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14話〜桜庭学園〜



受験終わったので、また頑張っていきます。




ある家に集まった少年が三人。そして、その家主が一人。


合わせて四人の楽器を持った少年達は、家主――零夜の車に荷物を積み込んでいた。と言っても、大きな荷物は楽器だけだが。


深冬がその車――RX-8を見て、言う。


「お前、いつの間にか新しいの買ってたのか」

「いや、別に買ったわけじゃないんだ。貰い物だよ。前の車だって残ってるし」

「ふーん……訳ありか?」

「……まあ、そう捉えてもらっても構わない」


苦笑し、零夜は車のエンジンをかける。そのロータリーサウンドは、零夜以外の三人の関心をも惹くものだった。もちろん零夜は日頃からこの音を好んでいる。


「……思ったより静かなんやな」

「せやろ? ほんまええクルマやで」


呟いた将司には関西弁で返し、


「ほら、乗った乗った。混んでるかもしれないし、早めに行くぞ」


手を叩き、零夜は彼らに乗車を促す。が、しかし、案の定というか何というか。


「……あれ、後ろにはどう乗るんだ?」

「あーっと、この車は観音開きだから……って口での説明じゃ分からないか」


知らない人は戸惑うこと請け合いな、RX-8の独特な扉の形状。深冬、祭理、将司の三人も例外ではなかったらしく、出発までに少々の時間を要したのは余談だ。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇




道中は、零夜が「四人乗ってる時のブレーキ性能はどれくらいかな」とか言って、周りに他の車がいない交差点でフルブレーキングを行い三人をビビらせた以外には特に何もなく(ちなみにRX-8は零夜の予想よりも少し早く止まった。流石のブレーキング性能である)、無事に目的地――桜庭学園へと到着した。


予め教えてもらっていた駐車場にRX-8を停める。そして学園の敷地内に入るとすぐ、二人の女子生徒が彼らを見つけ近付いてきた。


「『Luna』の方々ですか?」


朗らかな声での問いに、零夜達は頷く。


すると、彼女達の一人――黒髪ショートボブの大人びた少女は、パッと笑みを浮かべて言った。


「遠路遥々、よくお出でになられました。早速、生徒会室までご案内いたします」

「ご丁寧なお出迎え、わざわざありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて」


零夜が改めて礼をすると、他の三人もそれに続く。案内役を買って出た少女二人も同じようにお辞儀を返し、先に立って歩き始めた。


その歩調は、零夜達への心遣いからか、それなりにゆったりとしたものだ。そのおかげで、彼らが少女達に話しかける時間と余裕ができた。


「お二人共、容姿だけでなく言葉遣いも美しいですね。この学園の方針なのですか?」


昇降口で靴を履き換えつつ、零夜がごく自然に問いかけた。そこには褒め言葉も含まれていたが、これは無意識に行われたこと。世辞ではなく本音だ。


どう受け取ったか、ショートボブの少女は頬を幽かに赤く染めて答えた。


「いえ、そういうわけではありません。芸能学校ではありますが、普段のここは女子校も同然で、特に異性の目もありませんから、言葉遣いを気にしている人はほとんど居ないんです。……この言葉遣いは、言ってしまえば外聞を良くするためのものなんですよ」


その言葉に、深冬が苦笑しつつ反応した。


「随分とぶっちゃけましたね……でも、そういう敬語をちゃんと使えるってのは、やっぱり凄いと思います。いざ使おうと思っても、敬語って意外と出てきませんから」


すると、もう一人の――ふわふわした茶髪ロングヘアの少女が言った。


「ありがとうございます。でも、深冬さんの敬語もすごく丁寧ですよ。『Luna』の皆様方こそ、いつも綺麗な言葉をお使いになってて、私達も尊敬しています」


凄いな、と零夜は感心した。彼女達は外聞を良くするためだと言っていたが、深冬の言葉の通り、敬語というのは意識するだけで使えるものではないのだ。知識と慣れの両方が無ければ、聞いてて違和感のあるものになってしまう。しかし、彼女達の敬語は、少しばかり丁寧すぎるものの、ほぼ完璧だ。


