第5話 溶けゆく村 (Part5)
どうも天気は曇っているらしく、星はおろか、月も全く隠れてしまっていた。部屋の中は完全に闇の中、目が慣れてきても油断すると、また元の真っ暗に戻ってしまうような暗さだった。ただ、寝息だけが聞こえていた。
その中で一人、ハイアットだけが、ベッドの上で座りながら、周囲を見回していた。神経を研ぎ澄ませるように、じっと座っている。
その中で、ハイアットは昼間に、謎の男に言われたことを思い出した。
あんたはもう守れていないんだから。
あの男は確かにそう言った、それも、ハイアットだけに向かって。明らかに、以前送られてきたあの手紙の1文に呼応していた。
「僕には……私には守れないのか」
誰に言う訳でもなく、ハイアットはポツリとつぶやく。
間違いなく、敵はハイアットを、ルトラを揺さぶっている、力に限界のある人間の姿でなければ、この世界での存在を維持できなくなってしまっている彼の精神を蝕もうとしている……敵の狙いを確信したハイアットは、立ち昇る感情を押し殺した。
その時、嫌な気配を、ハイアットは突然感じ、ハイアットは扉を凝視した。
「それ」は静かに部屋に侵入してきた。扉も開けず、音もたてず、まるで染み出してくるように。「それ」はまるで無限に湧き出るヘドロの泉のように、扉の下からどんどんと部屋に入ってきた。そしてそれは徐々に一番近いところにあるベッドに取りついた。その上には、アーマッジが眠っている。
ハイアットの目が淡く金色に光った。「それ」から異常な高さの魔力が見て取れた。そして、右手を銃の形にすると、指先から光の弾を放った。
小さな光弾は「それ」に当たった。すると、火花が散るような音ともに稲妻のように光が「それ」の表面を駆け巡った。「それ」はもだえ苦しむように、体を大きく震わせると、扉や触れていた家具ががたがたと大きな音を立てた。
その音で、アーマッジとノーグが目を覚まし、それと同時に、ハイアットは魔力灯をつけた。黒い粘性の液体がのたうち回っているのが見えた。
「皆さん、起きて下さい!! 奇襲です!!」
「ハ、ハイアット隊員、一体何が!!」
アーマッジはまだ状況を把握できていない様子だった。
「早く、窓の方へ!! 急いで!!」
ハイアットはベッドを飛び降りると、急いでアーマッジとノーグをベッドから起こし、扉とは反対にある窓に駆け寄る。ついに扉は衝撃に耐えきれずに、粉々に壊れた。すると、そこから「それ」が一気に部屋の中に溢れ出てて、あっという間に3人が寝ていたベッドは飲み込まれてしまった。
「く、黒いスライム!?」
「ノーグ隊員、急いでください!!このままでは僕らも同じ末路に!!」
3人は腰に付けた、薄い箱から、鍵付きの縄を取り出し、窓枠に引っ掛けると、縄を持ったまま、2階の窓から出た。縄はするすると伸び、3人は壁伝いに急いで降りていく。程なく、黒いスライムは窓からあふれ出し、縄は溶かされてしまった。その時には既に、3人は地上に降りていた。急いで立ち上がると、彼らは伸縮鉤縄の入った箱をベルトから外して捨てた。
そして、そこから立ち去ろうとした瞬間だった。
「おや、どうしてあなた方がこんな所に?」
玄関先に宿屋の主人夫妻が立っていた。開いた扉の中からは灯りが漏れている。2人の姿に、アーマッジ達は警戒した。
「……部屋に、魔物が現れたんです……スライム系の」
「スライム? 何をおっしゃいますか、私の宿屋は洞窟じゃないんですよ?」
アーマッジの話したことに、宿屋の主人は軽く怒ったような様子で返した。2階を見ると、あふれ出るまであったスライムが跡形もなく消えていた。
「きっと、夢でも見たんでしょう、さ、お入りなさい」
主人がまた優しげな表情を見せて、3人を招いた。
しかし、アーマッジ達はまだ疑念の目で夫妻を見ていた。
ノーグはちらと、横を見る。視線の先には途中で切れた伸縮鉤縄があった。3人はお互いの視線を交わした。
そして、3人は一気に走り出し、夫妻の脇を通り抜けると、馬のつなぎ場へと急いだ。
「明らかに、夢じゃない!! あの宿屋、何かが変……だ」
息を切らしながら、アーマッジが話そうとした瞬間、目の前の光景を見て絶句した。
黒いスライムが3人の乗っていた馬に取りついていた。馬は、脚から順に徐々に溶けていき、3頭の嘶きが、夜空を切り裂くように響いた。
3人は振り返ると、目の前に宿屋の主人夫妻が立っていた。
