悪魔博士とネコウシニワトリ (童話23)
コツ、コツ、コツ……。
うす暗い研究室でクツ音がひびく。
そしてなぜだか、そこにはニワトリの入ったカゴがあった。
博士の姿が電灯の明かりに浮かび上がる。
顔じゅう黒いヒゲだらけだ。
「ネコからヘソをとって、ニワトリに……」
博士には大きな夢があった。
鳥のように空を飛ぶ人間。
魚のように海を泳ぐ人間。
そんな万能人間を作ることだ。そのために、今は動物で実験をしている。
だが、博士の研究はザンコクだった。実験で犠牲になった動物の数はこれまではかりしれない。
いつしか博士は、悪魔博士と呼ばれるようになっていたのだった。
「ネコ一匹つかまえるのに、どれだけ時間がかかってるんだ」
博士のどなり声に、カゴの中のニワトリがあばれ始めた。
「おとなしくしてろ。もうじき、世界一すばらしいニワトリにしてやるからな」
博士はニワトリをにらんでニタリと笑った。
そこに――。
博士のたった一人の助手が帰ってきた。
「博士、このネコで三十三匹目です」
助手はノラネコの入った袋をかかえていた。
「今回で三十三回目の実験になるのか。では、さっそく始めるぞ」
これからネコとニワトリを合体させ、タマゴを産むネコニワトリを作るのである。
ネコニワトリが完成すれば――。
ネコをペットとして飼いながら、いつでも新鮮なタマゴが食べられる。ネコを大事にするので、ノラネコがいなくなる。
まさに一石二鳥というわけだ。
手術台にネコとニワトリを眠らせた。
生命維持装置がセットされると、メモリがいっせいにゆれ始めた。
博士の目がキラリと輝く。
合体手術が始まった。
ネコとニワトリをメスで切り開き、ネコの体の中にニワトリの中身をすばやく移した。
三十三回目の手術ともなれば、博士の指の動きもさすがになめらかだ。しかもこの日は、精密機械のごとく正確であった。
中身の合体が終わり、博士はネコの体をぬい合わせていった。
ネコとニワトリがひとつとなった。
メモリはすべて波を打っており、ネコニワトリはまだ生きている。
ネコニワトリがついに完成した。
「やったぞ!」
「博士、おみごとです」
博士と助手は手を取り合ってよろこんだ。
一週間がすぎた。
ネコニワトリはニャーニャー鳴きながら、研究室の中を走りまわるようになった。
一カ月がすぎた。
ネコニワトリはタマゴを産まなかった。
三カ月がすぎた。
いっこうにタマゴを産まなかった。
「このネコはオスだっただろう。だからタマゴを産まんのだ。メスネコで実験のやり直しだ」
博士はあきらめなかった。
ふたたび実験が始まる。
毎日、ニワトリとメスネコが用意された。
しばらくの間。
実験は失敗をくり返した。
ニワトリとネコが次々と犠牲になってゆく。
そしてネコ十匹目のとき、博士はついに二度目の合体手術に成功した。
ネコニワトリ二号の完成である。
一週間が過ぎた。
ネコニワトリ二号は走りまわるようになった。
一カ月が過ぎた。
コケコッコー。
ネコニワトリ二号が鳴いて、みごとニワトリのタマゴを産んだ。
博士はタマゴを手に取ってみた。
「うん? 音がしたぞ」
耳を近づけたとたん、タマゴがパカリとまっぷたつに割れた。
出てきたのはネコのあかちゃんだった。
毎日。
ネコニワトリ二号はタマゴを産み続けた。
子ネコがどんどん増えてゆく。
「このままではミルク代がたまらん。かといって、捨てたらノラネコになってしまう」
博士は頭をかかえてしまった。
けれど、すぐに新たなアイデアを思いつく。
「牛乳を出すネコウシを作ろう。そうすりゃ、ミルク代にこまらん。それに新鮮な牛乳が飲めるぞ」
「ネコの中にウシは入りませんよ」
助手が首をふる。
「ワシにいい考えがある。オマエは今から肉屋に行って、メウシの肉を買ってくるんだ」
博士は目を輝かせたのだった。
ネコとメウシの肉を合体させ、ネコウシを作る次の実験が始まった。
ネコニワトリ二号から生まれた子ネコたちが、次々と犠牲となってゆく。
だが、そこは悪魔博士。
ついにネコウシを完成させたのだった。
ネコウシは、見かけはネコだが中はウシである。
毎日、ミルクを飲ませた。
三カ月後。
ネコウシが野菜をほしがるようになった。
ネコウシがウシであることの証拠だ。
ところが、ネコウシは野菜を大量に食べ始めた。
「このままではエサ代がたまらん。研究室を牧場に移すぞ」
博士は牧場に引っこすことにした。
山奥の牧場。
ネコウシは草を食べ順調に育った。
「牛乳を売ればがっぽりもうかるぞ」
いつしか博士の夢は、万能人間を作ることから金もうけに変わっていた。
三カ月が過ぎた。
ネコウシは牛乳を出さなかった。
半年が過ぎた。
いっこうに牛乳を出さなかった。
「実験で使った肉、あれは肉用牛のもので、乳牛のものではなかったのかもな」
実験はまたしても失敗に終わった。
博士はそれでもあきらめない。
「ネコウシに子ウシを産ませ、牛肉を売ろう。牛乳よりもうかるぞ」
次は牛肉でもうけようと考えた。
一年が過ぎた。
ネコウシはおとなになって子供を産んだ。
ところがそれはタマゴだった。さらに、そのタマゴからはヒヨコが生まれた。
毎日、ネコウシはタマゴを産んだ。
タマゴからはヒヨコが出てきて、エサを食べてニワトリになってゆく。
「こいつはネコウシから産まれたニワトリなので、ネコウシニワトリだな」
これで三度めの失敗。
一度目は、タマゴを産むネコニワトリ。
二度目は、牛乳を出すネコウシ。
三度目は、牛肉となるネコウシニワトリ。
そうであっても博士はあきらめなかった。
次はネコウシニワトリにタマゴを産ませ、タマゴを売ってもうけようとした。
だが、それも失敗に終わる。
ネコウシニワトリはタマゴを産まずに、ウシの子を産んだのだ。
ネコニワトリは、ネコになるタマゴを産んだ。
ネコウシは、ニワトリになるタマゴを産んだ。
ネコウシニワトリは、ウシの子を産んだ。
これでは、牛乳や牛肉やタマゴを売ってもうけるどころではない。
しばらくすると……。
ネコの姿をした、ネコウシニワトリ。
ニワトリの姿をした、ネコウシニワトリ。
ウシの姿をした、ネコウシニワトリ。
さまざまな姿をしたネコウシニワトリだらけになった。
これには博士もさすがに気味悪くなり、すたこら牧場を逃げ出したのだった。
コツ、コツ、コツ、コツ……。
うす暗い研究室でクツ音がひびく。
そしてなぜだか、そこにはカメの入った水槽があった。
「頭があって、胴体がない……」
博士の目がキラリと輝く。