第2話 光と影を追って (Part5)
背の高い広葉樹が並ぶ森の中は日照がよく入り、さほど暗くなく、所々高い草が生えているぐらいで、見通しが悪いという感じではなかった。
その中で、【流星の使徒】機動部隊の者たちは緊張感をもって探索していた。敵は未知の能力を持った、ヤモリぐらいの生物である。例え明るい状態であるとはいえ、森の中で見つけるのは困難であり、むしろ自分たちの方が見つかりやすく、先手を打たれやすいという危険があった。隊員たちはそれぞれ、身を小さくし木々を縫いうように移動していた。
「……おっ!?」
ソカワは木の陰で、コミューナを見て何かを見つけた。そしてすぐに通信モードへと切り替えた。
「こちらソカワ、彗星01より西122、南96の地点で高い魔力反応を検知した、すぐにこちらに向かってくれ」
コミューナから複数人が、了解、と答える声が聞こえた。
再びコミューナを切り替えると、ソカワは静かに深呼吸しながら魔装銃を取り出し、構えた。そして、魔力反応が強く出ている方に顔をだし、目を凝らせて辺りを見渡した。僅かな草の動き、小動物や虫の姿、すべてを注意深く見ていた。
いた。
間違いない、あれだ。
ソカワは確信した。一瞬、ただのトカゲかと思ったが、違和感があった。
それは木の幹にしがみついていた。色は真っ黒で体の至る所に、白い角が生えていた。そして、真っ赤な目が4つ、ついていた。
ソカワは銃口をゆっくりと怪物に向けた。怪物に狙いを定め、一呼吸した。
そして、引金を引いた。
銃口から雷魔法が打ち出され、怪物めがけて飛んでいった。しかし、それが当たる直前に怪物は木から飛び降りた。その跡に着弾し、黒く焦げさせた。
怪物は地面に降りると、素早くこちらの方に近づいてきた。
「ちっくしょう!!」
ソカワが2発目を放とうとしたその瞬間だった。怪物の眼がこっちに向かって光り出した。すると、いきなりソカワが隠れていた木が燃え始めたのだ。
ソカワはすぐさま前方に身を投げ出し、別の木の方に身を隠すと、燃え上がった木の上をめがけて魔装銃を放った。水魔法が展開され、木は一挙に鎮火した。怪物はソカワをめがけて走ってきた。しかし、すぐ目の前に矢が刺さり、方向を変えていった。更に追撃するように怪物めがけてまた別方向から雷魔法の弾が放たれたが、全てかわされてしまった。
矢が放たれた方向にはキリヤがいた。
「ソカワ隊員、大丈夫か!?」
「大丈夫です、油断しました……!!」
キリヤ隊長に対して悔しさのにじみ出る声でソカワは答えた。
「怪物は熱線を放っている、太陽が放つように、目に見えない熱線を目から放ってるんだ!!」
キリヤはコミューナを開き、全員に伝えた。
「フィジー、ソカワ、ドクマは作戦の地点まで奴を誘導、絶対にやつの視界にはいらないようにしろ!!」
キリヤが必死にコミューナに向かって叫んだ。しかし、コミューナから目を離すと、すぐ近くに怪物がいた。そして、その視線をキリヤに合わせた。
「しまった!?」
キリヤはすぐ横に飛ぶと、彼女のいたところが瞬時に燃え上がった。その炎越しに雷魔法の弾が撃たれ、怪物はすぐに逃げ出した。
「副隊長!!」
「すまない、フィジー隊員、私も油断したみたいだ……私の心配よりも、奴を!」
「了解!!」
フィジーが怪物を追うように去ると、キリヤは体勢を立て直し、また同様に木々の間を縫っていった。
怪物はすばしっこく地を這い、木々に飛び移りながら、【流星の使徒】から逃げていた。その後には矢や焦げた跡、そして不幸にも巻き込まれて真っ黒に焼かれた小動物の遺体があった。
「そっちにいったぞ!!」
ソカワが叫んだ。するとそこから大量の長い針が放たれ、怪物の逃げた跡に次々と刺さった。弾が放たれた方向には中型の兵器を持ったドクマがいた。
「おし、目標位置まであとどれくらいだ!?」
「残り、75ぐらいかなっとぉ!」
フィジーが答えながらも、魔装銃を放ち、すぐに移動する。
いきなり、怪物が立ち止まった。そして目を光らせながら周囲をぐるりと見渡した。すると、辺り一面は瞬く間に火の海と化した。さすがに、ソカワ、ドクマ、フィジーの3人はその場から離れた。
「私が対処する、お前たちは奴を追うんだ!」
キリヤは隊員たちに指示すると、剣を空に向かって掲げた。
「《空の上におわす神よ、この地を水ですべて流し給え》」
