第5話 溶けゆく村 (Part7)
「効果が、切れてきた……!!」
アーマッジは息を切らしながら、麦畑の中を走っていた。彼の周りを包む、光の障壁は今に消えそうに点滅している。後ろにはまだスライムが麦穂を倒しながら追いかけていた。
そして、ついに光の障壁は消えた。
スライムはそれを見計らってか、一気に大口を開けたかのようにアーマッジに襲い掛かっていく。アーマッジの足は既に思うように動かせず、逃れることはもはやできなかった。
もう、おしまいだ、と、アーマッジは目をつぶった。
「アーマッジ隊員、伏せて!!」
ノーグの声が聞こえた。
反射的に、アーマッジは身を低くした。彼の頭の上を、強烈な突風が掠め、スライムにぶつかった。アーマッジの前方で、ノーグが必死に魔装銃の引金を引きつづけていた。
「さぁ、アーマッジ隊員、早く!!」
ノーグが必死にアーマッジに呼びかけた、スライムは魔装銃の風魔法に煽られて、身動きが取れなくなっていた。
アーマッジは魔装銃を取った。そして、素早く振り向き、両手で構えた魔装銃の引金を引いた。全力の風魔法が、また、スライムを襲う。その暴風に耐えきれず、スライムは見る見るうちに押し返されていき、まるでカーペットのように吹き飛んだ。
「アーマッジ隊員、大丈夫ですか!?」
「ありがとう、ございます、おかげで助かりました」
ノーグが駆け寄ると、アーマッジは苦しそうにしながらも、感謝を口にした。
「肩を貸します、早くここを離れ……」
ノーグがアーマッジを起こそうとした瞬間、金物同士がぶつかり合ったような激しい音が鳴った。そして、空からルトラの巨体が落ちてきた。
2人のすぐ近くに、ルトラは落下した。その時の衝撃で、2人も大きく跳ね上がり、地面に叩きつけられた。
「な、なにが起こった……んですか、ノーグ隊員……」
「私も、わからない……で……!?」
痛みにこらえながら、2人が顔を上げると、すぐそこにルトラの顔があった。目の明滅具合から、彼もまた、苦しんでいるのが見て取れた。黒いスライムがまた、ルトラに迫ってきていた。
ルトラの目を、アーマッジはじっと睨んだ。
「ルトラ、立ってください、奴を倒せるのは貴方だけ、です……!!」
アーマッジの声が聞こえたのか、ルトラの顔が、アーマッジ達の方に軽く傾いた。
「あの、大木を狙ってください……あれが、あいつの核、かもしれません!!」
アーマッジは力を振り絞って、ルトラに向かって叫んだ。すでにルトラの足元には黒いスライムが足元に絡みつき始めている。
ルトラは、素早く上半身を起こすと、左の指先から、矢じりのような光を放った。それは、村の神木に向かって真っすぐに飛んでいき、深々と刺さった。
すると、スライムは激しく波打ったかと思うと、そのまま粘性を失い、ドロドロと地面に流れていった。アーマッジとノーグは息をのんでそれを見ていた。
唐突に、地面が激しく揺れ出した。その揺れで、村の建物が次々と崩れ出す。もはや偽りの世界を保つことはできなくなった。
しばらくすると、揺れは収まった。
「あれは!?」
ノーグが空に向かって指した。
奇妙な物体が空に浮かんでいた。上部は大木であったが、下部は無数のとげが付いた岩塊であった。その岩塊の真ん中には、真っ赤な瞳の無い目が付いている。
「あいつが核だ!! 周りの殻で自らの魔力を遮蔽していたんだ!!」
アーマッジが叫んだ。それとほぼ同時に、黒い液体が動き出し、スライムに戻ろうとしていた。
ルトラは両腕を振りかぶると、真っすぐに前に突き出した。すると、その軌道の形をした、光の刃が核に向かって飛んでいった。
一瞬だった。
奇妙な形をした岩塊は、縦に美しく切れ、2つに分かれて地面に落下した。そして、紫の爆炎を上げながら、大きく爆発した。それと同時に、スライムはまた粘性を失い、そのまま気化して消えてしまった。
その全てを見届けると、ルトラは光となって、どこへともなく霧散していった。ノーグとアーマッジはただその場でへたりこんでいた。
