第1話 蘇る神話 (Part1)
平和な世界、だった。
人間、エルフ、亜人そして魔族……多くの種族が500年近くにわたり、それぞれがいがみ合い、それぞれを滅ぼさんと戦っていた時代はすでに遠い過去となり、その時代には不可能とされていた共存が当たり前のものとなっていた。共に競い合い、共に知恵を深め合い、共に災厄と戦う、よき友、よき相手となった。
そう、平和、だった。ある隠された神殿が見つかるまでは。
*
「しかし、こんな近くにこんな素晴らしいものが眠っていたとは、改めて驚くよ」
ランプを片手に、丸々とした壮年の男がぽつりとつぶやいた。
男女含めて9人の大所帯のパーティが、ダンジョンの探索をしていた。そのうち、先ほどの人間の男性も含む5人は随分と膨らんだリュックを背負っており、残りの4人はそれぞれ、剣と大型の銃…魔法を射出する魔装銃を持っていた。
ダンジョンは石造りの、明らかに何者かが建てたと一目でわかる遺跡であった。さらに建築材料である石は鉱物が含まれているのか、灯りを反射してきらきらと光っていた。また、壁にはところどころ絵物語ようなレリーフが施されていた。
その遺跡は、カトク国中心部にほど近い、ルガモル鉱山の中にあった。ルガモル鉱山は今も魔石の原料となる鉱物の採掘がおこなわれており、時折小型モンスターが出現するぐらいの、ダンジョンとしては初級の物であり、その奥底にこのような神殿があることなど、長きにわたって、誰も知らなかった。
しかし、近年発達した魔力探知の技術により、その存在が明らかとなり、一年近くの発掘作業の末、その遺跡が姿を現した。
なぜ、王国の近くのこの鉱山で、今まで誰もこの神殿を見つけることができなかったのか?そんな素朴な疑問よりも先に、皆はこの神殿が、いつ、いったい何のために建てられたものなのかを知りたかった。
そして今、壮年の男性、ナギア教授率いる考古学研究室が探索に入っている。
「ヒッサ君、何か見つかったかね」
ゴーグル型のスコープをかけたエルフの男性に教授は話しかけた。
「いえ、今のところ何も、しかし、遺物の反応はおろか、生物の反応もありませんし、魔力濃度も、これほどの立派な遺跡なのに、外よりも低いレベルで保っています、むしろ今まさに異常な状態だと思います」
「なるほどね、それじゃシルヴィエ君、レリーフがどいうものか、何かわかったかい?」
ヒッサの傍らで、ディスプレイ、魔法により空中に映された映像とにらめっこしている、セミロングの明度の高い髪をした、人間の女性に教授は目を向けた。
「はい、それぞれのレリーフについて、解析、照合を進めていましたが、少なくとも、500年戦争中に起きた主な事件や動きと符合するものは見つかりませんでした、他年代についてもすぐに調べます」
そう、とナギア教授は返すと、歩きながらもじっくりと考えていた。
先ほどの情報がもし正確ならば、500年戦争の時代とも異なり、更にこの鉱山の奥深くとなると、より古い時代の物であることは推測することができる。
しかし、これほどまでにきれいに残るものなのだろうか。
「教授、あれを」
ヒッサに肩を叩かれて、ナギア教授が顔を上げると、見上げるほどの高さの石の扉があった。その威容に傭兵4人も思わずたじろいだ。
「肉眼では見えないぐらい、薄く文字が書かれているようです、スコープの映像をシルヴィエの映像に送ります」
「うん、シルヴィエ君、解析、頼むよ」
ヒッサがゴーグル型スコープの右アームをなぞると、そこに施された魔法文字が淡く光った。すると、シルヴィエのディスプレイにスコープに移った像が転送された。
「ノタカ君、これの位置、描き込んだ?」
「はい、ばっちりです!入口より、北37西91の地点です」
ヒッサ、シルヴィエのすぐ後ろにいた、見るからにまだ若い、虎系の獣人である男性が快活に答えた。左腕には腕時計型の距離測定器がまかれ、右手には地図情報を移すディスプレイが浮かんでいた。
「……さて、ハイアット君、撮影機越しじゃなく、この姿そのものを直で見て、しっかりと目の奥にも焼き付けることが大事なんだよ?」
「え、あ、はい!」
先ほどから、ノタカの隣で首から下げた撮影機で写真を撮り続けている、栗色の髪をした人間の青年にナギア教授は目を向けた。どうも自分が話しかけられると思ってなかったらしく、青年は慌てた様子だった。
青年の名前はディン・ハイアット。年齢は20。この研究室内では最も若く、研究者としてはまだまだ駆け出しであり、もっぱら、今のような記録用の写真撮影や、資料整理といった雑用が主であった。
「記録しておくことは研究するうえで重要なのは確かだけどね、こうして本物を間近で見た時の印象とか感動が、後々まで効いてくるものだよ?私だって、こんな場所にこんな美しいものを見るのは初めてなんだからね」
「は、はい、わかりました」
生真面目にハイアットは答えた。確かに、彼は文献での知識は相応には持っていたが、まだこのようなフィールドワークの経験は数えるほどしかしていなかった。
しばらくして、シルヴィエがナギア教授の方に近づいた。
「教授、扉の文字の解析が終わりました」
「おお、案外早かったね」
「ええ、どうやら、古代アラーカの文字のようですね」
古代アラーカは、かつて最も栄えたエルフの文明であった。
「と、なるとこの遺跡は、エルフ族によるもの……でしょうか?」
「まあ、まて、ヒッサ君、この土地は昔から鉱山と草原ばかりの土地だ、いくらかつて同族が使ってたからってそれは早計ではないかね?」
「……はい」
ヒッサは少し顔を赤らめた。
「それじゃ、何が書いてあるか読んでくれるかね?」
「はい」
そう言って、シルヴィエは一呼吸置いた。
「《汝らよ、ついにこの時が来たか、光を必要とする時が》」
古代のエルフの言語で読み上げた瞬間、扉の文字がひかり、神殿が揺れ始めた。4人の傭兵は彼らを守らんと、身を構えた。
石の扉が、ゆっくりと両側に開いていった。