2話〜若きロータリーマイスタ〜
〜PM3:00 筑波サーキット〜
「はー……サーキットは久し振りです」
「俺もなんだよな。……あー、気分上がってきた……!」
数時間かけて到着。昂ぶる気分を抑えつつ受付に向かい、それを終えてからパドックに一旦FDを入れる。
そういえば、その途中の駐車場で二台のAE86を見たのだが……今時珍しい。
「深央ちゃん、客席じゃなくてこっちで良いのか?」
「はい。メカニックは、常にドライバーの側に居るものですから」
それに、と彼女は付け加えて、
「結構ギャラリーもいるし、あまり上がりたくないです。というか、先輩って有名なんですね」
「……16でサーキット走り回ってる奴がいれば、そりゃ知られるようになるさ。狭い業界だし」
まあどうせ、瞬あたりが広めたんだろう。別に構わないと言ってしまっている以上、俺としては特に文句はない。
……でもまあ、走り屋界隈での瞬の顔の広さは異常だ。親が云々って言ってたけど、どうにもそれだけじゃないような気が……まあいいか。
「じゃ、ちょっと着替えてくる」
「分かりました。私はFDを詳しく見ておきますね」
「ありがとう、助かるよ」
張り切ってFDを見てくれている彼女を微笑ましく見ながら、俺は更衣室へと向かう。これからは奏城親子としてメカニックに付いてもらおうかなと、密かにそう思いながら。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「わあ……凄く格好良いです!」
「ははっ、ありがとう。そういや、何気に女の子に見せるのは初めてなんだよな」
「そうだったんですか?……なら、他の子には絶対見せちゃダメですからね」
「……一応聞くけど、なんで?」
純粋に気になったので聞いてみる。すると、深央ちゃんは少し目を泳がせて、
「あー、えっと……だって、それじゃ先輩がモテちゃいますから」
「それは無い無い。レーシングスーツ着ただけでモテるなんて……」
「いやいや、先輩は元がカッコイイからインパクトが凄いんですよ。ソースは私です」
「……反応に困るんだよな。嬉しいけど」
こういう事を自然に言える人間こそモテるんだろうなと思いながら、FDのセッティングを聞いてみた。
「とりあえず何も変えてませんけど、このコンディションだと結構オーバーステアが強いかもしれませんね」
「了解。じゃ、ちょっと確認してくる」
「お気を付けて〜」
クルマに乗り、コースイン。結構ギャラリーが見ているが、最初は5割くらいで流す予定だ。第一コーナーをグリップで抜け、緩いS字をこなしてからのハイスピードで第一ヘアピンへと入った。
少し遅めのブレーキングでフロントに荷重を移しつつ、ステアリングを左に切る。そのままグリップで走ろうとしたのだが、ちょっとアクセルを踏んだ途端、不意にリアが流れた。
(おっとと……昨日雨降ったから少し水分残ってるっぽいし、ドライでもオーバーが出やすいセッティングだからな……やっぱり流れる)
それでも素早くカウンターを当て、ドリフトしながらコーナーをクリア。体制を整えギアを3に入れ、次の右コーナーへ左足ブレーキを使いながら突っ込む。もちろんドリフトで。
(勝手に流れんのは嫌だからな……アンダーになる前に、早めにこっちから滑らせればいい)
タイムは出にくいが、このコンディションだとこれが最善だ。個人的にアンダーは嫌いだし。対処はオーバーよりも簡単だが、舵が効かなくなるのはストレスが溜まる。
……ただまあ、やっぱり流れ過ぎではある。少しいじってトラクション稼ぐか……。
そう思いつつ緩やかな左高速コーナーを抜け、第二ヘアピンへ。ここをいつも以上に減速して、グリップで突入した。
さて、ここからは短めの直線の後、右の中速コーナーだ。ここまでで今のクルマの状態も掴むことが出来始めているし、少しパフォーマンスを見せるとしよう。
立ち上がり重視で早めにアクセルを開け、全開。ギアを5まで上げ、180キロ強のスピードで次のコーナーへと迫る。そして……
(……ここだっ!)
