第4話 大空に怒りを込めて (Part2)
「被害者は全員子供、か、ほんと胸糞悪いぜ」
【流星の使徒】の談話室内で苦虫を噛み潰したような顔でドクマはため息交じりに言った。
ユジム国の事件を端に発し、すでに様々な国で計4件の児童誘拐事件が起きていた。事の重大さを鑑み、各国共同で【流星の使徒】に依頼したのだ。
「犯人は大ガラスの様な、されどそれよりも大きな真っ黒い鳥、しかも魔法を相殺するほどの力を持っている、ただの魔物じゃなさそうだな」
「ただの魔物じゃない、となるとまさか……」
「そのまさかの可能性が非常に高いわけなんだよ、アヌエル隊員……ま、アーマッジ隊員の報告を待つしかないがね」
話しながら、ソカワは魔装銃を磨き終え、息を吹きかけてかすかな埃を払った。今度はイディの方に目を向けた。
「そういえば新兵器の製造の方はどうなってるんだ?」
「生成理論の方はすでに完成してある、この前の戦いの後、周辺に残像していたルトラの魔力分析もかなり進んでね、2回成功した試験的な魔法物質をもとにルトラの持つ魔力により近い力を持つ人口魔石の生成を試みてるよ、ただ、使用する触媒が貴重なものだから、君たちの思ってるほどの量はできないかな」
イディがソカワの周りをうろうろしながら自慢げに語った。
「呪文の方も欲しいわね、あの力と符合する《言葉》があればいいんだけど」
「すまない、僕はあくまで錬金術師、管轄外だよ」
ソカワが申し訳なさそうに頭を掻くと、アヌエルはそう、と言って少々そっけなく、紅茶を飲み始めた。それを見てドクマが軽く噴き出した。
「なぁっ!? おい、なんで笑った今!?」
イディが突っかかるのを見て、ソカワとハイアットは呆れたように笑った。
ふと、ハイアットはフィジーの方を見た。フィジーは壁にもたれながら腕を組み、翼を自分の体を包むように折りたたんでいた。表情は沈痛なものだった。
「フィジー隊員、どうしたんですか?」
「え……何でもないよ、うん」
フィジーは笑って答えた、明らかに、無理をしながら。
「えと、何か淹れてきましょうか?」
「いいよ、大丈夫……ちょっと散歩に出てくる」
ハイアットは止めようとしたが、フィジーは足早に部屋から出て行ってしまった。それを見た周りの隊員たちも暗い面持ちになった。
「フィジー隊員、どうしたの、でしょうか?」
「……俺から説明するぜ」
ドクマは頬杖をつきながらハイアットに話しかけた。
「あいつ、弟がいたんだよ、昔にな……あいつがまだ子供の頃、山場に遊びに出ていった時に、いきなり竜巻が発生したんだってよ、あいつは何とか逃げ切れたが弟が巻き込まれちまったんだ……そして吹き飛ばされてそのまま岩肌に叩きつけられたのを、あいつは見てしまったんだ、もちろん即死さ」
「そう、ですか……なんでその話をドクマ隊員が?」
「それがあいつがここに入ろうと志す要因だって、あいつが話したんだ、あんな経験は2度としたくない、絶対、人を守って見せるって息巻いてたなぁ」
「だからあの子、子供のことには敏感なのよ……今回の件で思うことはたくさんあるでしょうね」
アヌエルが紅茶のカップを置き、溜息をついた。それとほぼ同時にホシノが部屋に入ってきた。
「ただいまホシノが戻ってまいりました!皆さん、作戦室に来てください!」
ホシノは姿勢よく敬礼した。
「あれっ、フィジー隊員はどうされたんですか?」
「色々あってね、僕が呼びに行くよ」
イディが足早に部屋に出た。それに合わせるように、他の隊員たちも部屋を出ていった。
*
作戦室の机の上には地図が広がり、ムラーツ隊長以下機動部隊の皆がそれを囲うように立っていた。
1人、諜報活動から戻ってきたアーマッジ隊員が青ざめた表情でいた。アヌエルはそれを心配そうに見ていた。
「アーマッジ隊員、どうしたの?随分と気分がすぐれないけど?」
