13話〜バンドメンバー〜
慌ただしさもようやく収まり、学生が新学年に慣れ始める頃。
「お邪魔しまーす」
「聖夜……いや零夜か。邪魔するよー」
「ああ、いらっしゃい」
朝の十時過ぎ。聖夜の家に、四人の男子高校生が訪問してきた。全員がギターケースを担いでおり、気さくな様子で互いを芸名で呼びながら会話している。
「……そんで、深冬。お前のそのリュックはなんだ」
「ゲームとか電子機器と、あと勉強道具だな。零夜に課題手伝ってもらおうかと」
「おい。……全く、国語と生物くらいしか教えられんぞ」
「国語だから問題無いな。よろしく頼むよ」
彼らは『Luna』のメンバーだ。各々が何かしら余計な物を持ってきてはいるが、元々今日の目的はバンドの練習である。
家主が苦笑して言った。
「……まあ、とりあえず全員入って」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あ、スマブラ点いてる」
「お前らが来るまで暇だったからな。やるか、祭理?」
「お、良いの? それじゃ、ちょっとやらせてもらいますか」
リビングに案内された瞬間、ゲーム画面を目ざとく見つけた一人。彼の芸名は天谷祭理という。
それを聞いた、先程『深冬』と呼ばれていた少年――初霜深冬も釣られて言った。
「あ、俺もやりたーい」
「こら、お前は課題が先だ」
「デスヨネー」
だが、零夜に首根っこを掴まれ、深冬は棒読みしながらも残念そうな表情を見せた。コントのような光景である。
それを見た一人――志葉田将司が笑った。
「ほんま、いつもおもろいなあ。吉本でも生きていけるんとちゃうか?」
「いやいや、それは無理やって。あそこはレベルごっつい高いんやから」
将司は中学一年生まで関西で育った。故に関西弁なのだが、不思議なことには関東育ちの零夜も同じように関西弁で返している。
だが、これが当たり前のことらしく、誰も疑問などは挟まなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リビングルームにて、深冬はテーブルで課題に取り組み、祭理と将司がテレビで格ゲーを、そしてもう一人――神凪礼音はソファに座り、深冬の手伝い(監視とも言う)をしながら3DSを開いている零夜とポケモン対戦していた。
「零夜、ここってどこの文から引っ張ってくれば良いんだ?」
「あー……っと、ここらへんじゃないかな。この『一義的に意味を』ってところは、つまり次の文を抽象しているわけだから、この文の意味するところを少し前から読み取って……ってやべ、こいつほたるびデンジュモクじゃん。ステロ読みで積まれたか」
深冬にアドバイスをしつつ3DSを見て、その瞬間あからさまに顔を顰めた零夜に、礼音は悪戯っぽく微笑んで言った。
「対策いないパターン?」
「いないこともない、けど……ビーストブースト発動されたら終わるな。特殊受けは出来ないし」
「お、良いこと聞いた」
「よく言うよ、手持ち見て分かってただろ」
テレビの前には、祭理と将司が並んで座っている。
「カービィちゃん、流石に軽過ぎやせえへん? 60%から膝で消し飛ぶんやな」
「CF相手じゃ普通にキツいんだよなあ……でもメテオと投げコンは強いし、それさえ決まれば」
こちらは接戦のようだ。どちらも楽しそうに、だが手元のコントローラーをカチャカチャと素早くいじっている。
深冬が溜め息を吐いて呟いた。
「ああ、俺も遊びたい」
「ならさっさと終わらせなさい。そんな時間かかるものでもないだろ」
「零夜だからそう言えるんじゃないんですかね……割とマジで国語の勉強方法教えてくんない?」
うーん、と零夜は考える素振りを見せたが、
「……国語の勉強ってしたことないから分かんない」
「えぇ……何言ってんだこいつ」
「いやさ? 国語って勉強しても点数上がんないし、勉強しなくても点数落ちないじゃん? 模試とか正直運でしょ、あれ」
これはあくまでも零夜の持論である。深冬が呆れの視線を向けた。
「一周回って恐ろしいわ……それで偏差値70取れるのかよ」
「数学はマジで出来ないんだけどな。ホントたまにだけど50切るし」
「おい、お前理系だろ」
「国語が得意な理系が居ても良いじゃん」
彼は3DSを置くと深冬のシャーペンを手に取って、見開きの選択問題を一瞥するなり、その三問を連続で解いた。
「はあっ!? お前、文章読んでないよな!?」
「いや、さっき見た時に要点っぽいところだけ覚えておいたんだよ。ちょっと自信無いけども」
再び3DSを持つと、
