第2話 光と影を追って (Part6)
怪物は咆哮を上げながら、辺り一面を炎で塗りつぶしていった。それはまるで、破壊を楽しみ、この世界の者たちに自らの力を誇示しているようだった。
そこに1体のワイバーンと1人の有翼人が飛び込んでいった。
「俺たちが相手だ、この4つ目野郎!!」
ソカワが2丁の魔装銃から怪物の顔めがけて雷魔法の弾を何度も撃った。バチン、バチンという音とともに火花が怪物の顔の上をはねた。
「こっちにも注目だよ!!」
中型の連射式魔装銃を抱えたフィジーが怪物の後頭部めがけて一気に魔法弾を放った。着弾箇所から小さな爆発が爆竹のように起き、怪物の頭からもうもうと煙があがった。周囲からの猛攻に、怪物は鬱陶しそうに頭を振り回した。それでも怪物の視界に入らないように3人はうまく旋回した。
そこから離れたところで少し、大型の重火器を片手に、彗星01の上で胡坐をかいていた。車内は運転席にアーマッジが座っているだけだった。
「アーマッジ、絶対に止まるんじゃねぇぞ!!」
「了解!!」
ぐっと手に力を込め、アーマッジはエンジンをかけた。駆動音が力強くなり、彗星01は走り出した。
揺れる屋根の上で、ドクマは必死に姿勢を安定させると、重火器を肩に担ぎ、怪物に狙いを定めた。
「3……2……1……発射ぁ!!」
爆音を立てて、巨大な炎の弾が撃ち出された。ゆるかな放物線を描き、弾は怪物の胸のあたりに着弾し、大爆発を起こした。その衝撃で怪物は大きくのけぞり、バランスを崩しかけた。
「ちぃ、頭には当たらなかったか……アーマッジ、来るぞ!!」
怪物はすぐに体勢を戻すと、その眼を彗星01の方に向けた。そしてその眼が輝き、地を走るように炎が彗星01を追いかけた。馬にも勝る、彗星01の速度をもってしても炎を振り切ることができず、瞬く間に彗星01は炎に包まれた。
「気を取られんじゃないよ!!」
フィジーは怪物の喉元まで近づくと、再び魔法弾を連射で放った。それに鬱陶しがり、怪物は腕を振り回したが、フィジーはひらりと身をかわし、怪物の死角へとまわっていき、攻撃を続ける。少し離れたところから、ソカワも追撃を放つ。
怪物が周りに気を取られて暴れていると、ひゅーん、と火の玉が飛んできた。そしてその火の玉は怪物の首筋に当たり、爆発した。この一撃で怪物は前のめりに倒れた。
「おっしゃ!!」
走り続ける彗星01の上で、ドクマは拳を握った。彗星01の周りは青白い光に覆われていた。火魔法に対する対抗魔法が彗星01にかけられていたのだ。
『こちらキリヤ、そっちの首尾はどうだ』
コミューナからキリヤの声が聞こえた。
「こちらドクマ、怪物を転倒させた、ダメージは与えられている!」
『そうか、こっちはタクティア国騎士団と地元のギルドと協力して、町の住民の避難、周囲の鎮火はほとんど終えた、ハイアットも私のそばで大人しくしている、アヌエル、イディはどうだ?』
『こちらイディ、孤児院前で村落の住人をアヌエルの転移魔法で順次送っている、周辺はすでに対抗魔法の結界で防護しています』
『了解、引き続き、各自作戦を進行させろ』
コミューナが閉じられた。
ソカワが地面に銃を撃つと、怪物を取り囲むように魔法陣が展開された。すると、怪物は地面に吸い寄せられたかのように這いつくばった。地魔法により、局所的に重力を強めたのだ。怪物の苦しげな声があたりに響いた。
「いよっし、怪物退治、いっちょ上がり!!」
車の上で、ドクマは喝采を上げた、その時だった。怪物の体中にある角が紫色に、一瞬、閃光を放った。すると、地面の魔法陣が瞬く間に消えてしまい、怪物は体勢を立て直したてしまった
「ちっ、めんどくせぇ……!」
ソカワが銃を構えた直後、怪物は口を開け、何か小さな黒い弾を、彗星01に向かって吐き出した。
『アーマッジ、危ない!!』
「えっ!?」
通信装置から聞こえたソカワの声を聞いて、アーマッジは急いで操縦桿を左に切った。
そして、怪物の放った黒い弾が彗星01のすぐそばに着弾した。
大爆発が起こった。彗星01は空中に放り出され、逆さまに落ちて地面をゴロゴロと転がった。屋根の上に載っていたドクマは勢いよく投げだされ、近くの木に強く体を打ち付けた。車の中では、アーマッジとハイアットが血塗れになって倒れていた。
『彗星01がやられた、敵の武器は熱線だけではない、強烈な爆発を起こす魔弾を口から吐き出すようだ、そいつは対抗魔法をつきやぶるぞ』
「なんだって!?」
コミューナから聞こえるムラーツの報告を聞いて、イディは驚愕した。
「アヌエル隊員、急いでくれ、ドクマ、アーマッジ隊員の安否が心配だ!!」
「わかった、こっちも急いで皆を避難させるわ」
アヌエルの足元には転移魔法の魔法陣が淡く点滅していた。周りはすでに女性や老人、は見えず、子供も孤児院にいる者だけとなっていた。その子供たちの数を、修道女が慌てた様子で数えていた。
「……やっぱりいない、1人いないわ!!」
「どうしましたか!?」
アヌエルが声をかけた。
「うちの子……女の子が1人見当たらないの!! きっとまだ孤児院の中だわ!!」
