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11話〜弓の腕前〜



「……よし! 格好良いよ、北上さん!」


道着を着用し、褒められて恥ずかしそうに頬を染める少女。


楓である。ちなみに、褒めているのは舞だ。彼女は振り向き、傍らの少年に問う。


「聖夜君もそう思うでしょ?」

「ああ、凄く格好良いな。……ほら、恥ずかしがらずに背を伸ばして」


聖夜が楓の背を軽く叩くと、彼女はびくっ、と背筋を真っ直ぐに伸ばした。急な事にびっくりしたのである。


それを知ってか知らずか、聖夜は満足そうに微笑んだ。


「うん。凛として、さらに素敵になったな」


その感想に、楓は顔を赤くして俯いてしまう。舞が苦笑しながら言った。


「出た、天然スケコマシ」

「人聞きの悪い事言うなよ……ただ正直に言っただけだって」

「それがスケコマシの原因なんじゃないのかな……」

「いや、そう言われましても」


すると、奥から摩樹が歩いてきた。今度は彼女も道着を着用している。その両手には、何故か予備の道着があった。


「準備は出来たかしら?」

「はい、私達はバッチリです」


舞が答えると、摩樹は微笑みを返した。そして聖夜の方を向くと、


「月影君も準備オッケー?」

「あ、はい………って何言わせるんですか」


あまりにも自然に聞かれたので、思わず聖夜も釣られて返事をしてしまった。彼は抗議の視線を向けるが、摩樹はしてやったりとでも言いたげな顔をしている。


「言質は取ったわよ。……じゃ、よろしくね」


そうして手渡された道着。こうなってしまえば、聖夜が何を言っても無駄だろう。諦め、彼は溜め息を吐いて道着を着始める。


舞がその傍らに歩み寄り、苦笑して言った。


「あはは……災難だったね、聖夜君」

「その通りだよ……まあ普段お世話になってるから、このくらいは聞かなきゃなんないけどさ」

「……着付け、手伝おうか?」

「頼む。……いやー、美人に着付けされるとか最高だわ」


断るかと思いきや、聖夜は即座に舞の提案を受けた。人目もはばからずにそんなことを言いながら、彼は既に自分の手で着替える事を止めている。


冗談のつもりで言ったので、舞は聖夜の言葉に狼狽えてしまった。


「……聖夜君、本気で言ってる?」

「冗談で言うか。恥なんて気にならないくらい、今の俺には癒やしが必要なんだよ」

「ええー……」


……時たま、聖夜は舞や瀬那に『癒やし』を求めることがある。理由は彼しか知らない。


だか、その理由の一つには、恐らく彼女達の性格がある。聖夜と親しい女性達の中でも、この二人は特に包容力があり、そして聖夜に甘い。これは凛音ら他の友人達も認めるところである。



……つまり、この場合。


「……もう、仕方無いなあ」


舞は断らないのだ。聖夜の元に近付き、彼の道着に手を掛ける。


そして彼の着付けをするということは、必然的に舞の手が、服越しとはいえ彼の体に触れてしまうということであり。


(うわ、凄く引き締まってる……見た目は細身なのに、なんかカッコいいな)


