第3話 夜闇の傀儡 (Part4)
「馬鹿者!!」
【流星の使徒】本部、機動部隊隊長室の中で、キリヤは机を強く叩きながら一喝した。キリヤの目の前には、ハイアットがうつむいたまま立っていた。
「我々の為すことはエンヤ大陸で暮らす者たちの安心と安全を確保すること、それを自らの手で不安がらせるとはどういう了見だ!! もし、銃が人に当たったら、我々の信頼は地に落ちることになるんだぞ!!」
「申し訳ございません……」
「まぁまぁ副隊長、そこまでいきりなさんな、彼だって訳もなく撃ったわけではないだろう」
ムラーツがキリヤを宥めた。
「しかし隊長、彼が独断で危険な行動に出たことは看過できません!!」
「だから落ち着け、怒るのは結構だが、そういうのは彼の言い分を詳しく聞いてからにしようじゃないか」
「…………」
キリヤはまだ怒りの収まらぬ様子で椅子に座った。
「でだ、ハイアット隊員、君はなんで街中で、空に向けて撃つなんて真似をしたのかね?それも周りに人がいる中で」
ムラーツは柔らかな声で聞いた。しかし、彼のまなざしは真剣そのものだった。ハイアットは少しの
間、うつむいたまま口をつぐんでいたが、意を決したようにムラーツの目を見た。
「あの時、僕は見ました、以前の晩に見たものと同じものを……」
「うむ、続けて」
「あの晩も、そして今日のことも、あいつが犯人です、遠巻きから人を操り、僕らを殺そうとしていたんです」
ハイアットは1歩前に出て、ムラーツに訴えた。必死な様子のハイアットとは対照的に、ムラーツはいたって冷静だった。
「……あくまでそれは君の推測だろう、この世界、魔物が溢れかえっている、現にホシノ隊員の式神だってこの辺りではまず見られないものばかりだ、見慣れぬ化け物だからって、君の勘だけで魔装銃をむやみに撃ってはいかんのだよ」
再び、ハイアットは口をつぐんだ。
「悪いが、キリヤ副隊長の言う通り、騎士団まで出てきた事態になってしまったことは看過できない、しばらくの間は出動は控えてくれないか」
「……わかりました」
諦めと悔しさをにじませながら、ハイアットは部屋を出ていった。
それと入れ替わるように、アヌエルが部屋に入ってきた。
「あの、隊長、ハイアット隊員はどうしたのでしょう……?」
「ちょっと休暇を言い渡しただけだ、君のほうから何か報告があるんだろう?」
「はい……」
ハイアットの事を心配しながらも、アヌエルは持ってきた調書を机の上に置いた。
「まずはソカワ隊員ですが、後頭部に打撲が見られるだけで命に別状はございません、安静にしたらすぐに治るものと思われます、次に同じく搬送されました3人ですが」
アヌエルは資料をめくった。
「人間の男性はすでにコージー・ウェインと同じ状態になっていました、女性の方は多少、神経と血管に傷がありましたが、治癒魔法ですぐに修復されました、軽い運動障害は残りますが、記憶の方は問題ありません、現在安静にしております、それで最後に亜人の男性ですが……こちらの写真を見て下さい」
アヌエルが差し出した写真を、ムラーツとキリヤが覗き込んだ。それを見た瞬間、彼らの表情は険しくなった。
写真は男の肩甲骨の間を切り開いた所が写っていた。その切り開いた所から、黒い内臓のような塊が飛び出していた。
「この物体からいくつか管が出ていますが、すべてこの男の血管や神経につながっていました、コージー・ウェインも、他の2人にも、この物体が取りついてたものと考えられます」
「いったいどうやってこんなものを体の中に……確か外傷はほんの小さな穴と聞いたぞ」
キリヤが苦虫をかみつぶしたような表情で聞いた。
「考えられる可能性としては、何か管のようなものでこれを作り出す物質を注入したと思われます」
「して、この物質の分析は終えたのかな?」
「隊長、それが取り出した瞬間はまるで心臓のように動いていましたが、取り出した瞬間から萎み始め、消えてなくなったんです、しかし、魔力の属性は、予想通り「黒」の属性でした」
「やはり、奴らと同類の仕業か」
ムラーツは軽くため息をついて、頬杖をついた。傍らではキリヤが腕を組んで唸っていた。
「……となると、後はこの物体を体内に入れた犯人を探せばよい、という訳か」
「そして、手掛かりはハイアット隊員の証言、あくまで彼は出動停止の処分を受けたのみ、聞こうと思えばいつでも聞ける」
謎が解明される糸口をつかむことができ、キリヤとムラーツの表情が少し明るいものとなった。
「昼にフィジー隊員も目撃したと言っていました、それにホシノ隊員も式神越しに見ている可能性があります」
