第4話 大空に怒りを込めて (Part5)
その日はどんよりとした、曇り空だった。
彗星01の中、後部座席で憂鬱な面持ちでフィジーが寝転がっていた。揺れる車内で、彼女は天井を見ながらため息ばかりついていた、その先で行われることを考えて。運転席でハイアット……最近、彗星01の操縦を会得をしたばかりだった……は鏡越しに心配な様子で彼女を見ていた。
「……大丈夫ですか?」
ハイアットが話しかけると、フィジーはゆっくりとハイアットの方を向く。
「うん、大丈夫……ありがとね、ハイアット君」
「……行くの、嫌、ですか?」
フィジーは黙って頷いた。
「本音も言えば、ね、でも向こうが望んでることだし、隊長の指示だもの、行かないとね……ハイアット君は……嫌じゃないの?」
「えっ……特に、嫌ではない、ですけど」
ハイアットは不思議そうな表情を見せた。それを見て、フィジーは力なく微笑む。
「やっぱりハイアット君は、変わってるね」
「そう、ですか」
「お葬式なんて、行くのはまっぴらごめんだよ、それに」
また1つ、フィジーはため息を漏らした。
「私が、助け出せなかった子のお葬式なんて……」
再び、フィジーは天井の方を向いた。
「ねぇ、ハイアット君」
「はい、なんでしょうか?」
「君の家族を、何も力が無いせいで助けられなかった人が、もし目の前に現れたら、ハイアット君はどう思うかな?」
彼女の急な質問に、ハイアットは戸惑い、操縦桿を握りながら考え込んだ。
「……すみません、僕には、わからないです」
「そう……」
「フィジー隊員は、どう思い、ますか?」
ハイアットはたどたどしく問い返した。
「私だったら……1発、そいつの顔を張るかもしれないね」
雲の色が徐々に黒くなっていく中、墓地が見えてきた。喪服を着た人達がちらほらと見えた。
*
墓地には、幼子を見送りに、多くの人たちが訪れていた。笛と弦楽器による葬送曲が流れる中、三神教の神父が祈祷文を読み上げている。それを聞きながら、参列者たちの多くは嗚咽をあげながら泣いていた。
その参列者の中で、もっとも外側にフィジーとハイアット隊員はいた。2人とも思い詰めた表情で、その光景を見ていた。
祈祷文は最後の1節に差し掛かった。
「願わくば、慈愛の神の御導きがあらんことを」
そして、棺は土の中に埋められた。
少女の墓の周りで、ある人は大声で泣き叫び、ある人はあまりにも幼すぎる死に怒りの声をあげ、ある人はただただ静かにうなだれていた。その場には様々な悲しみが渦を巻いていた。
フィジーとハイアットはそれをやや離れたところから黙って眺めていた。悲嘆な空気が、2人の間にも流れていた。
不意に、深い溜息を吐きながら、フィジーが目を背けた。ハイアットはそれに気づき、気がかりな様子でフィジーの方を見た。
「フィジー隊員、どうしたんですか?」
「話しかけないで」
「なんで……」
「そんなこと、わかってるでしょ」
フィジーは小さく震えながら拳を強く握った。厳しい表情が、彼女の顔に浮かんでいる。
「私のせいで、私が守れなかったせいで……」
涙が、フィジーの頬を伝って、石畳の上に落ちていく。ハイアットはうつむいたフィジーの背中を黙って見ることしかできなかった。
「あの、すみません、【流星の使徒】の方、でしょうか?」
1人の喪服を着た女性が女性が、ハイアット達に話しかけた。女性の目の周りは赤くなっていた。
「そうですが、何か用でしょうか?」
ハイアットが答えると、女性が深々と頭を下げる。
「私は……あの子の母です、娘を、守ろうと、取り戻そうと、懸命に頑張ってくれて、ありがとう、ございます……」
女性はゆっくりと、途切れ途切れに話した。フィジーは涙をこらえながら、彼女に向き合った。
