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15話〜波乱の後輩〜


注:この小説は完全に主の趣味そのものです。ご了承ください。






桜庭学園での打ち合わせ、及びその後の体育館練習(という名の小ライブ)が成功のうちに終わった、その四日後の水曜日。



――の、放課後。


「ねえ聖夜、少しだけ吹部に顔出せない? 昨日、去年の文化祭の話になったんだけど、私達があなたに手伝ってもらったことを部長が話題にしちゃって……それで後輩の子達が興味持っちゃったみたいで」

「うーわ、ハードル上がりまくってるなあ……悪いけど今日はパス。こないだも遅刻したし、これ以上はこっちの後輩にも示しがつかないからさ」


顔を出したい気持ちは聖夜にもある。しかし彼は剣道部の次期部長。今後のことを考えると、後輩達にいきなり悪感情を抱かれるのはなるべく避けたい――という気持ちもまた、彼の中にあった。


だから、顔を出すとすれば別の日だ。


「とりあえず、俺は何させられる予定?」

「文化祭の時にやった千本桜。あの時と同じで、あなたはドラムね」


あれか、と聖夜は去年のことを思い出す。



吹奏楽部全体でやる楽曲とは別に、各学年でも何か一曲ずつやりたい――誰からともなくそんな意見が出て、一年生ではかの有名な『千本桜』を演奏することになった。


しかし、急な話だったため顧問の先生に指揮を頼むのは申し訳なく、かといって一年生には打楽器が出来る生徒が居ない。つまり、全体をリードできる者が居なかったのだ。そこで、何を思ったか汐織が、当時仲良くなったばかりの音楽をやっている聖夜に助けてもらうことを思い付いた。そして呼ばれた彼が、音楽室にドラムがあるのを見つけ、


『俺、ドラムならそこそこ出来ると思うけど、これじゃダメかな?』


と。その一言で、彼はドラムを叩くことに決定したのだ。


――ちなみに、彼の腕前は『そこそこ』で済むようなレベルではなく(ライブもそれなりにこなしていたので当たり前だが)、練習が始まって少し経つ頃には多くの人から勧誘を受け、またそれを見て何人かの吹奏楽部員が打楽器の練習をし始めるようになったことは余談だ。



それはさておき。


「そうだな……それじゃ、ちょうど一週間後に顔出すよ。あの人によろしく言っておいてくれ」

「うん、分かった。何を用意しておけばいいの?」

「ドラムだけ組み立てておいて貰えれば。スティックは最近手に入れたお気に入りを持ってくからさ」


ふふ、と聖夜が笑う。傍で聞いていた舞が不思議そうに首を傾げた。


「……凄く高級なもの、とか?」

「んー、まあ俺にとってはそうだな。あこちゃんモデルのスティックを買ってさ、バンドリの」


うっそ!? と舞が大きな反応を見せる。


「いいなあ……私も零夜君に影響されてベース始めたけど、ドラムにも挑戦してみようかな?」

「今度俺の家に来た時にでも教えようか。……ところで《《マヤ》》さん、俺の名前は《《聖夜》》ですよ?」

「あっ……ごめんね、つい楽しくなっちゃって」


二人は顔を見合わせ、そしてどちらからともなく笑った。互いが相手の時にしか出来ない、どこか可笑しく、不思議と安らぐやり取りだった。



……と、その時、教室の扉付近にいたクラスメイトの一人が声をかけてきた。


「月影君、お客さんだって。一年生の女の子なんだけど……」

「おう、りょうかーい。サンキューな」


彼の知り合いで後輩、ましてや女子ともなればそれほど多くない。誰だろうと聖夜が立ち上がると、開いた扉から一人の少女が顔を覗かせた。


「……あっ、聖夜さん!」

「あれ、聡美(さとみ)ちゃん?」


紅塚(あかづか)聡美。この学校の理事長の娘であり――そして、聖夜が剣道部と兼部している『甲虫飼育部』の後輩だ。


しかし、一体何の用なのだろうか。聖夜は理事長ともそれなりに話す間柄だが、彼は用事があれば自ら出向くタイプの人間だ。娘を使いに出すということはない。また、彼女が部活の事で何か困ったことがあったとすれば、それは部長に聞けば良いはず。となると、彼女は何かしらの報告をするために来た、と考えるのが妥当なのだろう。