「……話を聞けばわかるよ」
アーマッジは深くため息をつく。
「それでは、アーマッジ隊員、報告をよろしく頼む」
「はい」
アーマッジは鞄から報告書を取り出した。
「最近発生している4件の連続児童誘拐事件ですが、ご存知のとおり起きた場所、国、所属はそれぞれバラバラです、事件発生個所は聞き取りの結果、この場所であることがわかりました」
アーマッジは地図上に4つの点を描き込んだ。
「今回の事件の犯人は非常に大型の鳥の魔物であることはわかっております、証言によりますと、黒い鉱物でできた針や紫色の雷を放ったとのことです、しかし、妙なことに、その姿を見た人は子供がさらわれた時、間近にいた人……被害者の親族ばかりで、周辺の人に聞いてみてもそんな大型の鳥の姿を見たことないと証言しました、そこで諜報部隊はこの4つの発生場所の中央部分、すなわちこの交点の部分の周辺を調べ、犯人の手掛かりを探しました」
アーマッジは十字の線ができるように4つの点を線で結び、その交点の部分をペンでたたいた。表情がだんだんと重たいものに変わっていく。
「そして……被害者を見つけました、変わり果てた姿で」
また、溜息を吐いてアーマッジは鞄から写真を取り出し、ゆっくりと机の上に広げた。それを見た瞬間、全員が驚愕と嫌悪感の入り混じった顔を見せた。
写真に写っていたものは、筆舌に尽くしがたいほどに、惨たらしい姿に変えられた子供たちだった。
「ごめん……無理だ」
イディは思わず背中を向けた。
「すまん、私も耐えられない、しまってくれ」
「はい」
キリヤに命じられ、アーマッジは手早く写真をしまった。
「見つかった場所はそれほど高くない、魔力も薄い山の中腹の開けた場所で、この周りには何者かが木を伐採した跡がありました」
アーマッジはまた別の写真をだした。今度は彼が話したその場所を写した写真だった。
「更にこの周辺について調べましたが、証言されるような大きさの鳥の巣は見つかりませんでした、伐採された木もこちらの写真のように、この近くに無造作に置かれているだけでした」
「と、なると、わざわざ死体を見つけさせるために、意味ありげなこの地点に、この開けた場所を作った、と考えられるな」
ムラーツが冷静に推測した。その横でキリヤが首を傾げる。
「しかし、なぜそんな真似を?そしてなぜ子供たちばかりを狙った?」
「何かの通告かもしれんな、意味するところはわからんが……ひょっとしたら挑発かもしれん、我々に対してのな」
「何だと!?」
ムラーツの回答に、キリヤは眉間にしわを寄せた。周りの隊員たちも皆、険しい表情だった。
「ちくしょう、こんな悪趣味な奴の好き勝手には絶対させねぇ! ぶっ潰してやる!」
ドクマは語気を荒げ、机を強く叩いた。
「……それで、この魔物の居場所はわかったの?」
アヌエルがアーマッジに聞いた。
「すみません、今回の調査では全く手掛かりがつかめませんでした」
「変な話ね、人を捕まえられるほどの大きさで、全く証拠を残さず消えてしまうなんて……どこかに紛れてるのかしら?」
「しかし、魔物としては高い知能を持ち、聞いたこともないよな魔法……これはやはり「黒」の力を持つ者達と見ていいんじゃないでしょうか」
イディの意見にキリヤ、ムラーツは静かに頷いた。ムラーツが立ち上がり、隊員達の顔を見ながら口を開いた。
「今度の敵は、前回の「黒」の者、チャスティルと同じかそれに勝るほど狡猾だ、どこに出現するかはわからない以上、各国の騎士団やギルド達と協力し、大陸中を警備せねばならない、途方もない労働となるが、大陸に生きる者を守るため、奴の挑発に真っ向から乗ろうじゃないか!!」
彼の言葉に、一斉に答える声が、部屋に響いた。一人、フィジーだけが、奥歯を加味しながら、黙って震えていた。
*