「よっしゃ、これは交代勝ちだ」
「うわ、ドラピオン入れてたのか。でもZさいみんじゅつだからどっちにしろ……ってラムの実持ち!? そんな型あんのかよ!?」
「さあさあ、どうする? 一段階上がったところで、結局素早さではこっちが勝ってるぞ? なにせSAB特化型だからな」
意地の悪い笑顔を浮かべた零夜は、しかしすぐに深冬の監視に戻った。
「分かんないとこあったら言えよ。ヒントくらいはちゃんとやるから」
「ホントお前おかしいだろ……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の午後。
「よし、じゃあ練習するぞー」
零夜が昼食の片付けを終えて、リビングにそう声を掛けると、「うーい」という間の抜けた声と共に四人がゲームその他を置いた。
「今日は何するん?」
「例の新曲の練習と、あとは東方アレンジを二つ。こっちはチェックくらいで済ます予定だけど」
おおっ、と四人は驚いた。
「いつの間に作ってたのか……」
「だいぶ昔から考えてはいたんだけどな。……ちなみに、ボーカルはどっちも俺じゃない予定だから」
「へえ、珍しいじゃん。誰の予定?」
祭理が興味津々に聞く。零夜以外のメンバーがボーカルを担当するのはおよそ一年ぶりだ。
「今のところ、深冬と祭理にやってもらおうかなと。原曲が『セプテット』と『墨染めの桜』だから」
「ああ、なるほど。俺らの好きなキャラのテーマだからか」
零夜は頷き、続けて言った。
「……で、どうせだから、今回は全員が普段とは違う楽器をやってみるってのはどう?」
これにもまた、彼ら四人は頷いた。元より全員がどのパートもこなせるバンドだ。異論が出るわけないのである。
むしろ、この即答ぶりに零夜の方が驚いた。
「少しは反対があると思ってたんだけど……案外乗り気だったな、全員」
「そう言う零夜もだろ?」
「それはもちろん。たまには歌わなくても良いだろ」
言うと、彼は先頭に立って歩き出した。向かうのはこの家の三階だ。
そこにある音楽用の部屋に着くと、彼らは円を作って座りこんだ。
「はい。唐突だけど、練習の前に重大発表があります」
しかし、なんの前触れも無かった零夜の言葉に、四人は再び驚かされる。
「なんだよ、改まって」
深冬が代表して問うた。零夜は勿体ぶるように、わざと溜めを作って言う。
「……『レインボーハート』の人達が通ってる、あの中高大一貫の芸能学校あるだろ?」
「ああ、桜庭学園か」
それが? と視線で問う四人に、聖夜は苦笑しながら言う。ついこの前、涼華に伝えられたことを。
「……その桜庭学園の文化祭にて、うちらが招待客として演奏することになりました」
……瞬間、場が凍った。
冗談だろ、という顔を全員が浮かべている。だが、それが冗談では無いことを、彼らは零夜の表情から読み取ってしまった。
「……マジか」
この呟きは、一体誰が零したものだったのか。
「俺も最初はそう思ってたんだけど……多分、マジだ」
苦笑しながら言う零夜。彼も、ここで誰もが賛成を唱えないことは予想していた。普通なら喜ぶべきことなのだが、如何せん大舞台にも程がある。実力があっても、本職の方々の前で自信を持って演奏出来る人間は、生憎とここには居ない。
だが、彼らは諦めることもわきまえていた。
「……ま、やってみますか。ある意味かなりラッキーなことだし」
祭理がそう言うと、他の三人も同じように頷いた。一度覚悟を決めさえすれば、彼らのやる気は一様に高まる。
零夜が一つ手を叩き、改めて四人を見渡す。
「よし、決定だな。……それじゃ、今日やることはそのための練習に変更だ」
話し合いの内容はここから変化した。
「発表する曲は何にする?」
零夜が問う。
「知名度が高いのを二つか三つ……」と、祭理。
「東方アレンジはどうしようか」と、これは深冬だ。
「一つ入れてもええんやない? 宣伝にもなるやろし」
将司が深冬に賛成の意を唱える。
「だね。……あ、それなら、発表してない曲のお披露目もする?」
「あ、それ採用」
すると、礼音が名案を思い付く。それに零夜がすぐさま同調し、出た案を独り言のように纏め始めた。
「そうすっと、人気曲と新曲、東方アレンジを一つずつ……ってとこか」
すると、深冬が右手を挙げて言う。
「聞き忘れてたんだけど、尺はどのくらいだ?」
そういえば、といったような表情で、四人が再び零夜を見た。だが、彼はあっけらかんと、
「いや、まだ聞いてないけど……というか、引き受けるってこと自体決めたの今だし。細々としたことは向こうに連絡した時に聞く予定」
