第5話 溶けゆく村 (Part2)
ザタル国とマクス国を結ぶ、山間の道を、3人の旅人が馬に乗ってゆっくりと進んでいる。空は青く、風も穏やかで、心地よい気候であった。3人はそれぞれ、人間、エルフ、兎系の亜人であった。
3人は布の服の上に、簡素な革製の防具を身に着け、涼し気な薄い布のマントを羽織っていた。また、食料や着替え、野宿用の天幕などが入った大きな鞄を後ろに背負っていた。そして、彼らの左手首には、厚手の布が巻かれていた……コミューナを巻いていることを隠すために。
「もうすぐ、2番目の村に到達します、いよいよ、潜入開始ですね」
兎系の亜人……ノーグが、楽しげな様子で2人に話しかけた。
「相変わらず、仕事熱心と言いますか、楽しんでやれる君が羨ましいですよ」
「いやいや、経験豊富なアーマッジ隊員がいてこそです、一緒に組めてうれしいですよ」
ノーグと、小柄なエルフ……アーマッジが笑いあう。その中で、1人が硬い表情のままでいた。
「……ハイアット隊員、そんな緊張した様子ですと怪しまれますよ」
アーマッジが最後の1人、ハイアットに話しかけた。
「あ……すみません」
「確かに今回は難しい任務です、身構える気持ちもわかります、ですが今は【流星の使徒】ではなく、普通の冒険者になりすましているんですから、ここは自然体を心がけてくださいね」
「……わかりました」
それでも、まだ彼はどこか気をもんでいる様子だった。彼の頭の中には、昨日届いた手紙に書かれた1文が渦巻いていた。
(あなたは守れるかな?)
それが何を意味するのか、全く見当もつかなかった。そして、手紙が届いたことに合わせたかのように、この事件が起きたのだ。明らかに、出来すぎている。
「そういえば、ハイアット隊員は随分とこの任務の参加に意欲を示したそうじゃないですか、僕はソカワ隊員が来ると思ってましたよ」
今度はノーグがアーマッジに話しかけた。
「うん、あの時、僕も驚いたよ、隊長の目の前に来てまで訴えたんだもの」
「へぇ、そうなんだ、すごい勇気ある新人だね」
「なんてったって、機動部隊の新人だからね、これぐらいの気持ちは必要だよ」
違いない、とノーグは相槌を打つ。
確かに、機動部隊内で潜入部隊への参加者を選ぶ時、真っ先に声を上げたのがハイアットだった。
周りの者の中には、この危険な任務に彼が参加することに異を唱える者もいたが、それでもハイアットは曲げなかったことと、最終的にムライツが、若いやつにはいい経験になる、という理由で、彼の参加を認めたのだ。
そしてもう一人、諜報部隊と兼任しているアーマッジが選ばれ、諜報部隊からはアーマッジと同期で彼と仲の良い、ノーグが選ばれた。
「それで、ハイアット隊員はどうしてこれに参加しようと思ったんだい?」
ノーグがハイアットの方に向いた。急に話しかけられ、ハイアットは驚いた様子を見せた。
「えっ、あの、そう、ですね、どう言えばいいのか、わかんないですけど、何か胸騒ぎがして……」
「え、なんじゃそりゃ?」
ノーグが訝しげな表情を見せた。それを見て、アーマッジが噴き出す。
「ね?変わってるでしょ、彼?」
「う、うん、胸騒ぎって……」
「でも、彼の直感って結構当たるんだよね、だからこそ、隊長も参加を認めたんだろうけどね」
「あー、ムライツ隊長ならさもありなん、ですね」
アーマッジが強く頷いた。
ふと、アーマッジは、ハイアットの腰元に何かをぶら下げているのを見つけた。小さな胡桃の実に星が描かれたものだった。
「ハイアット隊員、それ、早速身に着けたんだね」
「えと……あ、これですか、せっかくの贈り物ですから、」
「ん、いいこといいこと」
アーマッジは微笑んだ。
「……これが、本当に僕を守ってくれると願いますよ」
ハイアットの脳裏に、ドルグラから助けた、あの小柄な少年の笑顔が浮かんでいた。
*
3人は村に入った。建物が点在しており、ちょっと向こうを見たら、端を示す柵がたやすく見れるほどの、ごく小さな村だった。村の中には、各種の店を示す看板が、左右を見れば、小規模だが果樹園や麦畑も見える。その中で、人々は3人を気にもせず、いつも通りに生活をしていた。
「とりあえず、誰かに話しかけますか」
小さな声でアーマッジが話した。その時、1人の女性がすっと、近づいてきた。