「あんなに親切にしてやったのに逃げ出すなんて、あなた方のようなヒドイ客は初めてですよ」
「……貴方達ですね、行方不明事件の犯人は……!!」
アーマッジが鋭い視線で2人を睨む。
「私達が犯人ですと?何をおっしゃるんですか、あなた方は!!」
宿屋の主人が怒声を上げた。
突然、次々と周囲の建物で灯りが付きだし、中から住人がぞろぞろと出てきた。老人も老女もいた。働き盛りの男女もいた。若い男女もいた。少年少女もいた。皆が、3人を取り囲んだ。
「……この村、いやこの一帯の者達全員ですよ」
宿屋の主人がそう言うと、アーマッジ達を取り囲んでいる者達の体がぐにゃりと崩れ出した。
そして、黒いスライムとなってすべてが混ざり合い、3人はまるで黒い沼の真ん中に取り残されたようになった。黒いスライムは波打ち、獲物をじわじわと狙っている。
3人はお互い背を預けながら固まっていた。彼らの表情は険しく、息も荒かった。
そして、スライムはまるで津波のように3人に飛びかかった。
「今です!!」
アーマッジの合図とともに、3人は魔装銃を構えると、すぐさま引金を引いた。銃口から強烈な突風が放たれ、スライムが弾き飛ばされた。そして、3人は散り散りになりながら、一気にスライムの間を走り抜けた。
「生きて、また会いましょう!!」
アーマッジは目いっぱい叫んだ。3人はすでに、互いが見えなくなるぐらいまで、離れ離れとなっていた。
*
2階建ての石造りの家に、アーマッジは駆け込んだ。急いで扉を閉め、錠を占めると、部屋の中で魔装銃を乱射する。着弾点は魔法陣となり、部屋中が魔法陣だらけになった・それを確認すると、アーマッジは2階へと駆けあがり、同じように魔装銃を撃ちまくった。程なくして、1階から扉と窓が壊れる音がした。
急いで屋根の上へと登ると、アーマッジは息を切らしながら腰を下ろした。すでに彼のいる建物の周りは黒いスライムに取り囲まれた。もはや、逃げ場などない状況であった。
アーマッジはコミューナを起動させた。
「こちらアーマッジ!! 緊急事態!! 応答せよ!! 応答せよ!!」
『こちらキリヤ!! この夜更けに何が起こった!!』
「村の中で、スライム系の魔物が出現!! 非常に巨大で、更に雷魔法、氷魔法など、各種魔法の効果がほとんどありません!!」
『村の中で!? しかもそんな強力なものが!?』
「村人に化けていたようです!! しかも、この村だけじゃなく、周囲の村の人達も同様にこの魔物が化けています!! 十分な警戒を!!」
『了解!! 今すぐ支援を……何だと!!』
「副隊長、どうしましたか!?」
『どうやら、手遅れらしい……!!』
アーマッジが驚いていると、コミューナから阿鼻叫喚が小さく聞こえてきた。
『すまない!! 私も戦闘に向かう!! 君たちへの支援は困難だ!!』
「……了解」
コミューナを切ると、アーマッジは強く舌打ちした。
既に周囲のスライムは壁を伝って屋根の上に到達しようとしていた。更に煙突からはごぼごぼと、スライムが昇ってきて溢れそうになっているのが見えた。アーマッジは素早く立ち上がると周りをぐるっと見回し、ニヤッと笑った。
「僕らしくない……賭けだな!!」
アーマッジは走り出すと、そのまま屋根の上からおもいきりとんだ。そして、タクトを構え、先ほどまで立っていた家を指す。
「《起動せよ》」
住居の中全体に描かれた魔法陣が光り出すと、大きな音を立てて、爆炎と爆風が起きた。それが1塊となって、家は一気に大爆発した。その衝撃で家の中に充満し、周囲を取り囲んだスライムも一気に吹き飛ばされた。
アーマッジも空高く吹き飛ばされた。それでも、アーマッジは冷静に魔装銃を構え、モードを切り替える。そして落下している間、アーマッジは地面に向かって魔装銃を放った。
すると、地面に魔法陣が現れ、下から突風が吹きあげられた。それに乗るように、アーマッジはゆっくりと地上に降りると、急いでその場を離れた。
息も絶え絶えに、アーマッジは走り続けた。いつの間にか、目の前には昼間に見た、村の御神木の前に立っていた。
「……?」
アーマッジはその木に違和感を覚え、まじまじと見た。そして、その木の下に歩みより、手で触れた。
その瞬間。
「ぐあっ……!!」
凄まじい耳鳴りにアーマッジは襲われ、その場で倒れ込んでしまった。黒いスライムはすぐそこまで迫っていた。