加えて、彼女達の素性を考えれば当たり前かもしれないが、対話技術も非常に高い。どこのグループだろう……と零夜は考え始め、すぐに思い至った。


「……もしかして、『Flower Sign』の(たちばな)さんと(さくら)さんですか?」


すると、彼女達は少し驚き、次いで満面の笑みを浮かべて、零夜との距離を大きく縮めた。


「ええ、そうです! まさか気付いて頂けるとは思いませんでした!」


嬉しそうに零夜を見る二人。だが、それとは反対に、零夜は気まずそうに苦笑した。


「申し訳ない……日頃からファンだと公言しているのに、すぐに気付けませんでした」


零夜の心中には、そのような気持ちが現れていた。彼は六人組バンドグループ『Flower Sign』の、とりわけボーカルである彼女達のファンであり、表舞台でも時折それに言及することもある。しかし、それにも関わらず、彼女達の正体に気付けなかったのが零夜にとっては申し訳なく、また少し悔しかったのだ。


それも付け加えて言うと、彼女達はますます嬉しそうに言うのだった。


「そこまで熱心なファンでいてくださってたなんて、光栄です……!」

「というより、素の状態の私達が分かったのですから、やはり零夜さんは凄いです!」


そして、彼の後ろに居た三人からも、呆れたような声を掛けられた。


「あいつって、変なところで律儀というか、正直だよな」

「……まあ、そこが零夜の良いところの一つだからね」

「ああいうのが、異性に好かれる理由なんやろな……」


男三人の言いようはともかく、零夜からすれば、少女二人の言葉は完全に予想外だった。それが表情に出ていたのか、彼女達は微笑んで言う。


「正体を言い当てられたのは本当に久し振りなんです。中学の頃からの親友ですら気付きませんでしたし」

「だから、ちゃんと私達のことを見てくれてるんだなあって、嬉しくなっちゃって……」


やっべ苦手な空気になっちゃったよ、という深冬の呟きは、幸か不幸か零夜と少女達には届かなかった。ちなみに、祭理と将司は面白がっている。


黒髪ショートの少女――桜が出し抜けに言った。


「零夜さん。もし良かったら、私達のことを名前で呼んでくれませんか?」

「名前で?」


彼が聞き返したのも無理はない。出会って間もない(もっとも互いにファンではあるが)異性に急にそんなことを言われれば、彼でなくとも同じ反応をするだろう。


今度は橘が言った。


「憧れの人に名前を呼んでもらうのって、私達にとってはものすごく嬉しいことなんです! ダメでしょうか……?」


憧れの人ねえ、と零夜は心の中で繰り返す。こう出し抜けに言われたのは初めてだが、不思議と悪い気はしない。


そして、彼女の上目遣いがまた、零夜には効果抜群であった。彼女達は同級生のはずなのだが。


彼女達の名前は思い出すまでもない。零夜は一つ咳払いし、口を開いた。


「ええ、分かりました。……それじゃ、琴美(ことみ)さんと実穂(みほ)さん、」


途端、琴美が首を横に振った。案内を、と続けようとした零夜は虚を突かれて口を噤み、視線だけで彼女に問う。


琴美――橘琴美が悪戯っぽく言った。


「さん付けと敬語は無しで、あまーく囁いてくれませんか?」

「ちょっと琴美、何言ってるの!?」


失礼でしょ!? と怒る実穂。零夜自身も、別に気分を害したりはしていなかったものの、困惑の表情で琴美に問い返した。


「えーっと……一体どういう目的で?」

「そのままの意味です。恋人のように囁いて欲しいなー、って……」


からかわれているのか、それとも本気なのか、零夜にはちょっと判断出来なかった。彼は困ったように仲間三人に顔を向けるが、三人は一様に顔を逸らす。面倒なことには巻き込まれたくない――そんな声が聞こえた気がした。


(いやまあ、そうやって逃げたい気持ちはよく分かるんだが……)


いくらなんでも薄情ではないだろうか。とは思うものの、言っても詮無きことなので、零夜は目の前の現実に意識を戻すことにした。


目の前には上目遣いでこちらを見ている琴美と、小言を言いながらも、何かを期待しているかのようにチラチラとこちらを盗み見る実穂。


この状況で、零夜に断るという選択肢は無かった。互いに互いのファンである彼女達のお願いだとするならば、「気恥ずかしい」などといった感情よりも優先されて然るべき、と零夜は考えた。


「分かりま……分かった。それじゃ、ちょっと失礼して」


溜め息一つで覚悟を決めた零夜に、彼女達は困惑と喜びが混ざった表情を見せた。ほんの冗談のつもりだったので、まさか本当にやってくれるとは、彼女達も思っていなかったのだ。


