第3話 夜闇の傀儡 (Part2)
下弦の月が登り切り、下り始めた時だった。
牧場の一角にある丸太造りのがっしりした小屋の中で、2つある二段ベッドに3人は寝ていた。上の方はソカワが、下の方にアーマッジとハイアットが寝ていた。さすがに仕事の疲れもあってか、3人とも深い眠りについていた。
闇の中、小屋の鍵を誰かがそっと開け、中に入った。まるで夢遊病者のようにおぼつかなかったが、静かにゆっくりと、侵入者は真っすぐに寝室へと歩いて行った。その左手には牛刀が握られていた。
扉を音を立てずに開けると、侵入者はベッドの方に近づいた。そして、ハイアットが寝ている傍まで来た。何も言わず、表情も変えず、侵入者はゆっくりと牛刀を振りかざした。
「……っ!?」
ハイアットはその気配に気づき、目を開けた。見知らぬ男が枕元に立っていた。それと同時に、侵入者は牛刀を勢いよく振り下ろし始めた。ハイアットは周りに他人がいるの無視して、咄嗟に星形の痣のある、右掌を突き出した。
その瞬間だった。誰かが侵入者の左手首をつかんで止めた。相手が急に止まり、ハイアットは少し戸惑った様子だった。
「お前、何してやがる?」
ベッドの上から、ソカワの声が聞こえた。侵入者はソカワの手を振りほどこうと、表情を変えぬまま、もがいた。ソカワもベッドから落ちないよう、もう片方の手で手すりつかんでこらえていた。
「ハイアット!! 寝ぼけてないで早く取り押さえろ!!」
ソカワの声を聞いて、ハイアットはベッドから飛び出すと、侵入者をそのまま仰向けに押し倒し、その左腕をとり、牛刀を離させた。すると、今度はアーマッジが飛び出し牛刀を蹴飛ばした。武器を離しても、侵入者はしつこく、無表情のまま、瞬きもせずハイアットから逃れようと、ジタバタとあがいていた。
「おい、もう暴れるなよ、問答無用で撃つからな」
ソカワとアーマッジは魔装銃を侵入者に突き付けた。
その瞬間だった。突然、男は目をかっと開くと、鼓膜に刺さるような断末魔を上げた。3人は思わず耳を塞いだ。そして、男が叫び終えると、糸が切れたように脱力し、動かなくなってしまった。
「あー、まだ耳が……ん、ちょっと見て下さい!!」
侵入者の様子を見てアーマッジは驚いた。彼の目、鼻、耳、そして口から血が流れだしてきていた。それを見たハイアットもぎょっとした様子ですぐに彼から離れた。
「ちくしょう、一体全体どうなってやがるんだ……!!」
ベッドの上で胡坐をかくと、ソカワは頭を掻きむしった。
「それにしても、なんでまずハイアット隊員を?」
「さあな、大方、俺たちを手あたり次第殺ろうって寸法だろう、順序なんざどうだってよかったんだろうよ」
ソカワはぶっきらぼうに答えたが、アーマッジはまだ納得のいっていない様子だった。
ハイアットは、血を流して倒れる侵入者をじっと見ていた。不意に妙な気配をハイアットは感じ、窓の方を振り向いた。窓から見えたは真っ黒な木々の影だけだった……ように見えた。目を凝らすと、何か小さな生物が中を覗き込んでいた。しかし、ハイアットの視線に気が付くと、すぐに飛び去ってしまった。
「おい、ハイアット、何かいたのか?」
窓の方を見るハイアットに、ソカワが声をかけた。
「はい、でも、すぐにいなくなってしまいました」
「蝙蝠か何かか……くそっ、俺は本部に連絡する、ハイアットは牧場の人を呼んでくれ」
「了解しました」
指示を受け、ハイアットは駆け足に小屋から出ていった。その顔には緊張感がみなぎっていた……嫌な予感が的中してしまったことを、彼は確信した。
*
「名前はコージー・ウェイン、タグ牧場の従業員で、主に厩舎の整備を担当、雇われて8年経っています、ガルツ国の下流の農家出身で特にこれといった教育を受けた記録なし、犯罪歴は小さいころに万引きを2回ほどあったぐらいです、後、居酒屋でもめ事も何度も起こしていた、とのことです」
あの晩の次の日、【流星の使徒】本部の作戦室で、アーマッジは調書を読み上げた。
「なんだぁ、どこにでもいるような元不良の労働者じゃねぇか」
「だからこそ、不気味なんですよ、ドクマ隊員、経歴をいくら洗ってもおかしいところ無し、僕たちの接点も一切無しなんですから」
「幽霊が取りついたわけではないの?酸蝸牛で犠牲になった人もいたわけだし」
