第5話 溶けゆく村 (Part4)
「いやはや、長旅ご苦労様です、こんな辺鄙な宿屋でよければ……」
「いえいえ、僕らは流れ者ですから、泊まれるだけでありがたいですよ」
2階の宿泊室に案内する途中で、宿屋の主人が話しかけるのを、アーマッジがにこやかに答えた。宿屋自体は主人の言う通り、お世辞にも大きいとはいえず、数秒もせずに3人が泊まる部屋の前についた。
「こちらが大部屋となります、鍵をどうぞ」
主人から鍵をもらい、アーマッジは扉を開けた。大部屋の中には5つのベッドと、大き目の机が1つ、それを囲むように椅子が1つ置いてある。窓からは先ほどまで見ていた外の風景が見えた。
「それでは夕食の準備ができましたら、お呼びいたしますので、それまでどうぞごゆっくり……」
主人が部屋を出ていき、扉を閉めたのを確認すると、3人はそれぞれベッドに傍に荷物をどっかと下ろし、ベッドの上にお互いが向かい合うように座った。
「今日はここで宿泊しますが、ここは闇の最深部に近いところです、絶対に気を抜かないようにしてください」
押し殺した声で、アーマッジが切り出す。
「夜は2時間交代で、必ず1人は起きて見張るようにしましょう、よろしいですか?」
ノーグとハイアットは同じく押し殺した声で、了解、と答えた。
「魔装銃、タクトは枕元に置くようにしておいてください、それと、緊急脱出用の伸縮鉤縄は皆さんは準備できてますか?」
「この通り」
「えっと……はい、こちらも」
ノーグ、ハイアットの順に小さな薄い箱を鞄から取り出して見せた。同様にアーマッジも鞄から取り出した。3人は互いに確認し、頷くと、腰のベルトにそれを取り付ける。
「後は……宿屋の主人が来るまで、集まった情報の整理をしましょうか」
アーマッジの提案で、しばらくの間、3人は今日中に集まった情報を話し合った。村の者達は明らかに事件について情報を隠していること、3人について警戒していること、村の店には不自然なまでに優秀な道具が揃っていること、そして、村の住人が都市部との交流を急に断っていること。
「この一帯に住む人達が行方不明事件に大幅に関わっていることは間違いないでしょう」
「しかしアーマッジ隊員、彼らが何を隠しているのか、それについての情報はまだ全くないですよ」
「そこが問題なんですよ、ノーグ隊員、結局証拠らしきものは見つかってませんからね、憶測の域を出ないのが、歯がゆいですよ」
そう言って、アーマッジはため息をつく。するとアーマッジの布が巻かれたコミューナから着信音が聞こえてきた。アーマッジは布越しにコミューナに軽くこすった。
「はい、こちらアーマッジですが」
『こちらソカワ、音声モードみたいだが、会話しても大丈夫か』
ソカワの声が、コミューナから聞こえた。
「はい、今は問題ないです」
『こちらは今日の捜索を終えたところだが、残念だが、行方不明者について一切の手掛かりもつかめなかった、後、強力な魔物がいるという痕跡もこの一帯周囲では見つからなかった、ただ……』
「ただ?」
『彗星01についている魔力探知機から、3つ目の村の方向から、微弱だが魔力反応が見られた、どういう魔力かは判別できてないがな』
「何ですって……!?」
3人が動揺の様子を見せた。
「しかし、コミューナではそんな反応はなかったんですよ!」
『彗星01の方が性能はよいからな、それでも随分微弱だったから、何かに遮断されている可能性はある、そっちで調べてくれないかな』
「了解……」
『……無事でいてくれよ』
コミューナから音が聞こえなくなった。ノーグが、アーマッジの方に身を乗り出していた。
「……やはり、この村に何かがある、ということですね」
「はい、しかし、コミューナでの反応はなかった、相当厳重に隠されているのでしょう……いったい何が待っているのか」
アーマッジはそう言って腕組みしながら唇をかんだ。
1人、ハイアットは神妙な面持ちで思案していた……この村に隠されているもの、そして、敵の狙いについて。
