第3話 夜闇の傀儡 (Part6)
月に雲がかかり、夜は一段と暗くなった。【流星の使徒】本部である古城の各所で灯りが揺れ、遠くから見ると蛍が群がっているようだった。
「フィジー隊員、そっちはどうですか?」
「いない、もしかしたら逃げたかもしれないよ」
「そんな……仲間にまた被害が出たって言うのに!!」
「まだそうと決まってないよ、悔しいのはわかるけどさ、焦るのは禁物だからね」
塔の上で、フィジーともう一人諜報部隊である有翼人の女性……名前はペイティ……と話していた。2人とも暗い所でも見えるよう、特殊なゴーグルをつけている。
コミューナが鳴り、ホシノの姿が映った。
『【流星の使徒】全員に報告! 別棟の病室が襲われました! 救護部隊員1名と機動部隊員1名が被害にあった模様! 繰り返します! 別棟の病室が襲われました!』
病室にいる機動部隊員。それが誰のことはフィジーはよくわかっていた。
「フィジー隊員……」
「わかってる、急ごう」
フィジーは塔から飛ぼうとぐっと羽を広げた。
「……ん、あれって」
急に、フィジーは眉をひそめ、ゴーグル越しに中空を睨んだ。昼に見た、あの姿が見えた。
「奴だ!! こんなところに!!」
「えっ、どこに!?」
「今私が指している方向にいるよ! 君は2時の方向から旋回、私は逆から回る!!」
「了解!!」
お互いに力強く頷くと、2方向に分かれて塔から飛び立った。
「こちらフィジー、侵入者を発見、本部の上空にいる!!今、捕獲します!!」
コミューナに向かって話終えると、フィジーは敵の方に向き、急速に近づく。敵は羽音を立てながら異様な速さで、ジグザグに飛んでいた。フィジーは飛びながら、小型の筒型銃を構えた。標的の不規則な動きに狙いが定まらず、フィジーの手に汗がにじむ。
銃から白い弾が放たれた。弾は途中でまるで蜘蛛の巣のように開いた。しかし、寸前でかわされてしまい、網は夜の中へと消えた。
「こんのっ!!」
ペイティが警棒を片手に敵に迫る。風を切る音を鳴らし、何度も警棒を振るうが、敵はあざ笑うかのようにすべてよけた。敵は両手を前に突き出すと、先から黒い泥状のものを噴出させた。泥はペイティのかけているゴーグルに当たった。
「きゃあっ!? 前がっ!! あああっ!?」
「ペイティ隊員!」
唐突に視界を遮られ、ペイティは羽を広げたまま墜落していった。すぐに、フィジーは飛んでいき、落ちるペイティを受け止めた。フィジーが敵の方に向くと、敵はこちらをじっと見降ろしていた。まるで、勝ち誇っているかのように見え、フィジーは歯ぎしりしてそれを見ていた。
突然、敵の後ろから星が急速に近づいてくるのがフィジーの目に入った。彼女は錯覚だと思い、目を何度もぱちくりさせた。それは、怪物と同じぐらいの大きさの光の球だった。光は異形の怪物にぶつかり、跳ね飛ばした。
怪物は慌てた素振りで逃げようと態勢を取り直したが、光は何度もぶつかっていき、怪物が逃げる間を与えなかった。そしてついに、光は怪物に取りついた。まるで怪物を羽交い絞めにしているようだに。
フィジーは片手で捕獲銃を持ち、狙いを定めた。その先に、光から逃れようともがく怪物がいた。
「くらえっ!!」
フィジーは引き金を引いた。網が広がり、光と怪物に飛んでいく。光は素早く離れ、怪物だけが網に囚われた。網はすぐに閉じ、怪物はまるで糸に絡まれたようになり、そのまま落下した。フィジーはその様子を見ながらコミューナを見た。
「こちらフィジー、捕獲銃が侵入者に命中、城壁付近へ落下、下の方で準備を……」
目の前の光景を見てフィジーは報告をやめた。コミューナからは、どうした、と何度も呼ぶ声が聞こえていた。
怪物は黒い霧状に変化したかと思うと、段々と膨張し、網を破ってしまった。黒い霧は膨張し続け、城と同じぐらいの大きさになった。この異変に、ギルド全体がざわつき、隊員たちは黒い霧から逃げるように動いた。
そして、黒い霧が晴れた。巨大になった件の怪物が、耳障りな羽音を立てて飛んでいた。羽の動きでつむじ風が起き、隊員たちは飛ばされないように必死にこらえた。
