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7話〜デート編・後編〜


ようやく後編です。


ボリューム的に二話分いっちゃいました……



「……ただいま」

「お邪魔しまーす。……独り暮らしなのに、律儀にただいまって言うんですね」

「ただの習慣だよ。……じゃあ、先にリビングでくつろいでて。俺はちょっと着替えてくるから」

「はーい」


ここは聖夜宅だ。


涼華がリビングに入ったのを見届けてから、聖夜も二階の自室へ。荷物を放り投げて手早く着替え、彼が再び涼華の元へ現れたのはわずか一分後だ。


「悪い、退屈だったろ?」

「いえいえ。色々と物色してたので平気でした」

「……言っとくけど、めぼしい物は無いからな」


やれやれと首を振りながら、彼は買ってきた物を整理し始める。


「あ、何かお手伝いすることはありますか?」

「ありがとう。でも、そんなに量も無いから大丈夫だよ」


彼の言う通り、もう残りも少ない。その残りをてきぱきと片付けて、彼は一つ伸びをした。


それはそうと、今日はかねてより予定していたことがあるので、それを涼華に伝えなければならない。


「……鈴華ちゃん、ちょっとタイヤ交換してくるから、その間待っててもらってもいいか? テレビとか勝手に使ってて良いから」

「えー……お客さんを放置するのは良くないですよ」

「いや、それは分かってるんだけど……」


その時、突然聖夜のスマホが着信を告げた。


「誰だ……?」


疑問に思いながらスマホを取り上げると、ディスプレイには『奏城 弘也』と映っていた。予想外の相手に、聖夜は急いで電話に出る。


「はい、もしもし」

『もしもし、聖夜君かな?』

「ええ。どんな御用ですか?」

『突然なんだけど、ちょっと見せたいものがあってね。明日ウチに来れるかい?』


見せたいもの……と聖夜は思案するが、生憎と全く心当たりが無い。とりあえず返事をする。明日は部活だが、午後から行けば問題無いだろう。


「大丈夫です。じゃあ、明日はFDで……」

『ああ、えっと……出来れば、車で来ないでくれると助かるな』

「えっ、車はダメなんですか?」

『ああ。電車で来てくれれば、私が迎えに行くよ』


「……まあ、それは良いんですけど。でも、どうして車はダメなんです?」

『なんというか、まあ……君に、今ウチにあるクルマを乗って帰ってもらいたいんだ』

「俺が、ですか?……あ、もしかしてデモカーのテストですか?」

『ははっ、それ以上は黙秘させてもらうよ。……頼めるかい?』


詳細不明の頼み事。しかし、弘也に限っては問題無いだろう。聖夜は弘也のことを深く信頼している。


「……分かりました。では、明日の朝八時頃に伺います」

『ありがとう。じゃあ、駅に着く頃に電話してくれ』

「はい。それではまた明日」


電話を切り、再び聖夜は考える。奏城モータース製作のデモカーのテストドライブでは無いとしたら、一体何なのだろう?


と、放っとかれていた涼華が聖夜に声を掛けた。


「……あのー、車は結局いじってくるんですか?」

「おっと、忘れてた。……すぐ終わるから、少し待っててくれていると助かる」

「良いですよ。元はと言えば、こっちから押し掛けちゃってるわけですし」


涼華は打って変わってあっさりとそう言い、ソファから立ち上がる。その行動に、聖夜は疑問を感じた。


「……えっと、待っててくれるんだよな?」

「はい、そうですよ」

「うん、ありがとう。……じゃあなんで付いて来てるんだ?」


聖夜が玄関に向かうと、何故か涼華も後を追ってきていた。思わず彼が問いかけると、彼女は頬を掻きながら答える。


「えっと……月夜さんの作業、少し見てみたいなって」

「あーっと……まあうん。楽しくないと思うけど、それでも良いなら」

「……やった!」


何故嬉しそうなのかは、もちろん聖夜には分からないが……まあ、よしとする。


「えへへ、何か手伝うことはありますか?」

「いや、力仕事ばっかだから、流石に女の子にはやらせないかな。服も汚れちゃうし」

「えー……」

「……そうだ、じゃあ俺の話し相手になってくれると助かるよ。黙々とやってるだけじゃつまらないから」


喜んで!と目を輝かせる涼華。全く可愛い子である。だから、ついつい聖夜は甘やかしてしまいがちになってしまう。


(……まあ、見たいって言うんだから見せてあげよう)



