第2話 光と影を追って (Part4)
「諸君、知っての通り、この度タクティア国から正式に怪物退治の要請が入った、先日から発生している人体発火の件だが、とうとう有力な貴族にも被害が及んだとのことだ」
作戦室内で、整列する機動部隊員の前を歩きながら、ムラーツは説明していた。
「貴族が死んでやっとか」
「ソカワ、そういう言動は慎め」
小さく舌打ちするソカワに、目の前で両腕を組みながら姿勢よく立つキリヤが注意した。それを気にせずにムラーツは説明をつづけた。
「目撃者である従者によると、所有する森で狩りをしている最中に2人やられたらしい、それでその時、見知らぬ小さな生物を見たということだ」
「それって、もしかして……」
アヌエルの問いに、ムラーツは頷いて答えた。
「例の青年、ディン・ハイアット君の証言に出たヤモリのような生物であると見て間違いないだろう、今回の事件が発生した場所も、前に事件が起きた繁華街から比較的近い場所にある、奴はこの森に潜んでいる」
ムラーツは地図を映して浮かんでいるディスプレイに指さした。そこには森を示す深緑色が塗られていた。
「隊長、もしかしたらこれは挑発かもしれません、奴はあえて我々を相手どり、まとめて始末しようと企んでいる可能性があります」
「ふむ、そこまでの知性を持っていると考えているのかアーマッジ隊員」
「はい、この目で狡猾に逃げ遂せたのを見ましたので」
「畜生、魔物風情がなめくさりやがって……!」
アーマッジの横で、クドマムが歯ぎしりを立てた。それを隣で聞いていたイディが肘で小突いてなだめた。
「しかし、だからと言って我々が出動せねば罪なき被害者が増えることになる、現場はキリヤ副隊長、クドマム隊員、ソカワ隊員、アヌエル隊員、フィジー隊員の5名に出てもらう、現場での指揮はキリヤ副隊長に任せる、イディ隊員、アーマッジ隊員は情報分析に当たってくれ、よろしいか」
隊員たちの応答の声が部屋中に響いた。
「それから、現場にはある客を連れて行ってほしい、おーい」
ムラーツは部屋に隅に向かって手招きした。すると、そこで小さく座っていたハイアットが立ち上がり、ムラーツの隣に来た。
「紹介しよう、さっきもちょっと名前があがっていたが、今回の人体発火事件の犯人の目撃者であるディン・ハイアット君だ」
「……よろしくお願いします」
ハイアットは頭を深く下げた。それをクドマムは苦々しい表情で見ていた。
「貴重な情報源の1人であり、本来ならばできる限り保護せねばならない……が、彼の強い希望があり、私の判断で同行させることにした、よろしいかな」
威勢よく隊員たちは答えた、しかし、一部は納得がいかないと言うような表情をしていた。
「我々が危険な目に合わないように十分に守ってはおく、ただし彗星01周辺に待機、そして我々の言うことを聞くようにしてくれ、いいな」
キリヤがハイアットに言うと、彼は静かに、小さく頷いた。
「それでは、早急に現場に向かってくれ、【流星の使徒】機動部隊、出撃!!」
ムラーツのよく通る声に、5人の応答が続いた。そして、キリヤを先頭に5人の隊員たちが足早に部屋を出て、その後をハイアットは追っていった。部屋はムラーツとイディ、アーマッジ、ホシノが残った。
イディが訝しげな様子でムラーツの方に向いた。
「隊長、彼の望み通りにしてやってよかったんですか?僕としちゃ、ここに残して安全を確保した方がよかった気がするんですけどね」
同調するようにアーマッジも腕を組みながら頷いていた。ムラーツはパイプを咥えてニヤッと笑った。
「なんていうかな、泳がせてみた方が面白いことが起きそうな気がしたんでね、あくまで、私の勘だがね」
「……隊長も勘ですか」
イディが頭を掻く横で、ムラーツは煙を宙に浮かばせた。