「……あっ、そうか」
腑に落ちたらしく、深冬が誤魔化すように笑った。だがすぐに、再び口を開く。
「なら、今から連絡したらどうだ?」
「今から?」
思わず同じことを問い返してしまうくらいには、零夜は意表を突かれた。ああ、と深冬は頷き、
「この場で決められれば、練習の方針も立てられるしさ」
そう言われては、零夜もなるほどと納得するしかない。確かに良い案だ。
一応、今日は『レインボーハート』のライブが無いことを調べてから、彼はそのリーダーである藍澤加羅のプライベートナンバーに電話をかけた。
(これで出掛けてたりしてたら申し訳無いよな……)
だが、コールすること四回。思っていたよりもずっと早く、向こうが電話に出た。
『はいはーい、零夜君?』
「ええ。アイラさん、今大丈夫ですか?」
『うん、大丈夫だよ』
電話口から、綺麗かつ快活な声が響く。
『それにしても、零夜君の方からなんて珍しいね。もしかして、私達の文化祭のこと?』
「はい。是非やらせて頂きたいとつい先程決めましたので、それの連絡に」
すると、彼女の声が嬉しそうに言った。
『ほんと!? やったぁ!』
その声は、聞いている零夜も釣られて微笑んでしまうくらい、本当に嬉しそうだった。
しかし、あれ? という訝しげな声が続いて耳に入る。
『決めたのはついさっき……って言ったよね?』
「えっ? ええ、そうですけど……」
『……ってことは、もしかして全員揃ってたりする?』
鋭い観察眼(この場合は眼ではなく耳と言うべきか)に驚きつつも、零夜は再び「ええ」と答える。
すると、彼女の声がまたも嬉しそうな雰囲気に戻った。
『ならちょうど良かった。今、ウチの学校の生徒会室に居るんだけどね? 他の生徒会メンバーがLunaの人達と話したいって言ってるんだけど、大丈夫かなって』
「あー……ちょっと待ってて下さい」
一旦スマホを耳から離し、零夜は視線で四人に問うた。今の会話は聞こえていたらしく、四人とも頷きを返す。それを確認し、零夜は再びスマホを耳元に戻して言った。
「……オッケーですよ」
『ありがと! それじゃ、スピーカーにしてもらえるかな?』
大丈夫だってー! という加羅の声を遠くに聞きながら、零夜は部屋に置いてあるスピーカーにスマホを繋いだ。スマホ本体のスピーカーを使っても良いのだが、それだと会話し難いかと考えたのだ。
向こうが少しばかり準備に手間取っていたのか、再び声が聞こえてきたのはしばらく経ってからだった。しかし、その声は先程とは違っていた。
『もしもーし! 零夜さん、聞こえますかー?』
可愛らしく、元気な声。零夜にとっては大変聞き覚えのある声だ。
「あれ、涼華ちゃん?」
『はい、こないだぶりですね。他の皆さんもご無沙汰しています』
その言葉に、零夜以外のメンバーも各々返事をした。そして、それを皮切りに、スピーカーから他の女性の声が次々と聞こえてくる。その大体が『レインボーハート』の人達だったが、中には違うグループの声もあった。
その人数の多さに、零夜は少々驚く。
「……生徒会の人数、多いんですね」
『あはは、女子だけでうるさいけどね』
返ってきた加羅の声は苦笑気味だ。と、そこで零夜があることに気付く。
「そういえば、休日なのにどうして生徒会で集まってるんですか?」
『文化祭の準備。知ってるとは思うんだけど、ウチの文化祭は六月末だから』
流れるように続いたその声に、彼らはなるほど、と納得。確かに、文化祭の二ヶ月前であれば、生徒会で集まることくらいは当たり前だ。
『あ、でも安心して。割と順調に進んでるし、一日くらいおしゃべりしてても大丈夫だから』
「そんな心配はしてませんよ。加羅さんが会長やってて、間に合わないなんてことはありえないでしょう」
何を深読みしたのか、加羅が言い訳のように発した言葉に、零夜は呆れ声で返した。彼女の有能さをもってして間に合わなかったのならば、それはもはや異常事態だ。
すると、加羅は照れを全く隠そうともしない声で答えた。
『あ、えっと、それって褒め言葉?』
「えっ? ……ええ、そうですよ」
零夜の返す言葉に間があったのは、彼自身さっきの発言に褒め言葉のつもりは無く、ただの本音であったからだ。しかし、言われてみれば確かにそのようでもあったため、とりあえず認めておく。
『そ、そうかな……えへへ』
だがこの場においては、もう少し考えてから発言した方が、(零夜にとっての)面倒事にはならなかっただろう。
して、その面倒事というのは。
「……お熱いなあ、二人とも」