「ちくしょう、とうとう力づくできやがったな!!」
城の塀の上で、ドクマは吐き捨てるように言った。
『【流星の使徒】総員、徹底抗戦せよ!! 我らの本拠地を防衛するのだ!!』
ギルドの長、テイジフの声が、拡声器によって城中に響き渡る。負傷したものを除く、隊全員がそれぞれ弓や魔装銃を持って、怪物の巨大に向けた。
「……撃て!!」
キリヤの声を切欠に、矢や魔法弾が一切に放たれた。全てが怪物に当たり、怪物は煙に包まれた。しかし、耳障りな羽音はやまない。
「休むんじゃない、撃ち続けるんだ!!」
矢を放ちながら、キリヤは檄を飛ばした。しかし、竜が粉砕するほど撃っても、怪物は平然と空中に浮いたままだった。
頭の亀裂がさっきよりも輝きが増した瞬間、耳を刺すような金属音が怪物から発せられた。あまりの嫌悪感に皆が耳を塞ぎ、腰砕けになってしまった。【流星の使徒】は無防備な状態となった。
怪物は肘を曲げて構えた。殺気が怪物から感じられた。隊員たちはまだ、嫌悪感で顔をゆがませていた。
そして、怪物は城に向かって腕を振りぬいた。
その瞬間、先ほどの光が、巨大になりながら飛び込んできた。そして、人の姿に変わり、怪物の首をつかむとそのまま城壁の外側へと引き込み、地面に叩きつけた。
「ルトラ、ルトラです!! ルトラが現れました!!」
アーマッジが叫んだ。城の中はどよめきが広がっていた。話でしか聞いたことのない存在が目の前にいることに、驚きを隠せないものが多くいた。
城の外で、地面に倒れた怪物の頭をルトラは何度も殴りつける、怒りに震えているように。殴るたびに、怪物の体の欠片が周りに飛び散り、霧散していった。
怪物は左腕をルトラの方に向けると、黒い泥をルトラの顔に噴射した。
泥はルトラの右目に当たり、ルトラは右目を抑えて怯んだ。その隙に怪物は腹部に左腕を突き刺した。ルトラは苦悶の様子を見せながら、怪物の左腕をつかみ懸命にこらえた。
怪物は今度は右腕でルトラを突こうとした。ルトラは寸前でそれをつかみ、必死に怪物の攻撃を防ぐ。しかし、片目に黒い泥が付着しているせいか、防ぐだけで精一杯といった様子だった。
怪物は両腕をつかまれたまま、反動をつけて腰をひねり、ルトラを横に投げ飛ばす。それでも、ルトラはすっくと起き上がり、怪物の方に向いた。
だが、すでに怪物はルトラの隙を狙う準備はできていた。怪物は両腕の先から大量の泥を噴出し、ルトラの体全体に浴びせた。泥は粘着質で、ルトラの腕、脚に絡まり、さらに視界をも奪ってしまった。
怪物は錐状の手を打ち鳴らし、羽音を立てて、空に浮かんだ。亀裂しかない怪物の頭は、身動きの取れないルトラの方を向いており、獲物を前に舌なめずりしているような雰囲気を漂わせていた。
いきなり、怪物の後頭部に大きな爆発が起きた。怪物は墜落し、もだえ苦しんだ。城壁の上に巨大な兵器を構えたドクマがいた。
「効果あり!! いよいよ量産できるめどが立ってきた!!」
ドクマのすぐ横で、イディが喜んでいた。
同じく城壁の上でムライツが拡声器を持って立っていた。
『総員、撃て!!』
銃声と矢を一斉に放つ音が夜空に飛んでいった。
怪物が、【流星の使徒】の攻撃に苦しんでいる間に、ルトラは精神を手中させるかのように腕を交差させた。すると、ルトラの体全体が輝き、体に付着した泥がすべて消し飛んだ。
怪物はよたよたと起き上がり、城壁に向かって腕を振るった。すんでのところで、ルトラが腕をつかんだ。ルトラはそのまま怪物を背負うと、うつぶせに叩きつけた。そして今度は頭を踏みつけ、羽をつかんだ。
メキメキという音を立てながら、ルトラは怪物の羽をもいだ。怪物は悲鳴のように、一際大きな金属音を周囲に響かせる。ルトラはそれを一向に気にすることなく、もう一方の羽ももぎ、すべて遠くの方に投げ捨てた。
ルトラは怪物から飛びのくと、胸元で掌を合わせた。すると、掌の間から巨大な光の球が作り出された。怪物がよたよたと立ち上がろうとした瞬間、ルトラはその光の球を直接怪物にぶつけた。大爆発と共に、怪物は大きく吹き飛ばされた。
「まるで、怒ってるみたいね」