その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「夕飯の準備、できましたよ」
宿屋の主人の声が聞こえた。3人は顔を見合わせると、覚悟を決めた表情で頷きあった。
「行きましょうか」
アーマッジを先頭にし、3人は扉を開け、部屋を出た。
*
1階の食堂となっている部屋の中、机の上に様々な種類の料理が、所狭しと並べられていた。3人は驚き交じりの表情で、机の上を眺めていた。
「評判は聞いていましたが、ここまで豪勢だとは驚きましたよ」
「いえいえ、こんな小さな宿に留まってくださるんです、感謝の気持ちを込めております」
アーマッジに対して、宿屋の主人は謙遜した。
「あはは、これだけ感謝されるなんて、思ってもみなかったです」
「いろんな方に、そう言ってもらってますが、これでも足りないぐらいですよ」
そう言って、宿屋の主人は明るく笑い、つられるようにアーマッジも笑った。
「それでは、その感謝の気持ち、ありがたく頂かせていただきますね」
「どうぞ、ごゆっくり」
宿屋の主人が奥に引っ込むのを確認すると、ノーグが料理に顔を寄せた。
「すごいな……匂いだけでも旨いってわかるよ」
ノーグは料理それぞれの匂いを丹念に嗅いだ。ひとしきり嗅ぐと、手を軽く払う仕草……問題なしの合図を示す。
「うん、それじゃ、ちょっと味見っと」
アーマッジはフォークとナイフで肉料理を切り分け、一口食べた。
「うん、おいしい」
アーマッジも同様の合図を示すと、ノーグとハイアットも食べ始めた。味自体は問題ないどころか、時折3人は、美味しい、と漏らしていた。
「それにしても、小さな村の宿屋や食堂で、かなりの量の料理が出てくることは見かけますが、これだけの量が出てくるのはそうそう見ないですね」
食べている途中で、ハイアットが話を切り出した。たわいもない話であったが、密やかな声で話した。
「うん、ホント、よくこれだけの御馳走を用意できますね」
「全くですよ、この魚も随分と立派ですね」
ハイアットに続くようにアーマッジとノーグが談笑した。談笑しながら、暗にこの料理への疑念を伝えていた。行方不明事件もあった、交流が全く途絶えている、ならばこれだけの材料をどうやって仕入れたのか。
「特別な縁でもあるんでしょうね」
多分、奪ったのだ、とアーマッジは目で2人に伝える。
「僕らみたいな客をもてなすのに、それだけしてくれるなんて……」
「もてなすことに過剰なんてありませんよ、やってくれればくれるほど、嬉しいものです」
「皆様、料理はどうでしょうか?」
ハイアットとノーグが会話を続ける途中で、いきなり後ろから声がした。少し驚いて振り向くと、いかにも優しそうな老女が立っていた。宿の主人の奥さんだった。
「あら、すみません、驚かせてしまいましたか?」
「こちらこそ、すみません、料理、どれもおいしいですよ」
ハイアットが少々申し訳なさそうな笑みを浮かべながら応じた。
「ありがとうございます、それにしても、3人はどのような関係で?」
「カトゥーク国から共に巡礼の旅を続けているところです」
引き継ぐように、今度はノーグが答えた。
「そうですか、奥から覗いておりましたが、3人とも仲がよろしいようで」
「長旅ですからね、仲はよくないといけませんよ」
「いやはや、本当、会話が楽しそうで、これなら旅も苦ではないでしょうね」
そう上品に笑う彼女に、3人は妙な違和感を感じ、嫌な汗が静かに流れた。
「お邪魔でしたね、それではまたごゆっくり」
老女が奥に引っ込んでいった。それを確認すると、3人は怪訝な表情でお互いの顔を見合わせる。
見られてる。
アーマッジは声に出さず、口だけ動かした。2人は頷いて、それに応えると、3人は何喰わぬ顔で食事を再開した。奥の方で、宿の主人と、妻が覗いていた。優し気な表情は、どこか張り付いているようだった。




