表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巨神騎士伝ルトラ ~光の巨神よ、この世界を照らせ~  作者: 長月トッケー
第5話 溶けゆく村 -侵食魔獣デ・イー登場- 
29/80

第5話 溶けゆく村 (Part1)

 手紙が来た。

 便箋の表には「あなたの想い人より」とだけ書かれていた。手紙を渡した人が、ニヤニヤと笑っていた。

 でも、僕は嬉しくなかった。

 あの人からだ。生きているはずがない、あの人から。

 シルヴィエ。かつての僕の、ディン・ハイアットの想い人。そして、あの崩落で死んだ人。

 あの時、見たのは幻ではなかったのか。いや、この差出人があの人からとは決まっていない。だとしたら……誰なのだろうか。

 恐る恐る、手紙を開けた。書かれたのは1文だけ。

《あなたは守れるかな?》



 ある村の宿屋で。


「うお……えらい量が多いな」

「すごいですね、都市部の宿でもこんなに出すところってあんまりないですよ?」

「これ、喰いきれますかねー」

「あはは、こいつがいるから大丈夫だよ」

「なんだよ、俺がまるで大食いみたいじゃねーか」

「実際そうじゃん」


 ある商業ギルドの一団が、机の上に並べられたご馳走を見て驚いていた。サラダからスープ、魚料理に肉料理、パスタにパンにチーズと、所狭しと配膳されていた。


「わざわざこんな小さな村の、小さな宿に泊まっていただけるんですから、感謝の気持ちを込めてですよ」


 ここの主人と思われる、にこやかな顔の初老の男性が謙遜した。


「そんな、我々のような名もさほど知られていないようなギルドに、こんなにしてもらえるなんて、逆に感謝しますよ」


 背の高い、犬系亜人の男性が答える。


「名が知られていないのはリーダーの働きが悪いんじゃねーの?」

「あ、お前、給料減らすぞこのやろー」

「うわー、横暴だよ」

「はいはい、バカなことしないで、食べ始めましょう」


 リーダーの隣に座る、人間の女性が手を叩いて、周りを注意した。


「んじゃ、いただきます」


 リーダーに続くように、他の者達も挨拶をすませると、各々、フォークやスプーンを手に取り、食事を始めた。


「うん、うまいぞこれっ!」

「これなら俺でも食いきれるかもな」

「そんなこと言って、残したら俺によこせよな」

「やっぱり大食いじゃんか、あんた」


 皆が笑いあった。和やかな団欒の様子を、宿の主人と、妻と思われる女性が優しい表情で見ていた。



 宿の寝室は2階にあり、大部屋が1つと、小部屋が5つあった。この日、商業ギルドには大部屋が割り当てられていた。

 食後、軽く翌日の予定について会議を行い、それも終えると商業ギルドの面々はそれぞれのベッドについた。

 この日は新月。窓の外は、何も見えないほど、真っ暗。


「……んん?」


 1番扉に近いベッドで、大食いと呼ばれた、オーク族の男性が目を覚ました。何か湿ったものが、彼の大きな腕に当たった。


「雨漏りか……?」


 天井を見上げて目を凝らした。何もなかった。湿った感触が今度は足にした。


「うーん? 何だー……うんっ、な、ひえっ」


 感触がだんだんと彼の身体中に広がってきた。


「ちょっと待て、どうなって……うわああ!?」


 闇に慣れた目で、オークの男は周りを見た。何か、黒っぽい液体が部屋中に広がっていた。そしてその液体は、彼をはじめとし、ベッドに上ってきていた。


「何だよ、うるせぇな……な、うわっ、何だこれ!!」

「ちょっと、なによ……ひやあっ!?」

「おい、一体どうした!? 何が起こってる!?」


 続々と、ギルドの面々が起き上がる。暗い中、何かに侵食され、彼らは恐慌に陥った。


「わかんねぇ!! たぶんスライムだ!! スライムが侵入してきやがった!!」

「スライム!? 何で宿屋に?!」

「そんなことより!! おい、魔法だ!! 魔法を唱えろ!!」

「は、はい、《荒れ狂う天の力よ、邪悪を焼き払い給え》!!」


 エルフの男が呪文を詠唱すると、彼の持つタクトから1筋の雷が放たれ、部屋中に広がる黒い液体に当たった。しかし、バチッと弾ける音がするだけで、スライム特有の防御反応が起きなかった。


「だめです、効果が見られ、うわあああああ!?」


 エルフの男の脚が取られ、液体の中に引きづり込まれた。ギルドの面々の体中に液体がまとわりつき、液体に全身が包まれるようになった。


「あああっ、あだっ、と、溶ける!!溶けるううう!!!」


 オークの男の、太い脚と腕が、みるみるうちに小さくなっていき、白い骨が見え始めた。


「いやあっ、死にたくない!! 死にたくないいいいい!!!!」

「くそっ、くそう!! 何なんだよ!! 何なんだよおお!!!!」


 泣き喚く女に抱き着かれながら、リーダーは必死に魔装銃を撃った。撃ち続けた。逃げ場はどこにもなかった。周りの者たちは、どんどんと溶解していった。

 真夜中の宿屋から、断末魔が上がり続け、そしてそれは程なくして聞こえなくなった。村は、不気味なくらい、静かなまま夜が過ぎていった。


 ただ1本の大木が風に揺れるばかり。




「……それで、とうとうこっちにお鉢が回ってきたってことですか」

「ああ、そういうことだ、どちらの国もお手上げだってね」


 【流星の使徒】本部、ギルド長室の中、相変わらず飄々としたムラーツに対し、サーラが冷静に答えた。部屋の真ん中にはディスプレイが浮かび、行方不明になった者たちの顔……あの商業ギルドの者たちも含む……が何10人もそこに映し出されていた。