ぱっと見では筋肉質ではないのだが、必要な所には筋肉がしっかりと付いている。武道をやる人間として、この筋肉の付き方は理想だ。ほとんど無駄がない。


「……どうかした?」

「えっ? う、ううん、何でもない」


聖夜の訝しげな表情を受けて、舞は内心で頭を振った。煩悩退散。


彼女は慣れた手付きで彼の着付けを再開する。周りの視線は二人に集まっているのだが、聖夜は気にせずされるがままだ。舞ばかりが少し緊張している。


とはいえ、身体に染み付いた動きは滞ることがない。自分でもどうやったのかあまり覚えていなかったが、ともかく彼女は聖夜の着付けを完璧に終わらせた。


「おおー……自分で着た時よりしっくりくる。凄えな、舞」

「ありがとう。……ちょっと恥ずかしかったけどね」

「ごめんごめん。我儘聞いてくれてサンキューな」


舞はちょっとむくれてみせるが、聖夜の素直な感謝を受けてしまえば、それは微笑みへと変わってしまった。やはり、彼女は聖夜に甘いのだ。



ふふっ、という声が彼らの後ろから聞こえた。二人が振り向けば、摩樹が口元を抑えて微笑んでいる。


「仲が良いのね。まるで付き合っているみたい」


唐突な爆弾発言だ。舞は慌てて口を開こうとするが……。


「……私も、ちょっとそう思っちゃった。妬いちゃうなあ」


時雨もそんなことを言ったために、舞は大慌てしてしまう。


一方で、聖夜は苦笑を浮かべていた。


「倉敷先輩、そんなこと言ったら舞が可哀想ですよ。……時雨も、一体何に妬けるんだか」


だが、言った瞬間に彼はジト目を向けられた。時雨と摩樹にだけでなく、舞にまでもだ。


摩樹が溜め息混じりに言う。


「舞、あなたの苦労はよく分かるわ……」

「あ、そっか。摩樹先輩も……」

「……ええ」


摩樹もまた恋する乙女なのである。と言っても、相手は聖夜ではない。……だが、彼と同じくらい鈍感な三年生だ。


二人揃って溜め息を吐くと、その心情など微塵も知らない聖夜は困り顔で呟く。


「なんか理不尽……」


対して、時雨もぽつりと。


「……聖夜が悪いんだけど、ね」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



聖夜が抱いた謎の理不尽感はさておき。


「それじゃあ、これから軽く弓を扱ってみましょうか。一年生には上級生が補助に付くから、安心して楽しんでね」


今、摩樹が新入生を前に話している。舞など上級生側は、そこから少し外れた所で準備をしていた。


弓の確認を終え、舞が楓に言う。


「私は北上さんに付くから、よろしくね」


こくっ、と頷き、彼女は聖夜を見た。舞もその視線を追う。


「聖夜君はどうするの?」

「本当は邪魔したくなかったんだけど……倉敷先輩がああ言ってくれたんだし、少しだけやっていくよ」

「そっか。……あ、それなら、北上さんは聖夜君のを見本にすると良いかも!」

「だから俺は弓道部じゃないっつーの……そもそも、北上さんは前の学校で何部だったんだ?」


困ったように返事した聖夜は、ふと気付いたらしく楓に問いかけた。すると彼女は舞の弓を指差し、声の出ない口を動かす。


「『弓道部』……なるほど、前の学校でもそうだったのか」

「そうだったんだ……てっきり初心者なんだと思ってた」


その唇を読んで、舞は驚きの、聖夜は納得の声を上げた。


「それじゃ、俺の見本なんて必要無いんじゃないか? 流石にやってる人には敵わないぞ、俺」


聖夜が軽く笑うと、舞もおかしそうに、けれども少し呆れを含ませてふふっと微笑んだ。


「何言ってるの。聖夜君だって経験者でしょ?」


えっ、と今度は楓が驚いた表情で聖夜を見る。すると、彼は決まり悪そうに頬を掻いて呟いた。


「……まあ、な」



その時、摩樹の一際大きな声が聞こえてきた。


「じゃあ、まずは上級生のお手本からいきましょうか。……月影君、こっちに来てくれる?」

「いやだから俺は弓道部員じゃないんですけど……」


最後の抵抗を試みる聖夜だったが、全くもって効果無し。他の部員達も聖夜の上手さは知っているため、彼に任せてしまおうという感じだ。……もちろん、何人かは納得いかないような視線を向けてはいたが。


ほら、と舞に背中を押され、聖夜は諦めた。


「……分かりました。で、俺は何をすれば良いんですか?」


言うと、摩樹は嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう。まずは月影君にお手本を見せてもらいたいんだけど」

