第3話 夜闇の傀儡 (Part1)
僕が【流星の使徒】に入って、既に何日も経った。
厳しい訓練、様々な雑業、そして有害な魔物との戦闘。日々がその繰り返し。新人と言えども、機動部隊の1人として最前線に赴かなくてはならない。この世界に暮らす人々を守るために。
皆は、僕を人間、ディン・ハイアットとして見ている。でも僕は……私はルトラだ。【流星の使徒】は私を味方として認識しつつも、ある種の脅威として見ている。私の力は、やはりこの時代においても強すぎるようだ。そこで、正体を明かせば……皆はどう思うのだろうか?それは想像もつかない……良くなるのか、悪くなるのか。
だが、少なくとも、今は……僕、人間のディン・ハイアットは少しづつだけど、周りから信頼されつつある。それが壊れてしまうと思うと、人間の感情として、怖く感じる。
だから僕は正体を隠している、嘘をついているという罪悪感に苛まれながら。
そして今日も、機動部隊として僕は出動している。
「……ハイアット隊員、具合でも悪いんですか?」
彗星01内で、運転席のアーマッジ隊員から聞かれた。
「いえ、なんでもありません……もしかしたら疲れているのかもしれません」
「ははっ、あんまり無理すんなよ、お前は有望な新人だからな」
後部座席から、ソカワ隊員に囃された。
以前現れた、ベグスとギルド内で呼ばれたあの怪物から、まだ「邪」の尖兵は現れていない。だけど、今日、僕に嫌な予感がずっと付きまとっている。
今日、もしかしたら……。
*
ガルツ国の牧畜地帯にほど近い所に、ある洞窟があった。今、そこには【流星の使徒】機動部隊の3人、ソカワ、アーマッジ、そしてハイアットが来ていた。加えて、彼らの脇には2体ほど小さな奇妙な生物、ホシノの式神が付いていた。
ソカワが左腕のコミューナを起動させた。
「こちらソカワ、ホシノ隊員、中の様子はわかるか?」
『はい、中に蝸牛が沢山います……人間大が3体、犬と同じぐらいのが数10体、といったところでしょうか』
「了解……さっさと片付けちまうか」
ソカワはコミューナを閉じた。
この牧畜地帯で、酸蝸牛が大量に出現し、牧草はおろか、家畜、牧場の従業員にまで被害が及び、地元のギルドでも犠牲者が出てしまった。そこで【流星の使徒】の出番が来たのである。
3人はゆっくりと魔石ランプを片手に洞窟の奥に進んだ。洞窟内は非常に湿気ていたが、かび臭さよりも、酸のすえた匂いが鼻につき、所々に小動物の溶けた死体が転がっていた。
「……いたぞ」
3人は岩陰に隠れて、奥を覗いた。巨大なカタツムリが群生しているのが見えた。ホシノの報告通り、人間ほどの大きさのものが3体いた。
そのカタツムリ……酸蝸牛の一群が徐々にこちらに近づいてきた。
「体温に反応したか、行くぞっ!」
ソカワが岩陰から飛び出すと、相手の弱点である雷属性のモードに切り替えた、魔装銃の引金を引いた。銃口から放射状に雷魔法が射出され、数体の小さな酸蝸牛に当たった。すると、酸蝸牛は体が縮んでいき、動かなくなった。続けざまにソカワは魔装銃を撃ち、それに続くようにアーマッジ、ハイアットも弾丸状の雷魔法を撃った。
小型の方は何体か倒せたが、3体の大型の酸蝸牛はまだ倒せなかった。
「まずい、退くぞ!!」
大型の酸蝸牛が、液体を吐きつけてきた。ソカワは2人を連れて、魔装銃を撃ちながら後退した。その後に、液体がかかると、じゅっ、という音ともに、岩から白煙が上がった。
「3人同時に合わせましょう」
「了解!」
アーマッジの提案に、ソカワが答えると同時に、ハイアットも静かに頷くいた。