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「よし、やるか」


作業用の手袋をはめ、庭から運んできた四本の新品タイヤを前に、聖夜は腕まくりをした。FDは既にジャッキアップを済ませてある。


早速彼は工具箱から十字レンチを取り出し、右フロントタイヤを取り外し始めた。その手際を見て涼華は驚く。


「……すごい手慣れてますね」

「まあ、こういうのって大体はドライバー自身がやるものだからな」


聖夜は取り外したタイヤを見て、ふと少し表情を厳しくした。


(リア駆動なのにかなり減ってる……ダウンヒルでもやったのかって感じだ)


うーむ、と彼は呻く。


(ハードブレーキングをし過ぎたかな。普段よりオーバー弱めのセッティングしたからなのもあるだろうけど)


この間の筑波では前半のハーフウェット路面に合わせてオーバーステアを弱めにセットしていたため、後半地面が乾いてきた時にアンダーが出始めていたのだ。それを消すために強めの荷重移動を行っていたので、結果としてフロントをかなり酷使していたらしい。


(俺もまだまだだな……こっちからリアを流してやるとか、他にも対策はあっただろうに)


とはいえ、そこまで偏った減り方をしているわけでは無い。とりあえず反省だな、と呟いて、彼は作業を再開した。


深央ほどではないにせよ、聖夜の作業は速い。小学生の頃から両親の車いじりを手伝っていたからこそだ。


「この車、やっぱりカッコいいですね」

「ん?……ああ、俺もそう思うよ」


FDを眺めていた涼華が、ふとそう言ってボンネットに手を置いた。聖夜が見ると、彼女は優しげに目を細めている。


「私、月夜さんがこの車で走ってるところを見てみたいです」

「まあ……日程さえ合えば、いつでも連れてってあげるよ」


面白いものじゃないと思うけど、と聖夜が言うと、涼華は首を横に振った。


「いえ、絶対楽しいに決まってます。だって月夜さんですから」

「……そういうものなのかな」


返答に困った聖夜はそんなことしか言えない。くすっと涼華が笑った。


「そういうものなんです。というか、月夜さんがやることは大体カッコいいんですよ」

「なんだよそれ……褒めてんの?」

「半分呆れてますね」

「何故に呆れが入る……」


涼華の……というより女子の考えていることは、男子である聖夜にはなかなか理解出来ない。というよりもし分かっていたなら、彼は今頃リア充であろう。


「……まあいいや。それより、もう少しで終わるから」

「はーい」


言いながら聖夜が最後のタイヤを外す。ちょうどそのタイミングで、凛音が遊びに来た。


「おっ、結構早かったな」

「家に居てもやること無かったからね。作業中?」

「ああ。でもタイヤだけだから、もう少し待っててくれ」


喋りながらでも聖夜の作業は速く、あっという間に左リアの交換を終わらせた。彼はジャッキを下ろし、工具箱に道具をしまう。そして、パンパンと手を叩いて彼女達に向き直ると、彼は先導して家の扉を開けた。


