第1話 蘇る神話 (Part2)
その部屋は、先ほどの石の扉から考えると、やや小さな部屋だった。扉から見て左右にはやはり古代アラーカの文字で書かれた文章が、今度は肉眼でもはっきり見える形で書かれ、正面には左半分が太陽、右半分が月を象った壁一面のレリーフが施され、部屋の中央の床には円形の魔法陣らしきものが描かれていた。
「……ヒッサ君」
「はい」
ヒッサはスコープ越しに部屋を見渡す。
「ここも、他の場所と同様、魔力はほとんどありません」
「あの魔法陣もかね?」
「はい、不思議なことに」
傭兵の4人はすでに、細心の注意を払って、部屋のどこかに罠がないか調べていた。
「さて、私とヒッサ君は左を、シルヴィエ君は右を、ノタカ君は奥を、ハイアット君はあの床の文様を見てみようか」
教授の指示のもと、ゼミの皆は動く。最も若いハイアットも、やや上の年代の傭兵が傍らで注意する中、リュックから小さな刷毛を取り出し、砂埃を払っていった。すべて慎重に取り除くと、魔法陣全体や、そこに細かく描かれた模様を何枚も撮った。
しかし、そこに何が描かれているのか、何を伝えようとするのか、彼には何もわからなかった。
一方、シルヴィエは壁に描かれていた古代文字の文章とディスプレイを交互に見ていた。
「《日は登り、頂より汝らを眺め、沈む、そして天を回す星が登るとき、汝らの前に守護の光が現れる》……」
意味深な文章を前に、彼女は頭を掻く。
「はぁ、これは持ち帰ってじっくり考えるしかないわね、ディン君、ちょっといいかな?」
「は、はい!?」
シルヴィエに声をかけられ、ハイアットはどぎまぎした様子で立ち上がった……聡明で、面倒見のよい先輩であるシルヴィエに、彼は淡い感情を抱いていた。それはまだ、彼はひた隠しにしているが。
「撮影機、貸してくれるかな」
「あ、はい、どうぞ」
ハイアットは赤面しながら、少しバタバタと撮影機を彼女に渡した。
「そっちは何かわかったことはあるかな?」
「す、すみません、正直見ただけじゃ何も……」
「ま、そんなものよね君ぐらいなら……写真撮ったら、そっちも見るから」
そう言って、シルヴィエは彼にウィンクする。ハイアットはその仕草に少し見とれた。 ハイアットが作業に戻ろうとしたとき、石畳のわずかな段差に足を取られ、すこし躓いた。
「うわっ!」
いきなり、魔法陣に描かれた模様の一つは淡く輝き始めた。それに驚いて、ハイアットは声を上げた。
「どうしたの、ディン……君?」
部屋にいる全員が、魔法陣の方へ向いた。
「ハイアット君、これは?」
「は、はい教授、さっき、調べた時はこういう反応はありませんでしたけど……」
「体重感知か、衝撃感知の仕掛けか、しかし、スコープでの反応はなかったはずだが?」
ヒッサが訝しがった。そのそばで、ノタカが教授に話しかけた。
「教授、これ、順番にボタンを押すと解ける仕掛けじゃないですか? この円の所にさっきのも含めて模様が4つついてますよ」
「なるほど、ノタカ君、それは大いに有りうる、しかし、回答のヒントを探さなくてはねぇ」
ナギア教授がヒッサの方を見ると、彼は困ったような表情で頭を掻いた。
「この遺跡について伝承も何も残されてありませんでしたし、あの壁に書いてある文章がヒントかどうか……」
「《この部屋が開かれたとき、すなわち黒よりも暗き闇が再び現れし時なり、闇を消すのは星よりもあかき無限の光のみ、されど汝らよ、光の導きに応えぬ限り、闇は消えず、この世は蝕まれん》……確かに、何か位置を示すような書きぶりではないな、そうだ、シルヴィエ君、そっちの壁には何が書かれてあったのかね?」
「……ああ、そっか!」
ナギヤ教授の言葉を聞いて、じっと思案していたシルヴィエが、真っ先に気づいた。
「ノタカ君、ちょっと方角、わかるかしら?」
「あ、はい!」
慌ててノタカは左腕に巻いた小型羅針盤を見やると、ちょうど先ほど自分が調べていた壁の方に北を指していた。
「ということは、そっちが東、それが南、これが西……ディン君、ちょっと私の言う通りの順序で踏んでみて!」
「おい、シルヴィエ、勝手が過ぎるぞ!」
「いや、ヒッサ君、謎が解けるさま、見守ってみようではないか」
ヒッサを抑え、ナギア教授が真剣なまなざしで、シルヴィエたちの様子を見守っていた。
「東に日が昇り、南に日は一番高く上り、西に沈む……」
シルヴィエの指示に従い、ハイアットは魔法陣に施された模様を踏んでいく。それぞれ順に赤、青、緑に淡く輝いた。
「そして天を回す北極星が登る」
ハイアットが一番最後の北に位置する模様を踏むと、その模様は白く輝き始めた。4つ光は傾きはじめ、ちょうど天井で交わると、そのまま一筋の光となって反射した。そしてその光はちょうど床の魔法陣の中央にぶつかった。皆がかたずをのんで見守る中、中央の丸く描かれた文様の部分がせりあがった。
「これは……」
ナギヤ教授が思わず声を漏らす。せりあがってきた細い石柱の上部は灯台のようにくりぬかれており、そこから七色に乱反射した光が漏れていた。
シルヴィエとハイアットが遮光眼鏡をかけて中をのぞくと、発光する小さな物質がはめ込まれていた。それはどんな鉱石よりも澄んでおり、きれいな六角形の星が見えるようにカットされていた……古代の遺物というにはあまりにも美しい形だった。
「シルヴィエさん、これ、この神殿に収められた宝でしょうか?」
「どうかしら、それならばもっと大量の財宝がなければおかしいんじゃないかな、きっと宗教的に何か重要なものかも」
そう言って、シルヴィエはナギヤ教授の方に向いた。
「ナギヤ教授、なんだと思われますか?」
「ううむ、すぐにはわからぬが……とりあえず、ハイアット君、写真を」
「はいっ」
ハイアットが慌てて撮影した、その瞬間。
「……!?外に強大な魔力反応あり!!」
傭兵の一人が叫ぶと、凄まじい揺れが彼らを襲った。石が砕け始め、ブロックの壁がずれ始めた。
「早く!!早くここから出るんだ!!」
傭兵たちは研究室の5人をかばいながら、必死に脱出を試みた。しかし、あまりの揺れの激しさに、まともに動くことはおろか立つことすらできなかった。
そして、9人の悲鳴と怒声をかき消すかのように、遺跡の崩落が始まった。
北側のレリーフが倒れて、ノタカとエルフと亜人の傭兵が押しつぶされた。
東側の壁が崩れて、ナギア教授とヒッサ、人間の傭兵が巻き込まれた。
西側の壁が壊れて、土砂がシルヴィエを飲み込んだ。
天井が崩れ、石柱に必死にしがみつくハイアットの上に降ってきた。
ついに遺跡は原型を残すことなく、崩れ去り、ルガモル鉱山の坑道もすべて破壊された。まるで、その役割を終えたかのように、あらゆる痕跡を消すように。その後には、禍々しい雄たけびだけが響いていた。
この部屋が開かれたとき、すなわち黒よりも暗き闇が再び現れた時なり
闇を消すのは星よりもあかき無限の光のみ
されど汝らよ、光の導きに応えぬ限り、闇は消えず、この世は蝕まれん