「まぁ、あなた方は旅人かしら、こんな小さな村に寄っていただくなんて……」
女性はハイアットに向かって、嬉しそうに話しかけた。突然だったため、ハイアットは動揺した。
「ええ、えと、はいっ、カトゥーク国の方より、ずっと、巡礼の旅をしておりました」
「あらぁ、それはまた随分と遠くからご苦労様」
「いやあ、途中で休みはとってますから、全然平気ですよ」
慌てた様子のハイアットに変わってアーマッジが答える。
「それでも、それだけの荷物を持ちながら旅するのは大変でしょう? この村で一休みしたら如何かしら?」
「お気遣いありがとうございます、それにしても、ここのところ近辺で怖い事件が起きてますね……」
「そうなんですよ、この間も騎士団が来て、色々聞いてらしたから、心配で心配で……早く解決してほしいですわ」
「同感です、早く解決してほしいですね」
「もしかしたら、私たちの知らない間にとんでもない魔物がでたかもしれませんわ……あぁ、怖い!」
「あはは、戸締りをしっかりしないといけませんね、それじゃ、もう少し村を見ていきますね」
アーマッジが軽く礼をしてから、3人はゆっくりと馬を進めた。少し経って、ノーグがアーマッジに近づいた。
「……あまり詳細を知らないようですね」
「うん、普通の村人ですから、それは仕方ないでしょう……何か隠しているとしたら別ですけどね」
「んー、そんな素振りはないように思いましたが」
「ただの仮定ですよ、そんなこと前提にしていたら情報の選別ができなくなります、まずはこの村で事件を詳細を知るものはいないと考えましょうか」
「了解、次はどうしますか」
「道具屋に行ってみましょう、情報も相当に集まりやすい所ですから」
「はい」
2人は周りに聞こえぬよう、なるべく小さな声で話し合った。
その時、ハイアットは何か違和感を感じた。先ほどから、村人たちがこちらを一瞥しているように思えた。それが、気のせいか、単に3人が物珍しく思っているだけのなのか、また別の可能性なのかまでは、彼には判別できず、ただ黙っているだけだった。
程なくして、3人は道具屋の前に到着した。3人は横のつなぎ場に馬を停めて、店の中に入っていった。
「ごめんください」
「はい……あぁ、いらっしゃい!」
店主らしき、恰幅の良い、人間の男性は3人全員が入ると威勢よく声を上げた。
「どうぞ、どうぞ、辺鄙な村で唯一の道具屋ですが、色々ご覧ください」
「ありがとうございます」
3人を代表して、ノーグが礼をする。店の中は傷を治すため、若しくは魔力の回復を促す薬草や携帯食、狩りや旅の時に役に立つ消耗品の数多くが机の上に陳列され、店主の後ろにあるの陳列棚にも様々な商品が置かれていた。
「なかなか品ぞろえがいいですね」
店主にノーグが話しかけた。
「いやぁ、単に人が来ないだけで、どうにも品ばっかり入ってきて売れやしないんですよ」
「という事は赤字ですか」
「まぁ、村の皆が買ってくれる限りやめる気はないけどさ」
そう言って、店主は豪快に笑った。
「最近、この近くで嫌な事件もありましたから、ますます大変ですね」
「そうそう、客足は遠のくし、この間も騎士団連中が来て、根掘り葉掘り聞かれたし、いやぁ本当に大変だよ」
店主は笑いながら肩をすくめた。
「ところで、あんたたち、どこから来たんだい?」
「カトゥーク国です」
引き続き、ノーグが答えた。
「これは大分遠い所から来たねぇ、ちょっとここで休んで、この村に金を落としてやってくれないかい、特産品とかはないが、みんな温かい人柄だよ」
「あはは、もうちょっと距離を稼ぎたいので、すぐに出ちゃいますよ」
「ありゃあ、それは残念だねぇ」
その時、アーマッジがノーグに向かって指を回すしぐさを見せた。そろそろここを出る合図。
「その代わりと言っては何ですが、この薬草とこの薬草をくださいな」
「あいよ!!」
店主はカップに入った薬草の重量を測った。
「2シルブ60ブロウで」
ノーグが銀貨を3枚渡すと、銅貨40枚がお釣りで返ってきた。ノーグがすぐに財布にしまうと、それに続くように、他2人もいくつかの薬草や携行品、消耗品を買うと、足早に店を後にしようとした。
「ここで休まないんなら、ぜひ次の村の宿屋で休みなー!!すごい豪華な食事がでてくるからよー!!」
3人の背中に、店主が大声を浴びせた。




