第3話 夜闇の傀儡 (Part5)
【流星の使徒】諜報部隊の作戦室は夜なかであるにかかわらず、灯りが煌々とついていた。机の上では諜報部隊隊員である人間の女性がホシノの話を聞きながら、何か絵を描き、その様子をムラーツとキリヤ、クライトンが神妙な目つきでそれを眺めている。
少し離れたところで、フィジーがコミューナに話をしていた。
「え、何?それって、今度の敵の正体がわかるよりもすごい事? ……ちょ、ちょっとまって、それってどういう事……あっ」
「どうしたフィジー隊員、ハイアット隊員と何があった」
明らかな異常を感じ、キリヤがフィジーに話しかけた。
「それが、うちの整備士がやられたとか、あいつがこの中に入ってきたとか……すごい慌ただしくコミューナを切っちゃって」
「整備士? あいつ? ……また最近の事件のことか?」
「フィジー、キリヤ、何か緊急事態か?」
ムラーツがキリヤ達に向かって話しかけた。ホシノも心配そうに彼女たちを見ていた。
「ハイアット隊員の身に何かあったようです、しかし、詳しいことは……」
「そうか、敵がもう少しで大分判別しそうなんだかなぁ」
ムラーツが頭を掻いた瞬間、キリヤのコミューナに通信の反応。
『こちらドクマ、キリヤ副隊長、まずいことが起こっちまったようです』
「何が起こった」
『ハイアット隊員の部屋に、彗星01の整備担当してる若造がみたいだ、昼間の連中とおんなじ様子だよ、それで、ハイアット隊員が言ってたんだが、前の晩と今日の昼にあいつが見た奴が本部の敷地内に侵入したとのことだ』
「なんだと!?」
『今、俺とハイアット隊員で手分けしてる、俺はそいつの見た目がわかんねぇから、見たこともねぇような生物を探しているところだ』
「わかった、容姿については今調べてる、判明したらギルド全体に連絡する、引き続きハイアット手分けして探してくれ」
『了解!!』
コミューナを切ると同時に、キリヤはくそっ、と吐き捨てた。その様子をムラーツは不安をにじませながら見ていた。
「いったいどうしたんだね、副隊長?」
「敵が【流星の使徒】本部に侵入してきた、急がなければならんぞ!!」
キリヤの言葉に部屋にいた全員が騒然となった。
「そんな!?だって、本部には幾重にも結界魔法を張ってあるんじゃ……!?」
「ホシノ君、相手は常識を超えた魔力属性を持つもの、そんなもんへっちゃらだろうな」
慌てるホシノに、ムラーツは冷静に答えた。
「ギルド長クラスには私とクライトンで掛け合う、キリヤ副隊長はギルド全体に大至急、緊急態勢をとるよう連絡してくれ」
「了解!!」
「それと……こっちはできそうか?」
「はい!! ……できました!! どうですか!!」
最後の線を描き終えると、勢いよくペンをホルダーに挿し込み、羊皮紙に描いた絵をホシノに見せた。そこにフィジーやムラーツも覗き込む。
「そうです!! 確かにこんな見た目でした!!」
「うんっ、こいつだよ、こんな化け物、忘れるはずがないもの」
ホシノとフィジーはその絵を見て驚いたように反応した。その様子を見て、クライトンとムラーツは顔を見合わせ、うなづいた。
「よし、さっそくこの絵をディスプレイ謄写機にかけてくれ、それから本部中のディスプレイを表示させるように」
「了解!!」
クライトンの指示を受け、女性隊員は先ほど書き上げた絵を片手に部屋の隅に置いてある機械の方に駆け寄った。
その絵に描かれていたものは、あまりにも奇妙なものだった。全身が紺色の妖精のような姿で、両手はまるで錐のようになっており、触覚の生えた頭部の中央には顔の代わりに、金色に発光する亀裂が入っていた。
*
『緊急指令!! 緊急指令!! 本部内に敵が侵入!! 大至急緊急態勢を取ってください!! 繰り返す!! 本部内に敵が侵入!! 大至急緊急態勢を取ってください!! 敵の姿はディスプレイに表示されています!!』
見張り塔の一番上から、拡声器によって大幅に増幅された声が、城の全域に響き渡っていた。
「……こっちか!」
皆が慌ただしく動いている中、ハイアットは敵を追いかけて、敷地内を駆け巡っていた。
彼は焦っていた。この状況下で、敵が隙をついて傀儡を作り出す危険性は非常に高かった。敵が近くにいることはわかっていたが、夜の暗さと、多くの人が行き交っている中では、敵の気配を察知するのは困難だった。
息を切らしながら、ハイアットは立ち止まり、目をつぶって集中した。
多くの人の声や足音が耳に入ってくる。
その中で、かすかに羽音がまぎれていた。その音のする方向にハイアットは走っていった。