そんな彼女達の耳元に零夜は顔を近付け、彼女達が望む通りに――否、それ以上に、まさしく恋人に囁くが如く。



「琴美、実穂……そろそろ案内してくれないか?」




  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「……お前の演技力の高さはマジで凄いと思うけどさ。これはやり過ぎだろ」


道すがら、深冬が呆れ顔で言った。彼らを先導しているのは、先程の零夜の囁きに顔を真っ赤にさせた実穂と琴美。


「いやまあ、俺も今更ながらに恥ずかしいんだから、あまり触れてくれるな。……なんか、ゴメンね?」


こちらもまた、少し顔を赤くした零夜が、前を行く二人に声をかける。すると実穂が振り返り、慌てながら言った。


「いえっ、こちらこそ、ごめんなさいというかありがとうございますというか……」


てんやわんや、という表現がふさわしい彼女の様子は非常に可愛らしいものだったが、この場でそんなことを言えばどうなるか、それが分からない零夜ではない。



結局、生徒会室にたどり着いた時も、彼女達の顔は赤いままだった。


「あ、帰ってきた……どうしたの?」


扉の開く音に振り向いた一人、『レインボーハート』の黄嶋璃子が、真っ先に実穂と琴美の様子がおかしいことに気付いた。だが、その後ろに居た『Luna』の面々を見付けると、彼女は訳知り顔に頷いた。