渾身というわけでは無いものの、(自分なりに)良い出来のレイトブレーキングを敢行する。目一杯ブレーキペダルを踏みつけ、ヒールアンドトゥをしながらギアを5→4→3と素早くチェンジ。そして、荷重が一気に抜けたリアを思い切り振る。ハーフウェットなのもあってか簡単に横を向いたところで、強めにカウンターを当てつつアクセルで滑らせていく。
結構な角度を付けたドリフトだ。我ながら中々の出来だと思いながら、それでも早めに滑らせるのを止める。スタートラインのある次の直線のためだ。
さて、もう一周してから戻ろう。今のセッティングじゃ、このコンディションには合わない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……深央ちゃんの言った通り、やっぱりオーバーが強いね。もう少しリアのトラクションが欲しいかな」
「ハーフウェットですからね……じゃあ、ウイングと足いじりますか?」
「ああ、頼むよ」
クルマの事は手慣れた様子で工具を扱う、いつの間にか作業着に着替えていた彼女に任せるとして、俺は持参したカフェオレを三口ほど飲む。
そこでふと、彼女が飲み物を持ってきて無い事に気付いた。
「そうだ深央ちゃん、これ飲むか?」
「あっ、いいんですか? じゃあ、失礼して……」
俺から受け取ったボトルを遠慮がちに口に運ぶ深央ちゃん。ここで俺はやっと気付く。
(あ、やっば……これって間接キスじゃん)
これはやらかした。まあでも、彼女が気付いてないなら別に……。
……まあ、そうは問屋が降ろさないわけであって、彼女は普通に気付いた。
「あっ、先輩と間接キスしちゃった……」
「……ごめん。そんなつもりは無かったんだけど」
「あ、いえ、別に嫌なわけじゃなくて……ただちょっと、恥ずかしいなって……」
……いやいや、顔を真っ赤にして微笑みながらのそれは反則だって。男を勘違いさせるやつだよ……。
「……でも、ちょっと良いかなって思ったり……あ、あれですからね? 私でも青春出来るんだなってことですからね? ……勘違いしないで下さいよ?」
「いやしないって……つーか、普通そこまで考えないよ」
「そ、そうですか……って、なんか馬鹿みたいだな私……」
……なんだろう、彼女の慌てようを見てたら何だか落ち着いてきた……というより和んできたので、無意識に彼女の頭へと手が伸びる。
「ひゃっ……もう、どうしたんですか?」
「いや、なんか可愛いなって」
「むー……ダメですよ、そんな風に口説いちゃ。私、間違って惚れちゃいます」
「ははっ、そうか」
薄々思っていた事だが、この子はなんというか……あざとい? 言葉合ってるっけ。
いや、根は素直なのは間違いないと思うんだが、仕草とか口調とかが……こう、女の子ですよアピールをしてくる。
それに、この子は絶対にモテるタイプだ。意図してるのかは分からないが、言動の一つ一つに男を惹かせる可愛らしさがある。
って違う違う。今はこんな分析してる場合じゃない。
「……FDのセッティングしないと」
「……あっ、忘れてた」
まあ、元はといえば俺のせいなんだが。
「い、今すぐやります!」
「じゃあ足回りを頼むよ。タイヤは外すからさ」
油圧ジャッキで車を持ち上げてから、床に置いてあった工具箱から電動レンチを取り出し、素早く四つのタイヤを外していく。
「よし、俺はウイングやるわ」
「はいっ、任せて下さい!」
腕まくりをしてそう言う彼女は、作業着にも関わらずとても可愛く、そして眩しく映った。
(……まあ、元が可愛すぎるからな)
瀬那ちゃんとともに、一年生の中ではかなりモテることになるだろう。
まあ、そんな事は一旦置いといて。俺はGTウイングの傾きを少しきつくし、ダウンフォースが強くなるようにする。こうする事でリアが安定し、地面との接地感が増すのだ。その分、ストレートでのスピードは落ちるが。