「お待たせしましたっと。さあどうぞ」

「お邪魔します。……あれ、こないだ来た時より綺麗になってる」

「ちゃんと整理したんだよ。独り暮らしとはいえ、掃除もしっかりしなくちゃいけないからな」


リビングに通された凛音は荷物を置くと、そのままソファに座った。随分と慣れた様子である。


「聖夜、スマブラやろー」

「はいよ。鈴華ちゃんもやる?」

「あ、やりたいです」


凛音があまりにも自然なのにしばし驚いていた涼華だったが、スマブラと聞いて反応した。彼女、実はかなりのゲーマーなのである。ちなみに聖夜と凛音もかなり上手い。


「一対一、二ストックの終点で良い?」

「決闘形式ってことだろ。……先に俺と凛音がやって、負けたほうが交代しようか」

「了解です」

「オッケー」


軽く言葉を交わし、聖夜と凛音はキャラを選び始める。


「聖夜はやっぱりガノンなのね」

「おじさんこそ至高。……凛音はパルテナか」

「パルテナ様を崇めるのです。掴みからの上コン楽しい」

「その掴み範囲をおじさんにもください」


とかなんとかあって、対戦開始。


二人とも相当なやり手なのが見て取れる試合だ。凜音が空中コンボを決めようとすれば、聖夜がフェイントを掛けてそれを避ける。


「魔王ジャンケン……って逆か」

「危ない……ほいっと」

「その掴み範囲反則だから!」


しかし、一瞬の隙から下投げからの空中コンボをまともに喰らい、聖夜は一ストック失った。


「うっわ……あれでバーストすんのかよ」

「こっちも結構ダメージやばいけどね」

「おっ、それならおじさんの撃墜圏内だな」


しかしそのわずか十数秒後、聖夜のキャラが横A攻撃を当て、凜音のキャラを崖外に吹き飛ばす。


「ぎりぎり復活出来るかな……」

「崖際の流星キック」

「うわ、やられた……」


あっという間にイーブンだ。お互いにワンストック、蓄積ダメージもほとんど差が無い。


「よっし、いくか」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「鈴華ちゃんめっちゃ強いじゃん……シュルクのエアスラッシュって簡単にバーストするんだな」

「かなりやりこんでるわね……コンボ上手すぎよ」

「いえ、お二人も凄かったんですけど……」


一時間後。スマブラ勝負も一段落付き、今聖夜は夕飯の支度をしていた。女子二人にはソファで待っててもらっている。


「しかしまあ、確かに鈴華ちゃんってゲーム上手いもんな……モンハンなんかでも相当だし」

「それ月夜さんが言っちゃいます?」

「聖夜もかなり上手いからね……って、あなたもモンハンやってるの?」

「はい。……あ、フレコ交換しませんか?」

「いいの? じゃあやっちゃいましょうか」


意気投合したらしい二人が3DSを取り出し、フレンドコードの交換を始めた。


「……オッケーね。また今度やりましょう」

「ええ。月夜さんもやりますよね?」

「ああ、もちろん」


そう答えた聖夜はというと、こちらは手際良く料理を進めていた。本当に男子高校生かと疑われるレベルの手際の良さである。というか、涼華は実際に疑った。


「……なんでそんなに手慣れてるんですか?」

「毎日作ってるからだな、多分。……凜音、ちょっと来て」

「はいはい、何?」


聖夜に呼ばれ、凜音は小走りで彼の元へ。


「別の作るから、ちょっと味噌汁任せても良い?」

「分かった。私の家の味で良いの?」

「ああ。いつも通り頼む」


何の事も無いようにそう会話する二人。だが、傍で聞いていた涼華はと言うと。


(えっ、いつも通り? あの人は日頃から月夜さん家に通ってるの?)


しかし、涼華がそんなことを考えてるとはつゆ知らず、彼らは料理を続ける。凛音は調味料や食器の位置も熟知しているようで、まるで自分の家で調理しているかのように迷いがない。


「……また上手くなったんじゃないか? 手つきが慣れた感じだ」

「本当? 最近はちょくちょく自分で作ってるからかも」

「なるほど。そこまで出来てるなら、どこに嫁に行っても恥ずかしくないな」

「あはは、ありがと。……それじゃ、これは予行演習かな」


少し意味深に言ってみる凜音だったが、聖夜には何気ない一言としか捉えられなかったようだ。可笑しそうに彼は言う。


「ははっ、俺が相手じゃ物足りないだろ?」

「そんなことないよ。……はぁ」


何故気付かないのだろう、と凜音はため息を一つ。これだけアピールしているのに……と。


しかし、聖夜には恋愛が分からない。凜音のことは親友以上だと思っているが、そこを超えると、彼にとっては家族のような人間ということになってしまうのだ。


そもそもとして、彼には恋愛経験が無いのである。普通の人なら恋愛というものは中学時代に知るはずだが、その時期に天涯孤独となった彼にとっては、それを考える暇がほとんど無かったためだ。故に、彼は恋愛を知らない。


だが、彼の言動は時として女性の心を掴む。それは名家の人間という立場ということで教わった紳士的な対応の一つだが、その爽やかなルックスと大人びた性格が相まって、恋に恋する女性はもちろんのこと、真摯に彼を想う女性もいつの間にか増えてしまうのである。