「申し訳ありません、あの子の命を助けられませんでした、私の力不足で……」
「いえ、あなたたちは……何にも悪くありません」
女性の言葉に、フィジーとハイアットは少し面食らった。
「あの化け物に狙われた時点で、あの子の命は奪われたのも同然だったんです、それでも……あなた方のおかげで彼女の体は戻ってきたんです、本当に、本当に感謝しています……」
女性が顔を上げた。顔は悲しみでくしゃくしゃになっていた。
「ですから……ですから、絶対あの怪物を、怪物を殺してください!! お願いします!!」
言い終わると、女性は泣き崩れた。彼女の夫らしき人が駆け寄り、懸命になだめた。フィジーは口を真一文字に結ぶと、女性の視線に合わせるように屈んだ。
「私たち【流星の使徒】は今まさに、あの怪物討伐に全力を注いでいるところです、必ず、奴の首を討って見せます」
女性は何度も嗚咽交じりに、お願いします、と繰り返した。夫の方も、涙を浮かべながら頭を下げていた。
そして、フィジーは立ち上がった。
「行こ、ハイアット隊員」
「は、はいっ!」
2人は彗星01を停めている方向に歩き出した。フィジーはもう涙を流してはいなかった。目つきは何かを見据えるように鋭いものになっていた。
「奴は、私の手で討つ、絶対に、絶対に……!!」
彼女の感情が、静かに、彼女の口から出た。
その時、フィジーのコミューナから受信音が聞こえてきた。
『こちらイディ、2人とも、いいニュースが入ったよ、今すぐ本部に戻ってきてくれないか』
「……了解」
フィジーとハイアットが彗星01乗り込んだ瞬間、雨が降り始め、程なくして音がひどく鳴るほど激しくなった。
*
作戦室内では、イディが随分と意気揚々としていた。作戦室の机の上には、透明感のある白っぽい鉱石が1つ置かれている。
「皆さんお待たせしました!!エンヤ大陸の【流星の使徒】研究部隊の本気の賜物、人口魔石がこちらでございます!!」
イディは自信たっぷりにその鉱石を指さす。部屋にいた皆がそれをまじまじと見ていた。
「この魔法石の持つ魔力はルトラの持つものとほとんど同様、これで「黒」の魔力を持つ怪物たちと同等に戦えるはずです、複数個作ることも可能であることは実証済みだよ」
彼の報告を聞いて、作戦室内の空気はにわかに明るくなった。特にドクマはやや興奮した様子だった。
「これであの怪物を倒すことができる!! 楽しみになって来たぜ!!」
「ただ、現状、魔石1個につき通常の魔装銃約5発分の魔力量しかない、それにすぐに準備となりますと、明日まででしたら3個が限度だ」
「えっ、それっぽっちか!?」
「更に言うけど、魔力としては既存の魔法石と比べてかなり強力なぶん、撃った際の衝撃がかなり激しいんだよ、正直、扱いにくいだろうね」
「なんだよ、随分と欠点だらけじゃねぇか」
「そりゃそうさ、理論の実践にようやく成功したばかりなんだ、それぐらい理解しなよ、力馬鹿」
イディがいつものようにドクマを煽った。
「なぁっ!? 言ったなぁ、この引きこもり!!」
「こんな時に馬鹿な争いをするな!!」
キリヤの一喝で、2人はすぐに押し黙った。
「機動部隊全員に行き渡ることはできない、さらに弾数もお世辞にも多くはなく、取り扱いも非常に難しい、と、なると使用者を選ぶ必要があるわけだが……」
「私に使わせてください……それも、3個全部です」
ムラーツが言い終わるより先に、フィジーが凛とした声で名乗りをあげた。
「フィジー隊員、随分と押してくるじゃないか、何か考えでもあるのかね?」
「考えとはまた違いますが……私は約束したんです、あの子の、私が助けられなかったあの子の敵を討つことを親族と約束したんです、だから、私の手で、なんとしてでも討ち取りたいんです……!!」
