第4話 大空に怒りを込めて (Part4)
作戦室内は重い空気が漂っていた。また犠牲者が出てしまっただけでなく、多数の負傷者を出してしまい、更に怪物を逃がすという、【流星の使徒】史上でも最大級の失敗をしでかしてしまい、誰も口を開く気が起きなかった。時計の針の音だけが聞こえていた。
今、まさにギルドの幹部階級の会議の真っただ中であり機動部隊は待機しているところだった……フィジーを除いて。
「僕たちは、奴に対して何ができるんでしょうか?」
アーマッジがポツリと呟いた。それを聞いた、ドクマがずかずかと彼に近寄った。
「おいチビ、諦めるっていうのか!?」
「いまだに居場所も掴めない、僕らの力じゃ倒すことができない、どうすればいいっていうんですか!!」
「【流星の使徒】が諦めたら、いったい誰がこの世界を守るっていうんだ!!」
「だけど、今の力じゃなんの手を打てない……貴方に何かいい案があるっていうんですか!?」
「……どうせ、またルトラがやってきてくれるだろうよ」
ソカワがため息交じりに言った。
「もう、新聞でも全部ルトラに任せればいいって話が載ってる、そっちの方が気が楽になれていいぜ?」
「俺たちは不要ってか!? そんなこと、隊員であるお前が認めてどうすんだ!?」
「俺だって悔しいぜ、こんなこと言われんのはよ、だがな、ルトラが来るのを待ってた方が実際に被害が少ないじゃないかって思うんだよ……悔しいけどよ」
「このやろう!!」
「2人ともいい加減にして!!」
ドクマがソカワの胸倉をつかんだ瞬間、アヌエルが大声をあげて2人を止めた。
「ドクマ隊員、あなたの気持ちはわかるけど、それじゃ八つ当たりと変わらないじゃない、ソカワ隊員もこんな時に仲間の神経を逆撫でさせてどうするの!?」
怒気の含んだアヌエルの言葉に、2人は唖然とした。
「確かにルトラは助けてくれるかもしれない……でも、もし彼でも倒せなかったら? このまま死を待つしかないの!? 私は嫌よ……それならば、勝てる見込みは小さくても、諦めないでいる方がよっぽど良いに決まってるわ」
アヌエルが言い終わると、張り詰めた静寂が、室内を支配した。言い争っていたドクマも、ソカワも、アーマッジも、ただ傍で聞いていたイディ、ホシノも暗い顔つきでただ黙るだけ。
1人、包帯姿のハイアットが、誰よりも憂いに満ちた表情をしていた。
「……僕も、そう思います」
アヌエルは彼の方を見た。
「それに、ルトラは、どこかで僕達のことを見てると思うんです、きっと、諦めないでほしいとか、考えてるんじゃないでしょうか、僕達がルトラの期待に答えてあげれば、ルトラも僕たちの期待に答えてくれる……って僕は思うんです」
淡々と、されどどこか切実にハイアットは語った。周りの者は呆けた表情で彼の方を見ていた。
「……ふふっ」
アヌエルが小さく噴き出した。それにつられて、ソカワもニヤッと笑った。それを見て、ハイアットは訝しげな表情になった。
「えっと、何か変な事、言いましたか?」
「いや、なんだか、子供みたいでかわいいって思っちゃって……ごめんね」
「お前……ほんっとおかしな奴だな、やっぱり」
アヌエルとソカワの言ったことがよく理解できず、ハイアットは首を傾げた。
「いやいや、ハイアット隊員の言ったことは正しいと思うね、僕は」
椅子にもたれながら、イディは言った。
「現に僕ら研究部隊も頑張ってる、理論を実現する段階で手をこまねいてるけど、今度の出現までには絶対に間に合わせる、それで倒せないかもしれないけど、そんなこと考えて研究を止めるなんて馬鹿げてる、それに……」
感情が昂り、イディは席から立ちあがった。
「ルトラに助けられっぱなしじゃ、ちょっと悔しいんでね、ならばこっちがルトラを助けてやるって気概を示したいんだよ、ルトラ自身にね」