けれども、聖夜はそれを自覚していない。だからこそ『天然スケコマシ』などと呼ばれてしまっているのだ。


「前途多難……」

「何がだ?」

「ううん、何でも無いよ」


……まあ、これはこれで幸せだからよしとしよう、と凜音は思う。他のライバル達と比べたら、凜音は既に少しリードしているのだから。幼馴染というのは相当大きなステータスであり、日頃から家に出入りしているというのも大きい。


「そういえば鈴華ちゃん、最近どうだ?」


そう凜音が思考していると、不意に聖夜が涼華に声を掛けた。呼ばれた涼華は素早く聖夜の方を向く。


「えっと、それは音楽のことですか?」

「そうそう」

「結構良い感じです。新曲は聞いてくれました?」

「『ノスタルジックレイン』のことか?……俺は良い曲だと思うよ」

「ありがとうございます。……実はあれ、全員で作詞作曲したんですよ」


「へえ……難しかっただろ?」

「はい……簡単にはまとまらなくて」

「そうだと思うよ。……でもまあ結果として良い曲が出来たんだし、何より楽しかったんじゃないか?」

「それはもう。メンバー皆で笑い合いながら作っていくのは、普段味わえないような楽しさでした」


そうだろうな、と聖夜は一人納得する。『Luna』のメンバーでもたまにやるが、やはり全員で作ると楽しいのだ。効率は悪くなるし、時たま十五分ほどの曲が出来てしまったりもするが、それもまた笑いの種になるのである。


……とまあ色々と話しているうちに、料理は大体出来た。


「お待たせ。二人共、そろそろ出来るよ」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



和やかな雰囲気で談笑しながら、彼らは食後の時間を楽しんでいた。


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

「ごちそうさま。ありがとね、聖夜」

「お粗末さまでした。デザートあるけど、食べる?」


皿を片付けながら聖夜が言うと、女子二人は目を輝かせる。


「どんなデザート?」

「リンゴのシナモンシロップ漬け」

「食べる!」

「食べます!」

「……ホント、女の子って甘い物好きだよな」


俺もだけど、と呟きながら彼は冷蔵庫から瓶を取り出した。彼がそれを開けると、ふわっと良い香りが広がる。


「うわあ、凄く良い香り……こっちまで飛んできました」

「今持っていくから、もう少しだけお待ちを」


楽しみな気持ちを抑え切れず彼女達が聖夜を見れば、どこから取り出したのか、美しいデザインの皿に綺麗に盛り付けている。たったそれだけで、デザートの価値がぐっと増したように感じた。


「はい、お待たせ」

「美味しそう……いただきます!」

「私もいただきます……うん、美味しい!」

「それは良かった。じゃ、俺も」


幸せそうに頬張る彼女達を見てると、ついつい聖夜も箸が……ではなくフォークが進む。シナモンの良い香りが口に広がり、それがリンゴの程よい酸味とマッチし、我ながら中々の出来だ。


「……はー、美味しかった!」

「私もです。ありがとうございます、月夜さん」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。元々お客さん用に作ったものだから」


微笑みながら彼は言い、てきぱきと後片付けを始める。残る二人も、これくらいはやろうと皿洗いを手伝った。


三人ということで素早く終わり、テレビを見ながら談笑。気付けば九時を回っていた。


「おっと、そろそろ時間だな。送っていくよ、凜音」

「えっ、大丈夫だよ。そんなに時間かからないし」

「こんな時間に女の子を一人で歩かせるわけにもいかないだろ。鈴華ちゃんも送っていくし、乗っていきなよ」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」


とことん優しいなあ、と凜音は思う。ついでだから気にするな、と彼は些細な心遣いを忘れないのだ。


そのまま帰る準備を始め、三人は家を出た。


「鈴華ちゃん、最初は後ろに乗ってくれ。ちょっと狭いけど……」

「大丈夫ですよ。その代わり、あとで移動しますからね」

「そのつもりだよ、こっちも。……よっと」


聖夜が屈んでFDのエンジンをかける。心地良いスポーツサウンドが三人の耳を震わせた。


「はい、じゃあ鈴華ちゃん」

「よいしょっと。……思ってたより広いですね、ここ」

「マジで?……はいよ、凜音も」


二人が乗り込んだのを確認し、聖夜も運転席へ。バケットシートに身を沈め、車を発進させる。すると、凜音がぽつりと呟いた。


「あんまりうるさくないよね、この車って。スポーツカーってもっとやかましいんだと思ってた」

「マフラーは特注品だからな。多分、純正よりもうるさくないと思うよ」


厳密には音が小さいわけではなく、スポーツサウンドの心地良さを重視して作られたものであり、奏城モータース特製だ。それでいて、しっかりとパワーも上がっているから恐ろしい。