キリヤの詠唱が終わると、剣の先から水色の光が打ち出され、燃え上がる樹の上に魔法陣を展開した。そして魔法陣から大雨が降りだし、その炎の勢いを弱めた。大雨からの水は火を鎮火したばかりでなく、小さな怪物を追い詰める武器ともなった。
「そらよ!! 当たりたくねぇなら逃げるこったな!!」
ソカワが水流から逃げる怪物を更に銃で撃つ。そこにドクマとフィジーも連携して追撃し、怪物をどんどんと追いやっていった。
そして怪物がある茂みの中に飛び込んでいった。
「アヌエル隊員!!」
「《悪しきものよ、神なる怒りに囚われよ》!!」
フィジーの呼びかけに答えるように、アヌエルは呪文を詠唱した。すると怪物の周りの5本の木に刻まれた魔法文字から直線状の雷魔法が放たれ、まるで縄のように怪物に絡みついた。怪物の醜悪な呻き声があたりに響いた。
「おしっ、これでも、くらえっ!」
ドクマが、兵器に取り付けられたアタッチメントを切り替え、動けなくなった怪物に発射した。弾は丸く透明で怪物を包むぐらいの大きさだった。それが着弾すると、怪物の周囲の空気が固着され、まるで透明な直方体の箱に入れられたようだった。
「やった、作戦成功!」
銃を片手にフィジーはなんとも無邪気に喜んだ。ソカワはその空気の箱を手に取った。
「これを本部に持ち帰れば、様々な対策ができる……大きく有利になるな」
「へっ、あいつの目に物を見せてやろうぜ」
ドクマは銃を肩に担いでせせら笑った。
皆が喜んでいる中、キリヤとアヌエルがコミューナを見て何かに気づいた。
「副隊長、これは……」
「ん……なっ、皆、それを捨てて離れろ!!」
「へっ……どわっちゃああ!?」
ソカワは思わず手を放した。箱は高熱を持ち、真っ赤に変わっていった。そしてその周囲がどんどんと燃え上がっていった。
「魔力が急上昇している! 彗星01のところまで退くぞ!!」
森にやや入ったところ、彗星01の中で、ハイアットは嫌な空気に気づいた。彗星01から出ると、動物たちや元からいる小さな魔物たちが慌ただしく森から出んとしていた。
「あれは……」
ごうごうと燃え盛る炎を見て、ハイアットの表情は険しいものとなった。
そして、その炎の中から巨大化し、直立した怪物が現れた。城の大きさを優に超えるほどの体格となり、真っ赤な4つ目には、森が燃える景色が映っていた。
ふと、ハイアットの背筋が凍るものを感じた。怪物が、こっちを見てニヤリと笑ったように感じた。
程なくして、機動部隊の皆が戻ってきた。
「まず、この森から脱出するんだ!! 全員彗星01に乗り込め!!」
キリヤが必死の形相で叫んだ。
「俺が操縦する、ソカワ、フィジー、屋根の上で迎撃を頼む」
「おう!!」
「まーかせてっ!!」
ドクマは操縦席に乗り込み、ソカワ、フィジーはひらりと屋根の上に陣取った。
キリヤも素早くドクマの隣に座った。
「さあ、あなたも、早く」
アヌエルはハイアットを後部座席に押し込み、自らも急いで乗り込んだ。
火魔法のエンジンがかかる音が鳴り、彗星01は森の入り口に向かって発進した。その音に気付いた怪物がこちらに向き、その眼を輝かせた。彗星01の通る跡は炎が上がっていった。それに怯まず、フィジー、ソカワは屋根の上で必死に抵抗していった。
「畜生、無様なこった、ハイアット、てめえの言うとおりになっちまった!」
「仕方ない、対策が甘かったんだ……お前だけじゃない、皆の責任だ」
歯ぎしりを立てるドクマをキリヤは諌めた。しかし、彼女の表情もまた、悔しさがにじみでていた。
『こちらムラーツ、どうもまずいことになってしまったようだな』
「こちらキリヤ……隊長、申し訳ありません」
通信装置から聞こえるムラーツの声に、キリヤは震える声で答えた。
『気にするな、とにかく生き延びてくれればいい、こちらで既にベルクラ町に避難を呼びかけるよう連絡した、イディ、アーマッジ両隊員も既に出動している、住人の安全の確保、そして奴の動きを食い止めてくれ』
「……了解!」
思わず、キリヤは自分の腿をおもいきり叩いた。後部座席で、アヌエルは心配そうにその様子を見ていた。ふと、横を見るとハイアットが唇をかみしめ、何か思い詰めているような表情でうつむいていた。
「どうしたの?」
「あ、いえ、なんでも、ありません」
「……大丈夫、私たちに任せて」
アヌエルはできる限り平静に保ちながら答えた。後ろの窓から轟々と炎が上がっているのが見えた。