「あー、なるほど……零夜さんに襲われでもした?」

「誤解を生む発言はやめて頂けないかな?」


固まった彼女達に代わって、苦笑混じりに零夜が突っ込む。彼女も微笑んで、


「だって、この二人が恥ずかしがるなんて普通は考えられないもん」

「璃子、違うの。これは私達が自爆しただけっていうか……」


実穂の弁解に、璃子はわざとらしく首を傾げる。


「……逆に、二人が誘惑した?」

「どうしてそうなるの!?」


一通りからかい、くすくすと笑うと、璃子は改まって言った。



「ようこそ、桜庭学園へ。心から歓迎します」




「ちょっとそれ私のセリフー!?」


突如、零夜達の耳に誰かの悲鳴が聞こえた。璃子がその方向へ振り返り、ちょこっと舌を出して笑う。


「すみません、リーダー。まだ気付いていないものだと思っていました」

「流石に気付いてたよ? ただ、会話に入る隙が無かっただけで……」


すると、奥の方から一人の女性が歩いてきた。言わずもがな、『レインボーハート』のリーダーで、桜庭学園の生徒会長でもある加羅だ。


「直接会うのは久し振りですね、加羅さん。お元気そうで何よりです」

「ありがと、零夜君。そっちも元気そうだね」


柔らかく微笑みかけられ、零夜以外の三人は照れくさそうに頬を掻いた。零夜はといえば、まるで慣れっこだという様子だったが。


零夜が背負っていたギターを下ろす。それを見て、奥に居た涼華が駆け寄りつつ言った。


「ドラムセットやマイク、キーボードとかは体育館のステージに用意しています。使いますか?」

「えっ、わざわざ準備してくれたのか? それじゃ、ありがたく使わせていただこう」


ありがとな、と言いながら、零夜は涼華の頭を軽く撫でる。えへへーと無防備に笑う涼華に、数名が羨ましげな視線を向けた。


ともあれ、零夜達四人もそれぞれ座り、ようやく一段落つく。


「それで、今日話し合うことは何ですか?」


開口一番、零夜が言った。もう少しお喋りを楽しもうとしていた加羅はつまらなさそうに頬を膨らませたが、しかしすぐに真面目な顔になって答える。


「当日の流れの説明がメインかな。でも、それだけだと時間も余っちゃうから、本番と同じステージでの演奏もしてみて欲しいんだけど……四人でも大丈夫?」


「ええ。足りないパートは俺が兼ねますから」


「流石だね。それじゃあ、説明に――涼華、お願い」


はーい、という返事と共に、涼華がプリントの束を零夜達に配った。


「当日の体育館プログラムをまとめた物です。ほぼ確定してますけど、もし変更があったら連絡しますね」

「ああ、ありがとう」


感謝を述べつつ、各々がそのプリントに目を通していく。と、早くも次のページに移っていた祭理が、少し驚いて言った。


「えっ、三十分?」

「ん? って、本当だ」


少し遅れて、零夜もそのページに書かれている内容に気付いた。彼もまた、祭理と同じ表情を浮かべる。


将司が呆れたように呟いた。


「……読むの早過ぎやせえへん?」

「それはしゃーないやろ。つーか、それは置いといてだな……」


もう一度、零夜はそのページを見直す。しかし、何度そうしたところで、「ゲスト出演『Luna』 13:00〜13:30」の文字列は紛うことなくそこにあった。


「……三十分、ね」

「えっと……もしかして少なかった?」


すると、何か勘違いしているらしい加羅が、不安そうに彼らの目を覗き込んだ。まさか、と零夜は首を振って、


「逆ですよ。本当に三十分も頂けるんですか?」

「うん。わざわざ来ていただけるんだから、当然でしょ?」

「そんな大層なものじゃないですよ、俺達は……」


二人がそんな会話をしている内に、将司と深冬もそのページにたどり着き、自分達の持ち時間を確認した。浮かべる表情は先の二人と同じ。


「えらい貰えるんやなあ……」

「……ってか、これ、もう一曲くらい増やした方が良いんじゃ」


深冬の言葉に、零夜は「そうなんだよな」と返し、


「しっかし、何にしようか。……いっそここに居る人達に選んでもらう、とか?」

「んー、良いんじゃない? せっかく聞いてもらうなら、お客さんが好きな曲の方が、やっぱりね」


何気ない冗談のつもりで放った一言だったのだが、意外にも祭理が肯定を示した。


「せやな。ええ案やと思うで」

「異議なーし」


続いて将司と深冬も賛同する。もしやと周囲を見渡せば、生徒会の面々も同じように頷いていた。


冗談でした、と言える雰囲気ではもうない。ふぅ、という一つの溜め息と共に、彼はボールペンと手帳を取り出す。


「……了解。それでは、この場を借りてご意見を伺いたいと思います。皆様、遠慮なくどうぞ」


そして、頬を掻きながら零夜が言えば、少女達はめいめいに口を開くのだった。


「『Overtake』が聞きたいです!」

「私は『Blue Forest』が聞きたい!」

「『月詠夢(ツキヨミシユメ)』はどうですかー?」


本当に遠慮なく飛んでくるそれらの声を、零夜はすぐさま書き留めていく。こういう時にこそ彼の要領の良さは発揮されるのだ。


発言が一通り収まったとき、彼は聞こえた意見全てをすっかり文字にし終えていた。


「わー……凄いですね、零夜さん」

「こういうことは無駄に得意なんだ。……それはそうと、多かったのはこの三つかな」


『Overtake』、『Blue Forest』、『月詠夢』にそれぞれ丸を付け、さらに『Blue Forest』には二重線も引き、彼は考える素振りを見せる。


「このうち、『Blue Forest』は演奏するって決めてるから……『Overtake』と『月詠夢』のどっちにするか、だけど」


零夜が加羅に視線を向けると、彼女は少し悩んで言った。


「うーん、どっちも聞きたいけど……選ぶとしたら『Overtake』かな。私、あの激しい曲調が好きなんだ」

「私は『月詠夢』が聞きたいなあ……あのゆったりとしたリズムとイケボとの相性は抜群ですもん」


いきなり加羅と涼華で意見が分かれる。決めるのは大変だなと、男子四人はこのとき思った。


そして、全体に問うてみれば綺麗に意見が分かれた。もっとも、精査すればどちらも同じということはないのだろうが、さすがにそこまではしたくない。どう決めようかと四苦八苦した後、零夜は一つの結論に落ち着いた。


「……よし、ここはじゃんけんで平和に決めよう」


話し合いが泥沼化する前に出たこの考えは、まさしく名案だっただろう。その場に居たほぼ全員が頷いたのが何よりの証拠だ。


「代表者は……加羅さんと涼華ちゃんで良いですか?」


「もっちろん!」

「負けませんよ、リーダー」


その、あまりにも真剣に過ぎる彼女達の様子に、いや曲を一つ決めるだけなんだけど――という至極真っ当な突っ込みを入れられた者は一人も居なかった。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「やったぁ!」