「わ、私もそう思います!!」
ホシノも立ち上がって同調した。2人の様子を見て、ハイアットは小さく微笑んだ。
「おうおう、ルトラを助けてやるってのもちょっと気に食わねぇな、どうせならルトラに出る幕もないって思わせてやるってまで行こうぜ」
ドクマは威勢よく言うと、豪快に笑い始めた。アーマッジは困惑した表情でそれを見ていた。
「おい、アーマッジ、お前は無理とかできないとか言ってっけど、本当にこのまま諦めるつもりなのか?」
「……僕は、不可能なものは不可能って事実を言っただけです、ですが」
アーマッジは深く息を吸い、ドクマの目をまっすぐに見据える。
「可能性は0.1ぐらいはある!! 僕がこの部隊にいる以上、諦めずにそこに挑戦する度胸ぐらい僕にだって持ち合わせています!!」
「そうだ、その心意気だろ!!」
ドクマは力強く、アーマッジの背中を叩いた。それを見てソカワは、苦笑いを浮かべる。
「ルトラを待ってる方が楽だけどよ、俺たちって馬鹿だよな、自分から苦労する道を歩こうとしてる、俺も含めてな」
「馬鹿でいいじゃない、ずっと落ち込んでいるよりかは」
誰と無しに語ったソカワに、アヌエルが身体を近寄せて、微笑みかけた。
「後は、フィジーか」
「そうね、彼女は今、誰よりも傷ついてる、すごく、すごく深いところでね、その傷が治るのも彼女次第、私たちがしてやれることは……そっとしてやる事ぐらいね」
「はっ、こういう時、夢物語だといい機会が突然降ってわいてくるもんだがな」
ソカワが天井を仰いだ瞬間を、扉が開き、ムラーツとキリヤが入ってきた。機動部隊の皆が慌てて姿勢を正した。
「諸君、今、幹部会議を終えたところだ、待たせてすまなかった」
ムラーツがよく通る声で話し始めた。
「会議の結果だが、厳戒態勢が強化され、窓を開けることも避けるよう通告することになった、多くの人から不満が上がると思うが、今のところ対策としてはこれ以上の物が出ないと判断された」
ムラーツが一呼吸置いた。
「それから機動部隊の警備だが、先の件もあって各国に分かれるではなく、警備に出動する者全員が1班で集まって行動してもらいたい、力を分散させるより、集合させた方がまだ上がる、各国への説明は私からする、また、諜報部隊がドルグラについて調査を行うが、有用な情報はすべて逐一、アーマッジ隊員を介して我々に伝達するようにした、また、研究部隊の方も人口魔石の生成工程を前倒しする方向とのことだ、以上、何か意見、質問はないか」
ソカワが手を上げた。
「俺たちじゃなくても、騎士団や別のギルドからドルグラ発見の報告があり次第、機動部隊全員がそこに急行するってことか?」
「そうなる、各騎士団やギルドには連絡を入れておく」
キリヤが答えた。今度はアーマッジが手を上げる。
「僕は機動部隊員として調査の方に行くのでしょうか、それとも機動部隊としてみんなと警備に行くのでしょうか?」
「機動部隊と一緒に行動してほしい、諜報部隊から情報が伝達しやすいし、先ほども言った通り、機動部隊の戦力を分散させたくないからな……他はないか?」
誰も手をあげない。
「よし、話は変わるが、ハイアット隊員、ちょっといいかな」
「えっ、はいっ」
ハイアットが早足でキリヤの傍まで来ると、キリヤは1通の手紙を渡した。宛名は彼の知らない人物だった。
「これは?」
「あの時、死んだ少女の親からだ」
ハイアットの顔が一気に曇った。
「今度その子の葬式をやるから、我々【流星の使徒】も来てもらいたいとのことだ……ハイアット隊員、緊急の指令だ、フィジー隊員と一緒にその葬式にでてくれ、君たちが当事者なのだからな」
「……わかりました」
ハイアットは、手紙をじっと見つめたまま、元の位置に戻った。
「夢物語みたいなことも本当にあるものなんだな」
ソカワがニヤリと笑って呟いた。




