第6話 神無き知恵 (Part2)
9の月、12の日。太陽が頂点に辿り着くより少し前の時。
マトレア国旧アストゥロ領地にある、一際大きな城……【エンヤ錬金術学会】の本拠地の周りには、何台もの馬車や魔力駆動車が集まり、城の内外は様々な人がごった返していた。老いも若きも、男も女もそろっていた。質素な服を着た者もいれば、いかにも貴族的な豪勢な服装を着た者もいた気楽に談笑している者もいれば、真剣に議論を交わす者もいた。
エンヤ錬金術学会研究発表会は活気に満ちていた。
その中にあって、武装するものも、ちらほら見えた。空にはワイバーンや有翼人も多くみられる。彼らは、きょろきょろとせわしなく辺りを監視していた……年に1回のこの会を襲う脅威を見逃さぬために。
『こちらフィジー、空の方は特に異常なし、ハイアット君、そっちはどう?』
「こちらハイアット、異常なしです、引き続き、警備に当たります」
城の中、昔は歌劇が上映されてたであろうホールにて、西側の壁の傍で、ハイアットはコミューナを顔に寄せてなるべく小さな声で応答した。
端の方をゆっくりと歩きながら、ハイアットは客席を監視していた。しかし、どうにも、舞台上で繰り広げられる熱のある発表が、彼の気を引いた。
舞台上には大きなディスプレイが浮かび上がっており、研究成果を示す絵と写真、文が映し出されていた。その下で、長いひげの老人が熱弁を振るっている。大ホールは2階席まで埋まっており、真剣に発表を聞いたり、ペンを記録簿の上に走らせていた。人が進歩していく時を、皆、体感しているようだった。その空気に、ハイアットは圧倒された。
「……これで発表は終わりとする、皆様、ご清聴ありがとう」
老人がそう告げると、聴衆が一切に拍手し、その音がホール中に響き渡った。その音を背に、老人は付き人に連れられ、小さく手を振りながら舞台から去った。その光景を、ハイアットはぼんやりと見ていた。少し経つと、こ頬を軽くたたいて、また監視のために歩き始めた。
舞台上には司会である猫系亜人の青年が拡声器を持って立っていた。
「それでは続きまして、【流星の使徒】所属のミロイ・イディの発表に移りたいと思います、どうぞ!」
拍手が起こる中で、紺色の絹製のコートとシャツ、半ズボン、タイツで正装したイディが舞台に上がった。緊張している様子はなく、むしろ上機嫌な印象だった。その姿を見て、ハイアットも無邪気に拍手していた。
「……はい、それでは皆さん、『新たな魔力属性と、それに対抗する人口魔石の開発』と題しまして、私、【流星の使徒】所属のミロイ・イディが発表を始めたいと思います!」
聞きなれた声が、華美で広大なホールに響き渡るのをハイアットは聞いた。知っている人が、このような高尚な場でしゃべっていることに、ハイアットは何とも妙な気分を覚えた。
おめでとう、とハイアットは改めて心の中で呟いた。
「……うあっ!?」
いきなり、ハイアットの脳裏に雑音が響き、思わず、頭を押さえた、近くの人は一瞬、彼を見たが、彼の異変など、誰も気に留めなかった。その異変は彼だけに起こっていた。
誰か、いる、自分を狙う何者かが。
客席をじっと見渡す。
そして、ハイアットは違和感を感じた。1箇所だけ、何かが違う。ハイアットはその方へ向いた。客は皆、舞台に向いているか、下の方を向いている中で、北側の1番後ろのある人だけ、別の方を見ていた。
ハイアットを見ていた。黒づくめの、長い金髪の女性が見ていた。
ハイアットは目を凝らした。女性の顔に、嘲るような笑みが浮かんでいるのが見えた。そして、 黒づくめの表情を除けば、ある人物にあまりに酷似していた。
「……シルヴィエ、さん?」
ハイアットが呆然としている間に、女性は席を外し、後ろの大きな扉から出ていった。
「……こちらハイアット、キリヤ副隊長、聞こえますか」
ハイアットは気が付くと、急いで女性が出た扉に向かいながら、コミューナを口元に寄せ、起動させた。
『こちらキリヤ、ハイアット、何があった』
「不審者を発見しました、大ホールの北口から外にでました、ただいま追いかけているところです」
『了解、こちらも全員に指示し、北側の警備を厳重化させておく』
コミューナが閉じる音がした。ハイアットはなるべく目立たぬよう、北口の扉を開け、廊下に出た。辺りを見回すと、東側の玄関ホールへと出る扉の前に、女性はいた。彼女はまるでハイアットを待ち構えていたかのように、彼の方を見てニヤニヤと笑みを浮かべると、そのまま扉から出ていった。
「待てっ!!」
ハイアットの叫びが、廊下に反響する。そして、ハイアットは女性が出た扉に向かって一目散に駆けていき、勢いよく扉を開けた。
「うおっ、びっくりした~……ってなんだハイアットじゃねぇか」
扉からすぐのところに、ドクマは立っていた。他ギルドで玄関の警備にあたっていた者もいた。
「ドクマ隊員、さっき、黒い服の女性を見かけませんでしたか!?」
「あぁ、さっき見たんだ、あいつがハイアットの言ってた不審者だろ?それでその女を囲んだんだが……あの目を見てたら、体が突然固まっちまって、逃しちまったよ」
「そんな……」
「すまねぇな、これは俺の落ち度だよ……ん?何だ?」
突然、ドクマとハイアットのコミューナがけたたましく鳴りだした。
「反応がデカい、とんでもねぇのが来るぞ、ってうおおっ!?」
その時、何かが巨大なものが落下した音と同時に地面が大きく揺れ出した。城の中の装飾品がガタガタと鳴り、床に落下し、ガラスや陶磁器が割れる音が周りからなった。中にいる人たち全員が動揺し、パニックに陥っている声が聞こえてきた。その場にいた者は、頭を押さえながら伏せていた。
そして、しばらくして揺れは収まった。それと同時に大きな足音が、外から。
「くっそう、化け物がでやがったか、これは近いぞ!!」
粉塵を払いながら、ドクマは立ち上がった。ハイアットを含む、周りの人達も同じように起きた。すると、ドクマとハイアットのコミューナから着信音がなると同時に、ソカワの上半身が浮かび上がった。
『こちらソカワ、会場より距離300のところでバカデカいゴーレムが地面から現れた、大至急こっちに来てくれ!!』