こちらは比較的簡単に終わるので、ささっと終わらせて深央ちゃんの手伝いを申し出ようとしようとしたその時、ちょうど彼女は一つ終わらせたようだ。
「とりあえず、リアを柔らかくして少し低くしときました。というか、先輩って『project μ』ブレーキと『BLITZ』のサス使ってるんですね」
「ああ。なんか俺に凄く合うんだよ」
まあ、超一級品なので当然ともいえるか。かなり高かったし。
「まあそれはそうとして、何か手伝おうか?」
「大丈夫です、もう片方やれば終わりですから」
およそ女子高生とは思えないほど、手慣れた様子でサスペンションのセッティングをする彼女。弘也さんの技術は、しっかりと娘に受け継がれているようだ。
「……よしっ、終わりました! 多分、まだほんの少しだけオーバー気味になると思いますけど」
「そのくらいがちょうど良いかな。ありがとう」
「いえいえ。……うーん、やっぱり私も先輩の走り見たいなあ……」
「でも、客席は嫌なんだろ?」
「まあ……はい。ちょっと恥ずかしいんです」
その気持ちは分かる。ましてや彼女は女子だから、それも拍車をかけているのだろう。
「そこらへんは慣れだからなあ……気が向いたらでも良いと思うよ」
「そうですね……頑張ります」
「ま、俺が完全貸切にしても良いんだけどね」
「とんでもない額掛かるじゃないですか……」
あら? どうやら、彼女は俺が『月の一族』だと知らないようだ。弘也さんから聞いてないのだろうか。
「……冗談だって。さて、もう何周か走ってくるわ」
とりあえずそう言って、俺はクルマに乗り込んだ。……と、そこでふと思い出す。
「あ、そうだ。もしかしたら誰か来るかもしれないから、その時は待って貰ってて」
「へっ? いいですけど……約束でもしてるんですか?」
可愛らしく首を傾げながらそう聞き返してくる深央ちゃん。それに俺は、あまり起こって欲しくない予想を話す。
「そういうわけじゃないけど……さっき、客席に若い二人組の女性が見えたんだ」
「若い二人組の女性……珍しいですね」
「ああ。そして、来る時に駐車場にいた二台のハチロク……」
「……あっ! まさか、あそこにいたレビンとトレノは……!」
「……そう。十中八九、あの『ハチロク姉妹』だと思う」
『ハチロク姉妹』とは、最近走り屋界隈で知られている二人の女性ドライバーのことだ。確か、どちらも現役大学生。……の割に、とんでもない腕を持っているわけだが。
俺は一度富士スピードウェイで見たことがあるが、あれはもはやハチロクの次元を超えていた。あの馬力じゃ足回りも負けているはずなのに、それをテクニックで完璧にカバーしていたところを見ても、やはり相当なハチロク乗りだろう。
あと多分、載ってるエンジンは4A-Gじゃない。サウンドもそうだが、4A-Gであの馬力を出したらまず保たない。というかそもそも出ない。例え過給器を用いたとしてもだ。
……俺としては、出来れば勝負したくないのが本音だ。特にここ、筑波サーキットでは。直線が少なくコーナーの多いこのコースじゃ、パワーで勝ってても軽さでやられる。
しかし何故、俺がここまで気にしているのか。その答えは、二ヶ月前にツインリンクもてぎで行われた走行会にある。
『機会があったら、あのFDとバトルしたいな』
『同感。私もやってみたい』
俺は、そんな彼女達の会話をたまたま聞いてしまったのだ。
「……まあ、俺がそんな事気にしても意味無いんだけどな。もし挑まれたなら、走り屋として引くわけにもいかないし」
そう言って、俺は不安そうな顔をしていた深央ちゃんに優しく微笑みかける。
「大丈夫だって。本当に来るのかも分からないし、今日は楽しんで走ってくるよ」
「……そうですね。よく考えたら、先輩が負けるはずないですし」
「あはは、それじゃ頑張らないとな……じゃ、行ってくる」
全く、俺は本当に良い後輩を持ったものだ……と思いながら、俺は再びコースイン。第一コーナーを、先程よりもブレーキングを遅くして進入する。ヒールアンドトゥでエンブレを掛けつつフロントに荷重を移し、アウトからインへとステアリングを右に切った。……すると、ほんの少しオーバーステアが出る。