「私が探してきます、イディ、あとは任せたわ!」
「了解!」
アヌエルは急いで孤児院の中に入っていった。もはやだれもおらず、子供たちが遊んだ跡がそのまま残されていた。辺りを見回したが、誰かいる気配が感じられなかった。アヌエルは必死に耳をすませた。
「……2階!!」
怪獣の咆哮と地響きがする中、確かにアヌエルは聞き取った。急いでアヌエルは階段を駆け上がり、子供たちの寝室の方に入っていった。
子供は、いた。その子はのんびりと、何かを探していた。アヌエルは安堵の表情を浮かべ、その子の肩を叩いた。
「探したわよ、みんな心配してるから、さ、おいで」
「リリーちゃんが、リリーちゃんがいないの」
「リリーちゃん?」
「わたしの大事なお人形なの」
「……ごめんね、今はあなたの命が危険なの」
「やだやだ!! リリーちゃんがいなきゃやだ!!」
「こーら、わがまま言わないでよ」
次の瞬間、孤児院の表で爆発が起きた。とっさにアヌエルは少女を抱きよせ、衝撃で崩れてきた孤児院の破片から彼女をかばった。
『こちらイディ、アヌエル隊員、応答してくれ!!』
「こちらアヌエル、何が起こったの!?」
『奴がこっちを狙ってきた!! 今の爆発で魔法陣がかき消された!! 僕は残された人たちを逃す、アヌエルも早く逃げろ!!』
コミューナから、イディの逼迫した声が聞こえた。コミューナを閉じたアヌエルは急いで少女を抱きかかえて、走り出した。
「やだー!! リリーちゃんが!! リリーちゃんが!!」
少女は泣き叫んだ、自分の宝物が失われる予感がして。少女の感じる心の痛みを感じながら、アヌエルは必死に階段を駆け下りた。
そして、入り口まで到達した瞬間。
「アヌエル隊員、危ない!!」
遠くからのイディの叫び声と同時に、黒い弾が孤児院の屋根に当たった。
爆炎が、孤児院から上がった。爆風で屋根も壁も粉々に吹き飛んだ。その衝撃で、アヌエルは少女を抱いたまま前方に投げ出された。
「ああっ、あの子が……!?」
「危険ですから、下がってください!!」
子供が彼女に抱きかかえられているのを見て、修道女が駆け寄ろうとしたのをイディは必死で制した。
全身の痛みをこらえて、アヌエルは子供をかかえたまま立ち上がった。見上げると、怪物の巨体がすぐそこまで迫っていた。
*
「孤児院が破壊されただと!!」
コミューナに向かってキリヤは怒声をあげた。それと同時に、ハイアットも目を見開いて、キリヤの方を見た。
「……わかった、フィジー、2人を安全なところに、ソカワは……全力をもって……」
キリヤは険しい表情で、コミューナを通じて指示を出していた。状況が非常に悪くなっていることは、
明白であった。
キリヤの様子を見て、ハイアットは拳を握り、苛立った様子でうつむいた。何もできぬ自分に対して静かに憤怒しているようだった。
溜息をつき、顔を上げると、ハイアットの目の前に、【北斗商会】の見慣れた店舗があった。そして、その脇には愛用していた2輪車が停めてあった。
「アヌエル……生きてくれ、私も大至急そちらに……」
「おい、こら、待てえ!!」
キリヤの後ろから、男の叫び声が聞こえた。振り向くと、何人かの男が何者かを追いかけていた。遠くの方で、まさにあの怪物のいる方向に2輪車に乗って走っていったのが見えた。そして、ハイアットの姿はなかった。
近くには、数人の男がへたり込んでいた。彼らは傭兵らしく、鍛えていることが装備の上からでもわかった。
「君たち、どうしたんだ!!」
「あの青年が、制止も聞かずに行ってしまったんだ」
1人が妙に震えた声で答えた。
「力づくでも止められなかったのか」
「わかんねぇ、あいつに睨まれたら、急に腰が砕けちまって……」
「睨んだ、だけで……?」
キリヤは訝しげな表情を浮かべ、2輪車が走っていった方を見た。
*
かつてよく見ていた光景は火の海と化し、まるで地獄のようになっていた。孤児院へと向かう道を、ハイアットは必死で走っていた。周囲の炎が、彼の肌を焼いていたはずだったが、まるで何も感じていないかのようにハイアットは2輪車を走らせていた。
そして、怪物の巨体が見えてきた。怪物の周囲にはワイバーンが1体飛びまわっており、足元には1人が必死に抵抗しているのが見えた。怪物はまるでじゃれるかのようにいたぶり、その合間にも周囲に炎を広げていった。孤児院のあったところには、巨大な火柱があがっていた。
「…………」
ハイアットの顔に怒りが見えた。感情の抑えきれぬ中、彼の右手が徐々に輝き始めた。
いきなり風が吹いた。その風で一帯の炎がハイアットめがけて襲い掛かった。思わず、ハイアットは2輪車から飛び降りた。2輪車はそのまま火の海に飲まれた。
ハイアットはゆっくりと立ち上がると、目をつむりながら怪物のいる方向にふらふらと歩き始めた。
「……思い出せ、「僕」の名を」
ハイアットは静かに呟いた。
「思い出せ、「私」の名を」
右手の光はだんだんと彼の体を包んでいき、彼の髪は橙に変わっていった。
「「私」の名は……ルトラ!!」
眼を開けると、その眼は金色に輝いていた。