「行方不明者の多くが商業ギルドか運送ギルドの者で、共通する者は、ザタル国とマクス国の間を通行していた……ぐらいしか、わかっていないのですか?」


 同じく部屋にいた、諜報部隊長のクライトンが聞く。


「そうだ、ザタル、マクスの両国が調査したらしいが、わかったと言えるものはそれぐらいなのだ」

「しかし、両国をつなぐ道路は1本だけ、間に5つの村や町を通るんですよ?そこで何か情報は得られなかったんですか?」


 机の上に広がった地図に、クライトンはぐるぐると円を描き込んだ。そこは、周りは山に囲まれた場所であり、そこに流れる川沿いに道路が整備され、点々と5つの集落があった。


「確かに、ザタル国に一番近いこの町と、マクス国に一番近いこの村では目撃情報はあるんだ、しかし、残り3つの村では目撃情報が極端に少なくなっている、特に3番目の村では1つもなかったそうだ」

「と、なると、この範囲のどこかで何かがあった、ということですか」

「うん、しかし、有力といえる情報は今のところ、それだけだ、何か強力な魔物が現れたとか、盗賊が現れたという情報もない、更に異常な現象があったという情報もなかった、全ての行方不明者が忽然と消えたのだ」


 クライトンがため息をつく。表情から考えあぐねているのが見て取れた。


「随分と不可解ですね、情報がこうも少ないと、我々もまずは足を使って探さないといけませんね」


 ムラーツは腕を組みながら言った。渋い表情を浮かべていた。


「もしかしたら、この辺りの村が共謀して彼らを監禁しているか、もしくは殺したという可能性もあるのでは?」

「その可能性も考えた、しかし、両国から酷く困窮して村全体が盗賊のようになってしまった、なんて情報は聞いたことがない、これだけの人数を監禁したり殺したりするなんて、村全体が異常者でない限り、考えられんよ、それに……」


 サーラも小さくため息をついた。


「そんなこと、考えたくもない」

「私も同感ですよ、副ギルド長殿」


 ムラーツはパイプを咥え、軽く燻らせた。


「ただ、今ある情報では推測すらままならない、とにかく現地を確かめてみるよりほかないだろう、それで、今後の方針だが、諜報部隊はこの一帯に関する情報の収集を、機動部隊は両国騎士団と協力し、周辺を探索、生存者がいるかどうかと、強力な魔物がいるかどうか確認を同時に行ってほしい、そして、もう1つ、重要な任務だが……」


 サーラは一呼吸置き、地図に目を落とす。


「この3つの村に潜入してきてほしい、特に、この3番目の村にだ」


 指で、地図上に描かれたその村を強くたたいた。


「先ほども言ったように、行方不明が続出する原因について、全くと言っていいほど情報がない、正直なところ、これこそが異常事態といえる、それに、この村を中心に目撃情報が全くなくなるのも妙だ、もしかしたら村に何か秘密があるのかもしれない」

「その秘密を探ってほしいということですね」


 ムラーツが先回りするように答えた。


「そういうことだ」

「……村全体が異常者ばかりになった、と考えているのですか?」


 ムラーツはサーラの目を見た。険しい目つきをしていた。


「考えたくはない、しかし、両国が総力をあげても、今まで情報らしい情報がほとんど得られなかったとしたら、村で何かを隠しているとしか思えないのも確かだ、それに、もし異常者ばかりになったとしたら、そのきっかけとなったことがあるはずだ」


 そう言って、サーラは両隊長の顔を見回す。


「……闇は思ったよりも深そうだな」

「だが、闇に入らなければ、何があるかはわからない、大変危険だがな」


 ムラーツとクライトンの表情は、苦々しいままだった。例え地図上でも、ぐしゃぐしゃの線で囲われたこの一帯は、異様に不気味に感じられた。本当は何が起こったのか、そしてここに何が待ち受けているのか、3人には想像もつかなかった。


「……続けてよいか」


 重々しく、サーラが口を開いた。


「それで、これらの村を探る潜入部隊として、各部隊から1、2人ほど出してほしいが、よろしいか」

「少数精鋭で行くというわけですか」

「あまり多いとかえって目立つ、それに、万が一、二の舞を踏んだとしても、我々ギルドの損失は小さくなる、それこそ、考えたくもないがね」


 クライトンの問いに、サーラは暗い面持ちで答えた。その彼の顔を見ながら、ムラーツはパイプを離し、煙を吐いた。


「我々の部下はみな優秀です、そんな事、杞憂にすぎませんよ」

「……信頼するよ」


 サーラはどこか翳りのある笑みを浮かべた。


「誰を出すかについては双方、及び各部隊内部でよく話し合ってほしい、他に質問、意見が無ければ会議は終了とする、両部隊の武運を祈る」


 了解、と両隊長の凛とした声が響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