼ同時に、ゴーレムのボタンから城目掛けて光線が放たれた。光線は城壁や見張り塔、大ホールのある棟、そして城門に当たった。当たった箇所はすべからく衝撃で爆発し、瓦礫と同時に人がばらばらと落ちていった。運悪く、光線に当たった人は、その肉体を四散させた。
「みんな、無事か!?」
キリヤが隊員たちに呼びかけた。寸前のところで、機動部隊は2手に分かれてかわした……だが、城門が壊され、分断された形となっていた。
「はい、私とアーマッジはここに」
息を切らしながらも、アヌエルが答えた。それを確認すると、キリヤはコミューナを起動させた。
「こちらキリヤ、ドクマ応答せよ!!」
『こちらドクマ、副隊長、無事でしたか!?』
「ああ、アヌエル、アーマッジ隊員もいる、そっちはどうだ!?」
『イディ隊員がいます、ハイアット隊員は……瓦礫と一緒に……!!』
「何だとっ!!」
キリヤが叫んだ瞬間、大きな揺れ。ゴーレムはもう、彼女たちの目の前まで迫っていた。そして、更に城門と城壁を破壊せんと腕を振り上げたところだった。
「……無念だ」
キリヤは目をつぶり、立ち尽くした。
突然、大きな音がした。それは城壁が崩れる音ではなく、金属同士がぶつかったような音。巨大な光が強烈な速度でゴーレムにぶつかり、ゴーレムは弾き飛ばした。ゴーレムは宙に浮き、仰向けになって大きな地響きをあげて倒れた。
「……一体、何が起こった?」
「副隊長、ルトラです!! ルトラが現れました!!」
キリヤの傍で、アーマッジが目の前で起こっている光景に指さした。キリヤが目を開けると、巨人の、ルトラの大きな背中が見えた。ルトラが城を守るように立ちはだかっていた。
ゴーレムは腕を器用に使って起き上がると、再び城に向かって前進を始めた。ルトラは両手を振りまわし、雨あられのように光弾をゴーレムにぶつけた。火花が、何度もゴーレムの胴体から上がる。だが、ゴーレムはひるむ様子すら見せず、ドンドンと前進していき、ルトラの目の前まで来た。
ルトラはゴーレムを食い止めんと組み付くと、左脚に光の魔力を込め、膝で何度もゴーレムの胴体を打った。
それでも、ゴーレムは何事もないかのように前へ進もうとした。体には全く傷がつかなかった。ルトラは全体重をかけて抑えた。ゴーレムの力はすさまじく、徐々にルトラは押され、その跡に溝ができていく。
ゴーレムは腕を振り回し、ルトラの脇腹を数発殴った。必死にルトラは耐えたが、明らかに抑える力は落ちていった。そして、ゴーレムは手に当たる部分で、ルトラの頭部を挟むと万力のように締め上げながら、腕を上げ、ルトラを宙づりにした。
ルトラは足をばたつかせ必死にもがいた。
ルトラは力を振り絞り、右手に光を溜めると、一気にゴーレムの頭部に叩きつけた。大きな火花が上がると同時に、ゴーレムはルトラを離した。まだ痛むのか、ルトラは立膝の状態で頭部を抑えている。
そこに、ゴーレムは腕を大きく振り、ルトラを殴り飛ばした。ルトラは横に転がり、城の堀へと体がはまってしまった。
ゴーレムは向きを変え、また、城の方へと歩みを進めた。
「ちくしょう、あいつめ、またこっちに来やがった!!」
城門が崩れ、瓦礫が積み重なっている上で、ドクマは吐きすてるように言った。すでに、キリヤ、アヌエル、アーマッジとドクマ、イディは合流していた
「ハイアット隊員はまだみつからないのか!?」
キリヤの声に、全員が首を横に振る。それを見て、キリヤは動揺を隠しきれなかった。
「……まずは奴を食い止めよう、ドクマ、大口径砲の準備は?」
「いつでも行けるぜ!」
「よし、みんな、ドクマに集まれ!」
ドクマは人口魔石が装填された大口径砲を構えると、4人がそれを支えていた。銃口の先で、ゴーレムは城壁の前まで来ていた。そして、また破壊しようと腕を振り上げた。
「……発射!!」
ドクマが叫ぶと同時に、キリヤ達も全身に力を込めた。