イディが推理する仕草をしながら、アーマッジに聞いた。
「近くに墓地などはなかったですし、あのあたりの土地で際立って魔力が高い場所もありません、仮に酸蝸牛の犠牲者だったとしても、我々に何らかの強烈な恨みを持ってるとは考えられませんよ」
アーマッジの説明に、イディは少し悔しそうな表情を見せた。
「しっかし、仕事で疲れたーって時に襲われるなんて、何とも災難だねぇハイアット君」
フィジーにおでこを指で押され、ハイアットはちょっと困惑した様子を浮かべた。
「それでさ、ハイアット君、あの時、窓の外に何かいたって言ってたじゃない、それって何かわからないかな?」
「すみません、フィジー隊員、暗がりでしたし、すぐに飛んでいきましたのでよくわかりませんでした」
「んー残念」
「正直、それは俺も気になってるんだ、ただの虫かもしれないし、この事件の重要な鍵かもしれない」
そう言って、ソカワは飴玉を口にの中に放り込んだ。
「でさあ、そのコージーってやつは今どうなってんのさ?」
「はい、今はこっちに運ばれて救助部隊が診てるはず……」
ドクマにアーマッジが答えるとほぼ同時に、アヌエルが作戦室に入ってきた。思わず、ドクマは、噂をすればなんとやら、と小さくつぶやいた。
「男の検診が終わったわ、相当まずい状態よ」
「どれぐらいまずいんだい?」
イディが尋ねると、アヌエルは大きなため息を吐いた。
「正直、見たことない程ね、外傷は小さな穴みたいな傷がある程度なんだけど、体内の魔力が著しく減少、透視魔法で見てみると、頭から延髄にかけての部分の所々で神経と血管が切断されていた」
「……で、そいつはまだ、生きてんのか?」
ソカワは飴を口内に転がしたまま聞いた。飴がかみ砕かれる音がした。
「できる限りの治療魔法は施してあるから命に別状はないわ、でも、後遺症は確実に残るわね、少なくとも、ある程度の記憶障害と運動障害は免れないわ」
「……外傷、ということは何者かが男の神経系統に何らかの仕掛けを施し操っていたと推測できるな、そしてそいつは明確にこちらに敵意を向けている」
作戦室の隅で黙って腕を組んでいた、キリヤが皆の前に出た。
「更に、その何者かについての正体はまだわからない上に、まだどこかに潜伏していると考えられる、今後、外に出るときは周囲への警戒を絶対に怠ってはならないぞ、敵がまた誰かを操って我々【流星の使徒】を襲う可能性があるからな」
部屋にいた全員がキリヤの話を聞いていた。
「それと、もう1つ重要な情報ですが……」
アヌエルが手を上げ、皆の視線を自身に向けた。
「彼の魔力反応を調べたところ、かすかですが、アグルド、ベグスと同じ、「黒」の属性が見られました」
にわかに作戦室内に緊張が走った。
「また奴らの同類が来るか……どうにも、事態は思った以上に重くなりそうだねぇ」
今まで、座りながら目をつむり黙って聞いていたムライツが口を開いた。それと同時に、椅子から立ち上がり背筋を伸ばした。
「まぁ、まだ被害に関しては1人が重体になったにすぎない、事が一層大きくなる前に解決を目指そう、そのためには敵を探しに動こう、黙ってたら奴が何をしでかすかわからん、危険は承知だが、狙いが我々ならこっちから出迎えようではないか」
ムライツはコツコツと靴音を立てながら室内を回った。
「まずはガルツ国を中心に調査を進めよう、もちろん諜報部隊や地元の騎士団、ギルドにも協力要請は出す、いいかね?」
隊員たちの、了解、の声が部屋に響いた。
「それと必ず2人以上で行動すること、1人になってるときに襲われたり、最悪その虫に取りつかれたりしたら目も当てられんからな」
「私も式神をもって協力いたします、絶対に敵を探し当てましょうね!!」
「ははっ、頼もしいこと言ってくれるじゃないのホシノちゃ~ん」
「ちょ、ちょっと頭をわしゃわしゃしないでください、ドクマ隊員~~!!」
ホシノとドクマのやり取りに場の緊張はほぐれ、隊員たちは笑みをこぼした……ハイアット以外は。
「……狙いは僕だ」
小さな声で、ハイアットはつぶやいた。
「ん?どしたのハイアット君?」
「いえ、別になんでもないです」
深刻そうな表情のハイアットを、フィジーはそれ以上追求せず、ただ不思議そうに見るだけにとどめた。