とか言っていると、もう姫川家の前だ。


「車だとかなり早いな。もう着いた」

「今日は本当にありがとね。じゃあ……」

「待て待て、俺もちょっと礼美(れみ)さんに挨拶していくから」

「あ、ごめん」


申し訳なさそうに言って、凜音は聖夜を連れて自宅のドアを開けた。


「ただいまー」

「おかえりなさーい。……あら、聖夜君じゃない!」

「お久し振りです、礼美さん」


奥から顔を出した女性が、聖夜に気付くと笑顔を浮かべて玄関まで歩いて来た。凜音の母親である姫川礼美だ。


「久し振りねー。今日は凜音がお世話になっちゃって、ありがとうね」

「いえいえ。凜音と遊びに行ったのは久し振りだったので、凄く楽しかったです」

「あらあら、それは本人に言ってあげないとね」


そう礼美がニヤニヤしながら凜音に目線を向けると、凜音は顔を赤くして俯いていた。彼女が聖夜を見れば、彼は照れ臭そうに頬を掻いている。


「……まあその、ちょっと恥ずかしいので」

「もう手遅れじゃない?」

「いやまあ確かにそうですけど」


それにしてもこの人、やけに聖夜との会話のテンポが良いが、それは昔からの顔馴染みだからであろう。礼美は、聖夜が幼少期の頃から彼の母親と仲が良かった。


……まあ、実を言えばそれだけではないのだが。


「も、もういいでしょお母さん!」


すると、顔を赤くしたままで凜音が言った。余程恥ずかしかったらしい。


「聖夜、今日はありがとね。その……私も楽しかった」

「お、おう。それは良かった」


面と向かってそう言われては、聖夜もなかなか気恥ずかしい。目を逸らして、それでもなんとか返事をした。




「青春してるわねー、羨ましい」


「ああもうお母さんは一言多いの!」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



姫川親子に別れを告げ、再びFDは走り出す。


「……そういや、鈴華ちゃんの家ってどこらへんなんだ?」

「あ、私は葛飾区に住んでます。……分かりますか?」

「ああ。……じゃあ、ナビに鈴華ちゃんの家の近くの辺りを入れといて。そこまで送っていくから」

「はーい」


ダッシュボードの上に付いているカーナビに打ち込んでいく涼華。心なしか楽しそうである。


「……はい、終わりました」

「おう、サンキュ。……ってこれ、もしかして」


ナビに表示された住所を見て、聖夜は困惑した顔で涼華の方を向いた。


「……いいのか? 俺に家の場所を教えちゃっても」

「別に平気ですよ。それに、私は月夜さんの家を知っているのに、月夜さんがこっちを知らないのはおかしいですから」

「……お前、本当にアイドルか?」

「今はただの後輩、ですよ」


ふふっ、と笑いながら彼女はさらりと言う。そこでやっと聖夜も苦笑した。


「……敵わないな。器が違うっていうか」

「なーに言ってるんですか、もう。私からしてみたら、月夜さんの方がよっぽど大物ですよ」

「……そうか?」

「そうですよ。大人びてて、すごく頼りになって、カッコよくて……」

「うん、ちょっと恥ずかしくなってきたからやめてくれ」


涼華が本心で言ってくれているのが分かってしまい、聖夜は気恥ずかしさからフロントガラスのその先を見る。連なったテールランプの赤い光が、彼の瞳に不思議に映った。


「仕方ないですねー、じゃあやめてあげます」

「なんで上から目線なんですかね……」


そんな和やかな雰囲気のまま、沈黙が満ちる。気まずい沈黙ではなく、居心地の良い静寂だ。マフラーによって心地良いFDのロータリーサウンドが、それをさらに引き立てている。


(幸せだなあ……なんか安心する……)


涼華にとって、今は何物にも劣らないくらいに安らぐ状況だ。そっと、目を閉じてみる。


……それはそうと、今は夜である。


(あ、やばい、眠くなってきちゃった……)