鼓膜が破れんばかりの音ともに、光の弾が発射される。その反動で5人は後ろに吹き飛ばされた。大口径砲の砲口は黒く焦げ、ひびが入っていた。
光の弾はまっすぐにゴーレムの右側頭部に向かって飛んでいき、着弾した。
爆音とともに、ゴーレムの右側頭部から大きな火花が上がった。その衝撃をうけ、ゴーレムは腕を振り上げた体制のまま、横に倒れていった。側頭部にはひびが入っていた。
皆がかたずをのんで見守る、ゴーレムを倒したのか、と。まるで、神に祈るような悲愴な気持ちがその場に包まれていた。
だが、ゴーレムは動いていた。ゆっくりと腕をうごかし、ゴーレムは起き上がり始めた。
「そんな……新兵器でもだめだなんて……!!」
イディの表情に、絶望の色が浮かんでいた。皆が恐怖と驚愕で呆然としている間に、ゴーレムは城を背にして完全に起き上がった。
その瞬間、ルトラが再びゴーレムに正面から組み付いた。そして、頭と足を持つと、そのままゴーレムを抱え上げ、城から離すように走り出し、自身の体を浴びせるように地面に叩きつける。相当な重量だったらしく、立ち上がったルトラの足取りはふらついていた。
ルトラは右腕から光の剣を伸ばした。そして、ゴーレムが起き上がった瞬間、大口径砲の一撃をもらった部分目掛けて、剣を振るった。
ガアン、と金属の激しい音。
光の剣は弾け飛び、ルトラは反動で後ろにのけぞった。ゴーレムの方も一撃が効いたのか、動きを止める。ひびの部分から、魔力が漏れているのが見えた。
ルトラは右腕が痛むそぶりを見せた後、再び光の剣を出し、振り上げた。
だが、ゴーレムは4つのボタンから、同時に光線を放った。4本の光線は1本の太い光線へと収束し、ルトラを襲う。ルトラの胸元から大きな爆発が上がり、ルトラは飛ばされた。
そして、ゴーレムはまた城の方を向いた。
「ルトラの力すら弾いた……いったい、あのゴーレムは……」
イディはゴーレムの方を見ながら、つぶやいた。後ろではドクマが騒いでいるのを、アーマッジが制止していた。
「ちっくしょう、ありったけの人口魔石を使って!!」
「それは無茶です、ドクマ隊員!! 奴を倒す前に、こちらの命が……!!」
「そんなもん、やってみなくちゃわかんないだろぉ!!」
ドクマが叫んだ瞬間、ゴーレムから異様な音が鳴った。
頭を痛めつける様な音が、鼓動と同じ拍子で鳴っていた。しばらくすると、ゴーレムは腕を折りたたみ、脚を収納した。そして、脚部から数本の巨大な爪が現れると、ガリガリと音を立てながら回転を始め、地面を掘削していった。そして、みるみるうちにゴーレムは姿を消してしまった。
向こうで倒れていたルトラも、光に代わり弾けて消えていった。
「……動くための魔力が限界になって、逃げた、か」
キリヤがぽつりとつぶやいた。
不意に、瓦礫の方から音がした。キリヤ達がそちらに向くと、瓦礫の上で、ハイアットがふらふらと立っていた。顔も腕も、全身があざだらけ。左脚を痛めたのか、それをかばっている様子だった。機動隊員の皆がハイアットに駆け寄った
「ハイアット!! 無事だったかぁ!?」
ドクマが呼びかけた。安堵の表情が、彼の顔に浮かんでいた。
「はい……なんとか、瓦礫から、出ました……」
「ひどい傷……彗星01に戻って応急手当、本部に戻ったらしばらく安静ね」
アヌエルはハイアットの支えながら、彗星01を停めているところに向かっていった。それにアーマッジも付き添っていった。
「しっかし、あんな頑丈なゴーレム、初めて見たぜ」
「ルトラの力も、イディの新兵器でも傷をつけるだけで精一杯だった、あんな材質、この世界に存在するものなのか?」
ドクマとキリヤが話しかけている間、イディは思いつめた表情でゴーレムが消えた穴の方を見ていた。腕を組み、手であごを支えながら、ぶつぶつと何かつぶやいていた。
「どうした、イディ隊員」
「……副隊長、あのゴーレムの材質について、ちょっと心当たりがあるんです」
「……話は本部で、隊長も交えてじっくり聞こう」