アヌエルの述べたことに、ムラーツはにやりと口角を上げた。
「ようやく、しっぽぐらいは掴めそうだな」
*
すでに、外は月が登っていた。
【流星の使徒】本部の古城の近くに、大きな館が立っていた。【流星の使徒】の隊員達が住む寮である。【流星の使徒】の隊員はエンヤ大陸の各所から集まってきており、また、本部自体が主要な都市から離れていることもあり、幹部階級の者若しくは近くの町に住む者以外は全員そこで暮らしていた。
その1室で、ハイアットはベッドに寝ころび、ただただ天井を見ていた。
「……そうだ、僕はただの人間だ」
ハイアットはぽつりと呟いた。例え、特別な力を持っていたとしても、彼はただの新人隊員である、という事実に、やるせない感情を抱いていた。それは、彼……ルトラにとって、初めての感情だった。
自分の行動は確かにうかつだった、しかし、あの場で何とか出来た可能性はあった、悔しさが彼の心をかき乱した。
「……ああっ!!」
ハイアットは突然立ち上がり、叫びながら枕を思い切り布団に叩きつけた。感情の行き所が、彼には分らなかった。何とかしなくては、という思いが彼を思い詰めさせた。息の荒いまま、彼はベッドの上に飛び込み、顔を枕に押し付けた。
それからしばらく、彼はじっと息をひそめた。心が落ち着くまで。感情を受け止められるまで。自分のある種の無力さを認めるまで。息が落ち着いてきた時、ハイアットは片目だけ、枕からのぞかせた。窓から月が昇っているのが見えた。上弦の月が少し欠けていた。
その時、扉を叩く音がした。それを聞いてハイアットはゆっくり起き上がった。徐々に、叩く音が大きくなっていった。
「はい、今出ま……」
ノブに手をかけようとしたところで、ハイアットの動きは止まった。扉の向こうから異様な気配を感じ、彼は眉をひそめた。扉を叩く音はどんどんと大きくなっていき、彼は鍵を閉めて扉からそっと離れた。
やがて、扉を叩く音が止まった。すると、今度はさっきよりもひどい音が鳴り始め、木製の扉が壊れてゆく音がした。そして、程なくして、扉には大穴が空き、扉を叩いていた人物が侵入してきた。若い、作業着を着たドワーフの男で、手にはスパナが握られていた、虚ろな目をしながら。
ドワーフの男はスパナを振り上げて、ハイアットに飛びかかった。
寸前でかわすと、スパナは窓に当たり、ガラスが外に飛び散った。ドワーフの男は振り返ると同時に、ハイアットの頭部めがけてスパナを振った。ハイアットはそのスパナを持つ手首をつかんだ。しばらく押し合いへし合いした後、ハイアットはドワーフの男をベッドに投げ捨てた。ドワーフの男が起き上がる間に、ハイアットは体勢を整え、右拳を強く握った。その拳の中から光が漏れ出ていた。
再び、ドワーフの男が飛び掛かってきた瞬間、ハイアットは右手を開き、相手の胸元に光をぶつけるように叩いた。ドワーフの男は吹き飛ばされ、激しき咳込んだ。それと同時に大量の黒い煙が彼の口からあふれ出してきた。しばらく煙を吐き出したのち、男は糸が切れたように倒れた。
いきなり、コミューナから音が鳴った。
『こちら、フィジー、ハイアット隊員、今起きてるかな? 諜報部隊の作戦室に来てほしいんだけど』
「すみません、それよりも重大な事が起こりました」
『え、何? それって、今度の敵の正体がわかるよりもすごい事?』
「彗星01の整備士がやられました、あいつは彗星01についてきてこの中に入ってきたんです!」
『ちょ、ちょっとまって、それってどういう』
ハイアットはコミューナを切った。もはや一刻も猶予も無かった。
「うお~い、もう寝る時間だぜ、騒ぐんじゃ……っておいどうした!?」
「は、ハイアット隊員、これは……!?」
先ほどのいざこざで、ドクマとアーマッジが部屋にやって来た。
「……敵が本部内に現れました」
「え、そんな、だって本部の周りには……」
アーマッジが信じられないというような様子を見せた。
「あいつは近くにいます、僕が食い止めに行きます!!」
「馬鹿、落ち着け、昼みたいになりてぇのか?」
「ぐっ……」
「とりあえず、今は俺はお前を信じてやる、まず、あいつってなんだ?それってお前が見たっていう化け物のことか?」
「……はい」
「わかった、そいつを俺と一緒に手分けして探そう、アーマッジ、こいつの介抱を頼めるか」
「だ、大丈夫です」
ドクマに言われ、アーマッジは倒れている整備士のドワーフに駆け寄った。ドクマはポン、とハイアットの肩を叩いた。
「それじゃ、隠れてるクソガキを見つけに行くぜ!!」