遠くの方で、何か争いが起こっているのが聞こえた。しばらくすると、低出力で魔装銃を撃つ音が同じ方向から聞こえ、すぐに救護部隊を呼ぶ声が聞こえた。立ち止まって聞いていたハイアットは奥歯を噛みしめ、再び走り始めた。
しばらく敵の気配を追っていると、担架に人を乗せて、運んでいるのが見えた。担架に乗せられた人は目を閉じて、まるで死んでいるようだった。担架は救護施設及び研究施設がある別棟の中へと運ばれていった。
不意に嫌な気配がそこから漂ってくることをハイアットは感じた。
「……ソカワ隊員!!」
ハイアットは別棟の中へと急いだ。
中は、他と比べると手薄なせいか、妙に静かだった。ハイアットは病室へと駆け足で向かっていった。不吉な予感が、頭をよぎり、ハイアットの頬を冷たい汗が流れていく。廊下の所々には、彼が見たあの怪物の姿を映したディスプレイが浮かんでいた、ハイアットを見てるかのように。
ソカワのいる病室の前まできた。嫌な気配がそこから一段と強く感じられた。
この中に敵がいる。
高ぶる感情を抑えるため、ハイアットは一呼吸おき、片手に魔装銃をもって心の中で3つ数えたる。
そして、勢いよく扉を開けた。
いた。
敵はまさにソカワの背中に取りついており、錐のような両手を刺して、何かを注入しているところだった。亀裂だけが入った頭部を、入り口の方に向け、金属的な威嚇音を上げた。
「この……っ!!」
ハイアットは怪物に銃口を向けた。
その瞬間、何者かがハイアットを瓶で殴りつけた。その衝撃はハイアットは横に転がり、銃を放した。ハイアットの側頭部から血が流れ、彼が立っていたところには瓶の破片と錠剤が散らばる。そして、そのそばに割れた瓶を持った救護部隊の女性が、うつろな目で立っていた。
ハイアットは左腕で側頭部を抑えながら、なんとか立ち上がろうとしたが、女は割れた瓶を左腕に深く刺した。その痛みにハイアットは顔をゆがませた。女は苦しむハイアットを羽交い絞めにすると、そのままハイアットを立ち上がらせた。同時に、どすん、と大きなものが落ちる音がした。
「ソカワ隊……員……!!」
見るとソカワはベッドから落ちて、そこから起き上がろうとしている最中だった。その傍には先ほどハイアットの銃。
取りついていた怪物はいつの間にか消えていた。
ソカワはふらふらとしながら魔装銃をもって起き上がると、ゆっくりと銃口をハイアットに向けた。
「ソカワ隊員、目を覚ましてください!! ソカワ隊員!!」
ハイアットは抵抗しながら必死に呼びかけたが、ソカワはカチカチと魔装銃の出力を上げていた。属性を火に変更すると、魔装銃を両手でしっかりと構える。そして、ゆっくりと引金を引き始めた。
覚悟を決めた表情でハイアットは目をつぶった。人間としての体に、再び死が迎えられようとした。
銃声が部屋の中で響いた。
炎の弾は大きく外れ、病室の窓ガラスを割った。ソカワは撃った反動で倒れ、床の上でのたうち回った。
「仲間……を……撃てるか……俺は……【流星の使徒】……だ……!!」
絞り出すような声が、ソカワから聞こえた。すると今度は銃口を自らに向け、段々とソカワの口に近づけた。ソカワは首を振りながら必死に抵抗した。
ハイアットは両手を組み、力を入れると、体を一瞬だけ発光させた。すると、女性は腕を放し、口から黒い煙を噴出させながら倒れた。ハイアットは急いでソカワに駆け寄り、手首をつかんで、必死に銃をソカワの口から離した。
しかし、ソカワはいきなりわめきながら体全体を振り回し、ハイアットを放そうとした。それでもハイアットはソカワを放さず、右手の星形の痣からソカワの手首、そして体へと光を流した。ソカワは女と同じように、黒い煙を口から噴き出し、そのまま気絶した。
ハイアットは息を切らしながら立ち上がった。仲間を救うことができた安心が、彼の表情ににじみ出ていた。しかし、すぐに険しい顔となり、窓の方に駆け寄った。窓は小さな球が当たったように割れていた。
ハイアットは窓から目を凝らし、周囲を眺めた。万象の持つ魔力が、彼の眼に映っていた。そして中空にすべての色を吸い込むようなどす黒い魔力がすばしこく飛んでいた。
「……絶対に、逃がさない」
ハイアットの目は金色に変わり、右手から徐々に光の粒子へと分解され、窓に開いた穴から外へ出ていった。
「音がしたのはこの部屋か……ん、誰か倒れているぞ!?」
「ねぇ、しっかりしてよ、ねえったら!!」
ハイアットと入れ違いになるように、男女数人の【流星の使徒】メンバーが病室に入ってきた。