(おっ……やっぱりあの子の腕は確かだな。俺にとっちゃ理想のオーバーだ)
このコンディションでもFDがいつも通りの挙動を示したことに、俺は少なからず感動を覚える。少しだけリアを流し、グリップ走行ではないが、ドリフトと言うほど派手ではないドリフト走行、いわばゼロカウンタードリフトみたいなもの……それこそが、俺が叔父から教わったFRの乗り方だ。ただ、その事を深央ちゃんには詳しく言ってないのに、ここまでやってくれるとは……。
(やっべえ……めっちゃ調子いい)
ハーフウェットコンディションにも関わらず、深いところまでプッシュしても全く怖くない。コーナー脱出時のターボブーストにさえ気を付けていれば、クルマが変にふらつかないからタイムを出しにいける。……いやあ、楽しい。
……とまあ、久し振りのサーキット走行を全力で楽しんでいたわけだが。
(……あれ?『ハチロク姉妹』が居なくなってる)
六、七周こなした頃にふと客席を見ると、先程まで居たあの二人組が居なくなっていた。
(ふむ……まあ、多分帰っただけだろ)
この時はさほど深く考えていなかったのだが……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「こんにちは。君が噂の『若きロータリーマイスタ』かな?」
あの後八周ほど走ってから、休憩のために一旦戻った俺だったが、そこには既に若い二人組の女性が居た。クルマから降りた俺に、片割れのセミロングの女性がそう声を掛けてきたのである。
「あー……多分そうだと思いますけど」
煮え切らない俺の返事に、相手は不思議そうな顔を向ける。……いや仕方無いでしょう、これ考えたの俺じゃないんですから。考えたのも広めたのも、全て瞬である。
「……ま、いいか。それより、突然お邪魔してごめんね?」
「いえ、それは別に気にしてないんですが……」
「へえ……噂通り、確かに速そうだね。しかもかなりイケメンだし」
「いや、あの……」
近付きながら俺の顔をしげしげと見てくる彼女……多分姉の方だ……に対して、「あの、離れてくれません?」とは言えるわけもなく、ただ彼女の為すがままにされていた。だって美人だし、あまり悪い気もしないからね。困るけど。
すると、俺のそんな様子を察してくれたのだろうか。
「……姉さん、その子困ってる」
と、今まで黙っていた妹さんが姉を引き離した。そして、彼女は一礼。
「ごめんなさい。姉がこんなので」
「……いえ、大丈夫ですよ」
改めて彼女を見ると、なるほどやはり美人である。後ろ髪を一つに結って前に垂らしており、その物静かな雰囲気も含めて、とても頭が良さそうな印象も受ける。
「そういえば、自己紹介をしてませんでしたね。私は月影聖夜です。以後、お見知りおきを」
「あ、どうもご丁寧に。私は碧野佳奈といいます。で、こっちは……」
「……妹の実恋です。よろしくお願いします」
こちらが礼をすると、向こうも礼を返してくる。……しかしまあ、こうして見てみるとあまり似てないな。纏っている雰囲気もまるで別物だし、強いて言うならどちらも髪が明るい茶色なところくらいか。
……とまあ、そんな事はさておき。
「……今日はどんな用事があっていらしたのですか?」
「あはは、あまり警戒しないで欲しいな。別にバトルの申し込みとかじゃ無いからさ」
あっけらかんとそう言った佳奈さんに、俺と深央ちゃんは呆気にとられた。
「へっ? じゃあ、なんでこちらに?」
「あ、それはね」
「……デートのお誘い」
佳奈さんを遮るように発された実恋さんのその発言。唐突なそれの意味が俺には分からず、思わず聞き返してしまう。
「えっと………デート、ですか?」
「そうそう。私達と何処か遊びに行かない? っていうお誘いよ」
……いや、ますます謎だ。デートというのはさておき、何故俺と?