加えて、彼女は少し疲れていた。今日一日は確かに楽しかったが、疲れが取れたわけではなかったのだ。


……ふと聖夜が気付いた時には、涼華は可愛らしく寝入っていた。それを横目に見て、彼は苦笑。


「……随分疲れてたんだな。起こすのは着いてからにしておこう」


なるべく起こさないようシフトチェンジやブレーキを滑らかにするよう気を付けながら、彼はFDを走らせた。



……夜闇に、メタリックレッドが映える。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ここ……かな?」


表札に『鈴嶋(すずしま)』と書かれている大きな家の前で、カーナビが目的地への到着を告げた。


「……鈴華ちゃん、着いたよ」


この可愛らしい寝顔をまだ見ていたい……という己の欲望は心の奥底へ仕舞い込み、俺は彼女を軽く揺する。……ちなみに、この寝顔は心にしっかりと保存しました。まる。


うん、欲望抑え切れてないですね。


「ううん……?」

「……寝ぼすけさんめ」


まあ、それすらも可愛く思えてしまうが。


もう少し強めに揺すると、彼女はようやく目を覚ました。


「うーん………って、まさか私寝てました!?」

「……まあ、うん」


やっちゃったー……と呟く彼女に、可愛さに耐え切れなくなった俺はその頭をポンポンと軽く叩く。


「わっ……! もう、急にされるとびっくりしますよ」

「悪い悪い、つい」


こういうことは初めてでもないだろうに、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている彼女。


……なんか調子狂うなあ。ギャップ萌えしてしまっているのか。


もちろん、声には出さないが。


「す、すみませんでした!」

「いやいや。こっちこそごめんな、疲れてるのに気付けなくて」

「いえっ、別に月夜さんは悪くないですから……」


鈴華ちゃんは妙にあたふたしている。寝てしまったのを大きな失態だったと考えているのだろうか。……俺としては、むしろ良かったわけだが。


まあ、そんなことは置いといてだ。


「そうそう、鈴華ちゃんの親御さんに挨拶していっても良いか?」

「えっ? あ、えっと、別に良いですけど……」


話題転換のために振った話に、鈴華ちゃんも上手いこと乗っかってくれた。今呼びますねと車を降りて、彼女はインターホンを押す。俺もその後に付いて行った。


『はーい』

「お母さん、ただいまー」

『おかえりなさい。……あ、後ろに居るのは例の先輩ね? 今行くわ』


例の? ってことは、向こうは俺のことを知っているのか。……どんな風に知られているのかが少し心配だな。


とか考えていると、玄関の扉が開いた。そこから出てきたのは……。


「こんばんは。あなたが零夜君ね?」

「あっはい、こんばんは。……えっと、鈴華ちゃんのお姉さん?」

「いえ、母ですけど……」

「うっそだろ、凄い若く見える……」


出てきた女性の想像を遥かに超えた若々しさに、思わず本音が飛び出してしまう。すると、彼女の母親は柔らかく微笑んだ。


「あらあら、嬉しいわ。若い男の子にそう言ってもらえるなんて。……私は鈴嶋麻里(まり)です。この子を送ってくれてありがとね。よかったら、少しお茶でもしていかない?」