【流星の使徒】の手により、エンヤ大陸全土に渡り、ある緊急の通達がなされた。
それは、できる限り子供を出歩かせないこと、子供を出歩かせるときは必ず、家族、若しくは近しい大人が必ず同行すること、そして、必ず騎士団や各ギルドはその子供の安全を守るよう監視を怠らないことだった。
1体の魔物相手にそこまで、という声も上がったが、既に、怪物の恐怖が新聞等により多くの人に知れ渡っていたため、異議を唱える者は少なかった。異例とも言える厳戒態勢が、こうして取られた。そして、ドルグラと名付けられた怪物を見つけるため、そして各国から派遣の要望もあり、【流星の使徒】の隊員達は方々へと散っていた。
フィジーと、まだ経験の浅いハイアットはガルツ国に来ていた。フィジーは空で、ハイアットは馬に乗って地上で巡視を行っていた。町の中は、あの通達があったからか、外出するものは少なく、騎士団やギルド所属の傭兵たちが目を光らせており、異様な緊張感が立ち込めていた。空もまた、ワイバーンが数匹と有翼人が数人飛んでおり、厳重な監視体制が敷かれていた。
『こちらフィジー、敵らしき姿はまだ見えないわ、そっちはどう?』
「こちらハイアット、こちらも特に異常ありません、引き続き、警備を続けます」
『了解、こちらも警備を続けるよ』
コミューナの通信が切れる。
ハイアットは周囲を伺いつつも、色々と考えを巡らせていた、敵の狙いは何なのかを。敵は、あの派手な行動を通じて、自分、すなわちルトラを挑発している……お前が動かなければ、さらに多くの子供たちがが犠牲になるという通告を、【流星の使徒】の調査を通じて、彼に出してきた、と。
静かに、ハイアットは昂る感情を抑えた。奥歯をかみしめ、手綱を強く握る。
「あの、どうされましたか?」
若い騎士団の一員が、ハイアットに話しかけた。それほどまでに、彼の顔は険しいものとなっていた。
「何でもないです、ちょっと考え事を……そちらは何か見ましたか?」
「こっちは特に異常はありません、本当に来るんでしょうかね?」
「確証はありませんが……いつか、どこかで必ず現れると思います」
「そうですか」
青年は疲れたように溜息をついた。
2人が会話している後ろで、小さな鳥がある家の中に侵入した。それは、あまりにもありふれた光景だったため、誰も気に留めることはなかった。
*
少女にとって、この日はあまりにも退屈な日だった。本来ならば、広場に出て遊ぶ予定だったのだが、いきなり親に予定を取り消され、1日中、家にいる羽目になってしまったのだ。もう、人形遊びも、カード遊びも、彼女はすっかり飽きてしまった。今はただ、外で見回りしている人たちを2階の窓から眺め、時々、心の中で悪態をつくばかりだった。
ふと、窓から小さな鳥が入り、机の上に留まった。その鳥は黒色で、所々に紫色の模様が入っており、目はくりくりとしていて、まるで小鳥のようだった。
その姿にすぐに少女は親しみを覚えた。
「君、迷子かな?」
少女はにこやかな表情で小鳥に話しかけた。彼女にとって、この退屈な時間を過ごすのに、その鳥は格好の相手だった。
「ボクハ、マイゴジャナイヨ!」
少女は大変に驚いた。少しばかり期待していたとはいえ、本当にその小鳥が話しかけてくれるとは思っていなかった。
「すごい……!!君は喋れるの!?」
好奇心に満ちた目で、少女はその鳥に近づく。その鳥は一切、逃げる様なそぶりを見せなかった。
「ソウ!!ボクハキミトオシャベリスルコトガデキルンダ!!」
「わあ!!すごい!!すごい!!」
驚きと嬉しさで、少女は思わず飛び跳ねた。
「それで、君は迷子じゃなかったら何しにここに来たのかな?」
「ボクハキミトイッショニアソビタインダ!!」
「へえーっ!!嬉しいな!!今、とっても退屈だったんだ!!何して遊ぶ!?」
少女は目を輝かせて、その鳥に顔を寄せる。
「ソレハネ」