城壁から見守っていたアヌエルが呟いた。
「怒ってるんなら、こっちだって怒り心頭だよ」
「ソカワ隊員!? 大丈夫なの!?」
体中に包帯を巻いた、痛々しい姿のソカワがアヌエルの傍に立っていた。
「何のこれしき、これぐらいで倒れてちゃ機動部隊の名折れってもんだぜ」
「でも、安静にしなくちゃだめよ!!」
「わかってる、でも安静にする前に1発ぐらい報わせてくれよ」
そう言って、ソカワは背筋をピンと伸ばし、銃を構えた。
ルトラはとどめを刺さんと、左腕から光の剣を伸ばし、倒れる怪物に向かって駆け寄った。怪物の体を切り払おうとした瞬間だった。怪物は上半身を起こし、右腕をルトラの左腕に深々と突き刺す。この1撃でルトラの動きは止まった。怪物は腕を突き刺したまま、立ち上がった。そして、もう一方の腕の先をルトラの頭に押し付けた。
「ここだっ!!」
ソカワが銃を1発撃った。弾は怪物の顔部分に当たり、怪物の顔を氷で覆う。怪物が怯んだのを見て、ルトラは怪物の腕を抜くと、瞬時に光の剣を振りぬいた。
怪物の頭の上半分が放物線を描いて飛んだ。それが地面に落ちると同時に、体の方は膝から崩れ落ち、まるで砂のように体は崩れていった。
「一矢報いたぜ」
ソカワは銃口の煙を吹いた。それとほぼ同時に、城中から歓声の音が沸いた。あるものは拳を突き上げ、あるもの抱き合い、あるものは握手し、喜びを分かち合った。
ふと、アーマッジ隊員があたりを見回した。
「……あれ、そういえば、ハイアット隊員はどこにいるんでしょうか」
「さぁ、俺は見てねぇぜ?」
ドクマはそう言って首を傾げた。
「み、みなさん、すみません!!」
後ろの方からハイアットの声が聞こえてきた。見ると、急いで梯子を駆け上っているところだった。それを見てドクマは呆れたような表情を浮かべる。
「おい、ハイアット、てんめぇ、今まで何してたんだよ!?」
「すみません、侵入者を見つけたんですが、その時、あいつに操つられた人に襲われて、その、気絶してました」
「ばっか、お前がおねんねしてる間に、ルトラが全部解決しちまったよ!!」
「うう……」
ドクマにおもいきり左腕を叩かれ、ハイアットは少し痛そうにした。
「おい、もうちょっと優しくしなよ脳筋、ただでさえ力が強いんだから」
「なぁ!? 優しくやったぞ、こんの根暗博士!!」
「何を!?」
「こらこらイディ、ドクマ両隊員ともよせ、事件は無事、終わったんだから、争わず、周りの皆と共に笑おうじゃないか」
2人を諌め、ムライツは豪快に笑う。つられて、アーマッジが、アヌエルが、フィジーが、ソカワが、キリヤが笑った。それを見て、ドクマとイディも互いの顔を見合わせた後、豪快に笑いあった。
1人、ハイアットだけが不思議そうな表情をしていた。
「……だから、こういう時は笑えっての」
それを見て、ソカワはハイアットをごく軽く小突いた。ようやく、ハイアットもちょっとぎこちなく笑い始めた。
*
皆が笑う時ってまだよくわからない。私はまだ人間の感情というものを理解できていないのだろう。記憶を複写しただけでは学べない事はいっぱいあるのだ。悲しみと怒りと、喜び。ディン・ハイアットの記憶内では、種々の感情はそう呼ばれていることぐらいは知っている。
ソカワ隊員が操られたとき、暗い気持ちに、悲しみに襲われた、そして、ふつふつと爆発すような気持ち、つまり怒りがあの後沸いてきた……以前に、孤児院が襲われたときと同じ気持ちだ。そして、皆が笑ってたのを見ると、なんだかよくわからないけど、明るい気持ちが沸いてきた。あれが喜びなのだろう。
そうか、笑う時って喜ぶ時なのか。まだ推論でしかないけど、今のところ、それが一番正解に近いだろう。
今度からそういう気持ちになったら、笑うようにしよう……今、まさにちょっと喜んでいる自分がいる。
「なーに、笑ってんだよ、ハイアット隊員」
運転席からソカワ隊員に聞かれた。今日は、ある一家を食らったという鎧グマ退治に出ている。
「えっ、あっ、何でもないです」
「……やっぱり変なやつだよなお前って」
また、ソカワ隊員に呆れらてしまったみたいだ。