そんな唐突な誘いに、俺は少し戸惑う。とりあえず印象は良かったみたいだが、今は結構遅い時間だ。いくら向こうからの誘いとはいえ、こんな時間にお邪魔するのは……。


しかし、まるでこちらの思考を読んだかのように。


「時間なら気にしないで。もちろん、君の方が大変なら無理強いはしないけど……」


あ、この人上手いわ。こうやって遠慮がちに言えば、相手が断われなくなるのを知っている。


無論、それは俺も例外ではない。実際、ちょっとした眠気覚ましがしたいというのもあるので。


「……それじゃ、お言葉に甘えて」


色々と悩んだ結果そう答えると、彼女の母親……麻里さんは嬉しそうに顔をほころばせた。


「ありがとう。さあ、上がって上がって」

「ほらほら、行きましょ月夜さん」


麻里さんが玄関を大きく開け、鈴華ちゃんが俺の手を引っ張る。どうやらこの親子は意外と強引なようだ。


「お邪魔します」

「はい、どうぞ」


俺が靴を脱いで揃えているうちに、麻里さんはスリッパを用意してくれた。それを突っかけ、鈴華ちゃんに引っ張られるがままにリビングへ。


「月夜さん、そこどうぞ」

「ああ、ありがとう」


示されたソファへと座る。そして、鈴華ちゃんは間髪入れず俺の隣に腰を下ろした。


「近いよ……」

「別に良いじゃないですかー」

「……まあ、うん」


俺も案外慣れてしまったようである。慣れちゃダメだろ。


すると、お盆を持った麻里さんが面白そうに微笑みながらやって来た。


「もー、イチャイチャしちゃって。若いわねー」

「なっ……お母さん、別にそういうわけじゃ……!」


そんなからかうような口調に、鈴華ちゃんが顔を赤くして反抗する。……でもな、そんなに恥ずかしいなら離れてくれ。


と、麻里さんも同じことを思ったようだ。


「だったら離れれば良いじゃない」

「それは嫌!」

「いや、矛盾してるんですけど……」


イチャイチャはしてないが、くっついている……何だそれ。言っててわけ分からなくなってきた。


「まあ、楽しそうだし良いけどね。零夜君も想像以上にカッコいいし」

「えっ? あ、ありがとうございます」


唐突に褒められ、俺のしょうもない思考は中断された。代わりに別の事を考え始める。


「……あの、本当に若々しいですね」

「あら、そう? ありがとね」

「何言ってんのお母さん。本当に若いでしょ」


本当に? どういうことだろう。


そんな俺の視線に気付いたらしく、鈴華ちゃんが言う。


「お母さんはまだ三十五なんです」

「三十五って……本当に若いな」

「うふふ、ありがとう」


それにしても、随分若い時に鈴華ちゃんを産んだんだな。計算すると、ちょうど二十歳頃になる。


「うちは親が寛容だったから、結婚も早く決まったのよ。旦那は高校の頃からの同級生でねー」

「へえー……高校の頃からって、なんか良いですね」

「でしょ? 大学こそ違ったけど、ずっと仲良くしててね。今もこうして暮らしてるのよ」

「おしどり夫婦、ですね」


まさに夫婦の理想像だ。もっとも、うちの両親も似たような感じではあったが。


すると、鈴華ちゃんがぴしゃりと言った。


「お母さん、惚気は良いから」

「厳しいなあ、玲香(れいか)は。……まあ零夜君も退屈だろうし、そろそろ止めましょうか」


……あ。


「玲香って言うんだな、本名」

「あ、えっと……はい」


麻里さんの発言の中で鈴華ちゃんの本名を知り、思わず呟くと、彼女は途端に俺から目を逸らした。気まずそうである。


そりゃそうか。馴れ馴れしく名前を呼ばれたくはないのだろう。ちょっとショックだけど……。


「……悪い、気軽に呼ばれたくないよな」

「そ、そういうわけじゃないですよ! ただちょっと、照れくさいなって思って……」


……どうやら俺が深読みし過ぎていただけだったらしい。卑下し過ぎてたか。


……しかし、相変わらず可愛らしいことこの上ない。彼女の母親が居るので踏みとどまっているが、二人であれば間違いなく撫でている。不審者じゃん俺。


俺が悶々としていると、麻里さんが唐突に鈴華ちゃんに言った。


「玲香、ちょっと洗濯物を取ってきてくれない? これに入れてきて」


手渡された籠を見て、鈴華ちゃんは不満そうな顔をする。


「えー……何で私? それに、別に後でも良いじゃん」

「ダメ、生乾き臭くなっちゃうでしょ」


すると、麻里さんは俺に視線を向けてきた。


……ふむ。なるほどな。


「……鈴華ちゃん、確かにその通りだし、今のうちに取ってきた方が良いんじゃないか?」

「月夜さんまでー……分かった、取ってくる」

「ありがとう。じゃあお願いね」


変な話しないでね! と鈴華ちゃんは言って、早歩きで洗面所の方へ。それを見送り、麻里さんは俺の方へと向き直った。……さて、こちらは乗った。一体何の話だ?