深冬からの生暖かい視線……もとい、言葉である。今回は深冬だけだったが、普段は他のメンバーも茶化すことが多い。
『めっちゃ嬉しそうですね、リーダー』
加羅にたいしては、同じくレインボーハートの黄嶋璃子の冷やかしが飛んだ。加羅より一個下、つまりLunaのメンバーと同い年だが、グループの仲の良さからか言葉の調子は割と容赦無い。
しかも、加羅の方はそれだけでは終わらなかった。会話の一部始終を聞いていた生徒会のメンバーからも、同じように茶化されたのだ。
『わ……! ちょっと、やめてってばー!』
加羅の恥ずかしそうな悲鳴が響く。落ち着いて話し合いが出来るようになるまで、Lunaのメンバー達はしばし待たなければならなかった。
『……あーもう! 静・粛・にっ!』
羞恥が限界に達し、加羅が叫ぶ。迫力こそ無かったが、そこは生徒会長、一瞬にして騒ぎが静まった。
『えーっと……騒いでごめんね?』
「……いえ、俺にも原因がありましたし」
零夜達の方からすれば、特に文句は無い。なにせ、普段ならLuna側でも大騒ぎになっていたはずだからである。今回は零夜以外の四人の気まぐれで免れただけだ。
「とりあえず、決められることは決めちゃいましょう。何かありますか?」
再び騒ぎになってはたまらないと、零夜は自ら率先して話題を提供した。
だが、加羅は困った様子で返事をした。
『うーん……実は、こっちに直接来てもらってから決めることが多いんだよね。だから、いつならこっちに来れるかを決めちゃおうか』
「了解です。それなら、まず、そちらの都合をお聞きしたいんですけど」
こちらの希望を言うのではなく、相手に合わせる。これは、そちら側に会話の主導権がある、というのを零夜が改めて確認するためでもあった。
当然、加羅もその意味を取り違えたりはしなかった。
『えーっとね……来週の土曜日って大丈夫かな?』
それを聞いた零夜がメンバーに確認するより早く、礼音が「あっ」と声を上げた。
「もしかして、無理か?」
「……僕、その日は授業があって」
「あー、なるほど……それじゃ仕方ないか」
部活ならまだしも、授業を休むのはよろしくない。言うまでもなく彼らの本職は学生なのだから。
「他の日だと、どうですか?」
『うーん……こっちの身勝手な都合で申し訳ないんだけど、リハーサルとかの関係で、零夜君達には三回くらい来て欲しいんだよね。だから、次の土曜がダメだと……』
本当に申し訳なさそうな声と、パラパラと紙をめくる音。
『……五月の第1と第3土曜日、それと六月最初の日曜日、かな』
「うわ……五月の第3土曜って大会じゃん」
今度は零夜が頭を抱える番だった。とはいえ、その大会が個人的な趣味のものであったり、剣道部のであっても個人戦だったなら、彼は迷わず休むことを選んだだろう。しかし、悲しいかな、その大会は団体戦なのだ。彼一人が休むだけでも、他の人達に多大な迷惑をかけることになる。
ふと彼が見渡せば、深冬と祭理も同じような表情をしていた。
「まさか、二人も」
「「大会です」」
「……加羅さん、その日は多分無理です」
三人行けないとなれば当然その判断になる。加羅が困ったような声で言った。
『そうだよね、そっちにだって都合はあるよね……だけど、私達が集まる予定の日って他には無くて』
皆、忙しいから……と続いた言葉を、五人は当然のこととして受け取った。
そして、礼音が再び口を開く。
「……やっぱり、僕抜きで一回行ってきちゃってよ」
「ん、良いのか?」
「向こうとの話し合いなら最悪零夜一人でも大丈夫だろうし、僕自身はリハーサルさえ出来れば良いからね。向こうに迷惑をかけるよりはよっぽどマシだよ」
それもそうか、と零夜は納得。スピーカーから「おお……」という感心の声が聞こえてきたが、果たしてそれは何を意味するものだったのか。
「それじゃあ加羅さん、まずは来週の土曜日にお邪魔します」
『分かった。ごめんね、こっちの都合で振り回しちゃって』
「お気になさらず。こちらこそ、わざわざ招待していただきありがとうございます」
この後は他愛のない話が続いた。だが、それも終わり、零夜が通話を切る。
深冬が口を開いた。
「……いやー、楽しみだな。向こうに行くの」
「女子しか居ないところなんだけど……ま、お前なら大丈夫そうだな」
「おい、今なんか含みがあったぞ」
「当たりだよスケコマシ野郎」
「お前には言われたくないわ」
すると、零夜が深冬をからかい、二人は軽口の言い合いに突入。
そんな二人を見て、祭理達三人は顔を見合わせて苦笑を浮かべるのだった。