第3話 夜闇の傀儡 (Part3)
翌日、日が昇り始めてさほど経ってない時、【流星の使徒】機動部隊と諜報部隊はガルツ国のザルゴ市を中心に正体の見えぬ敵の捜索を始めていた。隊員たちは2人以上の班に分かれて様々な場所を回っていた。身元がなるべくバレぬよう、【流星の使徒】のバッジを外し、日常生活用の恰好をしていた。
市の一角である、食品市場にハイアットとソカワは来ていた。取れたての果物や野菜、魚や各種の肉類からパンや燻製肉などの加工品、惣菜や、ガルツ国内で生産された香辛料などが売られている。まだ早い時間ではあったが、すでに多くの客で賑わっていた。
「お兄さん、これ一口いかがですかー?」
若い、爬虫類系の亜人の女性が、揚げ団子の試食品をソカワに配る。ソカワはそれをもらうとすぐに食べた。
「うん、サクッとしてて旨い! 俺とこいつの分で2つ買うよ」
「あら~、ありがとうございます~、銀貨2枚で~す」
ソカワが代金を手渡すと、少しのんびりした雰囲気の売り子は台から袋を2つ、彼に持ってきた。
「ありがとう、どうせならあんたも貰いたいけどねぇ」
「あら~、そんな事言っちゃって~」
売り子は嬉しそうにソカワの腕を軽くたたいた。それをハイアットはぼうと見ているだけだった。
ソカワは売り子に手を振り、ハイアットを連れて立ち去った。彼らがこちらに背を向けたのを見て、売り子はまた試食品を配り始めた。
「ほらよ」
先ほどの屋台から、数軒過ぎたところで、ソカワは揚げ団子の袋を1つ、ハイアットに渡した。それをハイアットは不思議そうな表情を浮かべて受け取った。
「……あ、ありがとう、ございます」
妙な間を置いて、ハイアットはソカワに頭を下げる。ハイアットの挙動を見て、ソカワは頭を掻いた。
「ハイアット、お前ってさぁ、どっかずれてるよな」
「えっ……」
少し焦ったように、ハイアットはソカワの方を向いた。
「さっきもさ、お前の分の揚げ団子、やったのに、なんか「なんで自分がもらうの?」みたいな様子だったじゃないか」
「あ……すみません」
「別にいいよ……それとさ、他のみんなが喜んでたり、楽しんでるところでもよく戸惑ってるって言うかな、疑問に思ってるような感じで周りを見てるだけってのも多いよな……あっつ、はふ」
ソカワは揚げ団子を1個口に入れた。揚げたてなのか、袋から湯気が出ていた。その横で、ハイアットは後悔したようにうつむいていた。ソカワはその様子を見ながら揚げ団子を飲み込んだ。
「いや、そこまで悩むことじゃない、それはそれでお前の個性だとは思うぜ?ただまあ、普通から考えるとどうも違和感があるんだよ、なんか、感情が無いようにも見えるんだ」
「そう、ですか」
「ま、あの事故の影響かもしれないし、これ以上は言わないけれどさ、せめて周りが喜んでたりしたら、同じように一緒に笑うぐらいはした方がいいとは俺は思うな」
話終えると、ソカワはもう1個、揚げ団子を口に運ぼうとした。
その時だった。
「……おい、ハイアット、あれを見ろ」
ソカワは揚げ団子を袋に戻し、前方に指をさす。
その先には、無精ひげの生えた、人間の男の姿があった。身なりはいかにも中流階級といったところで、さしたる特徴は無かったが、目つきはうつろで、表情は無く、よたよたとした足取りで、時折きょろきょろと何かを探すような仕草をしていた。
「……こちらソカワ、あやしい男を発見した、ハイアット隊員とそいつを尾行する」
上に布をかぶせた、左腕のコミューナに向かってソカワは話した。その間も無精ひげの男は道の先へと進んでいった。
「よし、行くぞっ」
「了解」
ソカワとハイアットは人混みに姿を隠すように、無精ひげ男と距離を一定に保つようにしながら追いかける。男は足取りこそどこか不自然であったが、道を黙々と、何か目的があって歩いているようであり、周りも奇異の目こそすれども特に気に留めることはなかった。時折、周りを見渡すしぐさをするが、それでも追いかける2人に気づくことなく歩きつづけていた。
「くそ、どこに行くつもりなんだ? 何にも関係ないやつなのか?」
ただ歩いて行ってるだけの男を尾行することに、ソカワはじれったく感じた。しかし、周囲の目が多くある中で、下手に動くことができないため結局追いかけるより他なかった。
不意に、ハイアットが後ろの方を振り返った。
「どうした、ハイアット隊員」
「何か……気配がするんです、普通と違う……」
「昨晩の奴か?」
「すみません、そこまでは……」
男はまだ、どこにも立ち寄ることなく、歩きつづける。
市場からもはずれ、人も少しずつ少なっていった。ソカワは男を集中して見ていたが、ハイアットはきょろきょろと辺りを見回しながら追いかけていた。ハイアットの表情は徐々に、不安げなものに変わっていった、何かおかしなことになっていることに、気づいたように。