「……ごめんね? わざわざ手伝ってもらっちゃって」

「いえいえ。……それで、鈴華ちゃんに聞かれたくない話というのは?」


俺が身構えたのに気付いたのか、麻里さんはふっと表情を緩める。


「そんなに緊張しなくても良いよ。私は少し確認がしたいだけだから」


麻里さんは少し俯き、そしてまた顔を上げた。先程とは違い、表情は若干硬い。


「……君は月影家の子だよね?」

「……っ!」


……そういう事だったのか。


「……私の名字、鈴華ちゃんから聞かれたのですか?」

「ううん、あの子じゃないの。私が元々知っていたというか……」


言葉を濁らせる麻里さん。それを見て、俺はそれ以上踏み込まないことにした。


「……まあその、このことは鈴華ちゃんに知られたくなかったというわけだったんですね。だからわざわざ席を外させた、と」

「そういうこと。君だって、知られたくないから隠しているんでしょう?」

「……ええ。彼女にはそういう色眼鏡で見て欲しくないんです」


ふーん、と麻里さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて興味深げに俺を見た。……纏う雰囲気がころころ変わる人だな。それが心地良いと言えばそうなのだが。


「素の自分を見て欲しい、ってことね。そんなに仲良くしてくれてるなんて、母親として嬉しいな」

「あはは……まあ、少なくとも私は、鈴華ちゃんのことを大切な友人だと思ってます」

「大丈夫よ、あの子だってそう思っているから。家だといつも、「月夜さんがこうだった!」とかばっかりだもの」


何それ凄い恥ずかしいんだけど。あの子、そんなに俺の話をしてるのか。


「だから、私もすごく興味があったのよね。今まで男っ気が無かったあの子が、急にそんな事を言い出したんだもの」

「男っ気が無かった……ですか。イマイチ想像出来ないなあ……」

「ふふっ、あの子は本当に恋愛してなかったのよ〜。今は違うみたいだけど、ね」


意味深にこちらを見る麻里さん。一体何の事かと俺が問おうとした瞬間、居間の扉が勢い良く開け放たれた。


「お母さん、変な話はしないでって言ったよね……?」


……うっわ、超怖いんだけど。顔を赤くしてこちらを睨んでいる鈴華ちゃんからは、何かドス黒いオーラが見えている。錯覚だと信じたい。


しかし、麻里さんは慣れているのかころころと笑う。


「零夜君の前なのに必死になっちゃって、可愛いわねー」

「うるさいってば!」


賑やかな母娘(おやこ)である。……しっかし、こうして見ているとやっぱり似ているな。鈴華ちゃんのからかい気質はどうやら遺伝らしい。


「まあまあ。落ち着きなよ、玲香」

「えっ!? あ、ちょっと月夜さん、それ反則ですっ……!」


何が反則か。俺はただ名前を呼んでみただけである。……若干からかいたいなーとか思ってたのは否定しない。


今の鈴華ちゃんの反応を見て再び何かを言った麻里さんと、それでまた顔を赤くした鈴華ちゃんの騒ぎを聞きつつ、俺は麻里さんが淹れてくれていた紅茶のカップに口を付ける。


……アプリコット、美味い。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



他愛ないお喋り――途中で鈴華ちゃんが何回かいじられたりしていたが――を終え、俺は今、鈴嶋家の玄関先に居る。


「ごめんね。こんなに遅くまで引き留めちゃって……」

「いえ、私も楽しくて時間を忘れてましたから。紅茶とお菓子、ごちそうさまでした」

「月夜さん、また来てくださいね! 私の家は覚えたでしょ?」

「ああ。鈴華ちゃんこそ、俺ん家にはいつでも来てくれて良いからな」

「ふふっ、ありがとです!」


わざわざ外まで見送りに来てくれた二人に感謝をしつつ、俺はFDのエンジンをかけた。


……ちなみに、麻里さんは俺が特例の免許を持っていることも知っていた。一体どこで知ったのだろうか。


「それじゃ、お邪魔しました」

「気を付けてねー」

「お気を付けて!」


そんな彼女達の声を開けた窓から聞きつつ、俺は家路に着く。



……それにしてもまあ、今日は濃い一日だったな。学校では部活PRでステージに立ったし、凛音とは久し振りに遊びに行ったし、その途中で鈴華ちゃんと会ったし。終いには、こうして鈴華ちゃんの家へお邪魔したりもした。


しかし、明日も面白いことがある。弘也さんの謎のお願い、一体何なのだろうか。今から楽しみでならない。きっと、何かしらのチューニングカーのテストだろう。



……と思っていた俺だったが、実際には思いもよらない車だったということを、この時はまだ知らなかった。






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