「うぅ〜……」


結論から言えば、涼華が勝った。全身で喜びを表す彼女に対し、加羅は年甲斐も無く膨れっ面をする。


そして、そのまま零夜のことを恨めしげに見てくるものだから、彼はそのフォローに回らざるを得なかった。


「まあ、こればっかりは運というか……仕方無いですよ」

「……零夜君があの提案をしなかったら?」

「それは理不尽って言うのでは……」


言葉とは裏腹に、零夜は笑っていた。分かっているのだ。彼女は拗ねて見せているだけだということに。


「……それじゃ、近い内にどこか遊びに行きましょう。それで手打ちにしてくれませんか?」

「近い内って、具体的に?」

「そうですね……次、俺がここに来た時にしましょうか」


零夜がそう提案した途端、彼女の表情が瞬く間に晴れた。


「……良いの?」

「もちろん。加羅さんが望むのなら、ですけど」


もちろん、彼女が断るはずが無かった。笑みを咲かせ、嬉しそうに言う。


「うん、私も行きたいな。楽しみにしてるね?」

「ええ。俺も楽しみにしています」



――さて、ここですんなり終わっていれば、この会話は単なる青春の一コマに過ぎなかったのだが。


「えっ、それはズルくないですか!?」


涼華は聞き逃していなかった。


「私だって零夜さんとデートに行きたいです!」


とはいえ、それは誤解だ。零夜は別に加羅をデートに誘ったわけではない。


……というか、その言い方だと、涼華は零夜と《《デート》》に行きたいということになるのだが。そこに思い至ってしまった零夜は、少しばかり気恥ずかしくなりながらも涼華に言った。


「まさか、そういうつもりで言ったんじゃないよ。いつも忙しい加羅さんに多少の息抜きをしてもらおうと思っただけだ」

「そうよ、べつにデートだなんて……」


しかし、涼華はそんな加羅にジト目を向け、


「……でもリーダー、零夜さんと遊びに行った後はいつもデートって」

「わー!? ちょ、ストップストップ!」


加羅が慌てて涼華の暴露を止めにかかる。……が。


「……」


零夜が困ったように笑っているのを見て、加羅は既に手遅れだということを悟った。どうしようもない程の羞恥に頬が真っ赤に染まる。


「えっと、零夜君、これはその……」


それでも諦めずに弁解しようとする彼女を、零夜は軽く首を振って遮った。


「加羅さん」


何を言われてしまうのかと身構える彼女に、柔らかく微笑んで。


「正直、凄く嬉しいです。そんな風に言って頂けるなんて」


えっ、と驚く加羅をよそに、聖夜は続けた。


「ただ、あまり期待させるようなことは言わないでくださいよ。……俺、間違って惚れちゃいますから」


だが、彼の冗談めかした口調で、加羅はようやく気付いた。騒ぎにならないうちにこの場を収めるために、零夜は軽妙なことを言って周りを笑わせようとしていたのだ。事実、その言い回しに、この場に居る大勢が笑いを堪えていた。



……数人を除いて。



「「えっ……?」」


「へえー……」


同時に驚きの声をあげた琴美と実穂。そして、ジト目を向ける先を零夜に変えた涼華は笑わなかった。


涼華が零夜に詰め寄っていく。


「零夜さん、もちろん冗談ですよね? 『惚れる』なんて」

「ま、半分は真実というか……まあまあ少しは落ち着き給え」


言っている途中で涼華の視線の温度が氷点下にまで落ちたため、零夜も冷や汗をかきつつ冗談を止めた。


「他意は無いって。というか何で俺が詰め寄られてるんだ……?」

「ああいうことをサラッと言うからですよ! ……やっぱり、先輩は女の敵です」

「なんかよく分からんけど敵認定されたんですが……」


璃子がくすりと笑った。


「まあ、それはしょうがないんじゃない? 零夜さんって躊躇無く女子を落としていくもんね」

「うん。その言い方には問題しかないんだけど、君は俺を社会的に殺したいのかな?」

「あ、『躊躇無く』は言い過ぎかな?」

「言い過ぎ、じゃなくて完全に虚偽だよ」


こわーい、と璃子はわざとらしく祭理の後ろへと隠れる。その様子を見て零夜は軽く溜め息を吐きたくなったが、しかしこの場の雰囲気は完全に和んでいた。


(……もしかして、狙ってやったのか?)


もしそうだとすれば流石としか言いようがない。もっとも、悪戯っぽく笑う彼女が、本当に狙っていたのかそれとも単にからかいたかっただけなのかは分からない。しかしそれでも、この場の空気を彼女が完全に変えたのは事実。



「まあ……なんだ、そろそろ実際に演奏してみたいんだけど、良い?」


祭理の一言で、この騒ぎは終わりを迎えた。



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