「了解です。……悪い、舞。弓貸してくれるか?」


いざやるとなれば聖夜の雰囲気も変わる。舞から弓を受け取った彼の目付きは、まさに武道のそれだ。


そして、彼は若干の摺り足で(これは剣道部員が故だ)歩き始め、注目を集めながら的に向かう。


……と、彼はそこで不意に口を開いた。


「……新入生の皆には悪いけど、俺の型は参考になんないかもな。独自の型が入っちゃってるし」


聖夜はおもむろに振り向き、優しげな調子で新入生に言う。


「だから、もし他の先輩方から俺のやり方と違うことを教わったら、迷わずそっちを聞くように。……分かったかな?」


はい! という元気な声を聞いて、彼は大きく頷いた。


「そんじゃまあ、やりますか。二ヶ月近くやってないから、あんまり期待はしないで欲しいけど……」


一応ハードルを下げておいてから、今度こそ聖夜は的に向かった。真っ直ぐに的を見据えて矢をつがえ、軸を乱さない綺麗な動きで弓を引き絞る。


……そして、不意に目を閉じた。その行為に他の生徒達が驚く中、彼は目を開けようとせずにそのまま右手を離す。



タンッ、という音と共に矢が命中した。その音に生徒達はどよめき、聖夜は目を閉じたまま呟く。


「……ちょっと外したかな」


目を開けてみれば、案の定少し右に逸れていた。聖夜は頭の中のイメージを修正し、再度矢をつがえる。



引き絞り、目を閉じて。そして放たれた矢は……。



「……よし」


聖夜が口元に笑みを浮かべ、周りの生徒達から感嘆の声が上がった。矢は見事に的の真ん中辺りを射抜いていたのだ。


「ふう……こんな感じで良いですかね?」


彼は振り向きつつ摩樹に言った。彼女も満足そうに微笑みを浮かべて答える。


「ええ、ありがとう。流石の腕前ね」

「光栄です」


聖夜も朗らかに笑いかけ、舞達の待つ場所へ戻っていく。その歩く姿は流麗であり、彼は弓の腕前ならずそれでも注目を集めていた。


彼が舞の隣に戻ると、摩樹が再び口を開く。


「……さて、次は弓道部員にもやってもらいましょうか。月影君は上手だったけれど、ウチの部員ではないものね」


代表を選ぶかのように視線を巡らせる……フリをしながら、摩樹は聖夜に目配せをした。それを受けた聖夜はニヤッと小さく笑うと、おもむろに舞の肩に手を置く。と同時に、摩樹も微笑み。


「……じゃあ、舞。よろしくね」

「えっ!? あっ、聖夜君!」


気付いたらしい舞が聖夜に非難の目を向けると、彼はおどけたように笑った。


仕返し―――そんな視線だ。彼女がさっき彼の背中を押したことを指しているのだろう。


……つまり、舞も諦めるしかないのである。一応、ささやかな抵抗は試みるが。


「ええー……摩樹先輩、本当に私で良いんですか?」

「二年で一番上手いのはあなたじゃない……ほら、やりましょ」


もちろん、抵抗は意味を成さなかった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「うー、緊張した……」