「……俺である必要は?」
「格好良いし、良い人そうだから」
実恋さんのような美人さんに言われると、まあ悪くないが……やはり唐突過ぎる。遊びに行くにしても、もう少し詳細が欲しい。
「ちょっと聞きたいんですが、それって三人で遊びに行くってことですか?」
「うーん……出来れば、私達は別々に行きたいな。でも君だって高校生だし、二日も休みは取れないだろうからね。無理は言わないよ」
「いえ、休みは割と簡単に取れるんですが……」
未だに色々と謎である。この人達と遊びに行くというのは、俺としてもかなり気分が上がるものではあるし、行ってみたいけど。
「ちなみに、費用は全部こっち持ち。君に負担はかからないようにする」
「いや、それは流石に申し訳ないですよ。自分の分くらいは出します」
どうしよっかな……でもまあ、考えてみれば断る理由がない。共通の話題だってあるし、楽しいことは間違いないのだから。
「……そうですね、いつになるかはちょっと分からないですけど、何処か遊びに行きましょうか」
「えっ、いいの?」
「はい。年上の女性と遊びに行く事なんてそうそう無いし、クルマの話も出来そうですからね」
「……ありがとう。これ、私達の連絡先」
そう言って渡されたメモには、二人分のメアドが書かれていた。……あ、こんな簡単にアドレス知れちゃうのね。もっとガードが固いものだと思ってた。
「了解です。じゃあまた後で連絡しますね、佳奈さん、実恋さん」
「楽しみにしてるね、聖夜君!」
「私も。聖夜君、また今度」
そうして彼女達は立ち去った。そして、それを見送った俺は短く息を吐く。
「ふう……緊張した」
年上の女性と話す時は流石に緊張してしまう。同級生や知り合いに美人が多いとはいえ、大人はまた別なのだ。やはり向こうは手慣れているというか、こちらが話のペースを握れないからかもしれない。
と、そこで肩が叩かれる。
「……聖夜先輩?」
「ん? どうし……」
そして、振り向いた俺は速攻で固まった。なぜならそこには、満面の笑顔で右手を俺の肩に乗せている深央ちゃんの姿があったから。
「ちょ、怖いんだけど……」
「先輩、可愛い後輩がすぐそばに居るのに、他の女とデートの約束なんて……何考えてるんですか?」
「いや、俺何も悪い事してないような」
「……この事、雪宮さんに伝えてもいいんでしょうか?」
「本当にすみませんでしただからそれだけはやめてくださいお願いします」
なんで彼女が怒っているのかは全く分からないが、とりあえず圧倒的謝罪。瀬那ちゃんにこの事が伝わったら、その瞬間に人生ゲームオーバーが確定するからだ。あの子、かなりのブラコンだからね、仕方無いね。
「はあ、全く……まあ、今回は不問にしてあげます」
「えっと、ありがとうございます?」
あれ? そういえば、なんで俺謝ってんだろ……。
「ただし、他の女とデートなんてこれからは許しませんからね」
「お、おう………じゃなくて、なんでそんなに怒ってんだ?」
冷静に考えてみれば、俺が怒られる道理はないはずだ。……瀬那ちゃんにバレたらやばいってのはノーカンで。
「だって……デート中なのに他の女と楽しく話されたら、そりゃ怒りますよ」
「いやちょっと待て。俺って今デート中だったの?」
初耳である。俺そんな事言いましたっけ……。いや、言っていない(反語)。
「えっ? 違ったんですか?」
「違ったも何も、そんなつもり無かったんだけど……」
「そうだったんですか……? てっきり、私はそのつもりで……異性と遊びに行くのがデートだと……」
出た、女の子の謎理論。汐織や凛音もそう言うんだよ……。
にしても、随分がっかりしてるな……なんか罪悪感。
「まあなんだ……なんかごめんな? そう思ってたとは知らなくてさ」
「……いえ、いいですよ。でももし、先輩が少しでも悪いと思ってくれてるなら……」
深央ちゃんはそう言って、わざとらしく考える素振りを見せた後、人差し指をぴこん、と立てた。
「……ふふっ、期待してます♪」
何を、と言わないところがまたわざとらしい。しかも俺は俺で、こういう年下の女の子には敵わないわけで。
「……お手柔らかに頼むよ」
……結局、そう言うしかないのであった。