聖夜が歩き出すと、彼女は笑顔を見せた。可愛らしく、しかし正真正銘の悪戯っ子の笑顔を。


嫌な予感がしたが、遅かった。彼女は笑顔のまま、聖夜のクラスにとんでもない爆弾を放り込んだ。



「聖夜さん、私達の子供ができましたよー!」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




教室が瞬く間に静まり返り、そして全員の目が聖夜に向けられる。それをまるで他人事のように感じながら、うわあ、と聖夜は感情が抜けたように思った。――そうでもしなければ考えることすら放棄してしまいそうだった。


彼女の言葉は大変な誤解を招くものだ。恐らく、彼女が伝えに来たのは部活関係の報告。その内容を正確に言えば、「聖夜が育てたオスと聡美が育てたメスのパプアキンイロクワガタの番が産んだ幼虫が羽化した」ということのはずだ。


聡美の発言は、ものすごく厳密に言えば間違っているわけではない。ただ言い方に悪意しかないというだけである。


――と、彼の視界の片隅で、凛音と汐織が携帯を取り出すのが見えた。


「うん、通報の準備はちょっと待とうか」


まずは努めて冷静に彼女達に声をかけ、ついで聡美の方へ歩いていく。この時の聖夜は無表情。苦笑すら浮かべていない。今後もまた、このレベルでからかわれては堪らないからだ。


「えーっと、ちょっと怖いんですけど……?」


そのまま聡美の前へ行き、一転して不安そうに見上げる彼女の額に聖夜はデコピンを放った。本気ではないが、痛みを感じないほどでもない、絶妙な強さで。


「いったー……」


両手で額を抑える聡美は可愛らしかったが、聖夜は甘やかさずに、


「先輩をからかうのはよしなさい。分かったね?」


毅然とした態度でそう言い放つ。少々冷たいのかもしれないが、これくらいやっておかないとエスカレートする可能性もある。


……とはいえ、根は間違いなく良い子であるのも事実。その証拠に、彼女の目元にはうっすらと涙が浮かんでいた。痛みのためではない、失礼なことをしてしまったと彼女が自覚している故だ。


「ごめんなさい……」


先程までの威勢はどこへやら、見てて可哀想になってくるほどに落ち込む聡美。それを見て、聖夜は一つため息を吐き、気まずそうに指で頬を掻いた。


「……ま、別に本気で怒ってるわけじゃないけどさ。ただ度を過ぎなければ良いってだけで」


そうして、もうこのことは終わりだというように、彼は聡美の頭に手を置いた。


「はい。……それで、今日はどうしたんだ? おおかた、俺らのパプキンの事だろうとは思うけど」


それでもまだ、不安げな表情を崩さないまま上目遣いで見上げてくる彼女を安心させるように、聖夜は続ける。


「もしかして、羽化した子がブルーだったのかな?」


そう言うと、少しだけ聡美の表情が緩んだ。


「あっ……はい、そうなんです。羽化していたメスとオスのどっちもがブルーでした」


だが、その言葉は予想外だった。普段ならあまり見せないような、驚きと歓喜が入り混じったような表情をして、聖夜は聡美に顔を近付ける。


「本当か?」

「え、ええ……聖夜さん、その、顔が近いです……」


聡美が赤面して狼狽えるが、思わぬ朗報にすっかり熱が入ってしまった聖夜がそれに気付くこともなく。


「いやー、まさかオスまでもがブルーだったとは……うちのはブルー血統じゃないから産まれないと思ってたよ」

「ちょっと、聞いてくださいよぅ……」


クラスの面々も、聖夜のいつにない喜びように驚いていた。その中で、凛音が率先して聖夜に声をかける。


「えーっと、聖夜? 何があったの?」

「ん? ああ、まあ説明したら長くなるというか……」


言いながらも、はやる気持ちを抑えきれないのか、聖夜は手早く荷物を纏め始めた。


「って、ちょっと……剣道部はどうするの?」

「悪い、今日も遅れて行くわ。みんなに言っといてくれると助かる!」


ええー……とボヤく凛音をよそに、聖夜は意気揚々と教室を飛び出そうとして、


「あっ、月影君。ちょっと待って!」


まだ教室に残っていた美奈子(担任)に呼び止められた。出鼻を挫かれる形となった聖夜は、しかし一切不満げな表情をすることなく彼女の方へと向き直る。


「はい、何でしょう?」


美奈子は聖夜が止まったことを確認すると、自分も荷物を纏めて彼の元へ歩み寄った。


「『お悩み相談』のこと、覚えてる?」

「ええ、もちろん。……って、まさかもう相談者が? 宣伝を始めたのはつい最近ですよね?」


彼らが話しているのは、かねてより美奈子が聖夜に持ちかけていた、彼による『生徒のお悩み相談』についての話である。


そもそもとして、たかが一生徒である聖夜が何故『お悩み相談』をやることになったのか? それは、学校側が「生徒間の問題に介入することのできる相談役」を求めたからだ。もちろん、この学校に所属する生徒達には、学校の教師陣や定期的に来てくれるカウンセラーの人に相談する権利がある。むしろそれが一般的だ。