「要するに、個人的感情、という訳かね?それは君の事情のことばかりで作戦案とかはないのかね」
ムラーツはそう言って頭を掻く。フィジーはそれには何も言い返せなかった。目の前で命を落とした少女の親族に、頼まれたに過ぎないことは確かだった。
おもむろにムラーツはパイプに火をつけ、煙を燻らせた。
「だが、フィジー隊員の気持ちは大いにわかる、君のその意思をくみ取って作戦を考えても、やぶさかじゃない」
パイプを口から離し、ムラーツは煙を天井に向けて吹いた。
「イディ隊員、後でフィジー隊員愛用の連射式魔装銃に、この魔法石を組み込んでくれ」
了解、とイディは答えた。フィジーは少しの間放心していた。彼女の頬を静かに涙が流れた。
「……隊長、ありがとうございます!!」
「ははっ、礼を言うのも、泣くのもすべて終わってからにしてくれないか」
ムラーツはもう一度パイプを加えると、また別の人に視線を向ける。
「次に、アーマッジ隊員からも何か報告があるんだよね?」
「はい、ちょっと失礼しますよ」
アーマッジは机の上に地図を広げた。地図には5つの点が描かれていた。
「明日より、我々機動部隊は分散するのではなく、1箇所に固まって警備を行うのですが、それですと別の場所にドルグラが出現する危険性が非常に高いのです、なので、過去の事件や今まで集まった情報を頼りに、奴が来る可能性が高いと思われる場所を選定しました」
全員が押し黙って、アーマッジの話を聞いていた。
「まず、こちらをご覧ください、この5つの点はドルグラが出現した個所を示しています、これを見て、何か思うことはありませんか?」
アーマッジが皆の顔を見回しながら聞いた。
「……思ったよりも、各点の位置が近いな」
「そうです、ソカワ隊員、いずれの事件もこの円の中、直径にして距離30,000で納まる場所で発生しているんです」
アーマッジはコンパスを取り出し、全ての点が囲まれるように円を描いた。
「更に、本日の午前に、先のガルツ国での1件が発生する際、被害者宅の2階、つまり少女の部屋に九官鳥に似た小型の黒い鳥が侵入したとの情報を諜報部隊から得ました、おそらくですが、ドルグラは普段はどこにでもいるような小さな鳥に化けて潜伏しているものと思われます」
「なるほど、それで目撃証言が少なかったわけか」
腕を組みながら、キリヤは言う。
「しかし、その状態のままでは、さほど遠くまでは飛べないものと思われます、したがって少なくともこの円の中からその近傍辺りにいると考えられます、更に1度襲った国や地域は警戒度が高まるから、あまり派手には動きにくい、と、なると次に奴が出現する可能性が高いのは……」
彼は地図上のある場所をぐるぐると手書きで囲った。その囲われた部分に、ダスフ国のグラドー町の名前。
「あくまで、可能性が高いというだけですし、さらに私の推測にすぎません、ドルグラは更に裏をかいてくる可能性もあります、あとは隊長達の判断次第です」
そう言ってアーマッジはムラーツとキリヤの方を見た。
「正直なところ、情報が少ないので、私はアーマッジの隊員の案で行くしかないと思っているが、隊長はどうでしょうか?」
「副隊長と同意見だね、ここに賭けるより他はないさ」
「……ありがとうございます」
アーマッジは安堵の表情を見せた。
「これで今後の方針は決まった、明日はダスフ国、グラドー町を中心に警備を進めてくれ、ドルグラを発見次第、速やかに討伐をすること、その際に鍵を握るのは、フィジーが使用する新兵器だ、交戦が始まったら、新兵器を無駄にしないようにうまく立ち回ることだ、よろしいかね」
機動部隊全員が応えた。ムラーツは一息つくと、窓の外を眺めた。
「明日が佳境だぞ」