「3、2、1、発射!!」
アーマッジの声に合わせて、3人は一斉に雷魔法を1体の大型の酸蝸牛に放った。3人分の攻撃をうけ、大型の酸蝸牛は電撃にしびれながら、瞬く間に萎んでいった。
「よし、もう一回……」
「アーマッジ隊員、危ない!!」
ハイアットが上向きに銃を撃つと、天井から落ちてきた小型の酸蝸牛に当たった。天井にはすでにかなりの数が迫ってきていた。驚いたアーマッジは後ろに転びそうになった。天井に向けて、ソカワは何度も銃を放ち、次々と駆除していった。
「改めて、もういっちょ、3、2、1、てぇっ!!」
今度はソカワの合図で3人が同時に撃ち、もう1体の大型の酸蝸牛を倒した。しかし、その奥にはまだまだ小型の酸蝸牛がいるのが見えた。
「ハイアット、イディからもらったやつを」
「はいっ」
ソカワの指示を受け、ハイアットは腰のホルダーに取り付けてあった小瓶を、酸蝸牛の一群に向かって投げた。小瓶が割れると、中の液体が揮発し、猛烈な冷気が酸蝸牛の周りに発生し、一群の動きが著しく鈍った。
「今だ、撃って撃って撃ちまくるぞ!!」
銃声と雷魔法の音が、洞窟中に響き渡った。
*
外は、すでに暗くなっていた。洞窟の入り口付近には、依頼者である牧場の主や、その従業員たち、更に地元のギルドのメンバーたちが来ていた。
来た人たちは皆、心配そうに洞窟の中を覗き込んでいた。やられたのか、いや大丈夫だろう、でも……口々に、彼らは不安をつぶやいた。
そこに、洞窟から足音が聞こえてきた。周囲の者たちが息をのんで、足音の主が出てくるのを見守った。
そして、ソカワ、アーマッジ、ハイアットの姿が現れた時、周囲は歓喜に包まれた。
「皆さん、酸蝸牛の駆除に成功しました、どうも奥の方に魔力だまりがあるようで、それが原因で発生したようです」
丁寧な口調でソカワは報告すると、どさ、と大型の酸蝸牛の貝殻を3個に地面に放った。それを見た周囲の人々はどよめいた。
「ありがとうございます、これでしばらく、牧場は安心ですな……従業員の皆も喜ぶとおもいますよ」
「このこと、盛大に祝ってやってください、それがいい弔いになりますよ」
丸々とした体格の牧場主がペコペコとソカワに頭を下げていた。傍には熊系の亜人である、ギルドの長が少し寂しげな表情で立っていた。
「できれば、俺たちの力だけでやりたかったが……もっと犠牲者がでたかもしれんな、仇討ち、ありがとうよ」
片手を差し出したギルドの長に、アーマッジは握手して答えた。2人の顔には穏やかな笑顔が浮かんでいた。
皆が喜んでいる様子を、ハイアットはただぼんやりと眺めていた。ハイアットの背中を誰かが軽く叩く音がした。
「おら、なにぼっとしてんだ、ちょっとは笑いなよ」
ソカワがにこやかな表情を浮かべて、ハイアットのそばに立っていた。ハイアットは少しあっけにとられた様子だったが、程なく、なんとも不器用に笑いだした。それを見て、周りもつられて笑い出した。
「さて、【流星の使徒】の皆さん、今日はもう遅くなりましたし、私の所に泊まって行ってはどうでしょう、宿屋で余計なお金を使うこともありますまい」
牧場主がソカワに話しかけた。
「報酬だけでなく、もてなしてくださるとはあがたい、お言葉に甘えていただきますよ、ハイアット隊員、ホシノ隊員に連絡してくれ」
「はい、こちらハイアット、あ、ホシノ隊員、今日はもう遅くなりましたので……」
ハイアットがコミューナ越しに連絡している間、牧場主は用意するごちそうの事を嬉々として話していた。