「あー、ホシノ君、いつものようにちゃんと式神で彼らを見守るようにね」
「了解!」
*
地にはキリヤの乗る地走竜1匹と彗星01が駆け、空にはソカワの乗るワイバーン1匹が飛んでいた。彗星01の操縦席にはクドマムの巨体が座り、その後ろにハイアットとアヌエルが座り、フィジーは屋根の上で景色を眺めていた。
彗星01の中は静かだが、重い空気が立ち込めていた。クドマムはまだ苦い顔をしたままであり、ハイアットは感情の読めぬ顔で窓の外を見ていた。
「……おい」
体格に合わぬ操縦桿を握るクドマムが口を開いた。
「なんで、今度の敵に俺たちが敵わないって思ったんだ?」
ハイアットに向けられたその言葉は明らかに、苛立ちの色が見えていた。
「……僕の、ただの勘です」
「勘? はっ! 勘だけで俺たちの実力を測ったってのか、ふざけんじゃねえよ」
悪くなる空気の中で、アヌエルは目をつぶり不安げにため息をついた。そんな事もお構いなしにクドマムは続けた。
「お前は、俺たちのことを見くびってんのか?俺たちがどれだけのことをやって来たか知っているのか?」
「僕は、別にみくびってはいません、もちろん、【流星の使徒】の実績は……知っています」
「おい、なんだ今の間は、えぇ!?」
「やめて、クドマム」
険しい表情でアヌエルはクドマムを注意した。
「クドマム、あなたの気持ちはわかるわ、でも一般人を感情に任せて罵倒するなんて、【流星の使徒】として恥ずべき行為よ」
「……すまねぇ」
アヌエルの艶やかな声が冷たく当たり、クドマムはばつの悪そうな顔をして、押し黙った。アヌエルの横で、ハイアットは変わらない表情で前を向いていた。
「【流星の使徒】の活躍と実力はわかっています、ただ、奴の能力は、皆さんの常識を超えたものです……だから、僕は胸騒ぎがするんです」
「どうしてそんなことがわかるの?それも直感かしら?」
「……はい」
ハイアットの奇妙な言葉に、アヌエルは困った様子で、自分の長い髪を撫でた。クドマムは大きな音を立てて舌打ちした。
「なあ、お前は俺たちが敵わねぇって言ってるけどさ、それは俺らを引き留めようとしてんのか?」
クドマムの問いにハイアットは静かに頷いた。
「……相手はまだ多くの力を隠し持っている、皆さんの想像よりも、強大な」
「へっ、だからどうしたってんだ、もしかしたら敵わねぇかもしれねぇよ、だけどよ、それでも俺たちがやらなくちゃ被害はどんどん大きくなっちまうんだ、下手すりゃ何千人と死んじまうことだって起こりうる、例えどんなに強いやつが相手でもな、俺たちは数えきれないほどの人の命のために、立ち向かわなくちゃならねぇんだ、それが俺たちの矜持なんだよ」
クドマムは吐き捨てるように、強く言った。ハイアットはそれをただただ黙って聞いていた。クドマムは横の方から視線を感じた。窓から頭を逆さにだして、フィジーは彗星01、というか、クドマムの様子を見ていた。
「……フィジー、何ニヤニヤしてやがる」
「いやー、えらくかっこいいこと言ってんなーって思ってね」
「黙れ!」
「あー、ハイアット、だっけか、気にしなくていいからね、こいつ、こうムキになりやすいんだよねぇ」
「だからだーまーれっての!!」
クドマムに怒鳴られ、フィジーはケラケラと笑いながら引っ込んだ。
その時、彗星01の通信装置からけたたましい音が鳴った。
『各隊員たちへ、こちらキリヤ、聞こえるか』
通信装置からキリヤ副隊長の声が聞こえた。
『件の怪物が潜伏していると思しき森が見えてきた、諸君、心の準備は良いか』
隊員がそれぞれ、威勢よく答える声が聞こえてきた。
『それからハイアット君は彗星01から離れないでくれ、何かあったら君に渡したコミューナで連絡をしてほしい』
「わかりました」