不意に、男は小さな路地の方へと入っていった。
「……あそこになにかあるのか? いくぞ」
「あっ……」
ソカワは駆け足で路地の方に向かった。ハイアットもそれについて行ったが、その表情はますます曇るばかりだった。
路地は狭く、人は無精ひげの男以外、誰もいなかった。ソカワとハイアットは彼を捕まえようと、走り出した。ソカワが男の肩をつかもうとした。
いきなり、前のめりになって倒れた。ソカワとハイアットは慌てて止まった。
「おい、どうしたんだ……!?」
ソカワが男を抱き起すと、男は目を閉じたまま、鼻と耳と目から血を流していた……あの晩の侵入者と同じように。
『ソカワ、ハイアット両隊員!!後ろ!!』
いきなり、コミューナからホシノの声が聞こえた。2人が振り返ると、鼠系亜人の男が棍棒を振り上げながらこっちに走ってきた。男の目は生気すら感じられない。
「あぶないっ!!」
ハイアットは素早く立ち上がり、両腕を交差させて男の攻撃を受け止めた。痺れるような重い痛みに、ハイアットは顔を歪めた。
男が再び棍棒を振り上げた。男が腕を一番高く上げた瞬間、ハイアットは飛び掛かり、男の手首をつかんだ。ハイアットは必死に武器を取り上げようとするが、男はもう一方の手でハイアットを殴りつけ、引き離す。
「野郎……!!」
ソカワは片膝が地面に着いたまま、魔装銃を取り出し、出力を弱めて構えた。
その時、いきなりソカワの後頭部に強い衝撃が走り、ソカワは倒れた。ソカワの後ろには箒を持った人間の女性が立っていた。その表情は、死んだようにうつろ。
「ソカワ隊員!?」
ハイアットは狭い路地の中、武器を持った2人に挟まれてしまった。2人はじりじりと、おぼつかない足取りで彼に迫っていく。
ハイアットは息を整え、2人の動きを注視した。男が腕を振りかぶり、ハイアットに叩きつけるように棍棒を振るった。ハイアットがそれをかわすと、今度は女が箒を振り回してきた。ハイアットは左手で箒をつかむと、箒を引っ張り、女を引き寄せた。そして、右掌を彼女の腹部に押し当てた。女の口から真っ黒な煙が大量に吹きだされ、そのまま倒れた。彼の右手の星形の痣が淡く輝いていた。
男がまた、ふらふらとしながら棍棒を振り上げた。ハイアットは目を金色に輝かせ、それを睨むと、男は軽く痙攣し、その場で固まった。
するといきなり、上から魔装銃を撃つ音が響き、男が倒れた。見上げると、屋根の上でフィジーが銃を構えて立っていた。
「ふぅ、間に合った……ハイアット隊員、大丈夫?」
羽を広げ、屋根の上からフィジーが降りてきた。
「僕は大丈夫です、それよりソカワ隊員を……」
「うおーい、大丈夫かー!!」
大きな声をあげながらドクマが路地に入ってきた。他の【流星の使徒】メンバーもハイアットたちの元に集まってきた。
「ハイアット隊員、この人達は……?」
イディがハイアットに聞いた。
「コージー・ウェインと同じく操られていた人達みたいです、すみません、罠に引っかかってしまいまして」
「くそっ、被害は拡大するばかりか!」
ハイアットの答えに、ドクマは悔しそうに拳を叩きつける仕草をした。その後ろで、アヌエル達が、ソカワや襲い掛かってきた人達の手当てに追われていた。
突然、ハイアットは上の方を見上げると、魔装銃を取り出し、屋根の上に向けて発砲を始めた。あまりの事態に、周りの者は皆、呆然とハイアットの方を見た。
「お、おい、ハイアット!! 何しやがるんだ!!」
「……見つけました!!」
「お、おい、ちょっと待て!!」
ドクマ達はハイアットを止めようとしたが、彼はそれを振り払って路地を出て行ってしまった。
「私が追いかけてくる、もしかしたら、前にハイアット君が言ってたやつがいたかもしれない」
そう言って、フィジーは羽を広げ、屋根の上まで飛び上がった。
街道ではハイアットが何かを見上げながら走っていた。人にぶつかるのもためらわず、必死に追いかける。再び、ハイアットは銃を取り出すと、もう一発、上に発砲した。しかし、それは何にも当たらず、空を切るばかり。
「おい、お前、何をしているんだ!!」
ハイアットの周りを地元の騎士団が取り囲んだ。彼はその中で、息を切らしながら、鋭い目つきで空を眺めていた。
「あ~あ、もう、何やってるんだか」
屋根の上でフィジーは胡坐をかきながら呆れた顔でその光景を眺めていた。
「……しっかし、ホントにあれは何なんだろ? また、あの訳のわかんない怪物なのかな?」
フィジーはハイアットが銃を撃った方向を見ながらつぶやいた。フィジーも確かに見たのだ、虫の羽を持った黒い異形の怪物を。しかし、その怪物は息をつく間もなく、どこかへ飛び去ってしまい、見失ってしまったのだ。
再び、下を見ると、【流星の使徒】の仲間たちが、騎士団を説得しているところが見えた。
「さってと、さっさとハイアット君を助けようっと」