見本を終え、舞が楓の元へ戻ってくる。


『お疲れ様、篠塚さん』

「ありがとう。……あれ、聖夜君達は?」

『剣道部の方に行ったよ。篠塚さんのを見てから』


楓がスマホを見せると、舞は納得したようだ。


「そっか。聖夜君、何か言ってた?」


意味がよく分からず楓が首を傾げると、「私の弓のこと」と舞は付け加える。


言われて、彼女は思い出した。


『「凄いな、やっぱり」って呟いてた』


そう。口元に淡い微笑を浮かべ、聖夜は心底感心した様子でそう呟いていたのだ。


それも伝えると、舞は無意識に口元を緩ませて言葉を零した。


「……やった」


小さいが、本当に嬉しそうに。心から思わず零れ落ちてきてしまった……そんな感じの声音だった。


そして、舞は相変わらず口元を緩ませたままだ。その様子は非常に可愛らしく、同じ女子であるはずの楓すら見惚れてしまう程だった。


無論、そんな風に相好を崩していれば、いずれ周りも気付くもので。


「舞、何ニヤニヤしてんのよ。……あっ、聖夜君に褒められでもしたんでしょ」

「えっ!? な、なんで分かったの?」

「うっわー、図星だったよ……」


一人の女子が舞に声を掛け、一発でその原因を看破。舞が聖夜にご執心なことをこの少女は知っているらしい。


ふと、その視線が楓に向いた。


「やっほー、もしかして転校生さんだったり?」


気さくに話しかけられ、楓は少しびっくりしながら頷く。ふわふわしたセミロングの髪を揺らし、ひひっ、と笑った少女はしばし楓を見て、


「なるほどねー。超が付くほどの美少女がE組に、しかも二人来たって聞いたんだけど、一人は君のことだったんだね」


美少女などと(たとえ同性からだとしても)言われれば、楓は恥ずかしさに頬を染めて俯いてしまう。そしてその様子を見た少女は、何故か感激したように。


「かーわいー! なんかもうお持ち帰りしたい!」

「……梨恵(りえ)、落ち着いて」


舞が呆れ顔でその少女に言うと、少女――梨恵は頬を掻いて、


「あっ、ごめんね。ちょっとテンション上がっちゃって……」


すると、彼女は楓に手を差し出した。


「そういえば自己紹介してなかったね。……私は春元(はるもと)梨恵。お隣さんのF組だよ」


君の名前は? と聞かれ、楓はスマホを見せた。梨恵は意表を突かれた顔をしたが、その文字列を見て納得した様子。


「……なるほど、北上楓さんね。それで、声が出せないからスマホが代わりなのか」


どうやら、彼女は深く追求しないようだ。それに少し驚きながら、楓も手を伸ばして梨恵と握手した。


「よろしくね。……そうそう、楓ちゃんってラノベとか読む?」


彼女は再び驚いた。まさかいきなり名前で呼んでくれるなんて……。


(あっ……えっと、質問に答えなきゃ)


『結構読むよ』


「ホント!? じゃあじゃあ、アニメとかは見る?」


すると、何故か梨恵の勢いが増した。それに押されるがまま、楓は答える。


『深夜アニメとかはそこそこ』


「おおー!」


梨恵のテンションがますます上がった。……だが、それを舞が再び諌める。


「だから落ち着いて。……ほら、少し引いちゃってるよ」

「おっと、ごめんごめん」


あはは、と笑う梨恵に対し、舞も呆れ顔ながら微笑んでいる。この二人の仲の良さは相当のようだ。


と、舞が少し緊張した面持ちで楓に話しかけた。


「あ、そうだ。えっと……その、私も『楓ちゃん』って呼んでも良い?」


その提案になのか、はたまた舞の緊張が伝染したのか、楓もまた緊張し始める。彼女がそれを必死に隠しながら頷くと、舞はパッと顔を綻ばせた。


「本当? ありがとう!」


それじゃあ、と彼女は微笑みながら言って、


「私のことも『舞』って呼んでくれると嬉しいな。……それじゃ二人共、早速撃ちに行く?」


待ってました、とでも言いたげに梨恵が頷く。楓もまた梨恵と同じ気持ちだったが。


だが、その表情を舞は読み取ったらしい。


「弓なら、今日は私のを貸すよ?」


その提案に、ようやく楓も頷けた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「もうそろそろ剣道場だけど……って、何ニヤニヤしてんだ?」


半歩後ろを付いて来る時雨に振り向き、聖夜が訝しげに問う。すると、時雨は微笑みを絶やさずに、


「さっきのあなたの弓を思い出して、まだ全然劣ってないんだなって思ってね。やっぱり聖夜だなって」

「どういう意味だか分かんないんだけど……」


時雨の発言には、今回のように意図が把握出来ない場合がある。そんな思いを込めつつ聖夜が困り顔で問い返すと、くすっと笑って時雨は言った。


「褒め言葉よ」


そして彼女は聖夜を追い抜き、その一歩先を歩いていく。その足取りは軽やかだ。


「瀬那ちゃんと会うのも楽しみね。あの子とはもう一年近く会ってないから」

「……そうだな。あの子、相当喜ぶと思うよ」


彼の言う通り、瀬那は時雨にも非常に懐いている。……もっとも、聖夜の事になると言い争いが始まるが。


「早く行きましょ。聖夜が怒られないためにも、ね」

「もう手遅れだと思うけどな。……こりゃ、瀬那ちゃんだけじゃなくて阿良峰先輩にも怒られそうだなあ」


ふと自分の腕時計を見て、聖夜が溜め息を吐きながら言った。遅れるとは凛音が伝えてくれているはずだが、一時間というのは流石に遅れ過ぎだろう。


「怖い先輩なの?」

「いや、優しい先輩。だからまあ、怒られるというよりかは小言かな」


ちなみに、膨れっ面の雫は、それはそれでかなり可愛らしい。だから、聖夜は小言を言われそうだというのに深刻そうな顔をしていないのである。普通であれば、部長に文句を言われる、ということはそこそこの重大事項のはずだ。


「まあ、あまりにも遅れ過ぎるのは申し訳ないから、少し小走りで行くか。……あんまり距離無いけどな」


そうね、と返事をした時雨と共に、聖夜は少しペースを上げた。しばらくすれば、剣道場が見えてくるはずだ。

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