「終わった……のですね」
ノーグの問い、アーマッジは黙って頷いた。そして、お互いが顔を見合わせた。
「……は、はははは、はははははははは!! 終わったんだ!! 解決したんだ!!」
「そうですよ!! ノーグ隊員!! 終わったんですよ!! あはははははははは!!」
ハイアットノーグはめちゃくちゃに笑いながら互いに抱き合った。目からは涙がこぼれていた。疲労感と、安堵感と、開放感がないまぜになっていた。2人の笑い声は瓦礫ばかりの山間でこだましていた。
しばらくすると、笑いつかれて、2人は麦畑のど真ん中で倒れ込んだ。彼らの頬には、無数の涙の跡が残っていた。
アーマッジのコミューナから受信音が鳴った。起動すると、キリヤの姿が浮かび上がった。
「こちらアーマッジ、副隊長……終わりましたね」
『こちらキリヤ、唐突に敵が一斉に消えてしまったが……そういう事なんだな?」
「はい、まぁ、ルトラが退治してくれましたがね」
『そんなこと、別にいいではないか、まずはこの件に解決を喜ぼう』
キリヤがにこやかに笑った。
『ところで、潜伏部隊は全員無事か?』
「はい、私とノーグ隊員と……は、ハイアット隊員が見当たりません!!」
『何だと!? 今すぐコミューナで安否を確認しろ!!』
3人の顔が一気に険しくなった。
「おーい!! ノーグ隊員!! アーマッジ隊員!! 無事でしたかー!!」
しかし、すぐにそれも安堵の表情に変わった。声のする方向に向くと、ハイアットがボロボロになりながらも、おもいきり手を振っていた。雲が晴れて、月明かりが彼を照らし、無邪気な笑顔がよく見えた。
「……全員無事です、副隊長」
『了解、総員、落ち着いたら、チグリア町に来てくれ』
「ハイアット隊員!!どこにいてたんですかー!!心配してたんですよー!!」
アーマッジとノーグは笑顔で、ハイアットを見ていた。
「すみません!!ずっとあいつから逃げてましたー!!」
ハイアットの腰には、胡桃のお守りが揺れていた。
*
隊長がいつになく真剣な表情をしている。副隊長も、他の隊員も、みんな真剣な表情だ。
「この度は、事件の解決ご苦労だった、これでこれ以上行方不明者……いや、被害者はもうでないと思う、が、私にとってはこれは敗北したものと考えている」
隊長の言葉に、皆が困惑している。
「それって、どういうことですか!! 僕と、ノーグ隊員、ハイアット隊員はあれだけ頑張ったんですよ!!」
アーマッジ隊員が怒っている。机を、ドンドンと叩いている。
「いや、君たちの活躍は、間違いなく解決に貢献した、無駄ではなかった……しかし、そもそもが、あまりにも遅すぎたんだよ」
隊長が溜息をついた。遅すぎた……嫌な予感がする。
「遅すぎ、た?」
「そう、遅すぎたんだ、アーマッジ君、我々が出る前にすでに何十人という人が、デ・イーに食われた、いや、それ以前にあの一帯の村の人たちはすでにデ・イーに食われ、すり替わられたんだ……我々は守れなかったんだ」
守れなかった。隊長の言葉が、僕の胸に刺さる。あの手紙の1文と、あの男の言葉が、脳裏をよぎった。
「確かに、解決できたのはよかった、しかし、今回は100人規模の犠牲を出してしまったことを肝に銘じておかねばならない、より一層、情報収集に力を入れ、犠牲を出す前に素早い行動を、我々機動部隊、いや【流星の使徒】は取らねばなるまい!! わかったか!!」
皆が応答する声が、部屋中に響いた。
守れなかった。すでに手遅れだった。やはり、僕は、私は、無力なのだろうか。人を、この世界に生きる人を守れるのだろうか。
「邪」は挑発している。
やってやる、やってやろうじゃないか。ディン・ハイアットとしても、ルトラとしても、奴の野望を、いや、奴を絶対に打ち砕いてみせる……!!
「……随分と力んでどうしたの? ハイアット君?」
「え、あ、気合を入れてた、だけです」
アヌエル隊員にちょっと訝しがられてしまった。ちょっとは周りを気を付けよう……。