だが、そういった人達は生徒とは立場が違う。故に、おいそれと生徒の問題に直接介入することは難しく、また介入できたとしても(わだかま)りが残ってしまうことが多い。そしてそうなれば当然、問題の解決には至らない。


だが、それが同じ生徒だったとすれば。無論大人にしか出来ないこともあるだろうが、その逆、生徒にしか出来ない解決方法もある。こと、生徒間のプライベートな問題ともなれば、その相談役が生徒であればより柔軟に動くことが出来る。


「それで、どんな生徒がいらしたんですか?」


――とはいえ、生徒を相談役にするといっても、それには大きな負担が伴う。そして、様々な人の悩みを聞くという立場上、秘密を守れる責任感の強い人でなければ務まらない。


「一年生の女の子。結構思い詰めた感じだったよ」


しかし、聖夜はこれ以上無いほどに適任だった。そう思ったからこそ、美奈子は聖夜を推薦した。そして彼も一切の不満も感じることなく、やってみたいと快諾した。


「一年生……ですか。まだ一月(ひとつき)も経っていないのに相談ってことは、かなり難しそうですね」


聖夜は、どんな相談でもきっと全力を尽くす。美奈子はそう確信していた。


「まあ、やれるだけやってみますよ。せっかく高校に入学したのに、初っ端から悩みを抱えているんじゃ楽しめないでしょうからね。……どうせなら笑顔で過ごして欲しいです」


そう言って微かに笑った聖夜は、美奈子が思う通り確かにお人好しなのだろう。面倒事になるということが分かっているのに、顔も知らぬ後輩に対して本心から「笑顔で過ごして欲しい」などと言えてしまうのだから。行動に移してしまえるのだから。


「……やっぱり、月影君にお願いして正解だったみたい」

「そう言われちゃあ、なんとしても期待に答えなければなりませんね」


指で頬の辺りを掻きながらそう答え、聖夜は再び聡美の側へと戻ってきた。


そして、不思議そうな視線を向けてくる彼女に、困った顔で言う。


「ごめん、ちょっと用事ができちゃって――」

「あ、それなら大丈夫。予定通り部室に行ってもらっちゃって良いよ」


だが、それは再び美奈子に遮られた。ばつが悪そうに振り返る聖夜。


「その子、今ちょうどそっちの部室に居るらしいの。月影君が『甲虫飼育部』に所属してるって知って、探しに行ったみたい」

「あー、そういえば宣伝のやつに部活載せましたっけ……にしても、行くとすれば剣道部の方かと思うんですが」


見れば、聡美も驚いたような顔で頷いていた。


「よく分かりませんけど……聖夜先輩を探している人がうちの部室に居るってことですよね? あんなマイナーな部活に来るなんて、なかなか物珍しいというか」

「それ言っちゃうかー……いやまあその通りなんだけど、今の聞いたら翠川(みどりかわ)先輩泣くぞ?」


『甲虫飼育部』の部長である翠川京也(きょうや)は無類の虫好きだ。こと、カブト・クワガタの知識は専門家レベルで豊富。聖夜もよくお世話になっている。


「……ま、何にせよ早く行った方が良いな。待たせるのは申し訳無い」

「とか言って、実はパプキンを早く見たいだけなんじゃないですかー?」

「いやまあ、それもあるっちゃあるけど……後輩を待たせる先輩とか、普通にあり得ないだろ」

「いやそんなマジトーンで返されましても……変なところで律儀ですねぇ」


テンポ良く聖夜と聡美の会話は進んでいく。どちらとも、この会話に一種の心地良さを感じていた。


しかし、そんな会話も教師であれば何でもなく止めることができる。


「さっ、行きましょうか」


「了解です」

「はーい」


微かに不満げな表情を浮かべた聡美だったが、特に文句も言わず――しかし見せつけるように、聖夜の左袖をちょこんと摘んだ。


そして、あざとい微笑み。


「このくらい、良いですよね?」

「……まったく」


クラス中から向けられる視線に居心地の悪さを感じながらも、聖夜はそれを咎めなかった。


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